「プレミアム(有料ゲーム)は死にました。それが事実なのだから対処するしかありません」

DigixartのYoan Fanise氏 は,「Lost in Harmony」でもってモバイルにおけるプレミアム(有料ゲーム)の死に直面した。だがそれは多様性の死を意味するべきではない。

 新興の開発現場を訪問してみると,国家のアイデンティティの概念は決して遠くにあるものではないことが分かる。ブラジル・サンパウロで開催された今年のBIGフェスティバルでは,ラテンアメリカのほぼすべての国からインディーズゲームが多数出展され,それらは国際的なゲーム業界に対し,各地域における「らしさ」をもたらす可能性を秘めたものであった。英国Lionheadの「Fable」シリーズ,ロシアIce Pick Lodgeの「Pathologic」に何かはっきりとした「らしさ」があると言えるのであれば,BIGの会場ではブラジル「らしさ」に遭遇したと言っていいだろう。

 Digixart Entertainmentの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)であり,Ubisoftの元コンテンツ・ディレクターであるYoan Fanise氏は,同じことを考えていた。BIGフェスティバルのフランスからの一行のブースのちょうど前で私達が出会ったとき,彼はこういった。「興味深いですね。ストーリーの中にたぶんフランスっぽい部分があるんだろうね。語り口とか。もっというと,私のスタジオでは深いものを伝えたいと思っています。内側になにか意味のある層を追加したいんです」

AppleとGoogleが,こういったゲームを助けようとしてくれるのはいいことです。もしその他大勢の中で目立ちたいと願い,リスクを取るならば,彼らはあなたを助けるでしょう

 Fanise氏の話には共感する部分がある。Eric Chahi氏の「Another World」から辿って,「Quantic Dream」のゲームシリーズを通り抜け,Dontnodの「Life is Strange」に至るような線だ。Digixartのデビュー作「Lost in Harmony」同様,Fanise氏がUbisoftのために監督した第一次世界大戦を舞台にしたほろ苦いストーリーのアドベンチャーゲーム「Valiant Hearts」は,同じ系統といえるだろう。Gamesindustry.bizが前回Fanise氏にインタビューした際(関連海外記事),Lost in Harmonyは「何度となく見たことがあるタイプのゲーム」やコンテンツで飽和状態になっているモバイルのプラットフォームであっても,ユニークで意味のあるゲームというのは,オーディエンスを獲得できるということを証明するための試みであると語っていた。

 それはLost in Harmonyのローンチ数か月前だった。そして今,彼が確信するのは,常に目指すべきは「ゲーマーだけでなく,ライトユーザーやこれまでゲームをしたことがない人々にどうやって届けるか」ということだ。「そういう人々が存在するからこそ,私たちはモバイルに進出したのです。モバイルでマネタイズするのは難しいと知っていましたが,大きな困難を伴って開始し,学びたいと思いました。そして実際,我々は多くのことを学んだのです」

 モバイルゲームでの多様な経験は,観客の規模と幅に比べれば残念なほどに狭いというFanise氏の評価には,もちろん,誰もが同意するわけではない。それにもかかわらず,剥き出しの感情が印象的な物語で,ビジュアル的にも素晴らしい音ゲーであるLost in Harmonyは,溢れ返るほどの類似ゲームの中でひときわ目立っているといってもいいだろう。それはAppleやGoogleにも大いに認識されている。あらゆる部分でこれまでのゲームとは一線を画すということで,両社は何度となくLost in Harmonyをフィーチャーしてきた。

 「AppleとGoogleが,こういったゲームを助けようとしてくれるのはいいことです。もしその他大勢の中で目立ちたいと願い,リスクを取るならば,彼らはあなたを助けるでしょう。これがほかのインディーズへのアドバイスです。週におよそ2000ものゲームが出るからといって,恐れていてはいけません。それはいったん脇に置いてください。さもないと怖すぎて夜も眠れなくなってしまいます」とFanise氏は語る。


 「私が確信していることは,これらのゲーム(のプレイヤー)とコミュニケーションをとる方法は,プレイヤー層に限らず,人々を驚かせるということです。とくにモバイルにおいて,一般ユーザーはそんなことは気にしません。彼らは『よし,私は癌についてのゲームをしたい』などと言うことはありません。とにかく彼らにプレイしてもらうのです。彼らが自身でゲームを見つけて,ありのままを好きになり,実は奥に何か深いものがあることを発見してもらわねばなりません」

 Lost in Harmonyがこれまでのゲームと一線を画したのは,価格設定についても言える。iOSでは3.99ドルでローンチし,Android版ではFanise氏が言うところの「ベーシック」,フリーミアム戦略をとった。「アンドロイド版でプレミアム(有料)にしたら,ハックされ,むしろ売上がなくなると分かっていました」そこで,Google Play版では,当初は無料とし,プレイヤーが物語の結末を見たい場合は有料としている。Fanise氏は,デザインやストーリー性に妥協することなくLost in Harmonyを無料ゲームとして機能させる方法はほかになかったとしている。一方で,モバイル・ゲーマーの比較的短い集中力の持続時間にうまく適合させるためにはゲームの進行ペースをもう少し工夫できたかもしれないとも認める。

 「(モバイル版で集中してプレイしてもらえる時間は)コンソール版よりも短いのです。モバイル版では,もっと早くプレイヤーを盛り上げなければなりません。ストーリーが見えてくるのが10分後では遅すぎます。大勢の人が離脱してしまうでしょう。(モバイルゲームを)収益化する方法を学ぶしかありません。もっと効率的にマネタイズできる方法を見つける必要があります」

 Fanise氏への質問,もちろん,このメディアの可能性に同じような考え方を持っているほかの多くのデザイナーに対してもだが,それは,ゲーム史上で最も人口の多いマーケットが許容しうる唯一のビジネスモデルのもとで,どのうやってクリエイティブで大胆な仕事をするのかということである。
 Fanise氏は,このようなゲームを作るのに狂気の沙汰レベルの手間暇をかけることを検討したり,初期コストなしでマネタイズできるような機能を実装したりすることは「非常に奇妙」であると認めている。「無料でリリースするときは,変な感じがするものです。プレミアムの場合はそこに価値がありますが,今,プレミアムはほとんど機能しません。プレミアムは死んだようなものです」
 Fanise氏はLost in Harmonyを通して学んだ教訓を強調するかのように,この点を念押しした。「私たちはようやくこの質問に対する回答を得ました。プレミアム(有料ゲーム)は死んだのです。プレミアムはもはや機能しません。それが事実なのだから対処するしかありません。ゲームのコストをいかにして賄うか,方法を見つけようではないですか」

 Fanise氏によると,モバイル界では,デザインやジャンルだけでなく無料でダウンロードされたあとにマネタイズできる方法など,もっとたくさんのイノベーションが求められる。なぜならその部分の限界はそのままコンテンツの種類の限界につながるからである。

 「稼ぎたいビジネスマンがいるのは理解します。だから彼らはキャンディクラッシュやクラッシュ・オブ・クランに注目するのです。しかし,我々はまったく反対です。もしゲームのコストを支払う方法を見つけられるならそれでいいのです。それが無料ゲームでも構いません。一つ完成させ,次のゲームを開発することができるなら,素晴らしいじゃないですか」

 Lost in Harmonyは今,Steamで配信され,Digixartはモバイル版にも適用される大幅な拡大に取り組んでいる。しかしFanise氏が,この種のゲームがモバイル上で発展できるという,かつての信念を失ったのは明らかだ。 Digixartが次に発表するゲームは「もっともっと大きなもの」,「Valiant Hearts」寄りで,コンソールやSteamのプラットフォームをターゲットにしたものになる予定だ。モバイルに関しては,Digixartはもっと早く制作できる,より小さなゲーム・エクスペリエンスのものに特化する。インスピレーションの重要な点として,ピーター・モリニュー氏の自由奔放な想像力を引用し,「アイデアのラボのようなもの」とFanise氏は語る。

 決して失われないのは「できるものなら何か深いものを伝えたい」という切なる思いだ。Fanise氏は,宗教,奴隷制や歴史上のさまざまな難しい出来事は,Digixartとしてプラットフォームを問わず掘り下げたい課題だとした。難しいことで有名なAppleのコンテンツ・ガイドラインにも動じることはない。

 「やります」と彼は言う。「Lost in Harmonyは軽い気持ちで始めたものですが,今私たちには『OK,これはうまくいく』というのが見えています。サポートもあります。なら,やってみようじゃないですか」

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら