「24Frameの邪道経営哲学」第8回:資金調達からアーリーアクセスを行うときの哲学
「アーリーアクセス」から「正式リリース」までの歩み
去る2023年3月24日,当社制作の「METAL DOGS」がSteamにて正式リリースとなりました。アーリーアクセスの開始から数えて2年半。企画から考えるとおよそ3年ということになります。長かった歩みも一段落,というところで今回は,ここまでの歩みを振り返ってみたいと思います。
そもそも「アーリーアクセス」「正式リリース」とは
そもそも「ついにリリース」ではなく「ついに“正式”リリース」とはどういうことなのでしょうか。それについては「Steam」というプラットフォームについて触れておく必要があるでしょう。
「Steam」というのは基本的にはゲームを販売するためのプラットフォームなのですが,いろいろと革新的というか野心的な仕組みがありまして,現在その中でも最も特徴的かつ有名なものが「アーリーアクセス」ではないでしょうか。
これは端的には「有料参加のベータテスト」と呼ばれており,実際内容もほぼその通りです。まだ完成ではない,制作途中のゲーム作品を販売し,その売り上げで足りない制作資金を調達したり,その時点ではアーリーアダプターに属するありがたいプレイヤーからの意見を吸い上げて完成品の精度を上げてみたりすることができる,という仕組みのことです。
うちも「METAL DOGS」でこの仕組みをうまく使えたな,という部分と「ここは使い方を勘違いしてたな」という部分が見えてきたのでそこも含めて述べていきたいと思います。
企画立案 2020年9月
最初に「METAL DOGS」の企画が持ち上がったのは,というより我々が持ち上げたのは2020年の10月頃でした。その前の月の9月にKADOKAWA GAMESから「METALMAX XENO REBORN」(以下MMXR)というタイトルが発売されており,その初動の中で「METAL DOGS」へとつながるいくつかのテーマが持ち上がりました。
端的に言うと課題となったのは客層の拡大に向けた施策やユーザーコミニュケーションの部分です。当時,MMXRの開発後,その続編に着手していた我々ですが,MMXRの結果は良くも悪くも「想定に忠実」すぎる部分があり,同様の試みを拡大再生産に持っていって勝負するにはやや不安が残る,というのが実情でした。
なのでそれらを続編の前にある程度克服しておくためになんらかの施策を打っておく必要がある,と感じたものの,パブリッシャであるKADOKAWA GAMESに準備されていた枠組みは当然ながら直系の続編のみ。故に「METAL DOGS」は我々が「自主開発」するという形でパブリッシャに逆提案する,という多少奇妙な発端がありました。
当然ながら「METAL DOGS」は「METAL MAX」という伝統あるシリーズのスピンオフですから提案後も権利元であるパブリッシャとの様々な折衝を行う必要があります。この年はそれと共に暮れていった,という感じでしょうか。
この辺りは普通,業界ではあまり例を見ない流れであり,最近普通の(?)ことばかり書いている感のある本連載の「邪道経営哲学」に非常にふさわしい気がしますね。
とはいえここではいったん我々が「半分パブリッシャ」になるというこれまた邪道的な着地を迎えます。「何が半分?」という部分についてはざっくりいうとSteamにおけるパブリッシングと開発資金はうちの負担,家庭用販売はKADOKAWA GAMES,みたいな構成となりました。
α版の検収 2020年12月
パブリッシャとの折衝をしつつも,その間すでに制作は進んでいたのでちょうどこの頃に社内では「α版の検収」というものが行われます。
ちなみにα版とは「ゲームに必要な基本システムが一通り実装されたもの」を指します。METAL DOGSはローグライトやハクスラの要素を持つゲームでしたので,ここでのROMではざっくりいうと「自動生成されるダンジョン」を「犬が歩き」「敵を倒し」「宝箱やアイテムを入手」し「ランダムに性能が変わるアイテムを拾う」と「それによってステータスや見た目が変わる」という状態を目指したものとなります。
最近はこの前に「このゲームほんとに作って大丈夫? 面白そう?」ということを確認するための「プロトタイプ版」というものでの検収も行われることが多いのですが,本作でもそのフェーズは一応存在しています。とはいえ「それをしっかり検収する」という流れは行われませんでした(邪道ですね!)。ここは主にスケジュールのタイトさに起因するものですが,「検収」という言葉の意味が本作の進行においては我々れにとって少し意味を変えたものになったからです。
「検収」とは一般的には開発中のROMをパブリッシャに提出して制作の進行に問題がないことを確認してもらう行為のことを指します。しかし本作では自分たちが半分パブリッシャであるという状況ですから,仮に「検収不合格」となった場合には自分たちが自分たちへの支払いをしない,というこれまた奇妙な現象が起こってしまいます。実際にはそんなことは起こりえない,起こしてはいけないわけで(単なる給与不払い,みたいなことになっちゃいますからね)同時にこれは「制作期間の間,ずっと会社からお金が出ていく」ということに他なりません。恐ろしいですね。
つまり「ROMを納品すればパブリッシャからお金がもらえる」という構造がありましたが,今回は「それをしようとすまいと,誰かが何かをくれるわけではない」ということになります。なので資金の調達,というものも同時に行う必要が出てきました。
資金調達 2021年3月
これ自体が一番の冒険だったといえなくもないのですがコロナ禍の影響もあってか審査は比較的滞りなく進みました(創業から10年以上経っていた,というのもポイントだった気がします。信用って大事ですね)。この審査に向けた準備すべき書類の数は今までにないものがありましたが,ある程度大きなお金が動くときというのは,そういうものでしょう。何とか資金調達は目途がつき始めました。
端的に言うとこの辺りから「ゲーム制作」の外側の部分に目を向けていくことになった気がします。今まではパブリッシャさんが請け負ってくれていた「広報」などはその最たるもので,この部分はどうしていいか分からないまま,まずはこのドタバタそのもの自体を外部に公開して少しでも作品の事を知ってもらおう,という発想から本連載の前身である「24Frameの内情暴露日誌」なるものも始めていきました。
β版の検収 2021年5月
さて,権利関係の折衝や資金調達を行いつつも,気がつけばゲーム自体の制作は「β版」というものに進んでいきます。
「β版」についてもざっくり説明しておくと「α版を土台にある程度のブラッシュアップを行い,通しで遊ぶことができるもの」ということになります。一般的にはゲーム制作における一つの山場であり,プロトやα以上の期間が設けられることが多いです。
なので,METALDOGSでも当然βの制作期間というのは長かったのですが,ここが不用意に長いと「長い時間をかけて作ったのに意図と外れた部分が多い」ものが上がってくる可能性が高まってしまいます。そんな感覚的な懸念もあり,本作ではβ版を「β1」「β2」と分けることにしました(これも最近多く見られる方法です)。
なので我々は「β1」を2021年の3月,「β2」を2021年の5月と定めました。前述の通り「α」や「β」といったROMの検収は「それをクリアすればお金がもらえる」といものではなくなっており,ここでは「ROM提出」は最早,自分たちの気を引き締めるための儀式と化してきた部分もあります。
具体的にはβ1でとりあえずエンディングまで行けるようになり,その後のβ2では細かい部分のクオリティアップやバグFixなどをやっていく,という流れになりました。また,この間我々にとってはほぼ未知の大海である「広報」へのチャレンジも進んでおり,β2おけるクオリティアップはその文脈も踏まえたものとなっていきました。
広報活動 2021年7月
(1)ゲームの完成写真やイメージボードと共に主なメディアへの取材を打診し露出を行う。
(2)特定のコンテンツとの連携が図れる場合はコラボなどの施策を検討する。
(3)広告料を払ってWeb,雑誌などへの掲載を打診する
実際にはもっといろいろなことが行われているので上記はほんの一部だったりするのですが,METAL DOGSでも権利元であるKADOKAWA GAMESのプロデューサーさんのご厚意などでこういったこともある程度行うことができました。しかし同時に我々は状況的にはこれだけではまだ不安だなと感じていました。
そもそもとして広告予算も自腹な訳ですからさすがに(3)がほぼお留守の状態です。それは前提だとしても,注意するべきなのは本作の販売プラットフォームは今まで我々が親しんできた「家庭用ゲーム」と呼ばれるものではなくPCベースの「Steam」であるということです。
「Steam」の特異性
ユーザーとしては便利に使って楽しんでいるものであるこの「Steam」も,「販売プラットフォーム」として改めてみるとかなり変わっている点が多くあります。
端的にはSteamの「売り上げトップ」として表示されるラインナップは家庭用のそれと比べたときにあまりに変わっています。プラットフォームごとの売れ筋の違い,というのはそれこそ任天堂,SIE,Microsoft,などの大手だけを見てもそれなりにハードごとの特色というものがありますが,Steamの売り上げ上位の特異さはその比ではありません。
なぜこんなことになっているのか? 我々としては改めてそこから考えてみる必要がありました。つまり「Steam」というプラットフォームの分析ですね。そして,これを端緒として本制作は大きなフィードバックを受けることになるのですが,その詳細は思った以上に,あまりにも奥深いものがありました。ここは項を改めまして次回,語っていくことにしましょう。乞うご期待!