[CEDEC]「クレバーでキャッチーでメロディアス……」な曲の要望にどう応えるのか? プロ作曲家の提案型作曲術とは

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[CEDEC]「クレバーでキャッチーでメロディアス……」な曲の要望にどう応えるのか? プロ作曲家の提案型作曲術とは
 CEDEC 2019では多くのサウンド関係のセッションが行われたが,その中から「劇伴における提案型作曲術」の模様を紹介してみたい。
 これは作曲者・指揮者である多田彰文氏が,普段仕事を受注してから納品し,その後を含め,プロモーションなどでも関わっていくなかで,多田氏なりの仕事術を紹介したものとなる。

 クライアントやサウンドクリエイターとのさまざまなやり取り,コミュニケーションで,氏がどういうことに気をつけているのか,どういうものを提案していくかが,制作側の人間であるヒューアンドミントのプロデューサー水口盛道氏とのやり取りの中で披露された。トッププロ作曲家による貴重なセッションをかいつまんで見ていこう。

 最初に多田氏はいわゆる劇伴の基礎,要するに,作曲家は「劇伴」といったときに,どういうことを考えて曲を作るのか,ということをざっと紹介した。そうすることで,クライアント側から見て,作曲家が何を考えているのかの参考にしてもらうという目的も含まれている。

 劇伴というのは,いわゆる「情景音楽」で,時代背景とか,そういったバックにつける音楽であると同時に,もう一つカテゴリがあるという。それが我々人間にとって重要な「心情」である。スライドにある「喜怒哀楽」が代表的で,人間または人間に置き換えたキャラクターや動物が人間のように語りかけてくるコンテンツもよくあるが,その感情の基本となるのが,喜び,怒り,哀しみ,楽しさであり,作曲家はこれらの感情をベースに曲を作っていく。
 そして喜びから派生して,たとえば安心,安堵,感動。怒りからは恐怖,煽り,苛立ち。哀しみからは不安,落胆,絶望。そして楽しさからは爽快,躍動,滑稽……という感じで感情を膨らませることができる。

 これ以外に何か思いつくかと多田氏は水口氏に問いかける。水口氏は「空腹とはどういう感情か?」と逆に問いかけた。それに対し,多田氏は「空腹だと焦ってくるし,切羽詰まってくる。たとえば落ち込むこともあるだろう」と返す。
 多田氏は作曲家として,そのような感情を,音楽でバックアップ,サポートして,表現していくことを常に考えているそうだ。

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 では,このさまざまな感情を音の表現として位置づけると,具体的にどうなるのだろうか。それを多田氏が独自に表というかグラフ化したものが公開された。
 この図は定量的に見られるようになっており,非常に参考になるスライドだ。縦軸は低い音から高い音,横軸はテンポ,スピードの遅い/速いになっており,この2次元のグラフで,いわゆる感情を表すときに,音をどこら辺に置いて考えればいいのかが分かるのだ。

 どうやってこういうデータを導き出せたのだろうか。多田氏には,このような感覚は普段の人間の生活において,だいたい共有できているのではないかという思いがあったそうだ。
 たとえば喜び。嬉しくなると声は高くなる。喜んでいるのに声のトーンが低くなることはない。嬉しいな,と思うと声も高くなり,しゃべり口調もしゃべるテンポも速くなっていく。逆に落ち込んでいるときに早口の人はいない。テンポは遅くなり,声のトーンも低くなる。これはお芝居や舞台の基本中の基本でもある。

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 実際に,これらの感情を楽曲にしたものを,分かりやすいようにムービーにしたものが紹介された。安心からだんだん怪しくなり,恐怖が表現され,煽り,苛立ちに変わり,不安,落胆からどん底の絶望まで落ちていき,低音が多くなる。次に打って変わって音が高くなり,明るい調子の爽快が演奏され,テンポが上がって躍動になり,テンポも使う音も下がって滑稽に,ここではホールトーンが使われている。最後は安心して終わりたいので,安堵で終わる。ピアノ一本で使う音域とテンポを変え,あらゆる感情が完璧に表現されていた。

 ピアノ一つ,楽器一つであっても,高い音から低い音,テンポの速いものから遅いものまでを使って,表現する。これもアプローチ方法の一種だが,「作曲家はここからいろんな楽器を使って,オーケストレーションしたり,最近流行のフューチャーベースだったり,トランスミュージックだったり,もちろんロックバンドコンボ編成で曲を構築したりすることもままある(多田氏)」という。以上が劇伴の基本というか概論であった。

 次のトピックは依頼から納品までのプロセスと,作曲家からの独自発想による提案,アプローチの紹介だ。クライアントに向けての多田氏のアプローチと,ソリューションについての解説が行われた。まず作曲家である多田氏は,作曲を依頼するクライアントとは,発注の一歩手前の段階があるという。「依頼される前に,普段からクライアントといろいろなコミュニケーションを取っている。飲みに行ったりとか,そうでなくても趣味が同じだったりすると,ほかの作曲家でもクライアントと一緒に山登りをしたりスポーツをする人もいる。そういう中でいろいろ見るもの,感じるものが共通であるところが分かったりすると,仕事を進めるうえでも,コミュニケーションが弾んだりする(多田氏)」

 その一方で,多田氏自身もほかのコンテンツを研究したり,社会勉強などもしながら暮らしている。ある日依頼が来ると,打ち合わせの日までに,脚本,設定資料などを読み込んでおく。
 そこで注意すべきは「深すぎないこと」だそうだ。これは多田氏自身が強く感じているそうで,あまり深く入り込みすぎても,思い入れを持ちすぎてしまって,客観性が得られないと考えているそうだ。なので,ほどほどに読む。作っている人はその世界にどっぷり浸かっているわけで,それはその人たちに任せればよい。多田氏としてはできるだけ中立的,客観的に判断できる立ち位置を取りたいと考えているそうだ。

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 そして打ち合わせになるまで,多田氏は時間が許す限り,デモ音源を(氏曰く)依頼される前に「勝手に」作ってしまうそうだ。自分なりに感じたことを「こういう音楽いいんじゃないかな」と提案するのだ。もちろんありものの資料で,「こういう系の音楽ですかね?」みたいな提案の形で持っていくこともあるが,それよりは自分で感じたものを作ってしまったほうが早く,クライアントからも直接打ち合わせの段階から判断してもらえる。
 さらに打ち合わせのときにも,次に向けて具体的に話を進めていけるのではないかという思いがあって,あえて,簡単な30秒とか1分とかのものを持っていく。もしくは15秒くらいの2パターン,3パターンくらいを簡単に作っていく。いわゆるモックアップだ。

 これらを用意して打ち合わせに臨むわけだが,できるだけ打ち合わせの場所では,音楽用語,多田氏の専門である用語はできるだけ使わずに,クライアントの分かる言葉で,抽象的な表現をもって,いろんな情報を引き出し,尋ねる姿勢を意識しているという。

 そして実際の作曲の作業に取りかかるわけだが,そこは多田氏たち専門家の領分で,抽象的な表現を音楽的に変換する。そしていろんなアプローチ,バリエーションを作り出していく。
 また,多田氏が心がけていることとして,オーケストラをスタジオで録音するときなどはとくに,クライアント,監督とスケジュールを合わせて,音楽スタジオにきてもらうようにしているそうだ。ただでさえ,たとえばアニメであれば,映像チーム,音楽チームと,本当にセパレートされてしまっていて,映像チームからすると,音のことは全然分からないからお任せ,になってしまいがちだが,多田氏は,それでは寂しいし少しつまらないという思いがあり,できるだけ,現場に来てもらうようにしているとのことだ。
 そして,簡単なことでいいので,判断をしてもらうのだ。

 たとえば,最後に「ジャーン」と演奏して終わる秒数が2秒なのか4秒なのか,というだけでも全然印象が変わってくる。まずそういうところから意見をもらう。どう意見していいのか分からない人であっても,「長さはこれくらい? もっと短く終わったほうがいい?」といったアプローチを通じて,コミュニケーション,意思疎通をしていくのだという。

 そして参加者が「こういうものを入れていくといいのかな」とつかんだところで,もう一歩踏み込んだ意見を求めていく。たとえば,音楽の専門用語で音を短く切るスタッカートという奏法があるが,このスタッカートは非常にたくさんの奏法に分かれている。音の長さ,音価の半分の長さが大基本で,四分音符だと八分音符の長さで演奏する。もっと短く十六分音符で演奏する鋭いスタッカートとか,ソフトなスタッカートとか,いろんなニュアンスがあるので,「ここの刻み具合はもっと弱い感じ? それとも鋭い感じ?」みたいなやり取りをしつつ,意見してもらうのだ。そうすることで,映像サイドの監督にも,音楽に対して理解を深めていただけるのではないか,という思いがあるそうだ。

 演奏録音現場のショーアップが終わって,納品を終えて,仕事としては一段落する。
 ただ,発表したあとが大事だ。ここで水口氏が「お金はそこから先に生まれてくるので」とプロデューサーらしい発言をしていた。多田氏も「ここまで費用や時間をかけて作り上げてきて,ユーザーの立場の皆さんに気に入っていただいている。言うまでもないことだが,作曲家としては,できるだけいろんな部分で協力して,たとえばインタビューだったり,トークを行ったりなど積極的に参加するようにしている。そうして自分がそこに参加することにより,実際にコンテンツを入手した皆さんがどういう印象を持っているのかも,肌で感じ取ることができる。そうすると,たとえばシリーズが続けば続編,そうでなくても別の案件でも,そういった動きを満たすことができるのではないか(多田氏)」と考えているそうだ。

 そして現在進行中のプロジェクトにおいての制作ポイント説明と,多田氏なりの関わり方が水口氏と共に会話形式で行われた。まず,多田氏が音楽監督として参加している水口氏の作品「Re:Union」が紹介された。

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 この作品は,2.5次元のマルチメディアコンテンツで,それを中心として,いろいろな方面に展開していく。高校学園生活を中心とする一方,タイムリープものでもあり,いろいろな時代を旅する。一つの高校が舞台だが,制服が4種類ある。同じ高校でも時代が違うので,制服も違っているのだ。メインキャラクターには声優の小岩井ことりさん,平山笑美さんを配し,この2人を中心として話が進んでいく。2.5次元の舞台を中心として,その他いろんなボイスドラマやラジオ配信をしたり,ライトノベルや4コマ漫画までいろんな展開を考えているそうだ。

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 多田氏が本作で一番大事だと考えているのはテーマソング,次いでキャラソンだ。ライトノベルとかアプリとかボードゲーム,たとえばアニメとかにすると,ほんとにコアなファンがつくと思うが,こういった全体像を多田氏なりに把握したいと思っているそうだ。

 ここで多田氏が,このRe:Unionの話をもらったときのファーストインプレッションをスライドで紹介した。上から3項目は主に設定に関わる部分で,下2項目が音楽に関わってくる部分だ。「歌楽曲を中心に」と言われたが,これは声優さんたちが歌うのか? と多田氏が水口氏に問う。

 水口氏がこれを受けて「実際に各時代で女の子のキャラクターがユニットを組んで歌う」と応える。
 歌モノが中心というであれば,劇伴の作り方も変わってくる。ただ劇伴だけで作るのではなく,歌のメロディをいろいろ流用,拝借していくということを念頭に置かなければならない。

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 そして作曲家である多田氏が重きを置くポイントは,このRe:Unionをどういった人が手に取るのか,見るのかだ。そこを想像しながら,その人たちが好きそうな曲を,改めてもう一度聴き直す。そして今後狙うべき新規層,ゲーム好きといったメインアプローチ層もさることながら,そこから少し上下に広げたアプローチも考えて,そういった曲も聴く。
 一方,楽曲の周知,この楽曲をどういう風に知らしめていくかというところも,多田氏なりに,もし自分がプロデューサーだったら,という気持ちを持って,考えるそうだ。

 最初この資料を見たときに多田氏が感じたのは,「学園ものだから爽やかなのかな」といったものだそうだが,それ一筋ではなかったそうだ。
 水口氏は「いろんな時代の高校生たちなので,その時代を反映した,たとえば男女の三角関係だったり,夢とか将来に向けた葛藤であったりとか,高校時代誰もが経験するような若者の陰気」があると説明する。
 だからいわゆる「ヒューマニティ」,人間関係の複雑な気持ちだったり,また,時代を超越してくるので,ジェネレーションギャップだったり,それから各時代に対する思い,そういったものが複雑に交差していく。主にこれは劇伴の,先ほど喜怒哀楽について解説した心情的なところになる。そこに重きを置かなければならないな,と多田氏は感じたそうだ。

 あとは,2.5次元というところにも少し重きを置いておかなければならない。登場するキャラを投影した,次世代の若者の活躍への期待。このコンテンツを通じて,関わる人は,本当に活躍している人だけでなく,これからという方にも積極的に参加してもらっているそうだ。
 水口氏曰く,「新人枠があるので,毎回ベテランから新しい方まで,入れるようにします」とのことだ。
 多田氏曰く,「少しおこがましい言い方だが,この作品を通じて,演者の意味でも人間の意味でもいろいろ成長して,次に活かしてもらえるとうれしい。そのためにはどういう曲を書いたらいいのか,たとえば,あえて難しい曲だったり,解釈の難解な曲だったりというのを提示したりして,そこで経験を培っていただくということも視野に,頭に置いて考えることもある(多田氏)」とのことだ。

 そして実際の進行における提案とコミュニケーションが解説された。まずは初回ミーティングを始めるわけだが,さっき述べた「勝手にデモテープを作っちゃえ」ということで,本作でも準備したそうだ。Re:Unionに対して,どういう音を作ったか,ということで,曲の触りの部分が紹介された。

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 いわゆるタイムリープ,時空移動,そしてヒューマニティに重きを置くという注文も考慮して,割と壮大なというか,荘厳なというか,そういったものをデモテープとして作ったそうだ。
 これを最初に聴いたときに水口氏は「最初は学園ものだったので,この曲だとちょっと出来事がありすぎると感じた」という。
 「確かにそう思われるかもしれない。ただ,作家としての自身の経験として,やり過ぎくらいがちょうどいい気もする(多田氏)」そうだ。「中途半端よりは,どうせデモを作っていくのなら,振り切ったものを提案して,そこからどんどん軌道修正していく,ということも必要だったりするのかな(多田氏)」と考えているという。ここら辺の考え方はトッププロの余裕を感じさせる懐の広いアプローチだと思う。
 水口氏も「ドンピシャを,みたいな判断のつかないものよりは,味付けが濃いめのほうが,あとで話をしやすいことはある」と同意する。

 最初の提案後話を進めていくにしたがって,「学園もの」にやはり重心を置かなければいけないという話になったそうだ。「皆さんここで出ているキャラクターはほとんど16歳から17歳,18歳くらいのところなので,そこは大事(水口氏)」と氏が念を押す。

 なので多田氏は,ではもう少しライトに,爽やかに,最初の導入として進めていったほうがいいのではと思ったという。この打ち合わせを終えたあと,まだ具体的な音楽メニューとして発注は来ていない状態で,打ち合わせ初回の顔合わせ的なミーティングに向けて,次のデモテープを作ってみたそうで,その曲が紹介された。「180度違う方向で爽やかにしてみた(多田氏)」そうだ。水口氏もこちらのほうがイメージはしやすかったと応じた。

 また,この曲のサビの部分では,主題歌を意識したテーマメロディを使用しているそうだ。歌中心ということで,主題歌に話題が移った。

 主題歌が必要ではと作られた曲のタイトルが「Be with you」だが,多田氏は水口氏にその意味を尋ねていた。水口氏は「青春群像劇なので,いろんな時代のいろんなメンバーが,関わり合いつつ,『一人じゃないよ』というところのいろんな想いをこめて,のタイトル」だと答えていた。

 ちなみに最初に「聴かせよう」と意図した水口氏から提案されたのは,バラードだったそうだ。
 それも一理あるなとは思ったのだが,いろいろ話をしていく中で多田氏は,1発めに聴く曲はアップテンポのほうがいいのではという思いが頭をよぎったそうだ。水口氏も「そこもご意見いただいて,一番初めにコンテンツに触って主題歌を聴いたときの印象というと,聴かせるのもありだが,アップテンポのほうが,より受け入れられやすいのかなとなった(水口氏)」と同意した。

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 これに沿って主題歌を作るのだが,アップテンポと言いながら,後々のことを考えて,バラードバージョンも作ったそうだ。ということで,アップテンポ版とバラード版の主題歌がクロスフェードして流された。
 専門的な話になるのだが,この2曲は同じメロディを使っている。ただ,テンポの刻み方が倍か半分かというアプローチをしているそうだ。スライドにあるとおり,バラードのBPM92に対し,アップテンポでは倍の184にして,だけどメロディもスケール感も同じとのことだ。なぜこうしたかというと,多田氏は「曲のニュアンスは一様であってほしいということと,これはこちらの『勝手な』想いなのだが,声優さんが忙しい中で,歌も覚えて下さるので,覚えやすいほうがいいなと思って。一つ覚えたらどちらも歌えるみたいな形にしておくと,覚えてもらいやすいかなと思った。手にしたユーザーの皆さんにも,やっぱり曲にバリエーションがあって,それが同じニュアンスで聴けるというのは,すごく伝わりやすいかなという思いもある(多田氏)」と語った。

 後半は,実際のコンテンツを使用して,楽曲のやりとりというものを紹介していた。こちらも,水口氏とやり取りをしながら多田氏が曲を作り上げていく過程の再現ドラマになっていた。

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 このRe:Unionの映像にMCが入った30秒くらいのムービーが水口氏から提供された。こちらを使用しながら進めていくそうだ。実際にProToolsにムービーを読み込んで,それを再生しながら音を再生していく。最初は音楽なしでダイアログだけが収録された止め絵であった。

 多田氏は,まず絵と声優さんのしゃべり口調と描かれている内容を見て,自分からのファーストインプレッションということで作ったというピアノ曲をムービーと合わせて再生した。手堅い印象のピアノ一本の楽曲がつけられていた。

 多田氏が意図したのは,淡々と,いろいろなことを思い返しながら,ちょっと複雑な,不安な思いも込めつつ,だけど基本的に語りを聴かせたいので,できるだけシンプルに,と思ったそうだ。これを聴いた水口氏は「方向性としてはこちらでいいのかなという印象」だが,もう少しインパクトがほしいと注文をつけたとのこと。
 「さっきのも悪くないが,初めてこのコンテンツに触れるよ,という人にもっと印象づけたい(水口氏)」。
 そこはあざとくやってもいいのかと多田氏が問い,「ハッとする感じの方向にしたいな(多田氏)」,ということで,次の案として,新しい曲を作ったそうだ。

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 流れる映像はまったく同じだが,ちょっと複雑なものを考えたという第2稿が披露された。これを聴いた水口氏は「こちらのほうが全然雰囲気がある」とコメントした。

 余談だが,多田氏は今回のセッションに持ち込んだキーボードのように大きなものではないが,打ち合わせの場所に,コンピュータと25鍵くらいの小さなキーボードを持ち歩いて,実際に音を鳴らすこともあるとのことだ。小さいので,本セッションのように流暢に演奏はできない。けれど,ループを出したり,ちょっとしたメロディやフレーズを理解することができるので,そういったものを提示して,クライアントに「こういうメロディ?」「こういうリズム?」と,その現場で打ち込んで聴かせることもあるそうだ。「あまりやり過ぎもよくないので,ほどほどにしておくが(多田氏)」と気遣いも忘れない。

 これで方向性が決まった。「今回,本当はこのセッションの場で作っていきたいところなのだが,それだとセッション内で終わらない。実際オーケストラ音源でいろいろ考えていくとなると,1曲あたり4時間から5時間くらいはかかるので,今回は,あらかじめ楽曲を用意させてもらった(多田氏)」ということで曲が再生された。

イマジン 作曲者・指揮者 多田彰文氏
 「先ほど再生されたピアノのバージョンからちょっと考え直したところもあり,そこから洗練させて,こういうフレーズがいいかな,と作っていった(多田氏)」ということで,曲が再生される。ピアノの楽曲の雰囲気は残しながら,当たり前だが流麗にオーケストレーションされたものになっている。MCを大きくして聴いたあと,MCを下げてもう一度再生された。

 「構成楽器でいうと,ストリングスが第一,第二ヴァイオリン,ビオラ,チェロでそれぞれ5名。そして木管楽器,あとは金管楽器だが,こちらはずっと鳴らし続けるのはうるさすぎると思い,後半でホルン,トロンボーンを用いた(多田氏)」そうだ。そしてクラシックパーカッションとしてティンパニ,グランカサ(大太鼓)を用い,さらに中国の銅鑼であるタムタムを弱く叩いて怪しい雰囲気を作り出し,結果的にこういう形になったとのことだ。これを聴いて水口氏は「より強調された雰囲気が出た」とコメントした。

 今回はデモンストレーションということで,ピアノでモックアップを作ったのを,オーケストラで割と忠実にトレースしているそうだ。多田氏は「ピアノで弾いたフレーズも,ピアノで逆に決めてしまって,先ほどの喜怒哀楽の説明であったとおり,基本ピアノ一本で何でもできる。作るときに『ここの部分はフルートでやったほうがいいな』ということはあるので,そういうことを頭で考えながら作っていく。そのあとオーケストラでモックアップして作っていくのだが,ものによっては必ずしもそのとおりにやらなくてもいい(多田氏)」と語った。基本はピアノ,なのだ。

 多田氏は,これとは違う案件でフィルムスコアリングで5分のアニメーションに全部音をつけるという仕事をしているという。そこでは「ここで何かが投げるとか,取っ組み合いをするとか,誰かが逃げる,とかがある。それに全部音を合わせていかなければならないので,映像をProToolsにシンクロさせて,映像を見ながら適当な音を『あ,動いた』『あ,何かした』といったタイミングで音を入れていく。そのときにグラフの項で表した,『ここは焦っているから少し低めで速いテンポがいいかな』と全然でたらめなものを入れておいて,あとでそれをちゃんと和声にする形でまとめることもできる(多田氏)」と別作品の劇伴手法についても解説した。こちらの手法はフィルムスコアリングやゲームのムービーパートで多用される方法である。

 ここまで,多田氏が普段作曲家として案件に接するときに,どのようなことを考えてやっているのか,提案しているのか,ということが解説された。
 多田氏は普段から,アニメ,ドラマといったものを中心に展開しているが,ゲームだったり,アニメだったり,それぞれにおいて,それぞれ特有のアプローチの仕方というものももちろん存在する。かいつまんでいうと,「ご存じのとおり,ゲームはループがある。テレビシリーズは編集しやすいように,基本90秒を尺として考える。映画は1本限りなので,丁寧に楽譜を合わせて作っていき,アニメーションと実写では,音数も変わってくる。そういうことも作曲家としていろいろ考えつつ,プロデューサーやクライアントに対して,できるだけ分かりやすく,コミュニケーションをするということを心がけている(多田氏)」とのことだ。

ヒューアンドミント 制作・プロデューサー 水口盛道氏
 ここで多田氏が水口氏に,音楽を発注するときに,作曲家に対してどう言ったらいいと考えているか? と質問した。水口氏は「イメージを形にする仕事なので,自分の思い描いていた抽象的な表現を受け止めたうえで,形にしてもらう,クレバーでありながらもキャッチーで,要するにメロディアスな感じで……(水口氏)」。これに対し,多田氏は「キャッチーで,とにかくキャッチーで! というのは非常に多い。もちろんそれは大事だと思う。作曲家としてクライアントから引き出したいのは,そのコンテンツが何を言いたいのかということと,ユーザーにどこをどう関心を持ってもらっているのか,というところだ。たとえば,今回のCEDECだとゲームというものが一つ大きなテーマになると思うが,ではゲームをするユーザーは,このゲームで何を楽しみたいのか,そのためには,どんな音楽ならいいのか,そういう話をできるだけ設定を含めて聞き出せるように,と常に思っている(多田氏)」と応じた。

 トッププロのサービス精神旺盛な実例込みのセッションは作曲家のみならず,クライアント/プロジェクト側の聴講者にも響いたようで,質疑応答はもっぱらクライアント側の人が質問をしていたのが印象的であった。音楽という「目に見えない」ものを発注する難しさを制作サイドも実感しているのだと感じた。サウンドクリエイターの一人としても得ることが多い,充実したセッションであったことを報告しておく。