【月間総括】「逆ザヤ」というゲーム機ビジネスの”迷信”を考える

 今月は,ゲーム機のビジネスモデルについて考えたい。というのも,エース経済研究所では,「ゲーム機は安く売る必要がある」ということが迷信ではないか,と考えているからである。

 まず,年末年始商戦期の国内市場について解説しよう。最大の話題は,なんといってもコナミデジタルエンタテインメントの「桃太郎電鉄 〜昭和 平成 令和も定番!〜」が200万本の実売達成という大ヒットを打ち立てたことだろう。

 2020年の年末商戦は任天堂が発売する大型タイトルは,日本ではあまり目立たなかった印象だ。任天堂自身の期初計画もSwitchの販売台数及び,ソフトウェア販売本数が前期比減少となっていた。

2019年と2020の年末商戦期のSwitchの週間販売推移
出典:ファミ通
【月間総括】「逆ザヤ」というゲーム機ビジネスの”迷信”を考える

 ところが,実際,米国では11月,12月のSwitchの販売がトップになるなど,任天堂の新作タイトルがなくても販売は好調だった。国内でも桃鉄が大ヒットし,Switch販売も昨年を上回る結果となった(上図参照)。

 なお,1月第2週,第3週は通常,第1週比較で大きく減少する(2019年の第2週のSwitchは同約7割の減少だった)が,Switchの販売はLiteを含め第2週が16万台,第3週が17万台を超えた。この販売数はDSに匹敵するという高水準で,コロナ禍の巣ごもり需要の影響を受けていると思われる。スタートがこれほど高いと,2020年に続き,2021年もSwitchのピークアウトが囁かれることになろう。

 この年末年始商戦のデータを見ると「大作ソフトがないと年末商戦は乗り切れない」は,改めて“迷信”であったことが明らかになったと言ってよさそうだ。ソフトウェアでゲーム機が売れているならば,年末年始商戦期にSwitchは失速していたはずである。桃鉄のヒットにしても,一昨年の「ポケットモンスター ソード・シールド」よりも弱いことを考えると,本来は昨年より減少してしかるべきである。
 「あつまれ どうぶつの森」のヒットを指摘される方もいるかも知れないが,どうぶつの森はすでに上期に2000万本の出荷になっており,年末年始商戦での寄与は上期より少なく影響は限定的である。

 データからは,どう見ても,ゲームソフトがハードウェアを牽引しているのではなく,ハードウェアの販売の勢いがソフトウェア販売を牽引しているように見える。
 ゲーム機の販売にはデザインや色の影響はあまりないという意見もあるが,少なくとも,中身,特に性能ではないことは明白で,外見の影響のほうが大きいとエース経済研究所では考えている。少なくとも,これまでここで紹介したデータは,価格,性能,ゲームソフトにゲーム機の販売は影響を受けていないことを示している。

 そして,国内のPS5である。SwitchとPS5の初年度の年末年始の8週間推移をプロットしてみた。発売時期がずれているため,完全に同時期にはできないが,通常であれば,商戦期のクリスマス(7週目),正月(8週目)と販売数は伸びていくはずだ。ところが,PS5の正月商戦期の販売は1.1万台と出荷台数が少なすぎて,ユーザーに届いていない。

Switch(赤)とPS5(青)の初年度(2017年と2020年)の販売推移
出典:ファミ通
【月間総括】「逆ザヤ」というゲーム機ビジネスの”迷信”を考える

 ハードの販売が伸びていないために,ソフトウェア販売は上位30位にPS5タイトルがまったく入ってこないという状況になった。ダウンロード販売が伸びているとされるかもしれないが,ハードの普及台数を超える販売は,一般的には期待できないので,これを考慮しても,ソフト販売の不振は明白と言えるだろう。

 ここで敢えて,ソニーやSIEの言い訳に苦言を呈したいのであるが,彼らは出荷台数が少ない理由として,PS5を世界同時発売にしたことと販売国/地域数を増やしたことを挙げている。確かに,販売国数を増やせば,生産数量がPS4と同じだとすると各国当たりの販売数を押し下げる。その結果,各国当たりの台数が減って勢いがなくなってしまっているという理屈だ。累計の売上台数がPS4を上回れば良いと考えているように感じられるが,データから国ごとに「成功条件」は決まっているように思う。

 そして,ハードウェアの販売に勢いがないと,ゲームソフトは売れない。かつて,任天堂の故・岩田社長は,ゲーム機ビジネスは勢いのビジネスであり,勢いがなくなると「ハードが売れない」が「ソフトが売れない」につながり,それがさらなる「ハードが売れない」になるという,負のサイクルを生み出すことになると語っていた。

 PS5の国内における情勢は,まさにこうなりつつあり,挽回は非常に難しいだろう。私が昨年,発売初期にぜひ,PS5を大量供給して欲しいと書いたのも,初動で趨勢が決まっていると確信していたからである。また,このことはデータからも明白な客観的事実であったからこそである。さらに,PS5の販売不振は今後,国内のサードパーティに大きな影響を及ぼすだろうと深く懸念している。
 特に,ぜひ理解しておいていただきたいのは,エース経済研究所が,このようなことを言っているからPS市場が低迷したのではなく,ソニーやSIEが日本市場の低迷を認めないために,軽視しているという批判が出ているということなのである。

 とにかく,PS5は出荷数が少なすぎる。ついにゲームキューブ以下の推移になってしまった。(下図参照)ブルームバーグが再びPS5の生産が厳しいという記事を出している。これに対して,ソニーは,生産台数計画を変更していないと否定するコメントを再び出したのだが,これは不可思議である。

 世界中で,出荷台数が明らかに不足しているのに,生産計画を変更していないということは増産していないことになる。2月には,インドでも発売することになっているので。米国の需要の落ち着きを考慮しても,今後も日本の出荷水準は変わらないことになるだろう。以前も指摘したが,大量に製造できないものは普及しない。普及しなければ開発費が高騰しているソフトの販売が伸びず,採算が悪化して,ゲームソフトの提供数が減少してしまう。

発売から25週間のゲーム機の推移
出典:ファミ通
【月間総括】「逆ザヤ」というゲーム機ビジネスの”迷信”を考える

 このような中,AMDのCEOが2021年前半には供給不足が解消しないとコメントした。どうも,増産できないのはAMDに要因があるようなのだが,世界中で転売が行われているなか,肝心のソニーからはコメントがない。どのような対応をしているか,ユーザーに伝える努力をぜひしてほしいものである。

 さて,別の視点からも考察してみよう。
 2020年は,新型コロナウイルスの影響が出る前から,半導体や電子部品のひっ迫が懸念されていた。5Gスマートフォンの登場で,DRAM,フラッシュメモリ,積層セラミックコンデンサなどの需要が大きく増えると想定されていたからだ。ここでは,5Gスマートフォンがなぜ需要を押し上げるかは別の機会に触れるとして話を進める。。
 2020年初頭の段階で任天堂は,2020年度は2019年度以上の生産ができるかどうか分からないとコメントしていた。それだけ,調達が苦戦しそうだと思っていたのであろう。

 新型コロナウイルスの影響で,スマートフォンや自動車の生産が春先に停滞した結果,この懸念は杞憂に終わったが,2021年は5Gスマートフォンがミリ波(30GHz近辺以上の周波数のこと)に対応すること,各国政府が内燃機関から電気自動車へ転換する施策を取っており,猶予期間が10〜15年程度しかないことから,電気自動車やハイブリッド車への転換が急速に進むことが予想されている。これらは電気を利用するため,半導体や電子部品の消費量が増える。さらに,スマートウオッチやワイヤレスイヤホンも高機能化が進んでおり,これも半導体や電子部品の消費を促す。ゲーム機は,幅広いジャンルの製品と部材の取り合いが始まっているのである。


村田製作所が想定する部品需要台数
2019年実績 2020年度(4月予想) 2020年度(10月予想 2020年度(1月予想)
スマートフォン 13.7億台 12.4億台 12.8億台 13.9億台
パソコン 4億台 3.9億台 4.1億台 4.6億台
自動車 8300万台 6700万台 7100万台 7700万台

 上の表は,村田製作所のIR資料から必要なデータを抜粋して作成したものだ。
 新型コロナウイルスの影響で,4月は悲観的な減少予想だったが,10月には上方修正された。さらに1月末に再度,上方修正され,一転して2019年度を上回る見通し(自動車を除く)となった。これは,足元の機器の生産が急激に回復していることを示しており,高機能化も考えると部品の需要が2021年度は相当伸びそうな印象だ。

 Switchもそうだが,半導体などの部品の確保が難しくなっている。しかも,ゲーム機は逆ザヤや低採算で生産しているため,部材確保にさらなる資金を投じることが難しい。
 現在は,スマートフォンにしても,白物家電にしてもハードウェア単体で高い利益を確保するビジネスモデルが主流になっていることを考えると,ゲーム機のビジネスモデルは陳腐化してきているように思う。今後,ダウンロード販売がさらに増えることを考えると,小売店も,プラットフォームベンダーも,ハードウェアを販売して安定した利益が出せるようなビジネスモデルへの転換が必要だろう。

 このように話すと,逆ザヤで売る方が消費者の利益に適うと思われるかもしれないが,2020年末にPS5で起こったことを整理すると,

(1)PS5を1台当たり200ドル程度(エース経済研究所推計:輸送コスト含む※)の損失で販売して,ソニーはハードの普及に努めている
(2)オークションやフリマアプリでは,これを1000ドル以上(1月下旬で800ドル程度)で転売し,大きな収益を得ている人たちがいる状況にある
(3)ユーザーは,希望小売価格499ドルの製品に対して1000ドル以上(同)の高値での購入を強いられている
※航空貨物運賃が新型コロナウイルスの影響で高騰していることも考慮した

 となっており,ユーザーに安く売って普及を図るはずが,どう見ても本末転倒になってしまっている。さらに,ソニー自身が言っているように,ハードの販売地域は増える一方である。これは初期に必要な台数が一層増えることを意味しており,大量の部材を確保する必要があることを示している。
 先日,任天堂とも議論したが,ゲーム機は価格による需要変動が小さい。ということは,一般に信じられているように「安くないと売れない」というのは思い込みの可能性がある。仮にそうでないとしても,ゲーム機は,誕生から40年近くが経過し,子供のために買う親もゲームを楽しんでいるので,価格に対する許容度はかなり上っているはずである。ぜひハードウェアのビジネスモデルを見直してもらいたいものである。