連載「山岡 晃の我以外皆我師」:株式会社カドー 鈴木 健氏にデザインの秘訣を聞く

 「SILENT HILL」シリーズでは本業であるサウンドクリエイターの枠をはみ出してプロデュース業まで手掛けるなど,肩書きに囚われずクリエイティブ活動を展開する山岡 晃氏。そんな氏が日頃から思う“クリエイティブとはなんぞや”という問いに立ち向かうべくスタートしたのが本連載だ。

 ここでは業界にこだわらず,広い意味でクリエイティブな活動をしている方々との対話を通した気づきを得るのが趣旨となる。そんな連載の初回ゲストは家電メーカー「カドー」の鈴木 健氏。プロダクトデザイナーとして“空気をデザイン”することにこだわる鈴木氏が,どのようにしてそのフィロソフィーを抱くに至ったかに触れる。果たして,プロダクトデザイナーとの対話を通し,山岡氏は何を学ぶのだろうか。


出会いのきっかけは一目惚れした加湿器


山岡 晃氏(以下,山岡氏):
 この企画を始めるにあたって,真っ先に顔が浮かんだのが鈴木さんだったんですよ。なにしろ家電量販店でカドーの加湿器を目にしたとき,「なんだこの長い煙突から煙を吐いている機械は!」と驚いて。そのインパクトのままに購入して,さらにはメールまで送っていましたからね。

鈴木 建(すずき けん)氏
株式会社カドー 取締役副社長 デザイナー。学生時代よりデザインを学び,大学卒業後に東芝に入社。家電や情報機器のデザインを手掛ける。退職後はamadanaのデザイン・デザインマネージメントを経て,2011年にカドーを設立。デザインのみならず,コンセプトワークから販売に至るまでのトータルデザインを手掛ける。1973年生まれ

鈴木 健氏(以下,鈴木氏):
 ありがとうございます。アーティストとしての軸足がしっかりして,いろんな業界の方々とのつながりがある山岡さんならではの企画ですよね。
 あのメールは2012年頃にもらったと思います。当時は独立したばかりで商品もまだ少なく,当然メディア対応なんて一切なかった時期ですから,連絡をいただいたのがすごく珍しくて。嬉しい反面,「なんで僕なんだろう?」とは思いました。

山岡氏:
 奇をてらっているだけではなくて機能性とデザインがすごくマッチしていたんですよね,あの加湿機は。それこそすごい面白いゲームや音楽に出会ったくらいの衝撃で,その気持を直接伝えたくて「よかったらお会いしてお話しませんか?」とメールをさせていただきました。

鈴木氏:
 それで事務所に遊びに来ていただいたり,食事をさせていただいたりしたのですが,気持ちが純粋できれいな方だなって。一番最初にカドーのファンになってくださったのが山岡さんかもしれません。

山岡氏:
 ところで,鈴木さんが家電業界に進むきっかけはなんだったんでしょう。いろいろとお話しはさせてもらっていますが,聞いたことがなくて。

鈴木氏:
 まず,高校,大学と学んだデザインの道を仕事にしようというのが理由です。ただ,1990年代,バブルの終わり間際の日本でインダストリアルデザインを仕事につこうとすると,車か家電しかなかった。

山岡氏:
 自動車と家電,バブル時代の日本を象徴する輸出産業ですね。

山岡 晃氏
スーパートリック・ゲームズ株式会社所属のゲームクリエイター。サウンドクリエイターでありつつも,かつて所属したKONAMIでは「SILENT HILL」シリーズのプロデュース業を担当するなど,肩書にとらわれない仕事のスタイルで知られる。ゲーム業界外の著名人との深い交流関係を持つ
鈴木氏:
 もうひとつの理由は,「自分がほしくなるデザインの家電を作ってみたいから」なんです。その当時も北欧産のデザイン家電はあったのですが,日本のはいまひとつで。日本車にだって格好いいデザインの車はあるのに,なぜ家電はないのだろうという気持ちからですね。

山岡氏:
 それで大手メーカーの東芝に就職を。

鈴木氏:
 そうなんです。東芝は家電だけでなく,エレベーターや発電所など広く手掛けている会社なので,いろいろなことができるだろうと選びました。当時の大手メーカーの社内デザイナー採用試験は各大学から1名しか採用枠がなく,試験も2週間泊まり込みと独特なモノでしたね。

山岡氏:
 泊まり込みって凄いですね。入社してからは,どんなことをやっていましたか。

鈴木氏:
 家電のグループに所属することになって,最初の5年は冷蔵庫や洗濯機といった白物家電,次の5年間はテレビなどのAV機器のデザイン部署に在籍しました。退職後は日本におけるデザイン家電の先駆けAmadanaに5年在籍してから独立していまに至ります。

山岡氏:
 そこでの経験は今に活かされていますか。

鈴木氏:
 かなり役立ちましたね。当時はモノを作っただけ売れる時代だったこともあって,日々冷蔵庫のハンドルだけを100本描くみたいな仕事をしていました。どういうハンドルが使いやすく,かつ美しいかをとことん追求するんです。ただその反面,自分が満足のいくデザインを出すことがなかなかできなかったんです。東芝は,家庭で使われる電化製品を主に作っているということもあり,品質・技術が優先されて,次いでデザインという順番。Amadanaはまったく逆のアプローチで,デザインが最優先で,技術や仕様は後回し。

 どちらがいい悪いではなくて,ニーズへの応え方ですよね。高機能なモノがほしい人もいれば,愛着の湧くようなデザインのモノがほしいという人もいる。Amadanaは後者だったので嬉しかったです……が。

山岡氏:
 が?

品質あってのデザインなんだなということを痛感したんです

鈴木氏:
 ただ離れてみて東芝の良さ,品質の大事さも分かってきたんです。当時は「品質品質ってうるさいな!」と思いもしたのですが,モノを作る,特に日常で使う家電製品であるからには品質あってのデザインなんだなということを痛感したんです。いいデザインというのは,いい技術の下支えがあってこそなんだと。そこで,その両方が成立するモノを作りたいということでカドーの起業へとつながっていくわけです。

山岡氏:
 どちから片方の会社だけでは,その考えには至らなかったと。

鈴木氏:
 でしょうね。まったく至ってないと思います。


発想を形にするための鈴木氏流デザインの秘訣


山岡氏:
 ゲームもそうなんですけど,プロダクトとアート,言い換えるなら機能性とデザインのバランスを取るのは難しいです。それをどう考えているのかを教えていただきたいです。

鈴木氏:
 そのバランスは日々考えています。僕のやり方としては,いきなり絵に起こさないで,必要な条件を言葉で詰めちゃうんです。例えば加湿器ならば――

・空間を効率よく加湿できるよう噴出孔は高い位置に
・水量がひと目で見えることで便利に,かつ視覚的に潤いを与えられる
・日本の家屋向けに接地面積をできるだけ狭くする

 こうした条件を詰めたうえで,「じゃあそれを実現するためのカッコイイ形は」と絵に起こしていくんです。もっと具体的には,“煙突の高さは日本家屋の天井の高さ(2.4m)に合わせて1m”にして加湿効率を良くしたり,“水を入れる容器も1時間に100mlをちょうど24時間で空になるサイズ”として,煙突との高さの差がいわゆる黄金比になるようにしたりしています。

山岡氏:
 すごい! その秘訣ってどこかで話したことはありますか。

鈴木氏:
 今日初めて話しました(笑)。そこまで進んだら,スタッフとのイメージ共有ですね。

山岡氏:
 驚きました。ところでカドーの製品といえば共通感のあるデザインも特徴ですが,その理由は?

山岡氏が一目惚れした加湿機「STEM」(写真は現行製品のSTEM 630i)
連載「山岡 晃の我以外皆我師」:株式会社カドー 鈴木 健氏にデザインの秘訣を聞く

鈴木氏:
 ブランドとしての顔をしっかり持ちたいという思いから円筒形のデザインが生まれました。日本の大手メーカーの家電は時流にあわせてデザインを“改善”していくものですけど,海外のメーカー,例えばフォルクスワーゲンのビートルはずっとデザインを踏襲していますよね。そういった,長く愛される存在になりたいという想いがあります。
 もちろんデザインだけのことを考えたわけではなく,空気清浄機は周囲360度から空気を吸って上に放出するので,円筒というのが空気の循環を作り出す理にかなった形状なんです。

山岡氏:
 その理由付けって,どこから導き出されたものなのでしょうか。

鈴木氏:
 東芝に10年いたことで家電デザインにおけるジレンマは強く感じてました。例えばウチみたいな背が高くて接地面積の狭い家電って,大手ではまずできないんです。加湿機の背は高いほうが効率がいいことなんてみんな分かっているんですけど,「子供が倒して水が溢れたらどうするんだ」と“丸められて”しまう。

山岡氏:
 そういった意味ではカドーはすごく攻めたデザインです。

鈴木氏:
 ありがとうございます。別に法律に反しているわけではないのですが,大手では避けられがちなことでもデザインポリシーを優先します。

山岡氏:
 スイッチを押したときに鳴るSEやダイヤルを回したときの心地よさもすごく好きなんですけど,そのあたりはどういった意識で設計しているのでしょうか。

鈴木氏:
 すごく意識しています。カドーのフィロソフィーである“空気をデザインする”というのは,単にエアをきれいにするだけではなく,“空気感をきれいにしたい”ということなんです。空気を構成する要素って,空気はもちろんですけど光と音もかなり重要だと思っています。

 実はカドーという社名は“華道”から取ったものなんです。その理由は,僕のデザインしたものは花のような存在でありたいという想いからです。花って,インテリアを壊さないないけれど,確実にその場の空気感を変える華やかさがあるじゃないですか。

山岡氏:
 加湿器,というか家電の機能としては音って関係ないですよね。でもあのスイッチ音を聴いたときに家電ぽくないなと驚きましたし,すごく心地良い。なにしろあの音を聞くと,娘が寄ってくるくらいで(笑)。あれはたくさんの音を聴き比べたんでしょうか。

鈴木氏:
 そうですね。多くの候補から選びました。

山岡氏:
 あとはダイヤルのクリック感がすごく心地良い。加湿器なのに触り心地,触感がすごく気持ちがいい。……すみませんね,マニアみたいで。

鈴木氏:
 そこに気づいてくれるとはこだわった甲斐があります。実はそういったマイナーチェンジは随時行っていて,すでに5回も金型や部品に手を入れているんです。たとえば,内部を洗いやすくしたり,(転倒防止用に)電源コードがワンタッチで外れるようにしたりと。そのうちのひとつが山岡さんがお気づきになったダイヤルのフィーリングなんです。ただ,デザインは大きく変えていません。

「売値が下がったからデザインに手を入れよう」ということはやってないし,したくないですね

山岡氏:
 そういった細かな部分って,なにをきっかけに手をいれるんでしょうか。

鈴木氏:
 お客様の声ですね。家電って日常で使うものですから,やはりお客様から「この機能がほしい」「ここが使いにくい」という声は上がってきます。大手家電メーカーですと次のモデルで改善しましょうと,デザインから大きく変えてしまう。カドーの場合は,外見のデザインは変えずに中身や質感を良くしていってるわけで,やっていることは同じです。機能を踏まえたデザインとしてはこの煙突状の形が正解だと思っているのに,それをわざわざ変える理由がありませんから。「売値が下がったからデザインに手を入れよう」ということはやってないし,したくないですね。

山岡氏:
 そういった“フィーリング”みたいなものってどうジャッジしているのかは気になります。それはエンタメにも通ずるものがあって,正解がない部分じゃないですか。

鈴木氏:
 そこは僕自身も興味があるところです。でも,まだ正解はでていません。ただ,単に便利なだけではなく,人の生活を豊かにしていくモノを作っていきたいと思っています。それって言葉にすると“こだわり”なのかもしれないですけど,使う人の感覚が喜ぶような要素を家電に入れていきたいという気持ちはあります。

山岡氏:
 観念的なところだから,なかなか言葉にはしにくい。

鈴木氏:
 家電は世の中に溢れかえっているので,その中で僕がデザインをする意味はなんだろうとは考えます。自分らしさだったり,視覚や触覚といった感覚に訴える手段だったり。

山岡氏:
 一般的な家電ってパッと見は画一的なデザインで,まるで教科書があるみたいじゃないですか。それって“大多数に売れる最大公約数のモノ”としてなのかもしれないですけど,カドーの場合はそうじゃない。それってビジネスとしてドキドキしないんですか。

鈴木氏:
 いやー,しますよ。おっしゃるとおり,「売れている商品に似せたデザインなら8割くらいは売れるだろう」みたいな方程式はあります。カドーの場合はそれがないので,受け入れられるのだろうかと不安になることはあります。でもその(自分らしい)意思を貫かないと,せっかく作る意味がないという気持ちは常に持っています。

山岡氏:
 なんでそんなことを聞いたかというと,モノへのこだわりとビジネスって相反しがちじゃないですか。ゲームや音楽でも流行りに寄せていくことはあります。そうじゃないことの“作り手の勇気”ってあると思うんですけど,家電の場合は我々がやっているゲームや音楽以上にドキドキ感があるのかなと。

鈴木氏:
 そういう部分は家電のほうが厳しいかもしれないですね。でも,山岡さんの分野である音楽も,あまりに新すぎるモノって受け入れられないんじゃないですか。

山岡氏:
 確かに「ここまで冒険しちゃっていいのだろうか?」という計算が働くことはあります。結局は“賭け”なんですよね。大きなお金が動いて形として残る家電に比べたら,たいしたことないかもしれませんけど。

鈴木氏:
 そこはあまり考えないようにしていますね(笑)。ただ,カドーの商品はたとえ売れなくても最低5年は売り続けるのでチャンスは巡ってきます。これが大手メーカーになると早ければ半年とかでモデルチェンジですからね。幸いなことにこれまで大失敗をしたっていうことはないです。

山岡氏:
 たとえば「コレは売れるぞ」っていう確信を持った商品から売っていくといった戦略をとるようなことはありますか。

鈴木氏:
 そのへんもあまり考えてないです。パーソナルな気持ちで言うと,家電の世界って「自分が作りたいと思っても作れない」ことが結構あるんです。それって作り手だけの事情ではなくて,予算的な問題であったり構造的な問題であったり。ですので,これまで作った商品の中でも「もっとこうしたいな」という思いは常にあります。それでも落としどころを見つけないと話が進みませんから。


山岡氏:
 ところでプロダクトデザインの仕事って,どれくらいの規模でやるんでしょう? ゲームだと数十人〜数百人単位になることもありますが。

鈴木氏:
 商品によって変わりますが,結構多くなりますね。そして1年ぐらいの間,作っては壊しを繰り返していくんです。

山岡氏:
 えっ,そんなに長い期間!?

鈴木氏:
 ええ。例えば他社からデザインの依頼を受けた場合,尖ったデザインを攻めるほど,最初のデザインから,大きさから形,素材や色などもどんどん変わっていくので,思ったとおりのモノには100パーセントなりません。

山岡氏:
 それはゲームも同じかもしれませんね。ディレクションする人の指示によってアートからゲームデザインから仕様からバンバン変わっていきます。とはいえ,ゲームの場合は要素が多いですが,デザインだけでそんなに長期間繰り返していたらメンタルをやられませんか。

鈴木氏:
 きますね,とことんきます。加湿器を例にするなら,デザインを決めて製造するための見積もりを取ったら,製造価格が倍になってしまったこともあります。そうしたら,形状は変えずにどう価格を下げようかという打ち合わせを行います。素材や部品などを見直すなどして。それで価格が想定内に収まったとしても,次は製造工場の設計者から「試作機が想定されていた性能に達しない」と連絡がきて,また微調整をする。そういったことの繰り返しです。下手したら発売の間際まで。

山岡氏:
 何度もやりなおしていると,方向性がブレそうです。

鈴木氏:
 ええ,ですのでその対策として,言葉+世界観の写真を用意してチーム内で共有します。ただ,決めるのは僕1人だからブレることはないです。小ぶりな会社ならではの利点ですね。


プロダクトデザインの仕事はスポーツに似ている


山岡氏:
 想像以上に過酷だ。複数の要素が同時進行で出来上がっていくゲーム作りよりたいへんかもしれません。

鈴木氏:
 いまでは慣れましたけど,以前は「あーもうやってらんねえ!」とクサることもありましたね。駆け出しの頃は,先輩のデザインを工場の人と詰めていく作業をしていたので特に。

山岡氏:
 プロダクトデザイナーという肩書だけ聞くと「モノをゼロから作り上げる」みたいなワクワクする印象ですけど,実際は泥臭い仕事なんですね。日々の実務で鍛えていったことで,いまの鈴木さんになれたというか。

鈴木氏:
 まさにそれです! プロダクトデザインの世界って,筋トレとか百本ノックとかスポーツに近い。なので自分を“アーティスト”みたいに評されるとムズムズするんです。現場では製品を作る人たちとのすり合わせがあるので,時には辛辣なことを言われたりもします。なので,インハウスと呼ばれる会社所属のデザイナーが多くなるんだと思います。


山岡氏:
 「自分はこういうデザインをやりたい」というクリエイティブさとは完全に逆かもしれないですね。ゲーム開発の場合,最初は大まかな設計図を元にプログラムやグラフィックスといった要素が並行で作られていくので,いちから見直しというケースは少ないです。ひょっとしたら巷でアーティストと呼ばれている人たちも,鈴木さんが経験したような心の筋トレを続ければ違ったアウトプットができるようになるかもしれないですね。いきなり百本ノックは怪我しちゃうけど(笑)。

鈴木氏:
 変わってくると思いますよ。心の筋トレを積むと打たれ強さが身につくし,一緒にモノを作る相手がこちらに課してくることが予想できるようになるんです。だったら,違うアプローチをすれば実現できるのでは,ということが学べる。上手なコミュニケーションは,いいモノを作る秘訣なのではないでしょうか。言い方がちょっと違うだけで,相手の態度が前向きにも後ろ向きにもなりますから。

「アーバンな事務所でワインでも飲みながら考えたんでしょ?」と勘ぐりたくなるデザインだけど,血を流しながら磨き上げていって完成している

山岡氏:
 やはりこれから活躍しようという若いゲームクリエイターは,そういう経験があってもいいんじゃないかと思います。

鈴木氏:
 僕の場合は,「こっちがよかったかな」「いやでもあっちの案も」と繰り返し考えるクセが身につきましたね。

山岡氏:
 何度も打ちのめされる経験を繰り返したからこそ繰り返し考えるクセがついたし,そういう経験があったから,カドーみたいなプロダクトが生み出せた。パッと見「アーバンな事務所でワインでも飲みながら考えたんでしょ?」と勘ぐりたくなるデザインだけど,血を流しながら磨き上げていって完成している。

鈴木氏:
 そうですね。これも日常のクセで“評価測定”はずっとしているんです。「この商品を見たユーザーはどんなことを思うのか」「世の中に出してから2年,3年後にはどうなっているのか」みたいなことを。

山岡氏:
 なるほど。鈴木さんがビートルを良いと感じるように,作り手が持つ哲学を感じたからこそ,僕はカドーの製品に心惹かれたのだと再度思うに至りました。それはゲームも一緒で,作り手が注ぎ込んだ“こだわり”を受け取ってくれる人がちゃんといる。逆に言うとババッと作ったところがバレたりもする(笑)。

鈴木氏:
 そういうこだわりを感じて求めてくれている人が増えている気がしています。僕が大学生のころはバブル時代でハウツー本なんかが全盛期でしたけど,現在はそれよりもずっと価値観が多様化したし,モノに対するアプローチも変化しました。流行りの“風の時代”ってヤツですかね。そういう時代だからこそ,もっと面白いモノができてくると思います。

山岡氏:
 家電という人々の暮らしに密着しているモノを手掛けているから,そうした時代の変化が感じられるんですかね。

鈴木氏:
 そうかもしれません。かつては機能や性能が重視されてテレビCMがもてはやされましたが,いまは宣伝もしてない僕らのような家電ベンチャーの商品を探して買ってくれる人が一定数いる。時代はすごく変わったなと思うし,この変化はもっと加速すると思います。


クリエイティブには“人の気持ちが分かる”ことが大切


山岡氏:
 デザインはもちろん,操作したときの触感,パッケージからマニュアルまですべてをコントロールしているのはスゴイと思います。感覚的な部分じゃないですか。

“人の気持ちが分かる人”が大切なキーワードだと思っています。相手がどう思うかの想像力を働かせられる人がクリエイティブに向いているんだと思います

鈴木氏:
 答えではないのですが,“人の気持ちが分かる人”が大切なキーワードだと思っています。相手がどう思うかの想像力を働かせられる人がクリエイティブに向いているんだと思います。独りよがりだと向いていないし,そういう人とはあまり一緒に仕事をしたくないですね。

山岡氏:
 今日のお話は,その一言に集約されるかもしれないですね。それは“心の筋トレ”で鍛えられますか。

鈴木氏:
 そうかもしれないです。東芝に入社したころの僕はもっと独善的でしたけど,仕事で筋トレを重ねていくうちに,ふと気づいたんでしょうね。

山岡氏:
 クリエイターが欠けがちな部分かもしれません。

鈴木氏:
 同感です。作っているうちに気持ちが入ってきくるから分かるんですけど……それをコントロールするすべを教えることは難しいです。自分の経験から,部下には細かな気遣いをうるさく注意します,「事務所の掃除が行き届いてない」とか。

山岡氏:
 めちゃめちゃ大事ですよ。モノ作りって,結局人と人とのコミュニケーションです。僕がKONAMIに入社したのも,「自分に仕事を振ってくれるクライアントとはなんだろう?」と勉強したい気持ちがあってのことなんです。そこは鈴木さんが東芝にいたときのような,組織に属したことでの学びは大きかったと思います。

鈴木氏:
 それが大事なのは承知のうえで,「相手なんて関係ない!」とアクセル全開でいったほうがいい場合もある。ビジネスとしてやっていくにおいて,天秤に掛ける部分ではありますが難しいですね。

山岡氏:
 最後に,鈴木さんがこの先目指すところはどこなんでしょうか。

鈴木氏:
 いろんなことに挑戦したいですね。これまで大事にしてきた哲学に基づいて,もうすぐ50歳になる自分にとってふさわしいモノを作ってみたいです。もっと俗っぽいことをいうと,死ぬまでに一度はカッコイイ乗り物をデザインしてみたいです(笑)。

山岡氏:
 ありがとうございました。

【山岡 晃の学び】
 プロダクトに注がれている作り手の思いの強さは,どんな秀逸なデザインよりも勝り,それがプロダクトの力になっている。視覚的にはプロダクトのデザインが目に映るものの,そこには作り手のエネルギーが充満している,それがカドーの商品だと感じた。
 鈴木さんの“相手のことを考える”という言葉。まさに,これこそがクリエイティブの土台であり,一番必要なポイントなのだろう(山岡 晃)。