【月間総括】ゲーム機が直面するビジネスモデル瓦解の危機

 今月は,第1四半期決算を中心に述べていくことにする。

 ソニーグループのゲーム事業の2022年3月期第1四半期は,減収,そして大幅な減益だった。最大の要因は,ソフトが売れていないことと,これまで好調だとしていたアドオンの販売が落ち込んでいるためである。
 十時CFOは,巣ごもりからのリスタート(再起動)でゲームをする時間が減少しており,コンシューマゲーム業界全体が縮小しているとコメントしていたのだが,少なくとも任天堂の決算を見ても,業界が縮小しているとは言い難いと考える。

【月間総括】ゲーム機が直面するビジネスモデル瓦解の危機
ソニーのゲームソフト売上高と販売(着荷)本数推移
【月間総括】ゲーム機が直面するビジネスモデル瓦解の危機
任天堂の売上高と販売本数(着荷)推移 ソニーグループの決算補足資料及び任天堂決算短信より東洋証券作成

 そう考える理由が上記のグラフである。これは,ソニーのゲームソフトの売上高と販売本数,そして任天堂の売上高と販売本数をプロットしたものである。任天堂の売上高はハードが入っているので比較には適切ではないが,傾向はつかめると思うので掲載した。

 PlayStationプラットフォーム(PS4+PS5)のフルゲームの販売本数が,この2年でほぼ半減している。十時CFOが「市場は縮小している」と言いたくなるのはよく分かる落ち込みである。ところが,任天堂とソニーグループで比較すると,顕著に違いが出ている。

 特に,任天堂は2021年3月期第1四半期には,世界的に大ヒットした「あつまれ どうぶつの森」が1063万本も含まれていた。今第1四半期は,同社のミリオンセラー一覧に,同タイトルがないので100万本未満であり,この2年間で963万本以上ソフト販売本数が減少しているが,ソフトは900万本も減少していない(比率では18%減程度)のである。
 これはつまり,減少分の大半はどうぶつの森だったことになる。どうぶつの森が過去最高のセールスになったことから巣ごもりの影響があるだろうが,それは2022年3月期第1四半期であって,今四半期ではないだろう。

 もうひとつ,上記の任天堂の販売本数には,「モンスターハンターライズ サンブレイク」のダウンロード販売本数は含まれていない(デジタル売上高には含まれているので見かけ上ダウンロード比率が過半を超えている)。

 そのため,この部分を考慮すると,昨年からの減少した本数は200万本以下だったと推測される(カプコンの発表によると販売本数は250万本:パッケージ版を含むため,全量がカウントされていないということではない点に注意)。

 これではとても巣ごもりの影響とはいえないだろう。筆者は,以前,PS5はデザインやスタイル面で,ゲーム機とはいえず,売れないだろうと予測したことがある(形仮説)。その際は,いろいろなご批判をいただいたが,現状の動向を見ていると,ハードは売り切れる状況である一方,PS5ソフトはPS4比較でかなり販売が減少しているのではないかと見られ,予測はそれほど間違っていなかったと思うのである。

 この原因は,上記の形仮説に加え,ストレージコストが効いていると考えている。実際最近,PS5を所有する記者も容量が足りないという指摘をした記事を出している。
 この点について,任天堂側はストレージコストを理解しているという感触で,ソニーグループはなぜ理解できないだろうかと思っているようである。これに対する東洋証券の見解は,ソニーグループのハード開発は任天堂と違って高度に分業化されているので,横の連携が取れていないためと見ている。これはもちろんメリットもあるので,一概に悪いと述べているわけではないのだが,PS5の設計においてはデメリットが大きかったと思う。

 あまりゲームを楽しまない(あるいは,ハード設計は大変な労力が必要なのでゲームをする時間が乏しいのかもしれない)ハード設計者から見ると,ゲームソフトは簡単に削除できるので,速度を優先したSSDを搭載した場合,ある程度の容量が少なくても大丈夫とバイアス(先入観)が掛かってしまう。しかし,ユーザー側から見るとじっくりと楽しんだゲームを削除するのは相当勇気がいる行動であるし,もう少しライトなユーザーでもこの行動は障壁で面倒な行動である。うまく横の連携が取れていないとこの視点はハード設計時点で持てないと思う。

 高度に分業体制を維持したまま,フィードバックを生かせるように改善する必要があるだろう。ただ,任天堂は理解しているが,ストレージコストが互換性を通じて次世代機の販売に影響するとは思っていないようである。この点も非常に重要なので,古川社長には頑張ってもらいたいものである。

 話を戻そう。
 一方,ハードは売れているように見えるがソフトの販売動向を見る限り,ゲーム機として売れていないように見える。先日,ブルームバーグからの取材でもコメントしたのであるが,インフレーションや円安など種々の要因で,日本のゲーム機の価格は,著しく安くなっている。20年前であればリージョンロックがあったので,国際間のアービトラージ(裁定取引:内外価格を利用した売買行為)を行うことが難しかったが,現在は少なくとも本体の仕様上,制約はほとんどない。しかも,ネットや物流網の整備・低コスト化で価格の修正が容易に行われてしまう。

 この状況は,ゲーム専用機のビジネスモデルが確立されたファミコン以降,最大のビジネスモデル瓦解の危機であると東洋証券では考えている。
 これは,故・山内氏の考えであったゲーム機はソフトのためにやむを得ず買われているとの見立てからできたモデルで,ゲームハードはボムコスト(材料費)前後の価格で販売し,ソフト及び,ロイヤリティで収益を稼ぐというものである。これは,ゲームハードの部材である半導体,電子部品,樹脂部品などの部材価格が長期的に低下するデフレモデルを前提にしている。

 この前提が崩れて来ているのである。2021年2月の当連載で筆者は,

(1)PS5を1台当たり200ドル程度(エース経済研究所推計:輸送コスト含む※)の損失で販売して,ソニーはハードの普及に努めている。
(2)オークションやフリマアプリでは,これを1000ドル以上(1月下旬で800ドル程度)で転売し,大きな収益を得ている人たちがいる状況にある
(3)ユーザーは,希望小売価格499ドルの製品に対して1000ドル以上(同)の高値での購入を強いられている
※航空貨物運賃が新型コロナウイルスの影響で高騰していることも考慮した

 と書いた。ソニーグループも任天堂も,このように相当な努力をして安いハードをユーザーに提供しようとしているのだが,結局は投機目的の買いを誘発しているだけである。ここの読者にはややそぐわないと承知のうえで書くが,株主の利益を逸失している。

 これを回避するためには,日本の価格を引き上げるしかない。しかし,日本だけの値上げは,東洋証券ではまったく問題ないと捉えているが,メーカーサイドでは勇気がいる決断だろう。そして,来年にはPS5の供給は相当潤沢になる予定である。その際に,値上げを実施するとおそらく,値上げで販売が落ち込んだと報道されるだろう。実際は,投機目的に需要が膨らんでいたためと考えるのが妥当にもかかわらず,である(本稿執筆後に,筆者の予想よりも早く値上げが発表された。この点については次回触れる予定だ)。

 ソニーグループのゲーム事業のKPIについてはもう少し触れたいが,来月にすることとする。

 次に任天堂の決算である。任天堂の2022年3月期第1四半期決算は,減収減益だった。すでにニュースでみた人も多いと思うが,PS5同様にSwitchの生産がままならない状況にあり,需要に合った供給ができていないのである。

 これは,最新の半導体というよりも,古いプロセスの半導体が足りないのが原因である。特に今回は大変厳しいとしている。通常であれば7〜9月は,ハードを年末年始商戦向けに大量生産する時期なので,このままでは年末商戦にSwitchがまったくないという状況になりかねない。

 ただ,任天堂はこのまま手をこまねいているつもりはなく,輸送コストはかかるが,リードタイムを大幅に短縮できる航空貨物に切り替えるつもりであるという。昨年は欧州向けの輸送にシベリア鉄道を活用した任天堂だが,今年はウクライナ侵攻の影響で,利用が困難なためだろう。同侵攻の時点で今年は航空貨物がひっ迫すると見た任天堂は,早期に枠を確保してあったこともあり,9月以降の生産分をなんとか間に合わせる意向である。

 そして,日経新聞の報道によると液晶モデルのリパッケージを実施してOLEDモデルと同じサイズに外箱を小さくするようだ。航空貨物は重量,もしくは容積(容積重量)で価格が決まるので,これはまさしく,航空輸送を意識した動きだろう。

 ただ,通期計画の2100万台が達成できるかというと少し難しいと東洋証券では考えていて,今回Switchの通期予想をより保守的に1700万台に引き下げている。

【月間総括】ゲーム機が直面するビジネスモデル瓦解の危機

 そして,ソフト販売である。全体で388万本の減少となるが,ほぼ,米国の減少である。任天堂は,この理由で興味深い説明をしており,(1)昨年実施されたバイデン政権の現金給付の反動,(2)4−5月の米国市場でのSwitchハードの品切れの影響としているのである。つまり,ハードがなかったのでソフトが売れなかったと言っているのである。これは,故・山内氏や故・岩田氏が主張していたソフトのためにハードが買われているという視点からするとコペルニクス的転回といっていいだろう。

 任天堂は着実に,ゲーム機ビジネスの本質を言語化していると考えている。ただ,課題があるとすれば,古川社長にまだハードでの成功実績がないことだろう。組織のリーダーは,成功を受けて初めて全体としての信用を得る部分がある。Switchはまだ,故・岩田氏の引いたレール上にあると思われているはずだ。ぜひ次世代機の成功を図ってもらいたいものである。それに成功すれば視覚情報で,ゲームハードの販売が決まっているとの考えを永続できるはずである。