【月間総括】「Pokémon GO」はアプリビジネスと任天堂のゲーム戦略を変えるのか
2016年7月7日(日本時間)に「Pokémon GO」の配信が米豪で開始された。7月22日には日本でも配信が開始され,すでに各所で話題になっているので,その勢いについてはご存じの方も多いだろう。
このアプリは,米Nianticがポケモンと共同開発したもので,任天堂の故岩田前社長が深く関わっている。報道によると,本作誕生のきっかけとなったのはNianticの母体となったGoogleのエイプリルフールイベントだったようだが,公開初日から米豪で多数のダウンロードが行われ,瞬く前にApple Storeランキングでトップとなった。
8月になって,本作が1か月間に達成したさまざまな数字が明らかになってきたので,ここでまとめておこう。
このアプリは,ギネスブックに,
(1)最初の1か月で最も売り上げを集めたモバイルゲーム
(2)最初の1か月で最もダウンロードされたモバイルゲーム
(3)最初の1か月で各国のモバイルゲームダウンロードチャートで最も多く同時にトップを獲得
(4)最初の1か月で各国のモバイルゲーム売上高チャートで最も多く同時にトップを獲得
(5)売上高1億ドルに最も早く到達したモバイルゲーム
として登録され,五冠を達成した。まさに記録ずくめのPokémon GOであるが,とくに注目したいのは(2)と(5)である。
(2)のダウンロード数は,1か月で1億3000万ダウンロード,現時点では1億5000万を超えていると,エース経済研究所では推測しているが,注目すべきは広告がほとんど行われていないことである。任天堂にも確認したが,スーパーボウルとE3にしか,出稿されていないにもかかわらず,初日から爆発的にヒットした点は極めて異例である。
通常,国内のスマートフォンゲームは,事前登録によってある程度の顧客を集め,初動で安定性,顧客単価,課金率,脱落率などの各種KPIを確認したのち,積極的な広告による集客を行い,収益化を図るのが定石とされている。
しかし,リリース後,わずか1週間でアクティブプレイヤー数がツイッターを超えると米国で報道されたことや,日本でも初日に1000万を超えるダウンロード数を達成するなどPokémon GOは爆発的に普及した。その特異点は,とくに広告をほとんど打っていないにもかかわらず,米豪で初日からブームが発生したことである。
任天堂でも,原因は把握できてないようだが,広告に頼らないビジネスの立ち上げが可能となれば,上記の定石を覆すことになるかもしれない。
(5)の売上高1億ドルに早期に到達したのは7月22日に配信が開始された日本の影響が大きいと考えている。日本ではすでに,スマートフォンゲームが日常に受け入れられており,プレイヤー側も課金への抵抗が少ない。しかも,Pokémon GOは,非ガチャ型のグローバルスタンダードゲームで,購買対象はプレイヤーが望むものであり,必要額をプレイヤーが見積もりやすいという特徴がある。
我が国においては,ガチャが収益を稼ぐために必須のシステムであると考えられていたが,実はこれは誤りであったことが証明されたと考えている。
これほどのヒットとなったのは,何が理由だろうか? エース経済研究所では,(1)初代ポケットモンスター以降,20年以上にわたり継続的に,ブランド投資を行ってきたこと,(2)キャラクターが人種,文化,年齢,言語,性別に依存しない非現代的なマーケティングによって生み出されていることが要因と思われる。
コンシューマゲームソフトは経験則で,ハードの世代交代(約4-5年)ごとに5倍のペースで増加しており,継続的なブランディング投資は困難である。しかも,大ブームが引き起こされると,そのあとの落ち込みが大きくなりがちで,開発費,広告費の増大で採算が悪化するため,投資を放棄するケースも出てくる。Pokémon GOの大ヒットは,任天堂およびポケモンが本編,リメイク,外伝タイトルと切れ目なく投入してきた成果であると考えている。
また,任天堂のキャラクターは,世界中から敵視されにくいのも特徴である。イスラム圏の一部で,禁止令が出たと報道されているが,それだけ親しまれていることを意味する。これほどのキャラクターは世界でも珍しいのではないだろうか? 結果,世界中の人々に深く浸透することができたのではないかと見ている。
さらに,リオ・オリンピックの閉会式のセレモニーで,安倍首相がマリオの衣装を着て土管から登場するパフォーマンスを演じた。オリンピックを視聴する人の大部分が,マリオと土管を知っていることが前提でないと,このパフォーマンスは意味をなさない。まさに,マリオというキャラクターは日本を代表しつつも,世界に通じるIP(知的財産権)であることが証明された瞬間と言えるだろう。
任天堂はこれまで自社のIPの他社利用に対してかなり厳しい制限を課していたこともあり,Niantic,ポケモン,任天堂の協業により誕生したPokémon GOは,IPの積極的活用を表明した2014年1月の経営方針説明会以前ではできなかったタイトルと考えている。
また,Pokémon GOは,任天堂のキャラクターが世界に通じることを見せつけただけでなく,日本マクドナルドHDの様な大規模チェーンの月次売上高改善,大阪のとくに有名でもない千林商店街のマーケティング効果および販売増加に寄与するなど,以前の任天堂からは考えられないような経済効果をもたらしつつある。
解放された新しいビジネスモデルの構築を狙っている任天堂に,今年から来年にかけて大いに注目したい。
任天堂は,Wii Uの失敗以降,それまでビデオゲームという狭い世界に閉じこもり,味方作りを怠っていたことを反省し,新しいビジネスモデルの構築を図ろうとしてきた。このPokémon GOは,任天堂のキャラクターが世界に通じることを見せつけただけでなく,日本マクドナルドHDのような大規模チェーンの月次売上高改善や,大阪のとくに有名でもない千林商店街のマーケティング効果および販売増加に寄与するなど,以前の任天堂からは考えられないような経済効果をもたらしつつある。
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