連載「五十嵐孝司の思考」第2回:「自分のゲーム」を作るための,社内での立ち回り方
「Bloodstained」シリーズや「悪魔城ドラキュラ」シリーズなどを代表作とする,ゲームクリエイターの五十嵐孝司氏。五十嵐氏は1990年に社会に出て以来,長らくゲーム開発に携わっており,ゲームファンの間では広く名を知られている。今からゲームクリエイターを目指す人,すでにゲーム業界に入っていて試行錯誤を繰り返している人の中には,五十嵐氏のような存在になることを目標としている人も多いことだろう。
そんな五十嵐氏が今までに何をやってきたか,そして今は何をやっているのかを深掘りすることで,ゲーム業界を目指す人や現役開発者の今後に役立つヒントを見出せるのではないか,というのが本連載の趣旨である。第2回となる今回は,五十嵐氏に「自分のゲームを作るための,社内における立ち回り方」というテーマで話を聞いた。
そんな五十嵐氏が今までに何をやってきたか,そして今は何をやっているのかを深掘りすることで,ゲーム業界を目指す人や現役開発者の今後に役立つヒントを見出せるのではないか,というのが本連載の趣旨である。第2回となる今回は,五十嵐氏に「自分のゲームを作るための,社内における立ち回り方」というテーマで話を聞いた。
裏ミッションに乗せられて,たまたまメディアに顔を出すようになった
本日はよろしくお願いします。今回,「社内での立ち回り方」というテーマを選んだのは,おそらくですがゲーム会社に就職する人のほとんどは,漠然と「自分の作品」と呼べるゲームを作りたいと考えているんじゃないかと思うからです。そこで数々の代表作を持つ五十嵐さんから,社内で何をやれば「自分のゲーム」を作れるようになるのかということを教えていただければと。
五十嵐孝司氏(以下,五十嵐氏):
分かりました。
GamesIndustry.biz:
まず,五十嵐さんは何を持って「これは自分のゲームだ」と捉えているのでしょうか。
五十嵐氏:
僕自身は,関わったゲーム全部が自分のものだと思っています。例え移植ものであったとしても,自分の爪痕は絶対残っていますから。完全なフル移植は話が別ですけれど,通常の移植であればテクニックがいるんですよ。その意味では,関わったゲームは全部僕のものです。
ただ「自分のゲーム」よりも,「自分達のチームで作ったゲーム」という表現が好きですね。1人で作ったゲームなんてないですから。
GamesIndustry.biz:
ゲームのプロモーションにあたって,チームの誰かが表に立ちますよね。会社やプロジェクトによって,プロデューサーだったりディレクターだったりしますけれども。それで,世間的には「この人のゲーム」というイメージが付くのではないかと思います。
関わったゲーム全部が自分のものだと思っています
五十嵐氏:僕が関わったチームでは,僕が顔として表に立つことが多いんですけれども,正直なところビジネスと割り切っている面もあります。実を言えば,自分がまったく開発に関わっていないゲームでも表に立つことがあるんです。でもプロデューサーのような言わば顔役は,そうやってプロモーションの場に出ていくのも仕事ですから。周囲からチヤホヤされることがある半面,ゲームに何かあったとき責任を持つというのが顔役の仕事なんですね。
だから僕は,ゲームのプロモーションでクリエイターとして誰かが出てきても,本当にそのゲームの開発に関わっているかどうかではなく,「ああ,このゲームの顔はこの人なんだ」と思って見ています。
GamesIndustry.biz:
「自分のゲームを作りたい」と思っている学生が,実際にゲーム会社に入ってみたら五十嵐さんがおっしゃったような状況に直面して,「話が違う」と思うかもしれませんね。
五十嵐氏:
あまり細かいところまでは話せないんですけれども,僕が表に出ていた経緯は,「僕が出たい」と言ったからじゃないんです。そもそも僕が在籍していた会社は当時,基本的にクリエイターを表に出していませんでした。
GamesIndustry.biz:
ファミコン時代は,そうやってクリエイターの名前を伏せている会社も多かったですね。
五十嵐氏:
そんな中,「どうしたらもっと売れるか」とビジネス面を考えて,「クリエイターを前面に出せばそれだけでプロモーションになり,メディアに拡散できる。費用対効果が高い」と思った偉い方もいました。それで僕が関わっていたゲームの矢面に,たまたま立つことになったんです。
GamesIndustry.biz:
たまたま,と言いますと。
「開発の中心にいたから,そのゲームの顔として表に立てる」というわけではないんです
五十嵐氏:最初は,海外メディアが取材に来たときでした。別のゲームの取材だったんですが,僕が関わったゲームの話題になり,「ぜひクリエイターに会いたい」という話になって,なぜか僕が呼ばれたんですよ。そこから海外でよく顔を出すようになって……というのが真相なんです。あとから聞いた話だと,当時の社内には「顔を出すだけでプロモーションになるようなクリエイターを輩出する」という裏ミッションがあって,僕に白羽の矢が立ったらしいんですよね。
つまり「開発の中心にいたから,そのゲームの顔として表に立てる」というわけではないんです。社内にはいろんな意図があり,「こいつを表に出していこう」というような思惑もあります。
もしゲームの顔になりたいのであれば,広報部に入ったほうが話は早いかもしれません。そうではなく,自分が開発したゲームを「自分のゲーム」として広めたいのであれば,自分で起業するのがいいでしょう。
GamesIndustry.biz:
確かにそうですね。
全部の責任が自分にあれば,メディアに出るのも自分にできますから。
GamesIndustry.biz:
今は学生でも,個人や小規模のチームでインディーズゲームを開発できますが,いきなり起業はハードルが高いという側面もあります。
五十嵐氏:
まあ,何タイトルかゲームを作り続けてきて,その中からヒットが出て「これならいける!」とならないと起業は難しいですよね。
ただ大手ゲーム会社に入ったから,「自分のゲーム」が作れるかというと,お話したとおりそうでもない。最短距離で「自分のゲーム」を作りたいなら,起業するのが一番なんです。
与えられた仕事を100%こなしつつ,1階層上の仕事を学習してチャンスをものにする
GamesIndustry.biz:
ゲーム会社に入ってもなかなか「自分のゲーム」は作れないし,起業もハードルが高い。そうなると,規模はともかくゲーム会社に就職して,チームでゲームを開発していく中で頭角を現すことが,「自分のゲーム」を作るための現実的な過程かと思います。
五十嵐氏:
その場合は,運の話が最初に来ます。ゲーム会社に就職できても,自分の希望する部署や職種に就けるのか分かりませんから。
また会社やチームでは,たまたま必要な職種に空きができることがあるんですよ。そのとき,「こいつ,良いんじゃない?」となって採用されたり配属されたりすることもあります。もちろん,そうじゃないケースも往々にしてあります。
GamesIndustry.biz:
運の要素をできるかぎり排除するには,どうすればいいのでしょうか。
与えられた仕事は100%こなすことです。これは絶対です
五十嵐氏:まず,与えられた仕事は100%こなすことです。これは絶対です。例え仕様的に面白くないといった問題を抱えているゲームでも,自分の権限の中でやらなければならないことは全部こなす。
昔だったら,与えられた仕事を全部こなしたうえで,別仕様のゲームを作ることができたんですよね。その2つを上司に提出して,「どちらが良いですか」という話ができたんです。そして自分の作ったほうの出来が良ければ,採用されます。ただ採用された場合の多くは自分の手柄にはならず,上司の手柄になります。
そういったことを,手間を惜しまずに続けていく。つまり「must」に+αとして「提案」をし続ける。実際に作らなくとも,「こういう風にやったほうが良いのでは」と提案するだけでも良いんです。その提案は,上司や実際に作業をした人の手柄になりますが,アイデアをあげるくらいの気持ちでいたほうが良いでしょう。それを続けていくと,ゲームが良くなり上司や作業をした人が評価されます。しかし評価された人は,ゲームが良くなるように考えたのはあいつだと分かっています。そうなると,チーム内で意見が通りやすくなりますよね。そういうサイクルを作ると,「あいつはうるさいヤツだ」となり,結構チームの中でいろんなことができるようになっていきます。
GamesIndustry.biz:
ゲーム開発に限らず,言われたことをそのままやっているだけだと,頭角を現すのは難しいですよね。
五十嵐氏:
言われたことをパーフェクトにこなすことでも頭角は現せるでしょうが,おそらくずっと同じ上司の下で働くことになりますね。何かあって上司の代わりを探すとき,「よくできるけれど,こいつにリーダーは無理なのでは?」と思われてしまうんじゃないかと。
頭角を現そうと思うなら,言うべきことを言って,それが正しかったとのちのち理解されることを続けていく必要があると思います。僕はいろいろやったり,やらかしたりしていましたね(笑)。
GamesIndustry.biz:
ただ,今のお話は五十嵐さんが若手だった頃のことですよね。
最近考えているのは,「自分が今やっている仕事の,少なくとも1階層上の仕事をできるように勉強しよう」ということです
五十嵐氏:そうなんですよ。昔はチームが小さかったんで,1人1人がやることの範疇も大きかったんです。その中で自分の範疇内でいろいろやり繰りしたり,自分の範疇外のことに手を出したりできたんです。今は分業化が進んでいるので,これをそのままやるのは難しいでしょう。
そこで僕が最近考えているのは,「自分が今やっている仕事の,少なくとも1階層上の仕事をできるように勉強しよう」ということです。例えばモーション担当であれば,モーションのリーダーの仕事を見たり分析したりして,作業の内容や立ち振る舞いを習得していくわけです。それを続けていくと,仕事の内容に関してリーダーと対等に話ができるようになります。そうなれば,リーダーが別のチームにいくときなどに「次のリーダーはこいつが良い。なぜならリーダーの仕事を分かっているから」と推薦してくれる可能性が高くなります。
組織の中で自分の思いどおりに振る舞おうとするなら,そうやって少しずつ上の立場になっていく必要があります。常に「与えられた仕事+1階層上」を心がけて,いつ1階層上の立場になっても大丈夫という状態にしていくしかないのかな,というのが僕の考えです。
GamesIndustry.biz:
上司に与えられた仕事をこなしつつ,上司がやっていることを学んでいくのはゲーム開発以外の仕事も同じでしょうね。
五十嵐氏:
そうやっていかないと,「こいつに任せても大丈夫」と思ってもらえないでしょうね。「ずっとここでやっていきたい」と言うのであれば別ですけれど,自分の意見を通したいのであれば立場的に上になったほうがやりやすいです。例外的に,下の立場からの発言が大きく取り上げられることもありますけれども。
GamesIndustry.biz:
スタッフロールの上位に名前が載っていたほうが,「自分のゲーム」感も強くなりますし。ただそうなると,勉強する時間をどうやって作るのかという課題も生まれます。
五十嵐氏:
昔のゲーム開発は徹夜なんて当たり前でしたが,今は法律的にアウトです。社内にいるときは自分の仕事をこなしつつ上司のやっていることをしっかり観察し,自分の時間を使って自分の能力を高めていくほかないのかなと。
GamesIndustry.biz:
ただ,少し前に「プログラミングの勉強は業務の範囲でやるべきか,プライベートの時間を使うべきか」という議論がSNS上でありましたね。
五十嵐氏:
何が正しいのかは僕にも分かりませんが,今の業務に必要なスキルがないと分かって採用した人に,そのスキルを習得させるのは業務の範囲内だと思います。そして業務に直接関係がないスキル,例えばモーション担当がプログラミングを勉強することは業務外です。そう考えると,1階層上の勉強も業務外になるでしょう。
ただそうは言っても,社内では同僚と同じモーションの作業をしていたのに,いつの間にか1つ上のことができるようになっていたり,プログラミングの知識で別の何かができるようになったりしたら格好いいじゃないですか。
GamesIndustry.biz:
確かに,ほかの人と同じことを同じ時間やっているだけでは,なかなか抜きん出るのは難しいでしょう。
五十嵐氏:
一方,「仕事で使うものの勉強は仕事」という考え方だと,時間に対応するアウトプットが少なくなりますから,成果主義だと給料は当然少なくなります。だから,どの考え方も良し悪しなんですよね。
意見がぶつかったときは「権限と責任」「自責と他責」をベースに判断を下す
GamesIndustry.biz:
世間一般では「自分のゲーム」を持つ人と言えば仕様を決定する人,つまりディレクターやプロデューサーだと捉えているかと思います。
五十嵐氏:
僕は売上に責任を持つのがプロデューサー,ゲームの内容に責任を持つのがディレクターだと考えています。僕がプロデューサーとして関わったゲームは,骨子を考えるなどある程度の意見を出しますが,たいていはディレクターの意見に沿って開発を進めます。その意味では,「ディレクターのゲーム」です。
GamesIndustry.biz:
そうした場合に,ディレクターはどうやって決めるのでしょうか。
五十嵐氏:
チームの中から抜擢することもあれば,すでに実績のあるディレクターにほかのチームを任せることもあります。
またディレクターにはマネジメント寄りのタイプと,ゲーム開発を中心にするタイプがいるんです。マネジメント寄りのタイプは主にゲーム開発の進捗などを管理して,実際にゲーム開発をしている人達が「これをやりたい」と言い出したときに,「スケジュールや予算的に無理」と判断します。ゲーム開発を中心にするタイプのディレクターには,別途マネジメント担当を付けます。
ですから,ディレクターになったと言っても一概に「自分のゲーム」を作れるわけではないんです。結局,「自分のゲーム」を作ろうと思うなら,企画を良くしていくこと,ゲームを良くしていくことに対して貪欲になり,意見を発信し続けていくしかないんです。
GamesIndustry.biz:
ゲームの内容に責任を持つ立場になったとき,例えばサウンドなど自分の専門ではない領域の社内スタッフや外部の会社などに作業を依頼することになりますよね。当然,サウンドのベテランもいるかと思うのですが,意見が食い違った場合どうやって交渉を進めるのでしょうか。
そうした交渉はディレクターがやる場合もありますし,プロデューサーがやる場合もあります。僕が関わったゲームでは,交渉ごとはたいてい僕が担当していました。とくにサウンドに関しては,僕が音響工学を専攻していたので,そのアピールをすることでわりと文句は出ませんでしたね。
あとは,誰が仕切っているのかをハッキリさせることです。「決定権はこちらにある」と言うことを明確にすると同時に,相手も責任を持って良いものを作ろうとしているわけですから,「どこまで妥協できるのか」についてとことん話し合っていました。
僕は人見知りですし,交渉ごとも嫌いなんですが,仕事だからと割り切ってやっていましたね。
GamesIndustry.biz:
小規模で作るインディーズゲームはともかく,今のゲーム開発では他者との交渉は欠かせないものですからね。
五十嵐氏:
ArtPlayのディレクターは,音楽にすごくこだわるんですよ。だから外注する場合は,最初に「すごく音楽にうるさいですよ」と言っておきますね。あとは,それを分かっている会社さんに発注するとか。
GamesIndustry.biz:
どうしても意見がぶつかるときは,どうするのでしょうか。
責任がないのに権限を振りかざすことはできません。意見の強さは,責任の強さにつながります
五十嵐氏:その場合は,責任がある側の意見を通します。例えばゲームのクオリティに関わる部分はディレクターに最終的な権限がありますから,ディレクターの意見が通ります。
僕は良く講演などで「権限と責任」,そして「自責と他責」の話をします。前者については,前提として権限と責任はつり合っているものなので,責任がないのに権限を振りかざすことはできません。意見の強さは,責任の強さにつながります。例えば「これをやればゲームが絶対良くなる」という意見は誰が言ってもいいですが,それを採用するかどうかは遊んだ人の矢面に立って責任を取るディレクターに権限があります。
GamesIndustry.biz:
なるほど。
五十嵐氏:
逆にディレクターがやってはいけないのは,例えばマーケティングリサーチなど強い意見にしたがってゲームを作り,遊んだ人が「面白くない」と評価したとき,その強い意見のせいにすることです。なぜなら,ディレクターの権限でその強い意見を採用したわけですから,責任もディレクターにあります。ディレクターは「周囲からの圧力があった」と言い訳するかも知れませんが,周囲の人達はゲームのクオリティに対して責任を取れません。仮に上司が押しつけてきたとしたら「それなら,あなたが責任を取ってほしい」という交渉をするべきなんです。もし僕がプロデューサーとして意見を通そうとするなら,僕が責任を取りますよ。何なら一筆書いてもいいです。
GamesIndustry.biz:
何か実例があるのでしょうか。
五十嵐氏:
昔,社長と「この開発期間でゲームのクオリティを担保するのは難しい」という議論になり,「時間とクオリティのどちらかは僕が責任を取るけど,もう一方はあなたが責任を取ってください」という交渉をして,言質を取ったことがあります。そうしないと,言った言わないという状況になってしまうんですよね。結局,そのプロジェクトはなくなってしまいましたけど。
GamesIndustry.biz:
ともあれ,自分の意見を通すなら責任を取る覚悟が必要だと。
五十嵐氏:
責任を取るべき人が,自分の意見になっていないものを不意に採用したらダメなんです。ほかの人の意見は,きちんと自分が納得してから採用しないと。議論の末,ディレクターが採用したら,それはディレクターの意見です。
これが自責と他責の話で,権限を持っている人は他人のせいにできないんです。人のせいにできないならば,自分で考えたことをやるべきです。そうしないと,意見を出した人に対して「あいつが言い出したんだから,あいつを切ればいい」というトカゲの尻尾切りが始まります。それでは次につながりません。
でも自分で考えてダメだったなら,挽回できるチャンスが来たら「今度はこうしよう」と考えるので次につながるんですよ。
GamesIndustry.biz:
それでは「そもそもあまり乗り気ではない企画だけれども,仕事だからやらなければならない」ときに,どうやって折り合いを付けてきたか教えてください。
五十嵐氏:
その中でベストを尽くすことです。僕自身,シューティングやアクションゲームを作りたかったときに,まったく別ジャンルのゲームのプログラムやシナリオを任されたことがあります。そのときは,例えば元の企画に「こういうイベントを入れないと破綻する」と思ったら,積極的に発言しました。まずは,1つの考え方に囚われないことが大切です。
また「やりたいことがない」とは言っても,プログラマーであればやることはプログラミングですから,「今回は,この技術を入れてやろう」といったチャレンジができるはずです。実際そのゲームには,当時の僕らのチームが培ってきた技術の粋が詰め込まれていました。そういった感じで,乗り気ではない企画でも「自分だったらこうやる」と主張して折り合いを付けていくことができます。もちろん全部却下されて,結局つまらない仕事のままで終わってしまう可能性もありますが,意見が通れば爪痕を残せますから,その中でベストを尽くすべきです。
GamesIndustry.biz:
五十嵐さんは,そういう経験が多かったのでしょうか。
五十嵐氏:
幸いなことに僕はあまり経験がないんですが,仕事だからやらなければならないという局面は往々にしてあると思います。しかし乗り気ではない企画は,自分が敬遠していたり,あまり触っていなかったりすることでもあるので,新しい発見があるんじゃないでしょうか。またウンザリしているから乗り気じゃないというケースでは,改革の手段を探るという手もあります。
GamesIndustry.biz:
それでは,自分の指示どおりに作られているゲームなんだけれども,いざ上がってきたら「これじゃない」となったときはどうしますか。
五十嵐氏:
そういうとき,ありますね。作り直し──いわゆるちゃぶ台返しは,お金と相談です。他社さんにパブリッシングしてもらったり,投資してもらったりしている場合は,まずその相手と世に出すか出さないかまで含めて相談になるでしょう。
ただ通常は,予算や納期を踏まえて直せるところは可能な限り直しますが,自分が決断して仕上がった最終的なアウトプットですから,ダメなまま出します。
GamesIndustry.biz:
恐ろしい話ですね。
僕の中ではクリエイターとは「今を変える人」なんです
五十嵐氏:そこがもの作りの本当に恐ろしい部分です。最近は「クリエイターとは何ぞや?」という講演もしているのですが,僕の中ではクリエイターとは「今を変える人」なんです。より具体的には「既存のものをもっと良くする」と「現状を破壊する」の2つをやる人を指すんですが,いずれにしても未来を向いているんですね。しかし,未来のことは分かりません。そうなると,既存のものを良くするにしても現状を破壊するにしても,必ず不安な要素が存在します。「ヒットするのが分かっていた」という顔をするクリエイターもいますが,その裏では皆,不安なんです。結果,不安視していた部分が現実化することも多々あるわけです。もちろん作っているときは,皆がニコニコしている未来に到達できるよう,確率の高いほうにベットしていくんですけれど,最終的にダメになってしまうということも少なからずあります。
それを避けるためには,「ここでジャッジします」というタイミングを設けて,そのあと修正できる期間をある程度確保しておくしかないですね。あとはさっき言ったとおり,最適化してそのまま出すしかない。
GamesIndustry.biz:
自由にちゃぶ台返しをしたければ,起業するほかないと。
五十嵐氏:
そのとおりです。お金の責任まで自分で持てば,何でも自由にできます。僕はプロデューサーとしてお金に責任を持っていますが,そのお金は会社や投資家が出しているものです。クラウドファンディングはもっと分かりやすくて,エンドユーザーとなるバッカーがお金を出しています。そうやってお金を出している誰かに対して,フィードバックをしなければいけない。そのお金を出すのが自分になれば,もうやりたい放題ですよ。
GamesIndustry.biz:
ただ,そこに到達するのは非常に困難です。
五十嵐氏:
やれるなら,とっくにやってるよという話ですよね。
「自分のゲーム」を作るには,地道に努力し周囲からの信頼を高めていくほかない
GamesIndustry.biz:
お話を聞いてきて,「自分のゲーム」を作るには相当の覚悟が必要だと感じました。
五十嵐氏:
覚悟を持って地道に努力をするしかないと思いますね。もし最短を狙うならら,まず宝くじを当てるところから。もの作りは,お金があればほぼほぼ何でもできます。予算が1億円のゲームなら,10億円持っていれば10回作り直しができますからね(笑)。
お金を出してもらってゲームを作るなら,お金を出す人達に与えられる安心感を地道に作っていくほかない。これは短期間では作れません。僕の場合はバッと行った感じがあるかもしれませんが,その前に地道にものを作り,企画に対して積極的に意見を表明するなど,上司に「こいつなら任せても良いか」と思わせるというステップを踏んでいます。
GamesIndustry.biz:
本当に地道ですよね。
誰も見たことのないようなゲームの企画を考えたとき,それが採用されるまでが本当に大変なんです。経営者は基本的にお金を管理するので,投資するからには確実にリターンがあるという保証を求めます。その保証となるのはネームバリューなどいろいろありますが,名もない人が出す企画の中で一番採用されやすいのは,今売れているゲームと同じようなゲームの企画です。
ただ,これは経営者が騙されるケースでもありますね。なぜならゲームにはある程度の開発期間が必要なので,作っている間にそのゲームは過去のものになってしまいますから。こうしたケースは,たいていうまくいきません。
それではどんな企画が良いのかというと,誰も見たことのない企画です。しかし,誰も見たことのない企画にベットできるほど胆力のある人はほとんどいません。
GamesIndustry.biz:
だから続編が増えるわけですね。
五十嵐氏:
続編を作るか,サウジアラビアの王子様と友達になってお金を出してもらうしかない(笑)。僕自身,名前を隠して企画だけ持っていったら,同じような状況に陥るはずです。
そうなると,リターンがどういう形になるのか,信用の問題になっていきます。信用をどう勝ち得ていくのかというと,これは絶対短期間では成し得ません。相手の信頼を得るというプロセスが絶対必要になります。
先見の明がある人なら,誰も見たことのない企画を見てもビビッとくるかもしれませんが,自分の作りたいゲームがそういう企画なのかどうかはまた別の話です。だから本当に難しいですね。
GamesIndustry.biz:
そうやって何かを認めてくれる人に出会うというのも,また運ですよね。
ベストを尽くしているのに上司が認めてくれないという場合でも,ほかに見ている人は絶対にいます
五十嵐氏:そうですね。能力のある人でも,環境次第で目立つことができないケースもあるので,それに関しては本当に運だと思います。ただ,日本の文化的な考え方ではありますが,「誰かが見ている」と思ってやるほかないです。ベストを尽くしているのに上司が認めてくれないという場合でも,ほかに見ている人は絶対にいます。
また,その環境から飛び出すことも選択できます。自分のやりたいことがあるのに,思っていたほど動けない,ベストを尽くそうとしても阻害されるのであれば,その環境から出たほうが良いです。
GamesIndustry.biz:
五十嵐さんには,運を良くするジンクスみたいなものはありますか。
あまり気にしたことがないですね。漠然と「自分は運が良い」と思っています。何か良いほうに転びますね。
「運が悪い」という人は,何かあったとき全部悪いほうに転がっていると思うんですよ。それは途中で何かの選択を間違っているんです。ただ,どうにもできない選択肢もありますから,やっぱり難しいですね。
振り返ると,僕は恵まれていたと思います。正直,プロデューサーとして活動するなんて考えていませんでしたからね。ディレクターには,いつかなってやろうと虎視眈々と狙っていましたけれども。先人がどいてくれないと,僕の席がない(笑)。
GamesIndustry.biz:
それは今,ゲーム業界全体の課題になっていますよね。ベテランのプロデューサーやディレクターがいまも活躍しているので,中堅や若手にチャンスが回らないという。取材していても,結局顔になる人は20年前と同じということがままあります。
五十嵐氏:
僕もいつまでものさばっているわけにはいかないと思うんですが,ご飯を食べなければいけないので(笑)。
それに僕が若手だった頃は,ゲーム業界がイケイケの状態でしたからね。チームもたくさんあったのでチャンスも多かったんですが,今は上が詰まっていてなかなかチャンスがない。
GamesIndustry.biz:
ゲームの開発規模も大きくなっており,それに伴って投資額も増えています。先ほどのお話のとおり,投資家もきちんとリターンを期待できるクリエイターが顔になっていないとお金を出さないのではないでしょうか。
五十嵐氏:
そのとおりだと思います。「この人にならお金を預けてもいい」という人には,実績がついて回りますよね。とくにメディアに顔を出している人は分かりやすい。
GamesIndustry.biz:
そうなると「自分のゲーム」を作ることも,どんどん難しくなっていくと。
五十嵐氏:
そうですね。繰り返しですが「自分のゲーム」を作るのであれば,やはりインディーズゲームが一番だと思います。
GamesIndustry.biz:
ちなみに「このゲーム,良いな」と思ったとき,スタッフロールをチェックしたりはしますか。
五十嵐氏:
チェックすることもありますけれど,僕は人ではなく作品全体を評価するので,「あれを作った人か」で終わることがほとんどですね。
ただ,突拍子もないものに出会ったら必ずチェックします。最近,特撮ものを観ていてすごいカメラワークに出会ったんです。おそらくドローンか何かを使っているんですけれど,「この絵コンテ,誰が描いたんだろう」ってチェックしました。
GamesIndustry.biz:
社内での立ち回り方がテーマの記事ということで,最後にArtPlayの若手スタッフにこの記事を通して伝えたいことをお願いします。
五十嵐氏:
良くできる若手達なので,とくに言うことがないんですよね……。ディレクターとの関係もすごく良くて,若手の育成はすべてディレクターに任せています。
GamesIndustry.biz:
素晴らしいことですね。本日は長い時間ありがとうございました。
株式会社ArtPlay公式サイト
※次回の掲載は2021年5月6日頃を予定しています