ゲームの保存事業は負け戦なのか?
ゲーム保存論者たちが,ゲーム業界の過去・現在・未来を守り,記録することの難しさを語る。
近年,ゲーム保存の分野は大きく発展しているが,ゲームそのものの成長には追いついていない。
ニューヨーク州ロチェスターにあるThe Strong National Museum of PlayのデジタルゲームキュレーターであるAndrew Borman氏は,「もっと人が必要です」と語っている。「お金と時間の面で,より多くのサポートが必要なのです。業界として,我々は常に多くのものを必要としています。より多くのゲームが作られるようになれば,それらを保存するために,より多くの人と時間が必要になるのです」
Borman氏は,The Strongで働き始めてから約5年になるが,ゲームの保存事業には20年近く携わってきている。The Strongでは,約6万5000点のゲーム関連のコレクションを扱い,さらに数十万点の雑誌,書籍,業界カタログ,その他の印刷物も扱っている。
これまでのゲーム保存の苦労を知る氏は,ある分野では保存の努力が実を結んでいることを早くから指摘していた。
「Xbox One/PS4以前の時代のリテールゲームに関する(保存の)状況を見ると,かなり良い状態になっています」とBorman氏は語る。「多くの人が買い求めて,多くの人がバックアップしています。デジタル専用タイトルがあったという例外はありますが,ほとんどの場合,多くのリテールゲームは保存されていますし,欠落するものもそれほど多くはないと思います」
しかし,業界が箱物からデジタル配信に移行するにつれて,事態はより複雑になっているとBorman氏は語る。
「現在,物理的なコピーが存在することは素晴らしいことですが,ゲームの完全なコピーを持っておらず,古いコピーを持っているか,ゲームのコピーをダウンロードするためのライセンスキーとして機能しているにすぎないのです」とBorman氏は語る。「ですから,物理的なコピーは,時間が経つにつれて,魔法の保存ツールではなくなりつつあります」
「保存専門家にとって,カートリッジやディスクにアクセスでき,それに基づいて保存していた今までのようなゲームの保存は,かなり難しくなるでしょう」とYoung氏は語る。さらに,「今のゲーム環境は,ゲームが常にアップデートされているため,非常に複雑になっています。このようなゲームの経年変化を追跡することは,ある程度以上はまったく不可能です。10年前に発売されたモバイルゲームの中には,パッチや新しいストーリー,インタフェース,メニューシステムなど,何度もアップデートされて,今とはまったく違うものになっているものもあります……」
仮にデベロッパが今まで行ったアップデートや調整のコピーを保管していたとしても,そのゲームがもう利用できない古いバージョンのミドルウェアや放棄されたAPIに依存している場合は,問題を解決することはできない。
「私はすでに,自ら廃業したあるいはその製品を廃版にした会社の言語認識APIを使用するゲームに取り組んだデベロッパと話をした ことがあります」とBorman氏は語る。「ゲームデベロッパが,そのゲームのソースコードやその他のものをすべて持っていたとしても,そこで使っているサービスがもう存在しないために,それを動かすことはできないのです」
そしてもちろん,保存の取り組みが企業の知的財産権に抵触しないかどうかという問題もある。Young氏は,この問題を,氏が直面している最大の問題と呼んでいる。なぜなら,コレクションが保管されている部屋を訪れて作品にアクセスしたり研究したりする以上に,これらの古いゲームに誰でもアクセスできるようにすることが困難だからだ。
「というのも,企業がリリースするゲームは,サーバーにサインオンする必要があり,オンライン接続が必須となっているからです」と氏は語る。「そして,その会社が,数年後であれ10年後であれ,そのサーバーをシャットダウンしてしまえば,誰もそのゲームにアクセスできなくなり,それを実行するための独自のサーバーを立ち上げて,人々にそれを使わせようとする個人や組織にとっては,法的にも不安定なルートとなるのです」
Borman氏によると,デジタルミレニアム著作権法の例外として,企業がシングルプレイヤーゲームを動作させるための認証サーバーを稼働させなくなったようなゲームでの著作権保護を研究者が回避できる場合があると語るが ―氏はTron Evolutionを一例として挙げた―,それはあくまでもその範囲内にすぎないという。
「法的には,我々はそれを回避できます」とBorman氏は語る。「技術的なレベルでは,それを実現するのはかなり困難です。時間がかかり,他のゲームのことも考えなければなりませんから」
「我々大学にとって,ある環境で資料を利用できるようにした場合,企業から訴えられることはないという確信が持てるかでしょうか?」とYoung氏は問いかける。「十分な数の組織団体が自信を持ってそれを実行し,訴えられたとしても勝訴するまでは,今後の道筋を知ることは難しいのです」
ゲーム業界では,PCや家庭用ゲーム機ゲームに関する保存の取り組みが目立つが,最近ではモバイルゲームが消費者支出の半分以上を占めており,保存の取り組みでは大きな課題となっている。
大きな課題の1つは,携帯電話をめぐる消費者の習慣に関わるものだ。プレイヤーや販売店,コレクターは,古いゲーム機同士を自由に交換できるが,古い携帯電話は一般的に同じように扱われることはない。
「携帯電話を処分する際,多くの人が最初に行うことの1つは,携帯電話を初期化することです。彼らは連絡先情報のようなものを削除しますが,最も簡単な方法は,単にあなたの携帯電話をリセットすることだからです。ですから,そこにどんなゲームが入っていたとしても,その時点で完全に消えてしまいます。すでにデータを取得できる可能性は非常に低いですが,そこで,あなたはどうすればいいのかを考えるわけですが,非常に多くの異なる携帯電話があるのです。それぞれが本質的に多くの点でユニークです。Razer Phoneのアクセス方法は,LG Chocolate Phoneと同じではないのです」
オンデマンドゲームストリーミングのような技術は,問題をさらに複雑にしているが,Borman氏は,今日のゲームで起こる多くのことを保存するための完璧な方法はないことを受け入れているようだ。
結局のところ,2022年頃のゲームがどんなものだったかを理解したい人は,将来的には,実際にゲームをプレイすることなく,そうしなければならなくなるということだ。
「保存する側にとっては,カートリッジやディスクにアクセスして,それに基づいて保存するという,これまでのようなゲームの保存はかなり難しくなるでしょう」とYoung氏は語る。「最終的には,ゲームの歴史を保存するためのさまざまな方法が必要になると思います。ゲームプレイの記録やオーラルヒストリーなど,20年後,30年後にゲーム業界の今を理解するために,そのようなデータを収集するさまざまな方法が必要になってくるでしょう」
Borman氏も同意見で,「ビデオは,とくにエミュレータやその種のものを作る持続的な努力がないゲームのすべてにとって,強力なツールになるでしょう。携帯電話でもゲームの映像があれば,何もないよりはましです。もちろん,すべてのゲームのプレイアブルコピーがあれば,もっと生活が楽になると思いますが,100年後,あるゲームがどんなものだったかを知る最も簡単な方法は,そのゲームのビデオを見ることかもしれません。少なくとも,あまり人気のないゲームや,人々があまり興味を示さないゲームについては」と語る。
この100年という時間枠は,Borman氏が会話の中で何度も言及したものだ。
つまり,発表に対するファンの反応,E3でしか見られないトレードカタログ,デベロッパのソースコード,フォーカスグループの結果,ゲームに関する学術書などを保存しておくということだ。
「いずれはオリジナルのハードウェアが死滅しますので,ビデオキャプチャの重要性はますます高まっていくでしょう」とBorman氏は語る。「今はYouTubeにたくさんアップされていますが,100年後に同じ映像にアクセスできるとは限りません」
すべての保存主義者の目的が,それほど広範囲に及んでいるわけではない。たとえば,Embracer Groupは,2022年春にスウェーデンで独自のゲームアーカイブの取り組みを開始し,すでに5万本のゲーム,家庭用ゲーム機,アクセサリを所蔵している。このパブリッシャでは,発売されたすべてのゲームのすべてのバージョンの物理的コピーを入手し,保存するために,現在5人の従業員を雇用している。
「我々は大きな野心を持っており,ゲーム,ゲームアクセサリ,ハードウェアのかなり広範囲なアーカイブとコレクションを持つことを望んでいます。これは十分に大きな範囲です」とEmbracerのチーフアーカイビストのNatalia Kovalainen氏は説明する。
「我々は,ゲームとゲームの歴史と文化を促進し,保存しようとしているのです。そして,それが必要なことだと考えています。このプロジェクトは,現時点では金銭的な収益があるわけではなく,このプロジェクトでお金を稼ぐことができるのかどうかも分かりません。なぜなら,それはこの施設を持つ理由ではないからです。他の文化施設や図書館と同じようなものですね」
Bormanは,Embracerの保存に対する新しい関心が軌道に乗ることを喜んでいる。その理由の1つは,世界中の大規模な物理的コレクションが研究者に利用できるようになることを望んでいること,そしてもう1つは「最高の保存は企業内で始まる」からだ。
「彼らが軌道に乗れば,理論的には,何十,何百ものスタジオとの関係が構築されて,それらの会社のアーカイブを一箇所に集めて,ビデオゲームの歴史を保存するために本当に重要で素晴らしいものを作ることができると予測されます」とBorman氏は語る。
残念ながら,Embracer Games ArchiveのCEOであるDavid Bostrom氏とKovalainen氏は,この取り組みがまだ始まったばかりであることを繰り返し強調している。このコレクションは,まだ一般や研究者に公開されていないため,このコレクションがもたらす恩恵の多くは,実際のものというより,願望に近いものなのだ。
Kovalainen氏によると,チームはまだ5か月ほどしか一緒に仕事をしていないが,Embracerの広大な企業系列にあるスタジオと協力して,ベストプラクティスを用いてゲームの保存を支援する可能性も残している。
Embracerが,ビジネスケースなしに保存の取り組みを進めようとしているのは,心強いことだが,同時に,他の上場企業がこれに追随できない理由を思い起こさせるものでもある。
「スーパーマリオや大ヒット作のような分かりやすい例は別として,より難解なゲームを復活させる金銭的なインセンティブがない限り,彼らはそれを行おうとしないでしょう」とYoung氏は語る。
Embracer Games Archiveの初期の利用例の1つは,実はこのようなものだった。Bostrom氏によると,すでに,各社のゲームのカバーアートを高画質でスキャンして提供している。おそらく,そのようなアイテムを自分で保存することに適していなかったからだろう。
パブリッシャで保存が行われていないわけではないが,ほとんどの場合,それは基本的にブラックボックスであり,会社は自分たちが何をしているのか人に話すこともなく,ましてや外部の研究者に自社のゲームや資料を公開することもないとYoung氏は語る。
「任天堂のように,素晴らしい企業アーカイブを持つ企業もありますが,外部からその企業について調べる多くの人々は,そのようなものにはあまりお目にかかれないでしょう」と氏は認めている。「ビデオゲーム保存のファンは,その部分をゲームの保存とは考えていないようですが,これも重要なことなのです。企業が自分たちの歴史を保存することは重要で,いつかそれを実際に見ることができるかもしれません」
Young氏は,企業が自社の歴史を保存する場合,外部と共有するのはわずかで,職場の不祥事や搾取的なビジネスモデルなど,開発に影響を与えたかもしれない好ましくない現実を無視した,体裁のよい絵になることが一般的であると指摘する。
「ジャーナリストは,そのような歴史の一端をよく捉えています。
しかし,その歴史を企業自身に任せておくわけにはいかないと思います」と氏は語る。「ある種のバイアスを排除するために,ある種のアクセスが必要なのです」
Embracerの保存へのアプローチは,The Strongのそれとはまったく異なるが,Borman氏はこの分野への新参者を歓迎している。
「他のグループの設立を見るにつけ,彼らは,ビデオゲームとは何かということの全体像を形成するのに役立つ独自の焦点を持つようになるでしょう」と氏は語る。
Embracerの場合は,あらゆる形態の物理メディアに焦点を合わせている。Bostrom氏によると,特定の地域で特定のゲーム機向けに公式にリリースされたゲームの数などの質問に答えるのは非常に難しく,インターネット上の情報では検証されていなかったり,矛盾していたりすることがよくあるそうだ。たとえば,初代ファイナルファンタジーが発売されたすべての言語と地域のパッケージのバージョンを収集するなど,Embracerが目標を実現できれば,そのような質問に対してより明確な答えを出すことができるようになるかもしれない。
「これは長い目で見れば,我々の強みの1つです」とKovalainen氏は語る。「同じゲームの異なるリリースを実際に比較できるのは,研究する上で非常にエキサイティングなことです」
Syd Bolton Collectionについては,北米でのリリースに重きを置いているとYoung氏は語る。UTミシサガは,コレクションの隙間を埋めるために作品を入手することに興味があるが,より大きな目標は,より広いトロント地域とオンタリオ州におけるゲーム開発シーンの遺物を保存することに傾くだろう。希少なゲームは,他の機関でも保存される可能性があるが,地元の歴史を保存する人ははるかに少ないからだ。
The Strongのコレクションは,かなり国際的である。― Borman氏は,ファミコンからゲームキューブまでの日本製任天堂ゲームソフトの完全なコレクションが,自国にあるどのコレクションよりもアクセスしやすいと感じた日本人研究者を受け入れたことがあると述べている― 最近ではフロッピーディスクや設計書のバックアップに重点を置いているという。
「そういったものを優先しています。というのも,それらを失うと,もう記録が残らないからです」と氏は語る。「だから,そこに集中しなければならないのです」
このような専門化は自然に進むものであり,我々が話を聞いた誰もが,より確立された産業における保存の取り組みを参考にしながら,さまざまな学校,博物館,民間機関の間でより大きな協力関係を築くことができると楽観的であった。
どのような形であれ,コラボレーションは重要だとKovalainen氏は語る。
「我々だけではできないことですので,我々が保存協会の一員となって,みんながやっているこの全体的な共同作業の一部になることがとても重要なのです」と氏は語る。「誰も同時にすべてを行うことはできませんので,一緒に取り組まなければならないのです」
Kovalainen氏は,現在のデベロッパが自分の作品を将来に残すためにできることとして,数十年後に開いて調べられるようにアーカイブファイル形式で作品を保存しておくことが有用であると語る。その一方で,Borman氏は,とにかくすべてを保存してほしいと語る。
「自分の仕事を保存してください」と氏は語る。「ソースコードも,ドキュメントも,ビデオも。オークションに出品されないような形で保存してください。我々は喜んでアドバイスしますし,そのような資料の多くを寄贈していただくこともできます。我々は,そのお手伝いをするためにここにいるのです。ゲーム業界が我々のような保存団体を必要としているのと同じように,我々もゲーム業界を必要としているのです」
近年,ゲーム保存の分野は大きく発展しているが,ゲームそのものの成長には追いついていない。
ニューヨーク州ロチェスターにあるThe Strong National Museum of PlayのデジタルゲームキュレーターであるAndrew Borman氏は,「もっと人が必要です」と語っている。「お金と時間の面で,より多くのサポートが必要なのです。業界として,我々は常に多くのものを必要としています。より多くのゲームが作られるようになれば,それらを保存するために,より多くの人と時間が必要になるのです」
Borman氏は,The Strongで働き始めてから約5年になるが,ゲームの保存事業には20年近く携わってきている。The Strongでは,約6万5000点のゲーム関連のコレクションを扱い,さらに数十万点の雑誌,書籍,業界カタログ,その他の印刷物も扱っている。
これまでのゲーム保存の苦労を知る氏は,ある分野では保存の努力が実を結んでいることを早くから指摘していた。
「Xbox One/PS4以前の時代のリテールゲームに関する(保存の)状況を見ると,かなり良い状態になっています」とBorman氏は語る。「多くの人が買い求めて,多くの人がバックアップしています。デジタル専用タイトルがあったという例外はありますが,ほとんどの場合,多くのリテールゲームは保存されていますし,欠落するものもそれほど多くはないと思います」
しかし,業界が箱物からデジタル配信に移行するにつれて,事態はより複雑になっているとBorman氏は語る。
現代の複雑な事情
「現在,物理的なコピーが存在することは素晴らしいことですが,ゲームの完全なコピーを持っておらず,古いコピーを持っているか,ゲームのコピーをダウンロードするためのライセンスキーとして機能しているにすぎないのです」とBorman氏は語る。「ですから,物理的なコピーは,時間が経つにつれて,魔法の保存ツールではなくなりつつあります」
物理的なコピーはもはや魔法の保存ツールでなくなりつつあります -Andrew Borman氏
トロント大学ミシソーガ校のyd Bolton Collectionの司書兼キュレーターであるChris Young氏も,このような感想を語っている。UTミシソーガの保存プログラムは,それほど長い歴史があるわけではないが ―2018年にBolton氏の死後,大学がBolton氏のコレクションを取得したときにスタートした―,1万4000本のゲーム,5000冊の雑誌,その他さまざまな資料からなり,学校のスタッフによってもまだ十分に記録されていないほど大規模である。「保存専門家にとって,カートリッジやディスクにアクセスでき,それに基づいて保存していた今までのようなゲームの保存は,かなり難しくなるでしょう」とYoung氏は語る。さらに,「今のゲーム環境は,ゲームが常にアップデートされているため,非常に複雑になっています。このようなゲームの経年変化を追跡することは,ある程度以上はまったく不可能です。10年前に発売されたモバイルゲームの中には,パッチや新しいストーリー,インタフェース,メニューシステムなど,何度もアップデートされて,今とはまったく違うものになっているものもあります……」
仮にデベロッパが今まで行ったアップデートや調整のコピーを保管していたとしても,そのゲームがもう利用できない古いバージョンのミドルウェアや放棄されたAPIに依存している場合は,問題を解決することはできない。
「私はすでに,自ら廃業したあるいはその製品を廃版にした会社の言語認識APIを使用するゲームに取り組んだデベロッパと話をした ことがあります」とBorman氏は語る。「ゲームデベロッパが,そのゲームのソースコードやその他のものをすべて持っていたとしても,そこで使っているサービスがもう存在しないために,それを動かすことはできないのです」
弁護士を雇う
そしてもちろん,保存の取り組みが企業の知的財産権に抵触しないかどうかという問題もある。Young氏は,この問題を,氏が直面している最大の問題と呼んでいる。なぜなら,コレクションが保管されている部屋を訪れて作品にアクセスしたり研究したりする以上に,これらの古いゲームに誰でもアクセスできるようにすることが困難だからだ。
「というのも,企業がリリースするゲームは,サーバーにサインオンする必要があり,オンライン接続が必須となっているからです」と氏は語る。「そして,その会社が,数年後であれ10年後であれ,そのサーバーをシャットダウンしてしまえば,誰もそのゲームにアクセスできなくなり,それを実行するための独自のサーバーを立ち上げて,人々にそれを使わせようとする個人や組織にとっては,法的にも不安定なルートとなるのです」
Borman氏によると,デジタルミレニアム著作権法の例外として,企業がシングルプレイヤーゲームを動作させるための認証サーバーを稼働させなくなったようなゲームでの著作権保護を研究者が回避できる場合があると語るが ―氏はTron Evolutionを一例として挙げた―,それはあくまでもその範囲内にすぎないという。
「法的には,我々はそれを回避できます」とBorman氏は語る。「技術的なレベルでは,それを実現するのはかなり困難です。時間がかかり,他のゲームのことも考えなければなりませんから」
我々大学にとって,ある環境で教材をアクセシブルにし始めても訴えられることはないと,どれだけ確信できるでしょうか? -Chris Young氏
カナダの公正取引法や米国の公正使用法は,教育現場で研究や勉強のためにゲームのコピーを利用できる権利を学者に与えているように見えるが,Young氏は,その権利が法廷で検証されているわけではないため,これらの法律の適用を受ける保存管理者の自信の危機のようなものを作り出していると語る。「我々大学にとって,ある環境で資料を利用できるようにした場合,企業から訴えられることはないという確信が持てるかでしょうか?」とYoung氏は問いかける。「十分な数の組織団体が自信を持ってそれを実行し,訴えられたとしても勝訴するまでは,今後の道筋を知ることは難しいのです」
歴史になる危険性のある過去
ゲーム業界では,PCや家庭用ゲーム機ゲームに関する保存の取り組みが目立つが,最近ではモバイルゲームが消費者支出の半分以上を占めており,保存の取り組みでは大きな課題となっている。
大きな課題の1つは,携帯電話をめぐる消費者の習慣に関わるものだ。プレイヤーや販売店,コレクターは,古いゲーム機同士を自由に交換できるが,古い携帯電話は一般的に同じように扱われることはない。
「携帯電話を処分する際,多くの人が最初に行うことの1つは,携帯電話を初期化することです。彼らは連絡先情報のようなものを削除しますが,最も簡単な方法は,単にあなたの携帯電話をリセットすることだからです。ですから,そこにどんなゲームが入っていたとしても,その時点で完全に消えてしまいます。すでにデータを取得できる可能性は非常に低いですが,そこで,あなたはどうすればいいのかを考えるわけですが,非常に多くの異なる携帯電話があるのです。それぞれが本質的に多くの点でユニークです。Razer Phoneのアクセス方法は,LG Chocolate Phoneと同じではないのです」
オンデマンドゲームストリーミングのような技術は,問題をさらに複雑にしているが,Borman氏は,今日のゲームで起こる多くのことを保存するための完璧な方法はないことを受け入れているようだ。
もし,すべてのゲームの作業コピーを保存することが目的なら,我々はすでに敗北しています -Andrew Borman氏
「もし,すべてのゲームの作業コピーを保存することが目的なら,我々はすでに敗北しています」と氏は語る。「二度と見ることのできないゲームがあることは事実です。そして,デベロッパと協力しない限り,プレイアブルバージョンのストリーミングコピーを保存するチャンスはありません。デベロッパと協力してコピーを入手することは可能ですが,それはプレイする方法すら違います。ローカルマシンで動作させていたとしても,ネットワーク上でプレイするのとはわけが違うのです」結局のところ,2022年頃のゲームがどんなものだったかを理解したい人は,将来的には,実際にゲームをプレイすることなく,そうしなければならなくなるということだ。
「保存する側にとっては,カートリッジやディスクにアクセスして,それに基づいて保存するという,これまでのようなゲームの保存はかなり難しくなるでしょう」とYoung氏は語る。「最終的には,ゲームの歴史を保存するためのさまざまな方法が必要になると思います。ゲームプレイの記録やオーラルヒストリーなど,20年後,30年後にゲーム業界の今を理解するために,そのようなデータを収集するさまざまな方法が必要になってくるでしょう」
Borman氏も同意見で,「ビデオは,とくにエミュレータやその種のものを作る持続的な努力がないゲームのすべてにとって,強力なツールになるでしょう。携帯電話でもゲームの映像があれば,何もないよりはましです。もちろん,すべてのゲームのプレイアブルコピーがあれば,もっと生活が楽になると思いますが,100年後,あるゲームがどんなものだったかを知る最も簡単な方法は,そのゲームのビデオを見ることかもしれません。少なくとも,あまり人気のないゲームや,人々があまり興味を示さないゲームについては」と語る。
この100年という時間枠は,Borman氏が会話の中で何度も言及したものだ。
いずれはオリジナルのハードウェアが死んでしまいますので,ビデオキャプチャの重要性はますます高まっていくでしょう -Andrew Borman氏
「我々The Strongのアプローチは,より大きな視野で見ているということです」と氏は語る。「今の研究者や100年後の研究者が,我々が遊んでいるビデオゲームや業界そのもの,その他ビデオゲームを取り巻くあらゆる問題について知りたいと思うことは何なのか? ということです」つまり,発表に対するファンの反応,E3でしか見られないトレードカタログ,デベロッパのソースコード,フォーカスグループの結果,ゲームに関する学術書などを保存しておくということだ。
「いずれはオリジナルのハードウェアが死滅しますので,ビデオキャプチャの重要性はますます高まっていくでしょう」とBorman氏は語る。「今はYouTubeにたくさんアップされていますが,100年後に同じ映像にアクセスできるとは限りません」
利益のための保存?
すべての保存主義者の目的が,それほど広範囲に及んでいるわけではない。たとえば,Embracer Groupは,2022年春にスウェーデンで独自のゲームアーカイブの取り組みを開始し,すでに5万本のゲーム,家庭用ゲーム機,アクセサリを所蔵している。このパブリッシャでは,発売されたすべてのゲームのすべてのバージョンの物理的コピーを入手し,保存するために,現在5人の従業員を雇用している。
「我々は大きな野心を持っており,ゲーム,ゲームアクセサリ,ハードウェアのかなり広範囲なアーカイブとコレクションを持つことを望んでいます。これは十分に大きな範囲です」とEmbracerのチーフアーカイビストのNatalia Kovalainen氏は説明する。
我々は,この活動収益化できるかどうかは分かりません。なぜなら,それが保存を行う理由ではないからだ。他の文化施設や図書館と同じです -Natalia Kovalainen氏
学校や非営利の博物館とは異なり,Embracerの活動は営利企業によって推進されている。このような支出をするビジネスケースは何かと尋ねたが,Kovalainen氏はそれを説明しようとしない。「我々は,ゲームとゲームの歴史と文化を促進し,保存しようとしているのです。そして,それが必要なことだと考えています。このプロジェクトは,現時点では金銭的な収益があるわけではなく,このプロジェクトでお金を稼ぐことができるのかどうかも分かりません。なぜなら,それはこの施設を持つ理由ではないからです。他の文化施設や図書館と同じようなものですね」
Bormanは,Embracerの保存に対する新しい関心が軌道に乗ることを喜んでいる。その理由の1つは,世界中の大規模な物理的コレクションが研究者に利用できるようになることを望んでいること,そしてもう1つは「最高の保存は企業内で始まる」からだ。
「彼らが軌道に乗れば,理論的には,何十,何百ものスタジオとの関係が構築されて,それらの会社のアーカイブを一箇所に集めて,ビデオゲームの歴史を保存するために本当に重要で素晴らしいものを作ることができると予測されます」とBorman氏は語る。
残念ながら,Embracer Games ArchiveのCEOであるDavid Bostrom氏とKovalainen氏は,この取り組みがまだ始まったばかりであることを繰り返し強調している。このコレクションは,まだ一般や研究者に公開されていないため,このコレクションがもたらす恩恵の多くは,実際のものというより,願望に近いものなのだ。
Kovalainen氏によると,チームはまだ5か月ほどしか一緒に仕事をしていないが,Embracerの広大な企業系列にあるスタジオと協力して,ベストプラクティスを用いてゲームの保存を支援する可能性も残している。
Embracerが,ビジネスケースなしに保存の取り組みを進めようとしているのは,心強いことだが,同時に,他の上場企業がこれに追随できない理由を思い起こさせるものでもある。
「スーパーマリオや大ヒット作のような分かりやすい例は別として,より難解なゲームを復活させる金銭的なインセンティブがない限り,彼らはそれを行おうとしないでしょう」とYoung氏は語る。
Embracer Games Archiveの初期の利用例の1つは,実はこのようなものだった。Bostrom氏によると,すでに,各社のゲームのカバーアートを高画質でスキャンして提供している。おそらく,そのようなアイテムを自分で保存することに適していなかったからだろう。
パブリッシャで保存が行われていないわけではないが,ほとんどの場合,それは基本的にブラックボックスであり,会社は自分たちが何をしているのか人に話すこともなく,ましてや外部の研究者に自社のゲームや資料を公開することもないとYoung氏は語る。
ジャーナリストは,そのような(好ましくない)歴史の一部を捉えるために良い仕事をしていましたが,その歴史を伝えることを企業自身に任せておくことはできないと思います -Chris Young氏
Borman氏は,企業がどのような措置を講じているのか必ずしも明らかではないことに同意しながらも,このような個別の措置は依然として必要であり,歓迎すべきものであると語る。「任天堂のように,素晴らしい企業アーカイブを持つ企業もありますが,外部からその企業について調べる多くの人々は,そのようなものにはあまりお目にかかれないでしょう」と氏は認めている。「ビデオゲーム保存のファンは,その部分をゲームの保存とは考えていないようですが,これも重要なことなのです。企業が自分たちの歴史を保存することは重要で,いつかそれを実際に見ることができるかもしれません」
Young氏は,企業が自社の歴史を保存する場合,外部と共有するのはわずかで,職場の不祥事や搾取的なビジネスモデルなど,開発に影響を与えたかもしれない好ましくない現実を無視した,体裁のよい絵になることが一般的であると指摘する。
「ジャーナリストは,そのような歴史の一端をよく捉えています。
しかし,その歴史を企業自身に任せておくわけにはいかないと思います」と氏は語る。「ある種のバイアスを排除するために,ある種のアクセスが必要なのです」
専門化
Embracerの保存へのアプローチは,The Strongのそれとはまったく異なるが,Borman氏はこの分野への新参者を歓迎している。
「他のグループの設立を見るにつけ,彼らは,ビデオゲームとは何かということの全体像を形成するのに役立つ独自の焦点を持つようになるでしょう」と氏は語る。
Embracerの場合は,あらゆる形態の物理メディアに焦点を合わせている。Bostrom氏によると,特定の地域で特定のゲーム機向けに公式にリリースされたゲームの数などの質問に答えるのは非常に難しく,インターネット上の情報では検証されていなかったり,矛盾していたりすることがよくあるそうだ。たとえば,初代ファイナルファンタジーが発売されたすべての言語と地域のパッケージのバージョンを収集するなど,Embracerが目標を実現できれば,そのような質問に対してより明確な答えを出すことができるようになるかもしれない。
「これは長い目で見れば,我々の強みの1つです」とKovalainen氏は語る。「同じゲームの異なるリリースを実際に比較できるのは,研究する上で非常にエキサイティングなことです」
Syd Bolton Collectionについては,北米でのリリースに重きを置いているとYoung氏は語る。UTミシサガは,コレクションの隙間を埋めるために作品を入手することに興味があるが,より大きな目標は,より広いトロント地域とオンタリオ州におけるゲーム開発シーンの遺物を保存することに傾くだろう。希少なゲームは,他の機関でも保存される可能性があるが,地元の歴史を保存する人ははるかに少ないからだ。
The Strongのコレクションは,かなり国際的である。― Borman氏は,ファミコンからゲームキューブまでの日本製任天堂ゲームソフトの完全なコレクションが,自国にあるどのコレクションよりもアクセスしやすいと感じた日本人研究者を受け入れたことがあると述べている― 最近ではフロッピーディスクや設計書のバックアップに重点を置いているという。
「そういったものを優先しています。というのも,それらを失うと,もう記録が残らないからです」と氏は語る。「だから,そこに集中しなければならないのです」
このような専門化は自然に進むものであり,我々が話を聞いた誰もが,より確立された産業における保存の取り組みを参考にしながら,さまざまな学校,博物館,民間機関の間でより大きな協力関係を築くことができると楽観的であった。
誰も同時にすべてを行うことはできませんので,一緒に取り組まなければなりません -Natalia Kovalainen氏
「このような活動を実質的に行っている組織はほとんどありません」とYoung氏は語る。「希少本や映画のような他の分野では,このような収集活動を行っている機関がたくさんあるのです。これは我々の任務とはちょっと違いますが,『ここの機関がこういうものを集めているから提供したほうがいい』と,寄贈者を紹介する人が増えているのは確かです」どのような形であれ,コラボレーションは重要だとKovalainen氏は語る。
「我々だけではできないことですので,我々が保存協会の一員となって,みんながやっているこの全体的な共同作業の一部になることがとても重要なのです」と氏は語る。「誰も同時にすべてを行うことはできませんので,一緒に取り組まなければならないのです」
Kovalainen氏は,現在のデベロッパが自分の作品を将来に残すためにできることとして,数十年後に開いて調べられるようにアーカイブファイル形式で作品を保存しておくことが有用であると語る。その一方で,Borman氏は,とにかくすべてを保存してほしいと語る。
「自分の仕事を保存してください」と氏は語る。「ソースコードも,ドキュメントも,ビデオも。オークションに出品されないような形で保存してください。我々は喜んでアドバイスしますし,そのような資料の多くを寄贈していただくこともできます。我々は,そのお手伝いをするためにここにいるのです。ゲーム業界が我々のような保存団体を必要としているのと同じように,我々もゲーム業界を必要としているのです」
※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら)