【月間総括】ソニーのハードウェア戦略はゲーム業界にどう影響するのか

 2016年9月8日(日本時間),ソニーのゲーム事業子会社であるソニー・インタラクティブエンターテインメント(SIE)が新製品の発表を行った。具体的には,PlayStation 4(PS4)のスリム型マイナーチェンジ版と,これまでNEOと呼ばれていた上位機種「PlayStation 4 Pro」である(関連記事)。
 特徴的な点は,上位機種PS4PROの投入そのものである。同社のアンドリュー・ハウス社長によると,技術の進歩に伴うライフサイクルの後期にプレイヤーがPCゲームに流出する動きが見られたため,グラフィックスがより優れたハードを提供することにしたとしている。米Microsoftも「Scorpio(仮称)」と呼ばれる新型機を来年末の発売に向けて用意しているが,ネイティブ4K対応などハイエンド志向のマシンで,浮動小数点演算能力は6Tflopsに達するとのこと。

 これらハイエンドマシンの投入が相次でいる背景にはValveによる配信システムSteamの台頭があると言われている。同社は,PC用ゲームソフトをオンラインで提供しており,以前のPCゲームに見られたインストールの手間などが簡略化されている点が特徴であり,手軽さというコンシューマゲーム機の優位性が失われつつあるからだ。また,ゲーム機の性能が大きく向上し,家庭用テレビのハイレゾ化が進んだ結果,PCとの差が次第に縮小したうえ,PC側ではインターネットの普及によるオンライン認証で海賊版対策が進んでいる。
 さらに,AAAタイトルのゲーム開発費が数十億円から数百億円に達した結果,安価なPCで開発し,ゲームエンジンを用いてダウングレードしてコンシューマ版を開発するスタイルが普及したため,多くのゲームがSteamで配信されることが当たり前になってきている。
 この結果,グラフィックスを重視するハイエンドプレイヤーがゲーム専用機からPCに移行するケースが増加しているようだ。とくに,強力な自社タイトルに乏しく,性能を重視するプレイヤーが中核となっているSIEにとっては座視できない事態となっており,よりハイエンド向けのマシンを投入したということであろう。

 しかし,この対応は企業戦略的には問題があると考えている。一つは,上位機種専用タイトルおよび現行機種のみに対応したタイトルの開発は原則禁止になっているこということである。
 ユーザー側から見た製品数は変わらないとはいえ,それぞれの新機種に対応した動作モードは追加されることになるので,開発側からすればマルチ対応が「PS4」「XboxONE」「PC」から実質的に「PS4」「PS4PRO」「Xbox One」「Scorpio」「PC」に拡大することになる。
 4K対応やフレームレート向上だけなら,それほど開発コストは変わらないと思われるかもしれないが,開発費が100億円を超えるようなタイトルではデバッグコストも億円単位となるため,対応機種の増加はコストの上昇を意味している。

 二つめは,プレイヤーが上位機種と下位機種のどちらがよいのかの選択に迷うことである。据え置き機は「Wii」までは単一アーキテクチャ,単一機種であった。PS3,XboxからHDDを搭載するようになったためHDD容量別に複数モデル併売体制がとられたが,ユーザーからすると分かりにくくマニア向けの商品になってしまった。それに輪をかけた上位機種の併売は,エース経済研究所では,一機種での成功を捨てることになりかねないと考えている。
 また以前,ハウス社長が示していた,半導体技術の進歩が停滞するため,今後は世代交代が遅くなるとしていた方針がわずかの期間で覆されたことも意味する。企業戦略上,重要な要素に対する読み違えが問題にならないかが懸念されよう。

 さらに,「PlayStation VR」にも触れておきたい。9月15日から開催された東京ゲームショウのPSVRブースは大盛況で,今年はヴァーチャルリアリティ(VR)元年といった声も聞かれる。しかし,エース経済研究所ではVRの普及は大変な困難を伴うと考えている。
 一番の問題はPSVRの製造に難があるということである。ヒアリング調査の結果,PSVRは製造工程にクリーンルームが必要で,大量生産が非常に難しく,年内の出荷台数は100万台程度に留まると,エース経済研究所では予想している。
 また,仮に生産できた場合でもPS4,PS4PROの周辺機器であるため,母数がPS4を上回ることがないことも問題である。VRゲームは,360度細部まで作り込まないと,プレイヤーが違和感を覚えるため,開発費がさらに上昇する。ヒアリングの感触では,通常のPS4,Xbox ONEタイトルの倍程度のコストが必要となるようだ。普及台数がPS4よりも少ないにもかかわらず,開発費が高いとなると回収が難しくなる。
 さらに,ゲームを楽しむまでにHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着し,有機ELディスプレイ位置の調整が必要であることや,長時間プレイするとVR酔いと呼ばれる問題が発生する難点もある。

 問題点を列挙したが,これらの障害を乗り越えるようなタイトルが一つでも出現すれば,状況は大きく変わる可能性もある。最大の課題である生産数量の少なさも,SIE側がヒットに確信を持てず,クリーンルームなどの設備投資に躊躇している面が大きいと考えている。そのため,発売から早期にキラータイトルが出現すれば設備投資が実行可能となり,タイムラグはあるだろうが上記の予測が覆える可能性もある。コンテンツサプライヤー,ユーザーが関心がある間にヒット→購買意欲増→ハード供給増の正のサイクルを立ち上げられるかどうかであろう。