外山圭一郎:連載「50歳からのゲーム会社の作り方」第2回


 2020年12月3日,「SILENT HILL」や「SIREN」,「GRAVITY DAZE」といったヒット作のディレクションを手がけてきたクリエイターの外山圭一郎氏が,ソニー・インタラクティブエンタテインメントを離れ,新会社「Bokeh Game Studio」を設立したという発表が行われた。これまで大手ゲーム会社に所属していた外山氏が,どうやって会社を設立したのか,また,そこにはどんな思いがあったのかなどを語っていく。

「50歳からのゲーム会社の作り方」第1回はこちら

・2020年暮春:決意


 緊急事態宣言下で,ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)では制作スタッフの原則出社禁止措置が続いていた。花見などのイベントはもちろん,開幕期のスポーツ中継もまったくない,淡々とした刺激のない日々ではあったが,水面下であれこれ模索する立場としては,むしろ集中しやすいとも言えた。

 当面の目標として,ゲームのプロトタイプ制作資金を得なければならないが,その交渉に必要な資料を作る算段すら見通しが立たっておらず。途方もなく先は長い……。

 企画草案がある程度まとまったところで,「asobu」さんにアドバイスをもらうために見ていただいた。
 最初の資料には仕様の詳細やマーケティング関連は記載せず,コンセプトとイメージに絞り,ある意味紙芝居のようなものにした。
 二つ作った企画案のうちの一つは,「いくらなんでも攻め過ぎたテーマ」と苦笑いされたが,もう一つは自分でも本命と考えていたもの。ジャンルやテーマなどいかにも外山作品らしさを前面に出した勝負手で,そちらは好感触を得て安堵した。

 内容面でのアドバイスをいくつかいただいたあとは,次のステップの話に。初回作品の方向性は見えてきたが,資金集めのためにファンドやパブリッシャと踏み込んだ話をするためには,前もって法人の形になっている必要があるとのことだった。

「自身のゲーム制作会社」としてやっていける,やっていこうと腹が決まった


 自分はコンセプト立案や世界観構築,いわゆる0→1に特化したタイプのディレクターで,チームとして実作業を回すとなると,大倉の存在が欠かせない。自分と大倉はお互いの得手不得手の範疇が綺麗に噛みあい,初代SIRENで初めて組んで以来,一蓮托生だと思っている。今回もゲーム構築の要だ

 そしてスタッフや予算管理,マーケティングなどのビジネス方面となると,自分はさらにおぼつかない。だが,新人CGクリエイターとして出会ってからSIRENなどに関わった後,プロデューサーとして大きく成長した佐藤が一緒にやれる流れになったことで,個人,又は企画特化グループなどではなく,「自身のゲーム制作会社」としてやっていける,やっていこうと腹が決まった。
 ある意味何よりも重い,退社,独立について各々の家族の理解と了解も得て,いよいよ起業の準備に手を付けたのだ。

大倉純也
SIREN,GRAVITY DAZEシリーズなどのリードゲームデザイナーを担当。現在はBokeh Game Studio 取締役 CTO
佐藤一信
SIRENシリーズのキャラクターアーティスト等を経て,人喰いの大鷲トリコのプロデューサーに。現在はBokeh Game Studio 取締役社長 COO

 「会社の作り方」というタイトルの連載ではあるが,会社を作るだけならば,定められた要件を満たせば誰でも起業は可能だ。ネットなどで調べれば詳細な解説がすぐに出てくる。

 会社の形態には,株式会社・合同会社・合資会社・合名会社の4つあるが,我々のケースの場合,実質的には 株式会社か合同会社のどちらかを選ぶことになる。それぞれにメリットとデメリットがあるが,1000万以上の資本金が必要だった昔に比べると株式会社設立のハードルは大きく下がっているので,一般的な認知度が高い株式会社を選択した。

 株式会社には取締役が必須となる。人数はケースバイケースで,ある意味会社の個性に直結してくる部分である。すべてを一人の取締役が決断していく会社も少なくないが,自分はというと,何事も誰かと話し合いをする中でまとめるタイプなので,前述の通り絶妙なバランスと信頼関係ができている三人の取締役という形を選んだ。そして,取締役の中から代表を決めなくてはいけないのだが,そこは対外的に名前の通りの良い自分が務めることになった。

絶妙なバランスと信頼関係ができている三人の取締役という形を選んだ


 肩書きというと「代表取締役社長」とメディアで目にする機会が多いので代表=社長だと思う方もいると思うが,代表が必ずしも社長と決まっているわけではない。というより,「社長」とは会社法で定められているものではなく,明確な定義もない通称だ。自分自身はあまり頓着がないが,肩書きが持つ,相手の第一印象に直結する象徴性は大きいので,ここは慎重に考えた。

 正直自分は交渉事などが得意ではなく,ビジネスの場面で自分一人が前面に出ているのはいかにも心許ない。「代表」だがあくまでクリエイターである自分と,プロデュース経験豊富で,誰が相手でも物怖じせず対峙できる佐藤が並ぶ。対外的な場面ではこの形がベストと考え,「代表取締役/クリエイター」「取締役社長」という形を提案し,最終的にこれに落ち着いた。

 そういったことを一つ一つ決めていく傍ら,企画のブラッシュアップ作業が続く。「興味を引くコンセプトだけど,実際のゲームでの具体的な画面構成やアクション性が分かるものがあった方が良い」という,「Asobu」さんからのアドバイスへの対処であるが,当時の自分にできたのは,動いているイメージをストーリーボードに描き起こすぐらいのもので,地道な手作業が続いた。

 梅雨に入る前に緊急事態宣言は解除されたものの,SIEの原則テレワークは当面続行。まだまだ元通りには程遠く……。毎朝電車で会社に通うという当たり前だった日常は,もう自分の人生とは無縁かもしれない,といったことをぼんやりと考えていた。


外山 圭一郎(とやま けいいちろう)
Bokeh Game Studio 代表取締役 CEO/Creator。ホラーゲーム「SILENT HILL」のゲームデザイン&シナリオ/ディレクターを務めたのち,SCE(現SIE)に入社。「SIREN」や「SIREN2」など,立て続けに傑作ホラーを世に放つ。また,「GRAVITY DAZE」では2012年度の日本ゲーム大賞で大賞を受賞するなど,名実共に日本を代表するゲームクリエイターとなる。

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※次回の掲載は2021年4月15日頃を予定しています