外山圭一郎:連載「50歳からのゲーム会社の作り方」第4回
2020年12月3日,「SILENT HILL」や「SIREN」,「GRAVITY DAZE」といったヒット作のディレクションを手がけてきたクリエイターの外山圭一郎氏が,ソニー・インタラクティブエンタテインメントを離れ,新会社「Bokeh Game Studio」を設立したという発表が行われた。これまで大手ゲーム会社に所属していた外山氏が,どうやって会社を設立したのか,また,そこにはどんな思いがあったのかなどを語っていく。
「50歳からのゲーム会社の作り方」第3回はこちら2020年夏:不退
本来であればオリンピックが開催されるはずだったが,世間の空気感同様天気も冴えず,ほどほどに涼しい日々が続いていた。開催されていれば,猛暑対策も杞憂で済んだのではなかろうか……なんてことを思っていたりした。(その後8月に入ると一転して記録的酷暑だったが)。
そんなとある日,佐藤と共に虎ノ門を訪問していた。迎えてくれたのは,ビル・リッチ氏。それまで直接の関りはなかったものの,かつてSIEに在籍されていたこともあり存じていた。
そしてブースの奥から手を振ってくれたのは,今泉健一郎氏だ。KONAMI在籍時,「SILENT HILL」に共に関わり,その後コジマプロダクションを経て,Tencent Europeへの加入が業界のニュースになった。しかしコロナ禍の影響による渡航制限のため,日本に留まっていたわけだ。
我々が訪問したのは,Tencent Japanのオフィス。今回,ここを訪れるきっかけを作ってくれたのが,今泉さんだった。我々の案件に直接関わるわけではないが,その存在だけで緊張を緩めてくれ,リラックスしたムードで話を聞くことができた。
その場でビル氏からうかがった話を要約すると――――
Tencentはこれまで欧米のメーカー中心に出資を拡げてきた。日本のメーカーとも,既存のタイトルのライセンスイン,アウトを軸とした業務提携を数多くやってきたが,これからはオリジナル作品の出資にも広げていきたいと考えている。
ゲーム業界は近年,欧米が著しい躍進を遂げたが,日本もまだまだ新規IPの創出に長けている。特にアクションRPGやプラットフォームアクション,そしてサバイバルホラーに強みがあり,そういった新しいIPを生み出せるクリエイター集団にフォーカスしているという。短期的な収益はさほど重視しておらず,将来への投資である。
また,個々の投資先の方針に介入しても,良いゲームにはならないと考えているという。ある意味放任主義だ。「Tencentは,金を出すが口は出さない」とよく言われる通り。仮にその方針を変えたとしたら,これまで培ってきた投資先との良い関係が簡単に壊れてしまうので,ありえない。
などなど……,Tencentのマインドについて丁寧に聞かせてもらった。
どの話も昨今の勢いを実感させてくれるもので,考え方が先進的だと素直に思えるものだった。Epic Gamesやsupercellといった名だたるメーカーへの大規模投資から,昨今は任天堂との提携,プラチナゲームズへの出資など日本での動きも活発化しているTencent Games。これまでは知識も乏しく,また若干の偏見もあって,正直に言えばネガティブなイメージがないとは言えなかったが,その印象はここで一変した。
この後も何度か虎ノ門へ足を運びお話しをうかがい,Tencent Japan代表シン・ジュノ氏も香港からリモート参加されるようになった。
我々の初回作の企画はマーケット動向も意識してのホラーアクション系で,まずまず好評で安堵した。さらにジュノ氏には「GRAVITY DAZE」のような作品も手掛けられる幅の広さにも言及いただき,今まで苦労してきたことが報われるようで,素直に嬉しかった。そして,出資にまつわる,より具体的な話し合いが続いた。
我々は当初,少額の資金をプロジェクトファイナンスで調達し,それを元に制作したプロトタイプを使ってパブリッシャと交渉する,という方針で動いていた。だが,プロジェクト=事業計画への融資であるので,原則的に収入から返済するものであり,本制作の資金を提供するパブリッシャとの交渉がスムーズにいかない場合,厳しい状況に陥りかねないプレッシャーがあった。
それに対してTencentの提案は株式資本。業界的にはエクイティともいう。株を発行して購入してもらう資金調達である。ゲーム産業はヒットビジネスで,結果の良し悪しが不安定な世界だ。売り上げも蓄えもない会社の立ち上げ期には,この上なく心強い安心材料となる。
とはいえ我々が用意出来る資本金はたかが知れており,その頃はろくな知識もなかったので,(ええっと,株を売るって……買収?? いきなり子会社ってこと…??)などと設立もしないうちから混乱していた。
一般的に株と聞くと,上場された株を市場で売り買いして利益を出すイメージがあるかと思うが,これから起業となる我々は,市場で資金を集めることはできない。そこで,未公開株を資本家などに買ってもらうことで資金を集める。しかし,その資金が多くなり会社と資本家で比率が逆転することがあると,一般論としては,株主の権限が増した結果,会社が思い通りに事業を進められなくなる可能性が出てしまう。
それを避けるために同じ会社の株でも,単価と権利が違う「普通株」と「優先株」に種類を分け,会社と資本家とのバランスを保つのが通例であるという。我々も,この方法で持株の比率を保つ前提とした。
具体的な投資額については,出資元が定める我々の会社の価値=バリュエーションが基準となるので,さらに慎重な交渉が続いた。
僅かな間に我々を取り巻く状況は激変し,出資者を選んで決めなければ……という贅沢な悩みとなっていた
それらの過程の結果,前述のTencentの考え方からバランスも考慮され,基本的な意思決定の自由を我々が維持でき,序盤の資金面での不安も払拭される,大変ありがたい提案となっていった。そしてTencentとの交渉の傍ら,また別の企業から出資のオファーも入ってきていた。僅かな間に我々を取り巻く状況は激変し,出資者を選んで決めなければ……という贅沢な悩みとなっていた。
いよいよ起業,登記に向けても本格化ということで,重鎮の先輩,SCE時代のJAPANスタジオのヘッドで,「みんなのGOLF 」のシリーズプロデューサー小林康秀氏(通称コバさん)に相談。まずは税理士さんなど,登記手続きをお願いできる専門家の紹介をお願いし,準備を進めていった。
そうして,我々の活動が急速に具体性を帯びていくなかで,そろそろかな……と思い,実のところ,上司に対してはやんわりと意向は伝えてあったのだが,ここでSIE退職の意思を正式に表明した。
我々の挑戦は,後には引けない局面へと加速していった。
外山 圭一郎(とやま けいいちろう)
Bokeh Game Studio 代表取締役 CEO/Creator。ホラーゲーム「SILENT HILL」のゲームデザイン&シナリオ/ディレクターを務めたのち,SCE(現SIE)に入社。「SIREN」や「SIREN2」など,立て続けに傑作ホラーを世に放つ。また,「GRAVITY DAZE」では2012年度の日本ゲーム大賞で大賞を受賞するなど,名実共に日本を代表するゲームクリエイターとなる。
Bokeh Game Studio 代表取締役 CEO/Creator。ホラーゲーム「SILENT HILL」のゲームデザイン&シナリオ/ディレクターを務めたのち,SCE(現SIE)に入社。「SIREN」や「SIREN2」など,立て続けに傑作ホラーを世に放つ。また,「GRAVITY DAZE」では2012年度の日本ゲーム大賞で大賞を受賞するなど,名実共に日本を代表するゲームクリエイターとなる。
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※次回の掲載は2021年6月17日頃を予定しています