NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表

 去る2022年5月24日,「Pokémon GO」「Ingress」といった,いわゆる「位置情ゲー」ブームの火付け役として知られるNianticが,従来の位置ゲーに,拡張現実(AR)要素を高品位に融合させることが出来る開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表した。


サンフランシスコでNianticが2022年5月24日に開催した開発者向けイベント「Lightship Summit」にて「Lightship VPS」は発表された


 正確には「位置情報ゲーム」と日本語では記され,実際の地球上の特定の場所に設置されたチェックポイントにユーザー自身がスマートフォンなどの端末を持って出向くことでゲームが進行するスタイルのゲームのことだ。元々「インドアな遊び」というイメージのコンピュータゲームに対し,「屋外で遊ぶ必然性」をゲームメカニクスに組み込んだことで,これまでのゲーム体験では得られない新しい愉しみを創出することに成功した。

 ちなみに,略称として親しまれている「位置ゲー」はコロプラが商標登録を行っている。また,英語では「Location-based game」と表現される。

 サンフランシスコでの発表イベントからちょうど1か月後の2022年6月24日。今度は,Nianticの日本支社が,「Lightship VPS」を活用したAR/位置ゲーアプリを開発するための開発者向けカンファレンス「Lightship Summit Tokyo 2022」を開催した。

 発表内容は,先に行われたサンフランシスコでの発表イベントと被るものが多かったが,実際に「Lightship VPS」を使って日本のゲーム/アプリ開発スタジオが開発を進めているコンテンツの紹介や,日本語による開発者向けセッションなども多数行われ,来場者にとっては有意義なイベントとなっていたようだ。
 本稿では,まずVPS技術そのものの解説を行い,その後で基調講演での発表,イベント会場で体験できた日本のゲーム/アプリ開発スタジオが開発した「Lightship VPS」ベースのコンテンツ群の体験レポートなどをお届けする。

基調講演に登壇し,メインMCを務めたNianticの最高プロダクト責任者の河合敬一氏
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表


VPS技術が誕生した背景


 VPSとはVisual Positioning Systemの略称で,意訳すると「視覚情報を元にして位置情報を検出する仕組み」ということになる。

 「位置を検出する仕組み」といえば,多くの人が知っているGPS(Global Positioning System)がある。GPSは,今さら説明不要だろうが,改めて解説すると,地球の上空約2万kmに浮かぶ複数の位置測定用の人工衛星からの電波信号を元に,地球上の各ユーザーの位置を算出できる仕組みのことで,最も身近な活用機器としては自動車に搭載された「カーナビ」ということになるだろう。

 自動車に限らず,GPSは,船舶,航空機などの運行システムにも応用されており,我々の日常にとって欠かせない,そして同時にありふれた存在となっている。そして,このGPSの仕組みをゲーム向けに応用して一定の成功を収めたのが,発足当時はGoogleの社内ベンチャー企業として立ち上がったNianticだった。

 「現実世界で遊ぶコンピュータゲーム」としての位置ゲーは,現実世界情景とコンピュータグラフィックスを融合させた新体験――いわゆる拡張現実(AR)や複合現実(MR)との相性もよいことが見込まれることになり,「位置ゲー」と「AR/MR」を高次元で融合させるために必要となってきた新技術がVPSだ。

Nianticが思い描く,新世代の位置ゲー×ARの姿。ARとは現実世界にCG表現をスポット的に重ね合わせることで実現されるもの,として理解されているが,重ね合わせるCGベースの仮想世界の割合を増やし,仮想世界と現実世界をほぼ一致するレベルで重ね合わせる,Augmented Virtuality(AV)と呼ばれる概念が台頭しつつある。これを実現するにはVPS技術は欠かせないものになる
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表

GPSが使えない状況下で位置情報を返せるVPSの仕組みとは?


 GPSの弱点は,位置測定用の人工衛星からの電波がキャッチできない時に位置測定が行えないこと。たとえば,地下施設にいるときはもちろんのこと,窓の少ない地上の屋内施設でもGPSはうまく活用できない。屋外であっても,高層ビルや背の高い山に取り込まれている場所でも,うまく動かないことがある。GPSの原理を考えれば「そりゃ当たり前でしょ」ということになるが,「いついかなる条件でもシームレスな位置測定が行えたら」という願望により,GPSを補完する技術の登場が望まれた。そこで誕生したのがVPSという発想である。

 VPSとは,その名の頭文字(V:Visual)から連想されるように,視覚情報――具体的には画像/映像をキーにして位置情報を導出する仕組みになる。
 具体的な処理系はこんな感じだ。まず,スマートフォンなどのユーザー端末に内蔵されたカメラによって撮影された映像/画像がVPSサーバーに送られる。VPSサーバーは,そのユーザーが伝送してきた映像内に映っている情景の特徴と,サーバー内の「情景:位置情報」の対応辞書(データベース)を照らし合わせ,合致している情景があれば「そのユーザーはここにいる」と推論する。そしてユーザーが送ってきた映像の映り具合を精査すれば位置情報だけでなく,その端末の向きや方角も算出できる。VPSの動作原理はこんなイメージだ。

 VPSの利用には,ユーザーの端末がインターネットに接続されていることが必須であり,位置情報を得るには,VPSサーバー側に,そのユーザーがいる場所の「情景:位置情報」辞書が収録されていることも必要条件となる。とはいえ,地球上の膨大な「情景:位置情報」データベースから,ユーザー端末が捉えた映像情景から探し出すのは大変に思える。しかし,そこはそれ,そのユーザー端末が最後に掴んだGPS位置情報や,携帯電話の基地局位置情報(Cell-ID),あるいは位置固定WiFiアクセスポイント情報なども利用して,大まかなユーザー位置を絞ったうえでVPSデータベースを当たれば,VPS辞書探索の範囲をかなり絞ることができる。従って,インターネット接続状況が良好で,VPSがサポートする地域内であれば,VPSはミリ秒オーダーで位置情報を返すことができるとされる。


Lightship Summit Tokyo 2022での主な発表内容とは?


 というわけで,Nianticが今回発表した「Lightship VPS」とは,このVPSを利用したゲーム/アプリ開発に特化した開発環境のことになる。VPSの価値は「どの場所で利用できるか」によって決まってくるわけだが,2022年6月時点のバージョンでは,東京,名古屋,大阪,京都エリアのカバーができているそうだ。また,2022年内には東名阪の3大都市圏と政令指定都市の主要部のカバーも予定しているという。

現在バージョンの「Lightship VPS」がカバーするエリアを紹介するNianticのTory Smith氏(Senior Product Manager,Niantic)
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表

 また,開発者向けには,Lightship VPSのVPSデータベースの構築に参加することができる専用アプリ「Niantic Wayfarer」の提供も計画されているとアナウンスされた。このアプリを使って周囲情景を撮影すると,撮影データがVPSサーバーに送られ,順次,Lightship VPSデータが増強されていく仕組みとなっている。屋外情景はもちろんのこと,自身の部屋などの極めてローカルかつプライベートな空間のスキャンにも対応しているとのことだ。

NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表
開発者向けに提供されるLightship VPSのVPSデータベース構築用アプリ「Niantic Wayfarer」を紹介するSmith氏
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表
位置情報ゲームの人気が高い日本では,NianticもVPSデータ増強に力が入る

 さて,今のところ,Lightship VPSが返すのは「ユーザーの位置情報」と「ユーザーの向き」のみとなっている点に留意したい。ユーザーが存在する周囲の立体構造(ジオメトリ情報)をLightship VPSから取得することには対応していないのだ。しかし,ARアプリを開発するためには,そうした情報は不可欠になる。たとえば,ARゲームにおいて,プレイヤーたるユーザーが,CGで描かれたボールを目の前に実在するコンクリート壁にぶつけたら,その壁面で跳ね返って欲しいだろう。これを実現するには,現実世界の3Dモデル化的な情報が不可欠となる。

 ということでNianticは,「Lightship VPS」と連携しつつ,そうした現実世界との関係性に辻褄の合うARアプリを開発するためのフレームワークとして開発中の「Lightship ARDK」も紹介した。

 Lightship ARDKは,ユーザー端末にLiDARスキャナーがあればこれを活用して周囲情景の3D構造(深度構造)を取得でき,逆にLiDARスキャナーがない場合は通常のRGBカメラが捉えた映像中から取得される運動視差情報からそれなりの3D構造を取得できる。また,AI技術を活用することで,ユーザー端末のカメラが捉えている映像に対し,自動かつリアルタイムに,情景内の地面,空,建造物,人間,植物といったオブジェクト認識情報も返せる機能を実現している。CGの敵キャラを銃撃してもよいが,現実世界の人間を誤射してはいけない……といった仮想世界と現実世界を入り組ませた複雑なARゲームの開発も行えるというわけだ。

Lightship ARDKを解説する河合氏。左がオブジェクト認識,中央が人間認識,右が遠近の高精度距離感認識の機能デモの様子
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表

 また,比較的コンパクトで迅速に位置ゲー/ARゲームを開発できる手立てとして,Webブラウザベースの位置ゲー/ARゲームを開発できるようにするためのフレームワーク「Lightship VPS for Web」も開発中であることが発表された。開発を担当しているのはWebベースのARアプリのリーディングカンパニーとして知られ,2022年3月にNianticによって買収されたばかりの8th Wallだ。

8th Wallが提供するWebAR SDKの利用に際して日本円が利用が可能になった
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表
8th WallのWebAR SDKと組み合わせて利用できる「Lightship VPS for Web」も開発中
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表

 今後,Nianticが提供する一連の開発フレームワークの恩恵を受けて,大中小,さまざまな規模の位置ゲー/ARアプリが登場してくる可能性がある。しかしその一方で,一般ユーザーが,そうした多数の位置ゲー/ARアプリ群にリーチできないかもしれない。大企業が開発した大作タイトルや,あるいは有名キャラクターものであれば,多くのユーザーが意識を払ってくれるかもしれないが,インディーズのミニタイトルなどはそうしたビッグタイトルに埋もれてしまう可能性がある。そこで,Nianticは,そうした状況への対策として「Niantic Campfire」というアプリの提供を計画していることを明らかにした。

位置ゲー/ARアプリの愛好家向けのスタンダードSNSの地位を目指す「Niantic Campfire」
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表

 Niantic Campfireは,ユーザーである自分の現在位置周辺で利用出来る位置ゲー/ARアプリを見つけたり,そうした位置ゲー/ARアプリのローカルイベントに参加することができるようにする、いわばSNS的なアプリとなる。ユーザー同士のメッセージ交換などもできるとのことで,Nianticとしては位置ゲー/ARアプリの愛好家向けSNSとして強く訴求していくようである。今夏にはさっそく提供が予定されているとのことで,Nianticが提供する位置ゲーであるIngress,ポケモンGOへの統合をアナウンスした。また,Nianticが開発する新作のペット育成型の位置ゲー「Peridot」にも統合が予定されているという。

Niantic Campfireを起動すると,そのユーザーの現在地周辺の地図が表示され,その地図上に今利用出来る位置ゲー/ARアプリのアイコンが表示される,という仕組みだ
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表


 すでに,いくつかのゲーム/アプリ開発スタジオが「Lightship VPS」を活用して実際のコンテンツ制作を進めており,イベント会場では,開発進行中の多様なVPS応用型の位置ゲー/ARアプリを体験できた。というわけで,実際に体験した位置ゲー/ARアプリ群の体験所感をお届けしよう。

 最初に体験したのは,集英社XRが開発したARインタラクティブアプリだ。これは現実世界の特定の建造物や彫像などに反応して,集英社が誇るコミックキャラクターとのインタラクションが楽しめるものであった。見るだけのデモ的なアプリではあったが,コミック関連イベントなどに連動して提供することで,場を盛り上げることには大きく貢献できそうだ。

NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表

 続いてDesigniumが開発しているAR型ゲームアプリを体験した。これは,現実世界の特定の建造物や彫像などに,埋め込まれた情報や紋章などのヒントを集め,最終的に正解行動を行うとイベントクリアとなる,いわゆる謎解き型脱出ゲーム的なコンテンツであった。VPSの特徴をいかし,現実世界に実存する建造物や彫像などの,部位単位に細かくゲーム要素を埋め込んでいたのが印象的だ。

NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表


 Rhizomatiksが会場で公開していたのはAR型インタラクティブ音楽制御アプリ「Sequenscape」だった。現実世界の特定の建造物や彫像などに配置された複数の液体金属生命体のような不思議なオブジェクト達それぞれに,任意の楽器音やメロディを割り当てて,その音楽演奏が楽しめるという内容だ。演奏者とも見なせる不思議な生命体のオブジェクトは,演奏される楽曲の音高変化やリズムに反応して姿を変えるため,ミュージックビジュアライザとしても楽しめた。

NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表
NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表 NianticがVPSベースの位置情報ゲーム/ARアプリ開発フレームワーク「Lightship VPS」を発表


 最後に体験したのは,2022年5月にソニーが発売した空間オーディオ再生に対応したワイヤレスイヤフォン「LinkBuds」のデモ用として開発された,サウンド特化型ARゲーム「Find Sound Fairies」だ。音を出しながら逃げ回る妖精を,ユーザー自身がその場所を歩き回りながら捕まえることを目的とした内容で,やたらとゲーム性が凝っていたことが印象に残る。逃げ回る妖精の移動の軌跡は,LinkBudsを付けたユーザーには立体音響として聞こえるため,視覚ではなく聴覚を頼りにして妖精を追い回す体験が楽しかった。開発担当は元SIE関係者だそうで,なるほど。納得の出来映え。

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