連載「五十嵐孝司の思考」第4回:「アイデアの出し方,企画書の書き方」


 「Bloodstained」シリーズや「悪魔城ドラキュラ」シリーズなどを代表作とする,ゲームクリエイターの五十嵐孝司氏。五十嵐氏は1990年に社会に出て以来,長らくゲーム開発に携わっており,ゲームファンの間では広く名を知られている。今からゲームクリエイターを目指す人,すでにゲーム業界に入っていて試行錯誤を繰り返している人の中には,五十嵐氏のような存在になることを目標としている人も多いことだろう。

 そんな五十嵐氏が今までに何をやってきたか,そして今は何をやっているのかを深掘りすることで,ゲーム業界を目指す人や現役開発者の今後に役立つヒントを見出せるのではないか,というのが本連載の趣旨である。第4回となる今回は,五十嵐氏に「アイデアの出し方,企画書の書き方」というテーマで話を聞いた。

エンターテイメントに触れたときは,必ず自分なりの分析をする


GamesIndustry.biz:
 本日はよろしくお願いします。今回は「アイデアの出し方,企画書の書き方」というテーマで,五十嵐さんはどうやってアイデアを思いつくのか,それをどのように企画書に落とし込むのかなどについて,お話をお聞かせ願えればと思います。

五十嵐孝司氏(以下,五十嵐氏):
 まずゲームをプレイするときは,「どこが面白いのか」「どこが自分的に嫌か」「自分が作るならどうするか」を常に考えます。

GamesIndustry.biz:
 ゲームを遊ぶというよりも,仕事としてプレイすると。

五十嵐氏:
 ええ,だから全然楽しくないこともあります(笑)。良いとされるゲームは,何が良いのかをチェックする。
 クリエイターは大きく2種類に分類されて,その1つがゼロから1を作るタイプですが,極めて稀な存在です。
 もう1つは1から2や3を作って,それをまた1にして……ということを繰り返すタイプで,クリエイターの大半がこちらです。そうなると,まず1を知らないとダメですよね。ゲームを遊ぶときや映画を観るときなど,エンターテイメントに接したときに自分なりに分析をすることが出発点になると思います。

GamesIndustry.biz:
 そうした分析結果はメモにまとめたほうがいいのでしょうか。

五十嵐氏:
 実を言うと僕はメモが苦手なんで,「覚えていないものは,要らない記憶」ということにしています。そのとき良いと思ったのに覚えていないということは,それほど良くなかった,インパクトがなかったということなんだろうと。ただこの考え方は,あまりオススメできないかもしれません(笑)。

GamesIndustry.biz:
 最近だと,どんなものが記憶に残っていますか。 

五十嵐氏:
 特撮のカメラワークですね。良いシーンを観ると,「どうやって撮っているんだろう?」と。最近はドローンを使って撮影しているシーンもあって,「これをゲームに落とし込むにはどうすればいいか」みたいなことはよく考えます。

GamesIndustry.biz:
 あらゆるエンターテイメントを逐一分析しているわけですか。

1回めは何も考えずに楽しんで,面白かったものだけもう一度観て分析する

五十嵐氏:
 最近はそれほどでもなくなりましたが,昔は本当にそうでした。1回めは何も考えずに楽しんで,面白かったものだけもう一度観て分析するみたいなことをやっていましたね。

GamesIndustry.biz:
 そうやって記憶に残ったものを,ゲーム作りに活かすと。

五十嵐氏:
 そうです。僕は,お題をもらうほうが発想しやすいタイプで,「好きなものを作って良い」と言われると,結構悩んでしまうんです。

GamesIndustry.biz:
 そこでいうお題というのは,例えば「アクションゲームを作ろう」といったものですか。

五十嵐氏:
 そのとおりです。僕はよく「探索アクションゲーム」を依頼されるのですが,「だったら世界観はどうしましょうか」と。例えば舞台は中世で,ゴシックホラー調でとなれば,そこから紐付くものをどんどん出していって……という感じですね。

GamesIndustry.biz:
 そういった発想を,ゲームの企画としてまとめていくと。

五十嵐氏:
 企画の立て方には,いろんなパターンがあります。まず今挙げたみたいに,「このタイトルの移植をしてください」「こういう類のゲームを作ってください」といったお題をもらうパターンがあります。
 その一方で,市場分析をして「今,これが流行っているので,そこに対してアプローチをしていこう」という形で完全オリジナルタイトルの企画を立てるケースもあります。


最初はコンセプトとセールスポイントをまとめた企画草案書を作成


GamesIndustry.biz:
 そうした企画を上司やクライアントに承認してもらうために,書面にまとめていく必要があると思うのですが,そもそもゲーム開発における企画書とはどんなものなのでしょうか。

五十嵐氏:
 一般に企画書と一括りにされていますが,僕は企画草案書と企画書に分かれると捉えています。
 企画草案書は全体のコンセプトとセールスポイント,セールスポイントに紐付く要素,簡単な世界観をまとめたものです。
 企画書は,ゲームの仕組みや操作方法など,より細かく書いてある感じですね。

GamesIndustry.biz:
 ということは,まず探索アクションのようなお題をもらって,それをもとにセールスポイントや世界観を決めて企画草案書を作り,上司やクライアントの承認を得て企画書作りに進んでいくと。

五十嵐氏:
  そうですね。企画書は設計図のようなものですから,最近だと詳細は開発を進めながらGDD(ゲームデザインドキュメント,仕様書)に記していくことになります。

GamesIndustry.biz:
 規模の大きなプロジェクトだと,企画書をチェックする人も増えるのでしょうか。

五十嵐氏:
  企画書までチェックとかはなかなかないです。そもそも,大規模プロジェクトを動かすような大手企業だと,承認する人がゲームに詳しくなかったりすることも往々にしてあります。百戦錬磨のゲームクリエイターなら,頭の中でゲームの完成形が見えているかもしれませんが,そういう人は経営陣じゃなく現場にいるんですよね。その人の頭の中を書類で共有できるかというと無理なんです。
 そうなると,アウトプットを見せたほうが早いとなります。そういうケースでは,企画草案が通ったら内部向けの企画書を作り,マイルストーンを決めてアウトプットを作っていきます。そうやって作ったアウトプットの承認タイミングは,会社によっても定義が異なりますが,大きくはプリプロとα版,場合によってはβ版が加わるといったところですね。

GamesIndustry.biz: 
 確かに,書類ではよく分からなくても,映像を観れば一発で理解できることも少なくありません。

五十嵐氏:
 アウトプットで「こういう遊びです」「こういう表現をします」と見せたほうが,分かりやすいわけです。

GamesIndustry.biz:
 そうなると,企画草案書の段階ではそれほど深く考えなくても良いのかなと思ってしまうのですが。

五十嵐氏:
 いや,悩むときは悩みますよ。例えばシリーズものには共通の世界観が根底にあるので,その世界観のどこにこの企画を乗っけるかというパズルのピースを嵌めるような作業があるくらいで,あとはゲームの仕組みに沿って設定を作るだけですから,ステップ的には比較的簡単です。
 それ以外の場合,とくに「何でも良い」と言われると本当に困りますね。あとは探索アクションと言われても,僕が過去に作ったものと意図的にバッティングさせるのか,それとも違うのか,違うとしたらどう差別化するのかといった考え方をすることが多いです。
 
GamesIndustry.biz:
 そうやって作った企画草案を上司やクライアントに見せたときに,当然ダメ出しを食らうこともあったかと思うのですが。

五十嵐氏:
 ダメ出しやボツはたくさんありましたけど,あまり印象に残っているものはないですね。同じ会社にある程度いると「こういう企画は通りにくい」という情報が流れてくるので,そもそもそういう企画は避けますし。
 世界観に関しては,「これならファンタジーもののほうが良い」といったダメ出しもありましたが,シリーズものであればなかなか覆せないですからね。
 過去にはきちんと市場分析をして「今,こういうのが来てる」「オリジナルを作るなら,市場のニーズに沿ったものにチャレンジしよう」ということで作っていった結果,それまでにないゲームになって社内で物議を醸した企画もありましたが,味方になってくれる人がいて最終的に通りました。

GamesIndustry.biz:
 ある程度の規模の会社になると,社内の政治力というか,力関係がものを言うことも少なからずありますよね。

五十嵐氏:
 それはもう,どうしようもないですね。だからと言って,力のある人に取り入って何かしてもらうのも簡単ではありませんし。僕は社内政治の蚊帳の外にいましたから。

GamesIndustry.biz:
 例えばどんな企画がボツになったのでしょう。 

五十嵐氏:
 原作付きのタイトルで,原作者が気に入らなかったとかですね。……言ってしまうと,僕は社内でホームランを打った側の人間だったので,前職ではそこまで大きなダメ出しやボツはなかったんです。
 ただ独立してからは,パブリッシャに投資してもらうために企画を作っても,なかなかGOサインが出ませんね。企画を気に入ってくれて,すごく褒めてくれて「ぜひ,やりたい!」とまで言ってくれるんだけれども,そのあとに「開発費が高い」と言われたこともあります。とくに海外の人にその傾向が強く,修正の指摘がないので,企画を否定されているわけではないですから,開発費を抑えれば通るのかもしれませんが。
 あとは企画草案も予算も承認されて作り始めたんですが,企画書どおりにプリプロで完璧に作ったのに,ボツになったなんてこともありました。


GamesIndustry.biz:
 前職では,上司からお題を出されて企画を立てていたわけですか。

五十嵐氏:
  そうですね。割とありました。例えば「今,こういうのが流行っているからそれに乗っかろう」みたいなお題や,「外部でこういうのを作っているから,それを使って何かできないか」というお題もありましたね。あとは,「流行っている」という噂のタイトルが外部から売り込みがあったと聞いて,直接事業部に行って「オレにやらせてくれ」と言ったこともありましたね。

GamesIndustry.biz:
 あるタイトルがヒットしたときに,競合他社からクローンが雨後の竹の子のように続々と出ることってありますよね。「あれのクローンを作ろう」というお題はあったのでしょうか。

五十嵐氏:
 当然あります。僕のところに来なくても,社内の誰かに行きます。そういうお題が来たときは,どうやって差別化を図るか考えますね。

GamesIndustry.biz:
 話は戻りますが,そうやって企画を立てる中でさまざまなエンターテイメントに触れて印象に残った要素を入れていくわけですよね?

五十嵐氏:
 今の僕はプロデューサーなので,企画草案が承認されたあとは企画書作りをディレクターに任せてしまうんです。たまに「これをやりたいんだけど」みたいなことを言うこともありますけれど。

GamesIndustry.biz:
 ちなみに企画書は手書きですか。

五十嵐氏:
  企画草案書は,主にパワーポイントを使って作っています。企画書とかはエクセルが多いですかね。

GamesIndustry.biz:
 世界観を絵で描いて示したりするのでしょうか。

五十嵐氏:
  僕は絵はあんまり描けないんです。ツールも使えません。
 最近だと,外部の人や社内のスタッフに依頼してコンセプトアートを描いてもらったりしますね。あとは本当に初期の段階で,かつ限られた人達向けですけれども,参考資料としてほかの人の著作物を使った企画草案書を作ったりもします。

GamesIndustry.biz:
 イメージを共有するという意味で,他人の著作物を参考資料にすることは,おそらくほかのクリエイターもやっていますよね。

五十嵐氏:
 そうだと思います。あくまでも「こういう感じ」というイメージを共有するためにですが。
 あとは最近の案件で「絵はなくていい」と言われて,完全に絵なしで文章だけの企画草案書を作ったこともあります。

GamesIndustry.biz:
 手書きで企画書を作る人は,まだいますか。

五十嵐氏:
 手書きの企画書は見たことないですね。僕らはもともとコンピュータを扱っていますから,最初から手書きじゃなかったんです。


ゲームは企画書・仕様書のとおり作っても面白くならない可能性がある


GamesIndustry.biz:
 企画草案書はどれくらいのボリュームになるのでしょう。

五十嵐氏:
 最低限でペラ2枚と言われていますが,僕はそれだと書き切れないですね。僕の場合はコンセプトとセールスポイント,仕組みを合わせて10〜20枚くらい必要です。イラストなどが入るともう少し増えますね。

GamesIndustry.biz:
 他人の企画草案書を見るとき,どこに注目しますか。

五十嵐氏:
 セールスポイント,つまり特徴がしっかり説明されているかどうかです。よくセールスポイントと言いつつも,書きたいことを書いているだけというケースがあるんですが,「このセールスポイントに対して,こういうアプローチをする」「このシステムが,このセールスポイントに結びついている」という内容になっていないと,僕は通さないです。もっとも企画草案は僕がやるので,あまりほかの人のものを見る機会がないんですけれども。

GamesIndustry.biz:
 五十嵐さんが企画草案を作って,ディレクターが企画書に落とし込むわけですよね。企画書のボリュームは,どのくらいになるのでしょうか。

五十嵐氏:
 全部の仕様を書くとなると今のゲームでは相当の物量になるので,HTMLなどのデータにしてしまいますから,ページ数はもう分からないですよね。ページを作って,その中に敵の挙動などを逐一書いていって。
 僕が以前自分で書いた企画書は,当時のワープロソフトの書式で40ページくらいだったと思います。そもそも,昔は企画書をきちんと作らないことも多かったんですよね。開発終了時に「企画書は?」と聞かれて,あとから作ったり。指示書も,「こういう感じにしてください」とそこら辺の紙に書かれているのをまとめただけなので,不揃いの不格好な体裁になっていましたね(笑)。

GamesIndustry.biz:
 今は,きちんと管理されていると。

五十嵐氏:
 ある程度はそうですね。ただ,ゲームは仕様どおり作れば良いというものではなく,実際に遊んでみて変えたほうが良いとなることもありますから,少し緩めになっています。

GamesIndustry.biz:
 以前のお話だと,ディレクターに任せてからは五十嵐さんは基本的に口を出さないということでしたけれども。

五十嵐氏:
 ディレクターが聞いてくれば答えますし,一とおり見て口を挟むこともあります。大きなNGというよりは,「これはちょっとまずいかも」とか,表現的に「これはやり過ぎかな」という感じですね。たいていはディレクターが自分で分かっているので,事前に相談に来ますけれども。

GamesIndustry.biz:
 五十嵐さんの基準がどこにあるのか,皆が理解している感じでしょうか。

五十嵐氏:
 そうですね。助かっています。

GamesIndustry.biz:
 企画書は,最終的にどこまで作り込めば良いのでしょうか。

五十嵐氏:
 チームによってさまざまですが,プランナーとプログラマーが完全に分かれている場合は,プログラミングができる仕様がないとダメですね。例えば,この敵はこういう挙動で,こういうアルゴリズムで……といったところまで書いてあるものもあります。
 僕が現場でプログラミングしていたときはそこまで書いてなくて,ある程度動かし方を決めたらあとはプログラマーが勝手に動かしていたので,本当にチーム次第ですね。
 ただ企画書を詳しく書いたほうが,こう動かしてほしいという理想の形が実現しやすいです。とくに人数の多いチームは,詳しく書いたほうが良いでしょう。
 その一方で,企画書に書いてあるとおりに作れば良いと思われてしまうのも困りものなんですよ。

GamesIndustry.biz:
 と言いますと。

企画書どおりに作ったから面白くなるかというと,ゲームはそうじゃない

五十嵐氏:
 企画書どおりに作ったから面白くなるかというと,ゲームはそうじゃない。例えばプログラムを組んでいるときに分かるんですよ,「これ,良くないな」と。だから勝手に変えていいかどうかという話ではなく,企画に対して実際にプログラムを動かしている現場からアプローチできるべきだと考えています。

GamesIndustry.biz:
 そういう指摘ができる空気感を作っていくと。

五十嵐氏:
 そこがチーム作りの難しいところなんですよね。昔はプランナーがいなくて,デザイナーとプログラマーだけでゲームを作り上げていたんですよ。そうなると,そもそもゲーム業界に入ってくるのは,ゲームを作りたい人だけだったんです。また業界的にも歴史が浅く,将来どうなるかも分かりませんから,強い意思が必要です。そういう人達には「自分の理想のゲーム」があり,逆に「自分的に許せないもの」もあります。それらを軸に,また違ったアプローチを生み出すこともできるでしょう。
 しかし昨今は,ゲーム開発が職業として確立しています。上場企業も増え,周囲から見て憧れの職業と言われるくらいになってきました。そうなると,ゲームを作りたいというよりも「確立した職業だから」という理由で業界に入ってくる人が出てくるんですよね。

GamesIndustry.biz:
 「この職業に就けば,食っていける」と。

五十嵐氏:
  「ゲームを作りたい」ではなく,「プログラミングができるから,ゲームのプログラマーになる」という理由で業界に入ってしまうと,ゲームに対するアプローチがしづらくなる人もいます。もちろんそういう人も必要な業界ではあります。
 しかしながら,例えばゲームをプレイしていて気持ち良いと感じる部分は,企画書や仕様書に書かれていない,ちょっとした部分にあったりします。ゲームに思い入れがないと,それが分からないので企画書や仕様書のとおりにゲームを作ってしまう。そうすると企画書通りなんだけど,なんか違うってなるわけです。

GamesIndustry.biz:
 数年前に行われた「『スーパーマリオブラザーズ』のマリオのジャンプは気持ちいいのに,なぜクローンはそうならないのか」といったような内容の講演を思い出しました。

ジャンプだけでそれが良いゲームかどうか分かりますよ。ジャンプはそのくらい重要なファクターなんです

五十嵐氏:
 僕も2Dアクションゲームを作っているので,ジャンプだけでそれが良いゲームかどうか分かりますよ。ジャンプはそのくらい重要なファクターなんですが,それを理解している人がどれだけいるのかという話です。「物理法則に従って,こういう放物線を描けば良い」ではないんですよ。

GamesIndustry.biz:
 最初の話につながりますけれども,きちんと「スーパーマリオブラザーズ」をプレイして,「このジャンプは気持ち良い」ということを理解していないとダメということですね。

五十嵐氏:
 そうです。理解している人が理解していない人に指導する必要があるんですけれども,そもそも「気持ち良い」という体験をしたことがない人はいくら教えられても理解できないんですよね。いろんなルールを作ってみたりもしましたが,結局,理解している人が調整するほかない。最終的に,理解できない人には「あとからパラメータをいじって調整できるようにしておいてください」という指示をするしかないんです。

GamesIndustry.biz:
 今後,そうした気持ち良い部分を理解していないままゲーム業界に入ってくる人が増える可能性があると。

五十嵐氏:
 志を持って入ってくる人はいるんです。面談で「どんなゲームが好きで,自分だったらどこを変えるか」みたいな質問に熱く答える人がそうですね。自分の中に,「これは良い」「これはダメ」を持っている人を見極めていくしかないのかなと考えています。

GamesIndustry.biz:
 お話を聞いていると,たくさんのゲームに触っていないと,ほかと差別化を図ったセールスポイントを作り出すのは難しいのではないかと感じます。

五十嵐氏:
  確かにそれはあると思います。ただ,セールスポイントは目的を持って「このプロジェクトをどういう形で進めたいのか」を考える人が決めるべきだと考えています。企画草案には「こういう市場に投下して,こういう風にやる」ということが書かれていたり,明確な目的が書いてあるはずですから。自分でやってるか振り返る必要はありますね。


企画コンテストの壁となるのは,新規性の発掘と経営陣が抱く思惑の不一致


GamesIndustry.biz:
 企画書の段階では,予算に関してはどの程度考慮するのでしょう。

五十嵐氏:
 前職だと,昔は人員計画表を作って……という感じで厳密に予算を立てていましたね。最近の僕は市場の状況を見て,このくらいの収益が見込めるから,予算はこのくらいかなという感じでやっています。例えばまだどのプラットフォームで出すか決まっていないケースで,クライアントがいる場合はザックリと幅を持たせた予算感を提示します。
 
GamesIndustry.biz:
 ある程度経験がないと,予算を踏まえた企画は立てられないですよね。

五十嵐氏:
 そうですね。もちろん,予算を考慮しないで企画を立てる人もいます。僕はプロデューサーという立ち位置なので,予算も含めて考えますけれども。

GamesIndustry.biz:
 会社として存続していくためには,ゲームを1本作ったら終わりではなく,2本3本と継続して開発していく必要があります。そうなると1本のゲームを作っている最中に,次のゲームの企画を立てることもありますよね。

五十嵐氏:
 もちろん,あります。そのために,社内にラインをいくつか持つというイメージですね。同じ人が2本連続でディレクターを担当する場合は,1本めの開発が終わる前にどう進めるか相談します。

GamesIndustry.biz:
 社内で企画の公募みたいなことはやっていますか。

五十嵐氏:
  色々な会社で企画コンテストをやっているという話は良く聞きますが,自分の経験上,受賞作品が商品にならないことが多いんですよ。と言うのも,審査員には経営側だけでなく,バリバリのクリエイターがいるからです。
 クリエイターの審査員は,新規性のあるものや毛色の変わったものを選ぶ傾向が強いんですよね。彼らが選出したものを実際に形にしてみると,当然ですが見たこともないゲームになります。そういった見たこともないゲームは,経営側から見ると心配の種でしかありません。そうなると予算の規模を縮小するか,話自体が消えるかという岐路に立たされることになるんです。

GamesIndustry.biz:
 わざわざコンテストをやるわけですから,既視感のあるものが選ばれないのは当然ですよね。

五十嵐氏:
 でも市場に出して売れるのは,見たことがあるものかもしれない。そうなるとコンテストをする意義と,商品開発の意義が少しズレてくるんですよね。

GamesIndustry.biz:
 コンテストをやる時間と手間を考えたら,もっと売れる可能性のあるゲームを開発したほうが経営的には有意義だと。

五十嵐氏:
 ええ。おそらく,いろいろなところでそんなようなことは起きていると思います。

GamesIndustry.biz:
 審査員を入れ替えれば,解決できそうですが。

五十嵐氏:
  商業ベースの作品が選出されるようになると,新しいアイデアが出にくくなるんですよ。「このタイトルの続編を作ったら売れると思います」みたいな企画ばかりになってしまうんですよね。「僕の考えるこのタイトルの続編は,こんなのだ!」だらけになる(笑)。
 そもそも企画コンテストは,今まで注目されてこなかった部分や発想の面白さを評価するためにやるわけですから,それと経営側の思惑が合致しないと,あまり意味がないものになってしまうんです。

GamesIndustry.biz:
 ただ,市場で売れるかどうかは出してみないと分からないという側面もありますよね。

五十嵐氏:
 分からないものに関しては,何か保証がないと経営陣がなかなか納得しません。「企画が良い」「ゲームバランスが良い」というのは,ものの売れ方とは全然関係ないんですよね。中には,それらがセールスポイントとガッチリ結びついた優れた企画もあるでしょうが,ゲームとして面白いことをセールスポイントに挙げられても,ピンと来る消費者はほとんどいません。それよりも「派手な画面」「素敵な音楽」といったように,五感を刺激されると消費者は「おっ!」と惹きつけられます。
 今でこそネットで情報を得られるので,あとからゲームの評判を聞いて買ってくれる消費者も多少増えましたが,基本的にものの売れ方は初動によって決まるので,最初の売れ方が細いとそのあとが結構しんどいんです。
 だからと言って,優れたゲームを目指さなくてもいいかというと,それはまったく別の問題です。優れたゲームを作れば,続編などそのあとの広がりを期待できるようになります。

GamesIndustry.biz:
 なるほど……,ゲームって難しいですね。

五十嵐氏:
 だから最初は,グラフィックスの良さなど見た目をアピールしたほうが効果的なんですよね。ゲームが好きな人からすると,不本意だとは思いますが。

GamesIndustry.biz:
 企画を通したり,予算を勝ち取ったり,あるいは世間の注目を集めたりする意味では,ということですよね。

五十嵐氏:
 そうですね。その一方では,「この人が作るなら」という理由で企画が通り,世間から注目を集めるクリエイターもいます。もっとも,それはほんの一握りですけれども。

GamesIndustry.biz:
 昨今だと,インディーズでリリースされたゲームを買ってパブリッシングする会社も増えましたよね。

五十嵐氏:
 完成したゲームを触って,売れそうだから自分のところで売るという分かりやすいスタイルですよね。

GamesIndustry.biz:
 そうしたゲームには,新規性もある程度担保されていますし。

五十嵐氏:
 インディーズのほうが,「このゲームが好きだけれども,自分が作るならこうする」という部分が顕著に出ていますよね。僕らも昔はそうだったなと思っています。



経営陣は人を信じて投資する。クリエイターは自分の企画に合致する未来を描く


GamesIndustry.biz:
 お話を聞いているとゲームの企画を通すためには,結局は情熱を持った人が企画草案を出し,企画をまとめて社内を説得して通すほかないんですね。

五十嵐氏:
 そういうことです。情熱を持った人が企画草案を作って,社内に影響力のある人がそこに乗っかると,企画が通ってゲームが作れるようになる。

GamesIndustry.biz:
 「面白い,面白くない」はあまり関係ないと。

僕が経営陣に良く言うのは,「企画に金を出すな。人に金を出せ」です

五十嵐氏:
 面白さの説明は難しいですからね。僕が経営陣に良く言うのは,「企画に金を出すな。人に金を出せ」です。クリエイターと経営陣には乖離があって,連載第2回でも触れましたが,クリエイターは未来を見ています。しかし経営陣は,過去を見ているんです。
 経営陣は売れているもの,売れたもので価値を判断します。売れているものは,今この瞬間から過去のものになります。すなわち経営陣は,過去のもので価値を判断しています。一方クリエイターは,「既存のものをもっと良くする」「現状を破壊する」という形で未来を向いています。向かうベクトルがまったく違うわけですから,どうやっても両者は合致しないんですよね。合致しないから,経営陣は未来を向いている企画に対して判断が下せない。
 そうなると,「人を信じるかどうか」ということになります。経営陣には「この人が持ってきた企画だから信じようという形で,人に投資をしてほしい」という話をしています。

GamesIndustry.biz:
 逆にクリエイターが,経営陣に対して何か働きかけることはできますか。

五十嵐氏:
 クリエイターには,「過去のデータを使って,自分が思い描く未来を捏造してほしい」という話をしています。未来なんて誰にも決められないですから,過去を振り返って「こういうデータがあるから,こういう未来が来るはずだ。だから今,この企画を立てた」というロジックだけは作っておくと良いですね。そうやって,経営陣に対して最低限の保証を作ることが,クリエイターのやるべきことです。

GamesIndustry.biz:
 過去のデータに基づいて,自分の企画に合致する未来を描き出すと。

五十嵐氏:
 ゲームは生活必需品ではないので,ヒットビジネスです。つまり半分くらいは博打ですから,企画に対して博打を張ろうとすると「今,これが売れているから,うちでもこういうのを売らないとダメなんじゃないか」という考え方に陥りがちです。しかし今売れているものは1年後,早ければ3か月後には売れなくなります。そのときにまた「これを売らなければ」とやっていくのでは,キリがなくなってしまいます。経営陣は,人を信じてお金をベットするというやり方に切り替えないと,ゲームを売っていくのは厳しいかなと思いますね。

GamesIndustry.biz:
 そうなると,クリエイターは経営陣にベットしてもらえるよう地道に実績を作り,信用を高めていかなければなりませんよね。

五十嵐氏:
 「お前さんがそう言うなら,しゃあないわ」と言わせられるようになると良いですね。

GamesIndustry.biz:
 そこまで信用を高めるには,かなりの実績を積み重ねないと。そうなると十年単位で考えなければなりませんから,人生設計にも影響が出そうですね。

五十嵐氏:
 その意味では,きちんと自分の意見を主張したほうが良いですね。そうした主張をせずに,あとから「自分もそう思っていました」と言う人は信用されません。きちんと主張すれば,前回前々回の連載で触れた権限と責任の関係で否定されても,爪痕を残すことができます。仮に「あいつの言っていたことが正しかった」となれば,のちのプロジェクトにメインスタッフとして起用されるかもしれません。

GamesIndustry.biz:
 言われたとおりに作業するだけではなく,主張もしていくと。

五十嵐氏:
 言われたとおりに作業するだけでは,体の良い作業員でしかないですから。上にいくのは難しくなりますね。

GamesIndustry.biz:
 今回の話をまとめると,将来的に自分の企画を立ち上げたければ,きちんと意見を主張する。あとはいろんなゲームに触れて,自分なりの分析をするということですね。

五十嵐氏:
 ゲームに限らず,いろんなエンターテイメントに触れて,面白いと思う部分に対して分析すると良いですね。おそらくクリエイターと普通の人の違いは,分析するかどうかなんですよ。普通は「面白かった」で終わりなんですが,クリエイター同士だと「ここがこうなっているから面白い」という話になるんですよね。

GamesIndustry.biz:
 その意味では,クリエイターはゲームライター向きかもしれませんね。ゲームの記事には,基本的にもそのゲームの何が面白いのか,何がほかと違うのかを書きますから。

五十嵐氏:
 そうですね。そう言えば昔,ゲームの要素を分解して,良いところや悪いところを文章化するなんてこともやっていた記憶があります。

GamesIndustry.biz:
 ゲームの仕組みだけでなく,市場にこういう流れがあって,このタイミングでここにこれが出て来たから,ちょうどハマったみたいな分析も加えられますよね。

五十嵐氏:
 そこまでできれば,プロデューサーになれますよ。そういう視点でゲームを説明できるようになると,すごく良いですね。

GamesIndustry.biz:
 新社会人などまだ若い人には難しいかもしれないけれども,ゆくゆくはそういう視点を持ってほしいと。

「自分はこのゲームをもっと良くしたい」という人はどんどん上の立場になっていく傾向がありますね

五十嵐氏:
 若い人達に対して僕が考えるのは,「作りたいものがあるでしょ?」ということなんですよね。たいていは「あのゲームが作りたい」なんですけれども,ただそのゲームを作るチームの一員になりたいのか,それとも「自分が改革して,もっと良くしたい」と思っているかという違いがあると思います。前者だと,そのゲームを作る人になるだけで満足しがちですが,「自分はこのゲームをもっと良くしたい」という人はどんどん上の立場になっていく傾向がありますね。
 また自分の企画を通したいのであれば,連載第2回で言ったとおり,インディーズでゲームを作るのが一番良いです。インディーズゲームを作った実績を持って,大手のゲーム会社に入社することもできるでしょうし。本業の空いた時間に副業としてゲームを作れるくらい開発環境も整ってきていますから,活用しない手はないと思いますね。

GamesIndustry.biz:
 この連載でずっとお話を聞いてきて,自分の企画をゲームという商品として世の中に出すのは,本当に大変なんだなと改めて感じました。本日もありがとうございました。

株式会社ArtPlay公式サイト


※次回の掲載は2021年7月8日頃を予定しています