【月間総括】ソニーが狙う新定額サービスは行動変容を起こせるか
今回は,まず,ソニーの定額サービスについて触れておきたい。今年に入って,ソニーグループが,新しい定額制サービスを始めるのではないかという報道が相次いでいた。Microsoftの定額サービス「Xbox Game Pass」が会員をたくさん集めていて,人気化していると言われていることもあり,対抗サービスを打ち出したということだろう。
ソニーグループの行動は,相対的であることが多い。古くは振動機能,少し前であれば,メタバースとも言える仮想空間サービスのプレイステーションホーム,そしてPlayStation Nowのクラウドゲーミング機能,そしてPS VRなど,他社が素晴らしいものと喧伝し,メディアで持て囃されるテクノロジーを追随する形で提供してきた。
今回も同様であると考えている。では,このサービスがゲーム機の販売促進に寄与するか? とういう観点では意義はほとんどないだろう。ただ,業績的には安定的なキャッシュフロー(現金収入)を創出する効果があるので,意味がないとは考えていない。ソニーグループの経営戦略は「リカーリング」ビジネスによる業績の安定化もねらっているので,理に適っている。
今回発表されたリニューアルだが,非常に名称が分かりにくいというのが個人的な印象である。
具体的には,
おそらく,下位サービスとユーザーに認識されないために,このような設定になったのであろう。エース経済研究所では,サービスはシンプルなほうが選びやすいと考えているのであまり良いことと思わないが,ロイヤリティ(忠誠度)の高いユーザービジネスをやっているために,劣後と捉えられて,非難されたくないということだろう。
インターネット環境が当たり前になったことで集金コストが大幅に下がり,リカーリングビジネスが可能になったが,ほかのコンテンツに比べてゲームソフトは制作費用が巨額だ。もはやゲーム開発はAAAとなると100億円単位の世界になっている。これを低価格で提供することになる定額サービスにするのは,やはり無理があるということでPlayStation Plusでは,新作は提供されないということであろう。
そして,この新しいPlayStation Plusではクラウドゲームよりもダウンロード版のほうが注力されているようだ。Google Stadiaも低調で,2019年にきた2回目のクラウドゲーミング熱は冷めたように見える。
しかし,今メタバースやNFTが持て囃されているように,また数年後今度こそ技術的な問題が解決したとして,サービスを始める会社がでてくるだろう。「テクノロジーこそがイノベーションを起こす」と信じられているからである。そして,ソニーグループの経営陣も,常識的な判断として,同じことを考えているのではないだろうか。
しかし先日,早稲田大学を退官された内田氏の話を聞く機会があったが,イノベーションは,テクノロジーというよりも,行動変容であるとされていた。エース経済研究所でも,これまで,テクノロジーがイノベーションを起こすことはないとしてきたので同様の見解である。
行動変容という観点では,ニンテンドーDSでライトユーザーが脳トレを楽しむようになり,Wiiでモーションコントロールを楽しむようになったのは,まさしくこれにあたるだろう。Switchも,どこでもゲームが遊べるというスタイルを確立したのはまさに,行動変容である。
定額サービスは,お金の支払い方という観点でまさに変化と言え,一定の行動変容を起こしたサービスとはいえよう。ソニーグループの音楽事業の業績が好調なのも,このような行動変容に順応できたからである。
ゲーム事業でも,同じような行動変容が起こるかに注目している。行動変容を起こすことができれば,先行したMicrosoftには難しくても,任天堂に対して優位に立てるだろう。
それにしても,ソニーグループはかつて松下電器産業(現パナソニック)が得意としてきた二番手戦術を,行っているのは興味深いと思う。これは,組織の評価が減点法で行われているときに起こりやすいと推測しているが,今後,調べてみたいものである。
その一方,任天堂にとってゲームの定額サービスはやりたくてもできない事業である。それは,フルプライスで超長期間売れるゲームが多いからだ。
先ほども述べたように,ソニーはPlayStation Plusに新作は投入しないという。自社タイトルを中心に最新作もあるMicrosoftのサービスとは大いに異なる。
任天堂以外のPCも含めたゲームソフトの多くは,時間経過とともにゲームソフトの価値が急激に下がるのである。
日本一ソフトウェアにヒアリングしたときも,「当社はユーザーに当社のソフト価格が高いと認識されているのは承知している。高いというのがユーザーの本音ではなく,ボリュームやクオリティの問題を言い換えたものだと考えている。そして,社内でもすぐ値下げの議論がでる」とコメントしていた。
これは,ゲームソフトのコストの大半は開発費やマーケティング費用などの固定費なので,費用の回収が終わると極めて低価格でも利益が出てしまうためだ。そしてユーザーも,面白くない,あるいはボリュームがないと思っていても,それを価格が高いと表現してしまうことが多いとエース経済研究所でも考えている。
話を戻そう。現実の推移として,多くのソフトは時間経過で価値が大きく棄損してしまう。そのため,ダウンロード販売で,大幅な値引きができるといえる。だからこそ,定額サービスが可能になるといえるわけだ。
任天堂のゲームソフトは10年近くフルプライスで売れるタイトルがある。定額にしてしまうと自らの価値を切り下げるだけなので,任天堂はこの手のサービスはやりたくてもできないということなのである。
これは,任天堂にとっては弱点となりうる。ユーザーが定額サービスによって行動を変容する事態になってしまうと,時代の変化に取り残されてしまうからだ。故岩田社長は任天堂を時代の変化に適応してきた会社と評したが,それが今後も維持できるかは分からない。社長が変われば,容易に価値観は変動してしまう。古川社長も,まだ若いという感覚かもしれないが,人材の育成には長い年月が必要である。変動が多きゲーム会社を経営する以上,次世代の経営者育成にはぜひ力を入れてもらいたいものである。
そして,古川社長には考えていただきたいことがある。任天堂はこれまでも行動変容を起こし,適応してきた企業である。もし定額サービスによる行動変化が起こるならば,任天堂らしい,別の行動変容を起こしてもらいたいのである。
最後にエース経済研究所は今月で解散予定である。これまでの読者のご厚情に感謝したい。6月からは新たな形で本連載を進めていこうと思う。
ソニーグループの行動は,相対的であることが多い。古くは振動機能,少し前であれば,メタバースとも言える仮想空間サービスのプレイステーションホーム,そしてPlayStation Nowのクラウドゲーミング機能,そしてPS VRなど,他社が素晴らしいものと喧伝し,メディアで持て囃されるテクノロジーを追随する形で提供してきた。
今回も同様であると考えている。では,このサービスがゲーム機の販売促進に寄与するか? とういう観点では意義はほとんどないだろう。ただ,業績的には安定的なキャッシュフロー(現金収入)を創出する効果があるので,意味がないとは考えていない。ソニーグループの経営戦略は「リカーリング」ビジネスによる業績の安定化もねらっているので,理に適っている。
今回発表されたリニューアルだが,非常に名称が分かりにくいというのが個人的な印象である。
具体的には,
- PlayStation Plus エッセンシャル
- PlayStation Plus エクストラ
- PlayStation Plus プレミアム
おそらく,下位サービスとユーザーに認識されないために,このような設定になったのであろう。エース経済研究所では,サービスはシンプルなほうが選びやすいと考えているのであまり良いことと思わないが,ロイヤリティ(忠誠度)の高いユーザービジネスをやっているために,劣後と捉えられて,非難されたくないということだろう。
インターネット環境が当たり前になったことで集金コストが大幅に下がり,リカーリングビジネスが可能になったが,ほかのコンテンツに比べてゲームソフトは制作費用が巨額だ。もはやゲーム開発はAAAとなると100億円単位の世界になっている。これを低価格で提供することになる定額サービスにするのは,やはり無理があるということでPlayStation Plusでは,新作は提供されないということであろう。
そして,この新しいPlayStation Plusではクラウドゲームよりもダウンロード版のほうが注力されているようだ。Google Stadiaも低調で,2019年にきた2回目のクラウドゲーミング熱は冷めたように見える。
しかし,今メタバースやNFTが持て囃されているように,また数年後今度こそ技術的な問題が解決したとして,サービスを始める会社がでてくるだろう。「テクノロジーこそがイノベーションを起こす」と信じられているからである。そして,ソニーグループの経営陣も,常識的な判断として,同じことを考えているのではないだろうか。
しかし先日,早稲田大学を退官された内田氏の話を聞く機会があったが,イノベーションは,テクノロジーというよりも,行動変容であるとされていた。エース経済研究所でも,これまで,テクノロジーがイノベーションを起こすことはないとしてきたので同様の見解である。
行動変容という観点では,ニンテンドーDSでライトユーザーが脳トレを楽しむようになり,Wiiでモーションコントロールを楽しむようになったのは,まさしくこれにあたるだろう。Switchも,どこでもゲームが遊べるというスタイルを確立したのはまさに,行動変容である。
定額サービスは,お金の支払い方という観点でまさに変化と言え,一定の行動変容を起こしたサービスとはいえよう。ソニーグループの音楽事業の業績が好調なのも,このような行動変容に順応できたからである。
ゲーム事業でも,同じような行動変容が起こるかに注目している。行動変容を起こすことができれば,先行したMicrosoftには難しくても,任天堂に対して優位に立てるだろう。
それにしても,ソニーグループはかつて松下電器産業(現パナソニック)が得意としてきた二番手戦術を,行っているのは興味深いと思う。これは,組織の評価が減点法で行われているときに起こりやすいと推測しているが,今後,調べてみたいものである。
その一方,任天堂にとってゲームの定額サービスはやりたくてもできない事業である。それは,フルプライスで超長期間売れるゲームが多いからだ。
先ほども述べたように,ソニーはPlayStation Plusに新作は投入しないという。自社タイトルを中心に最新作もあるMicrosoftのサービスとは大いに異なる。
任天堂以外のPCも含めたゲームソフトの多くは,時間経過とともにゲームソフトの価値が急激に下がるのである。
日本一ソフトウェアにヒアリングしたときも,「当社はユーザーに当社のソフト価格が高いと認識されているのは承知している。高いというのがユーザーの本音ではなく,ボリュームやクオリティの問題を言い換えたものだと考えている。そして,社内でもすぐ値下げの議論がでる」とコメントしていた。
これは,ゲームソフトのコストの大半は開発費やマーケティング費用などの固定費なので,費用の回収が終わると極めて低価格でも利益が出てしまうためだ。そしてユーザーも,面白くない,あるいはボリュームがないと思っていても,それを価格が高いと表現してしまうことが多いとエース経済研究所でも考えている。
話を戻そう。現実の推移として,多くのソフトは時間経過で価値が大きく棄損してしまう。そのため,ダウンロード販売で,大幅な値引きができるといえる。だからこそ,定額サービスが可能になるといえるわけだ。
任天堂のゲームソフトは10年近くフルプライスで売れるタイトルがある。定額にしてしまうと自らの価値を切り下げるだけなので,任天堂はこの手のサービスはやりたくてもできないということなのである。
これは,任天堂にとっては弱点となりうる。ユーザーが定額サービスによって行動を変容する事態になってしまうと,時代の変化に取り残されてしまうからだ。故岩田社長は任天堂を時代の変化に適応してきた会社と評したが,それが今後も維持できるかは分からない。社長が変われば,容易に価値観は変動してしまう。古川社長も,まだ若いという感覚かもしれないが,人材の育成には長い年月が必要である。変動が多きゲーム会社を経営する以上,次世代の経営者育成にはぜひ力を入れてもらいたいものである。
そして,古川社長には考えていただきたいことがある。任天堂はこれまでも行動変容を起こし,適応してきた企業である。もし定額サービスによる行動変化が起こるならば,任天堂らしい,別の行動変容を起こしてもらいたいのである。
最後にエース経済研究所は今月で解散予定である。これまでの読者のご厚情に感謝したい。6月からは新たな形で本連載を進めていこうと思う。
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