GCC'17レポート:ガチャピンやピカチュウの骨格は? ゲーム業界における美術解剖学の活用法

 3Dモデルやフィギュア造形において昨今重要視されているであろう解剖学。リアルな造形を目指すなら必須の知識であるが,専門的な学びをしていないとなかなか触れることの世界でもある。そんな解剖学の世界を「エンターテイメント業界における美術解剖学の活用方法」と題して,基礎からその学び方を紹介したのが本講演だ。
 「美術の世界では,鑑賞者を楽しませるために絵画は進化してきた歴史を持つ」と講演をスタートさせたのは,Skeleton Crew Studio代表取締役の村上雅彦氏だ。絵画の進化によって人間のストーリーまでも感じさせるようなリアルさ,リアリティのある人間の表現が欠かせなくなってきたという。なぜなら違和感を感じてしまったとたん,物語が薄っぺらいものになってしまうからだ。このため,リアリティのある人物表現は美術の進化においても重要だったという。その美術の進化とともに研究されていたのが,リアリティのある人物や動物を表現するために活用されてきた美術解剖学だ。
 美術の世界は,絵を通してシンプルに伝える表現から,よりリッチな表現に変わっていった。現在のゲームシーンもこの美術史の一連の流れと同じ道をたどっていると村上氏は結びつけた。一例としてファイナルファンタジーをとりあげ,ゲームとしての映像が,絵画と同じく記号化された表現からリアリティのある映像へと進化していると説明。現在のゲームグラフィックスは,3Dポリゴンからハイエンドグラフィックスへと進化して,リアリティを追求できるところまできている,このまま技術の進歩が続けば,より現実世界に近い表現ができてくるだろうとも語った。

 さらにVRの登場によりプレイヤーは,コンピュータで作られた映像を実際の世界のものとして感じやすい環境が整ってくる。ここで求められてくるのが,「見た目だけでない本質的な存在としてのリアリティ」だという。「動きの癖や自然な反応,多くの生き物が持っている基本構造である骨や筋肉の表現も,本質的なリアリティに大きく関わってくるでしょう」と,ここで村上氏による講演の導入は終了。続いて仕事でも美術解剖学の知識を使い,大学でも授業をしている成安造形大学イラストレーションクラス特任准教授小田 隆氏が登壇。自己紹介後,本講演のメインテーマである美術解剖学歴史をひもといてくれた。

小田氏のメインワークは恐竜の復元画を作るという仕事で,博物館などで展示されている化石から復元した恐竜の絵などを,研究者と共同作業で生み出されているという。ものによっては,二年かけて復元するものも
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学生の頃には油絵を専攻していた小田氏。頭骨の絵や生きた動物,お遊びで架空生物を描くことも。もちろんお遊びでも美術解剖学に基づいて検証しているという
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解剖学を学ぶ


 そもそも解剖学とはなにか? 小田氏は,美術解剖学の前に解剖学そのものを紹介。解剖学はアナトミーと言われ,医学だけでなく,建築学,工学的な意味で使う場合があり,美術的な解剖学では,アーティスティックアナトミーと言われているようだ。医学的な解剖学は,病気を治すための解剖学なので,骨や筋肉,神経,血管など体のあらゆる要素が必要ですが,美術解剖学では基本的に骨と筋肉と表皮,とくに骨と筋肉の機能を知っていくことが中心になるという。
 解剖学を歴史的に見ていくと,古くはレオナルド・ダ・ヴィンチが有名だが,ギリシャ,ローマの時代でも作られている彫刻を見る限り,きちんと解剖学に基づいて作られているような彫刻が多数存在していた。しかし,中世でいったん途絶え,ルネッサンスの時代になって,レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロらが実際に遺体にメスを入れ,人体の構造を知っていくという過程を経て作られてきたという。

小田氏が実際にモデルをスケッチし,その内部の骨と筋肉を書き込んでしていったもの
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 そして,人体を把握するうえで重要なのは骨格だと,小田氏は語った。体の基本的構造は皆同じ。とはいえ太ったり痩せたり,筋肉のつき方も多様で個体差がある。そこで,比較的構造がしっかりしていく骨格をベースにしていかないと,きちんと人体の内部構造を把握することはできないという。プロポーションの把握も,体の外側だけ測るだけでは,動くことによって人体のアウトラインは常に変わっていくので把握しづらい。その点,骨は伸び縮みしないので,骨の関節と関節の間をきちっと測っていけば,間違いのないプロポーションがとれるのだ。


美術解剖学の学び方ー人体編


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 では,正しい人体を把握することを学ぶためにはどうすればいいのか? 講演では,小田氏が実際に大学のカリキュラムで使っている教材を使って説明をしてくれた。
 まず,標準的な骨格を知る必要があるとのこと。やはり解剖図を眺めているだけでなく,実際に手を動かしてトレースすることが必要だという。トレースする際には,ただアウトラインを取るだけでなく,骨の分かれ目である関節がどこであるかを把握し,それがどう動くのかを知りながら作業すること。さらに目や鼻,さらに神経が通るのに必要な穴といったディティールまでもきちんと描いていくようにするのだ。
 骨格図を描いたら今度は筋肉を描いていくことになるが,そのときに重要なのが目に見える表層筋肉だけでなく,関節を動かすインナーマッスルを把握すること。わざわざ見えない筋肉の起始と停止,要は筋肉が骨のどこから始まってどこで終わるかを把握しないと,正しい筋肉の動きを想像できず,体の形を理解することにつながらないためだ。

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 上は,小田氏が教材用に描き下ろした骨格図だ。授業ではこの骨格図をトレースしてもらうことから始めるそうだ。そして,深いところにある筋肉から重ねていき,理解を深めていくという。大事なのは,筋肉ごとの起始と停止,その筋肉の形,何を動かすための筋肉かを覚えること。これらを押さえておけば,いろいろなポーズを描くときでも,さほど間違ったことがなくなるようだ。

ドアノブを回すときなどに腕をひねると,下腕の骨が交差するような動きをする。ポーズを取ったとき,その動作をしたときの骨の動きを知ることがとても大事だという
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美術解剖学の学び方ー動物編


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 動物の場合は,それぞれの動物において骨格・筋肉図を理解することはもちろん,爪を出す仕組みといった動物ならではの動きも押さえておきたいと小田氏は語る。また,人体と同じく,骨格図・筋肉図を正しく把握しておけば,想像上のクリーチャーのデザインなどにも活かせるという。また,人間と比較した時の相関関係を誤解している場合もあるというので,そこは正しい知識を身につけておきたいと強調していた。

見てのとおり,肘の位置が人間と犬ではかなりの違いがあるが,基本的に馬も犬も爪先立ちであるだけで,肘の曲がる方向は人間と変わらない。鳥と人の足の比較。鳥も爪先立ちで,かかとで立っている動物はレアケースだという
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 続いて美術解剖学を使った復元画のプロセスを紹介した。ごく少ない証拠(化石)から,どのような形を持っているかを推測していくのだが,まずは復元したい生物の親戚探しをするが,ここは研究者の領域。作業は研究者からリクエストを受けて始めるという。その後は,研究者と綿密なやりとりで修正を重ね,新たに発見された成果があれば,随時盛り込んでいく。こうした地道な作業を経て,ようやく復元画が完成するのだ。

いったん仕上げた頭部だけで15箇所の修正が入る。詳細なディティールの要請を受けて修正対応していく
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発掘された化石に基づいて歯の修正。トレッシングペーパーを使ったアナログな手法も使う
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P2180126,P2180127
(CAP)
頭骨だけでこれだけの作業量をこなすが,全身骨格ともなると研究者と100通くらいのメールのやりとりが行われることもあるそうだ


 最後におまけとしてガチャピン骨格図のプロセスを紹介してくれた。公式で発表されたガチャピンの骨格図に小田氏はどうにも納得がいかず,さまざまな指摘をtwitterでつぶやいていたところ,自分でやることになる羽目になったとのこと……。恐竜の末裔であるガチャピンの親類である鳥の骨格や恐竜そのものの骨格をもとに全身を再構成したという。さらにおまけのおまけだが,「ガチャピンといえば,横に赤い人(3倍早く動く人ではない)を思い出しますよね」と切り出した小田氏が見せてくれたのが,ムックの全身骨格図。目のつき方からムックはカニの親類だろうということで導き出した骨格には,思わず衝撃を受けてしまったほどだ。両方とも実際にいない想像上の生物なのに,作り込まれた骨格みみると,ぱっと見でもそこにいるような説得力を持っているのが分かる。
 その後,さまざまな骨と出会える「ホネホネサミット」の紹介や,美術解剖学を学ぶ上でどんな本を使っているかを紹介して講演を終了した。

最初のラフ骨格。恐竜は鳥とゆかりある生物なので,実際の鳥と同じように,強膜輪という骨を付け,さらにまぶたの骨を持っている鎧竜の仲間を参考にしたそうだ
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ガチャピンは立って行動する。直立する鳥とえばペンギン。ペンギンの膝はかなり高い位置にあり,見えている足は足首から先くらいということなどを考慮した第二稿がこれ。頚椎がつながっている位置が後ろすぎてバランスが悪い,と突っ込まれたので,そこは最終稿で修正したそうだ
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骨盤までつなっているのが鳥や恐竜の基本。このおかげで恐竜は腰を動かすことができない。しかし,ガチャピンはさまざまなスカイダイビングやフィギュアスケートといったあらゆるスポーツをこなせる一面も持っている。腰が動かない状態では,これらの動きは不可能なので,犬などの哺乳類のように柔軟な腰を持たせるために腰の肋骨は外したという。このようなプロセスででき上がったのが,最終稿のガチャピンの全身骨格だ
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「ムックはいわゆる雪男と言われているが,目のつき方が哺乳類ではありえない形をしている。細い軸に目がついている生物といえばカニ。したがって,ヤツはカニである」と小田氏は断言。カニの中には,体に藻をつけてカモフラージュするものもいるいるので,ムックは身体中に海藻をつけて人型のカモフラージュをした生き物と考えたようだ
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解剖学を学ぶうえで使う資料として,とくに筋トレの本「目で見る筋力トレーニングの解剖学」を評価していた。死んだ人間でなく,生きた人間がどういう筋肉をしているかがよく分かるという
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