【月間総括】日本市場を大事にしているように見えないソニーグループの日本市場戦略

 今回は,2021年の振り返りと2022年の見方を話したい。

 その前に12月第1週,第2週の国内週間販売台数について触れておきたい。ファミ通の調べによるとSwitchは,第1週が20万台超,第2週が19万台超となった一方,PS5は同1900台強,同1133台にとどまり,100倍以上もの差がついた。
 100倍以上ということはPSの国内ゲーム機ハードシェアが1%を切るということを意味している。そしてこの水準では,おそらく転売目的でも入手は困難になっているだろう。それほど衝撃的な少なさなのである。

 この件では,別のメディアにもコメントしたが,2020年12月に非常に大きな反響を頂いた記事で指摘した「ソニーグループが日本市場を軽視しているのではないか」との見方が広く浸透しているように思う。そういうコメントをするアナリストも出てきたからだ。

 ただ今回は,単純に生産台数が落ちていることが大きいとエース経済研究所では考えている。そもそも,日本のPS5の実売台数は,PS4の実売台数の推移と大差ない(下図参照)。ソニーグループが日本市場をこの程度の出荷で十分なマーケットと考えているということにほかならないと見ている。

 ところがソニーグループからは日本は大事な市場であるとの言葉を1年前に頂戴した。おそらくソニーグループからはエース経済研究所が建設的な意見をしていると見えなかったということだろう。だが,生産上の問題が発生しているなら意見表明を行ったほうがいいと思う。このままでは,多くの人からソニーグループは日本を軽視していると思われかねないのである。

 以前も指摘したが,どうもソニーグループもMicrosoftもコンシューマゲームマーケットをニッチな成熟産業で,大きくなることはないと考えていた節がある。
 根拠としては,PS3+Xbox 360とPS4+Xbox Oneの販売台数はそう大きな変化がなかったと見られることが挙げられる。2世代の変化がないということは10年以上,ハイエンド据え置きゲーム機に変化がなかったということなので,今後も続く(下手をすると永久に続く)に違いないというバイアス(先入観)を作り出してしまってもおかしくない。したがって2社間のシェア争いさえ制することができればそれは据え置きゲーム機,ひいてはコンシューマゲーム機での戦略的勝利を意味すると捉えてしまったと考えている。

 そのため,生産性を重視する必要性がなくなってしまったのではないだろうか。PS5もXbox Series Xも非常に巨大で,高性能なマシンである。その分,量産性は犠牲になっており,部品調達も含めて容易には増産できなくなってしまっている。特にPS5は生産の自動化も相当進んでいるようなので,今のように半導体が不足すると増産するための機械の調達が難しくなるという問題が発生する。

 こう指摘するとおそらくソニーグループは平時なら容易に増産できる,そして,ゲーム市場の拡大はコロナ禍で一時的なものと反論されると思うが,そもそもコロナ禍による行動様式の変化が長期化する可能性が高いこと,半導体不足は相当長期化する様相を見せているので,それほど的外れではないだろう。
 仮に,コロナ禍前であっても,大きな機器を量産するのは大変である。PS3も巨大だった初期モデルは量産性が低く出荷量が少なかった。エース経済研究所では,たくさん製造できないものは普及しないと繰り返し述べてきた。その通りだったのではないだろうか。

 ここでゲームハードの100週までの推移を見てみたい。下図の左がSwitch,そして主な最近のPSハードと,販売不振と多くの人に認知されているドリームキャスト,右が判りにくいのでSwitchを除いたグラフである。近年のPSハードはSwitchと比較すると一目瞭然だが,明らかにペースが低調である。これほど品薄のPS5も,単に出荷が少ないだけでは無いかと思われてしまうだろう。

ハード発売から100週間の推移

出典:ファミ通
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8月以降のPS5の週間販売の推移


 さらに,8月以降のPS5の週間販売をプロットしてみた。本来は増えるはずの年末にかけて激減している。先ほども述べたが,ここまで減少するとユーザー側からは,日本ユーザーを見捨てたと思われても仕方がない状況にある。ソニーグループはユーザーに真摯に説明する責務があるとエース経済研究所では考えている。
 すでにユーザー側のソニーグループに対する不信感は相当高まっていると思う。以前も言ったが,ここで真摯な対応をしないときっとソニーグループは後悔することになるだろう。


 さて,本題に入ろう。
 2021年は,巣ごもりの反動がコンシューマゲーム業界で懸念されたスタートだったが,終わってみれば,概ね好調だったと思う。

 ちょうど先日,任天堂の古川社長と話す機会があったので紹介したい。古川社長は,Switchについて

(1)米国ではサンクスギビングデー商戦での販売は大変好調だった
(2)品薄に対応するため,1月販売分を前倒しで空輸している
(3)不足している部材はタイミングごとに変わっており,対応しているがうまくいかない部分がある
(4)欧州向けに関してはシベリア鉄道を使った輸送を実施した
(5)日本向けについて足下の出荷は,一時的に増加しているが,年明けは分からない

 とコメントしていた。Switchの販売は5年目に入った現在も非常に好調である。これはコンシューマゲーム機が一般化していて普及限界を拡張することに成功したためだと考えている。

 多くの予想では,Switchはこれまでの任天堂のゲーム機同様に,5年サイクルだろうと思われていた。エース経済研究所では,“形仮説”に基づき(1)Switchは長期間売れるだろう,(2)OLEDモデルは買い控えを引き起こすほどの人気になるだろう,と予想していた。
 概ね当たったと言っていいだろう。購買行動を視覚情報に基づいて決めているという仮説に基づいた予想が,複数回当たっているということは理論に一定の蓋然性があると考えていいように思う。2018年にこの話を始めたときには,かなり突拍子もない仮説だと思われるだろうと予想し,大胆な仮説だと書いたが,それなりに受け入れられる段階まで来たと思う。2021年は,その仮説について蓋然性があることが一定程度確かめることができた年だと思う。


 さらに,今回はこの仮説を前提にもう少し予想しておこうと思う。

(1)狭額縁化で,ユーザーの印象を変えることができたSwitchは今後も長く売れ,1億台後半を目指す展開になる
(2)次世代機には互換性は不要である。互換性がのるとスペースコスト問題でゲーム販売が落ち込む。
(3)Switchの次世代機は非連続なものになるだろう
(4)PS5は生産難が解消されてもハード販売は回復しない可能性が高い

 詳細は,次回以降に譲るとして,互換性はあるほうが良いと思われている人が多いと思う。しかし,ストレージの容量を圧迫している。スマートフォンもゲーム機も,ストレージの空き容量がなければ新しいゲームソフトをインストールできない。日本のスマートフォンゲーム市場が減衰している要因も,PS5同様にスペースコスト問題ではないかと考えている。

 2022年には,この点がさらに明らかになってくるだろう。この仮説が事実ならば,販売台数が伸びても,初期の熱心なユーザーはPS4からの遺産で,空き容量がなく,ライトユーザーはそもそもゲームをたくさん買わないことが影響してソフトが売れないということが起こるはずである。

 ソニーグループは,2021年の株主総会でPS5の売上台数を年間で過去最高の2260万台以上を目指す旨の発言をしているが,11月時点でこれはかなり厳しい目標となっているようである。日本の年末商戦期に十分な供給ができないということは2021年後半の生産が減少しているのだろう。特にシリコンウェハは,来年の増産量が限られているので,半導体の需要が高止まりすると,来年もゲーム機生産には相当影響が出ると思われる。

 この場でも指摘したが,もはやゲーム機を逆ザヤで売るというビジネスモデルが,陳腐化してきているように思う。ゲーム機は原価率が高いため,インフレ傾向になって部材価格が継続的に上昇すると,想定している原価以上になるため,部材調達しにくくなってしまうのである。

 この点も古川社長に尋ねたが,調達価格を引き上げても調達できない状況にあるとしていた。比較的原価に余裕のあるSwitchでもこの状況なので,PS5は,もっと厳しいのではないかと思う。インフレ傾向が長引くと,低採算でハードを売るビジネスモデルはいよいよ維持できなくなるだろう。
 また,ソニーグループがいくら安く設定しても,転売行為で均衡価格に上昇してしまう。ゲーム機がタブレットのように一般化したと考えるなら一般化を前提にしたビジネスモデルに転換を図る必要があるだろう。

 こう考えるもう一つの要因は,インフレである。米国は長期の経済指標があるので分かりやすいが,米国でおよそ40年ぶりにインフレが進んでいる(下表参照)。読者の多くは日本在住だと思うので実感は乏しいかもしれないがが,世界的にはインフレ傾向なのである。
 このまま日本の物価が上がらない状況が続くと,内外価格差が大きくなってしまう。2022年以降,物価の上昇がゲーム業界に影響を与えそうである。

1914年から現在の消費者物価指数の前年同月比推移

出典:米国労働省統計局より エース経済研究所