振動だけでフォースフィードバックができる? ミライセンスの次世代型超触覚技術とは
触覚技術というとゲームではもっぱら振動機能のことだ。実際のところ,世界中の触覚技術というのはほぼ振動によるものだ。電極を使うといったものはほとんど例外といえる。今回の3DHapticsも振動子を使った触覚技術である。
最近では,Nintendo SwitchのHD振動に始まり,PlayStation 5でも高度な振動が使われているらしいなど,ゲームでの使い方で非常に複雑な振動が扱えるようになってきており,よりリアルな触感がアピールされている。最初は今回の話も,さらに自由度の高い振動子を使ったそれらの延長線上のものかなと思っていたのだが,話を聞いて実際に体験してみると,これまでとは次元が違うものだというのが分かった。
さて,振動技術自体は珍しいものではない。古くは回転型モーターに偏心した錘をつけて,回すとブルブル(ガタガタ)するようなものが主流だったと思う。基本的にブルブルさせるか止めるかといった制御になるのだが,それでも細かくタイミングを調整することで,違った「触感」が得られることが知られ,それをもとにした研究が進められるようになった。Switchなどではリニアモーターが使われている。なんにしても,振動自体は単純だ。やがてリニアモーターの一種ではあるが,スピーカーと同様に磁石で遊動子を制御するボイスコイル系のものが登場する。西川善司氏は,PS5のコントローラに使われているものがボイスコイルだと推測している(関連記事)。
ボイスコイルなどの新世代振動子の特徴は,扱える周波数が増えたことだ。これまでは特定の周波数の振動子をパルス制御していたのだが,これからは振動の周波数自体を自由に変えることができるようになったのだ。まんまスピーカーだと思えば,分かりやすいだろう。
ブルブルの表現力がより多彩になるのは分かるのだが,振動が複雑になると言われても「ふーん?」程度にしか思わない人が多いのではないかと思う。これまでの触覚技術は,地面がカタガタしてるとか,なにかにぶつかったらしいぞというのを触覚で教えてくれるものであって,ゲームの体感をある程度高めてはいたものの,そこまで重要な役割をしているものでもなかったというのが正直なところだろう。
SwitchのHD振動では,触感の違いが面白い効果を出す場合もあったが,まだまだ限定的なものだったと思う。
同社では,さまざまな周波数の振動を体感で試した結果,特定の波形の振動を与えると,脳が錯覚を起こすことを発見したのだという。これまでの単純な振動では発生しなかったものだ。それは,力覚感,圧力感,表面材質感の3種類に分けられる。それぞれ,引っ張られる/押される感じ,粘っこい感じ,ザラザラした感じなどを表すものだ。ザラザラなどといった表面の材質感などはともかく,力覚感というのはどう考えても振動では表現できるはずのない種類のものだろう。それが錯覚により表現できているのだ。
体験会では親指と人差し指でつまむ振動子を使ったデモが行われた。ノートPCに付けられたデプスカメラで振動子の位置を探っており,あるデモでは,一定より遠ざけるとゴムのようにだんだん強く引っ張られる感じが再現され,逆に押し込むと弾力というか,押し戻そうという力が感じられるようになっていた。物理的にはそんなはずはないのだが,押すと確かに抵抗があり,引くと緩まるのが感じられるのだ。
これは回転も表現でき,実際に力がかかっているとしか思えない感じで振動子を持った手が左右に捻られる感じがする。2本指で挟んでいるだけなのに,手首ごと持っていかれるような強さの力を感じるのは不思議としか言いようがない。
たとえば,メカや磁石などを使って同じような体感を得られるデバイスを作るのは不可能ではないだろうが(実際そういったデバイスもないではない),作ろうとすると,かなり大掛かりになってしまうだろう。それが指に挟む小さな振動子だけでできてしまっているのだ。
粘りみたいなものは,説明が難しいが,ジャイロを持ったときの抵抗感みたいなのが体感として再現されている。特定の方向の動きに対する抵抗感みたいなものが感じられるのだ。これはうまくすると,ものの重さも表現できるのかもしれない。
表面材質感は,比較的想像しやすいだろう。ザラザラ感,ボコボコ感を振動で表すものである。これらは内部的に12種類のパラメータで表せるとのことだが,ミライセンスでは,さまざまな周波数での刺激に対して,どのような感触なのか体感をベクトル化し,機械学習で制御できるようにした。その結果,粗さ,ランダム感,尖った感の3つのパラメータだけで直感的に制御できるようになったのだという。
これら力覚感,圧力感,表面材質感の3つの刺激を同社は「三原触」と呼んでいた。RGBの三原色のように,混ぜ合わせることで非常に多彩な触感を構成することができるからだ。これまで存在しない種類の刺激も作れるようになっているとのことだ。
現在,触覚自体をエディットする波形エディタとプログラムで再生するためのAPIなどを含んだ,Pulsar SDKが発表されている。これはUnreal Engine対応のものと汎用のものが用意されているという(Unityについては以前のSDKでサポートされており,Pulsar SDK版も準備中とのことだった)。これらのSDKでは,触感のライブラリのほか,効果音をソースとして対応する触感を自動生成するツールなども用意されている。
Pulsar SDKはすでにβテストされている段階のようで,来年春のリリースを目指している。基本的には,効果音を追加するミドルウェアと同じような扱いなので,Unreal Engineで開発中のゲームには比較的簡単に次世代型の触感を追加できるだろう。
触感関係では,CRI・ミドルウェアのadx2が効果音と触感のオーサリングを支援しているが,現状ではそちらとの接触はないようだった。
今回の発表は,次世代ゲーム機での活用を目指してのものだった。明言はされていないが,おそらくPS5で同社の技術(ないし村田製作所の広周波帯対応振動子)が使われているのだろう。言質は取れなかったが(当然しゃべれないことは多いだろう),Xboxについても同様なものが入っていることは当然の前提として話が進められていた。おそらくそういうことなのだろう。一方で,Switchについては,HD振動は広周波帯対応ではなく,強度の違うパルス2種類の複合刺激だけなので,3DHapticsを使うには十分ではないとのことだった。また現状ではスマートフォンで広周波帯対応の振動子を使った製品は存在しないが,登場するのは時間の問題だとされていた。振動子を作って提供しているメーカーがそう言うのなら疑う理由はない。
で,3DHapticsに必要な振動子は広周波帯対応の振動子であること,それを2次元に組み合わせていることだという。名前からして,3次元のほうが本当は望ましいのだろうが,コストやおそらく大きさ的な問題などで2軸となっているそうだ。それでも表現力は十分であるという。さらにゲーム用コントローラでは,左右に2基搭載することが望ましいとのことだった。とにかくレスポンスが速い素子が望ましいという。スマートフォンなどでは,ボイスコイルではなく圧電素子(というかピエゾか)が使われるのではないかとのことだった。ストロークは小さいが機構側で工夫すれば問題ないそうだ。3DHapticsの技術自体は,広周波帯域に対応した振動子であれば種類を問わず適用できる。
銃の試射では,トリガーに対して単に震えるだけではなく,ノックバック的な感じもあってそれっぽい感じで仕上がっていた。3種のデモでライフルとマシンガンはよかったのだが,もう1つのバズーカについては,発射時の反動のほかに爆発後の長い残響音に対応した一定の振動が続いており,「こんなものなのか?」というちょっとした違和感はあった。この振動は,ミライセンスのリードエンジニアの人が「こんな感じ」と手付けで作ったものだそうで,私とはイメージの違いがあったようだ(実際にバズーカを撃った経験がないのでなんともいえないが)。本当は,ちゃんと実射して振動計測などでデータを集めるとよいのだろう。昔は中国ツアーで撃ち放題だったようなのだが,探すとまだロシアやカンボジアなどではそういうツアーもあるようだ(昨今では出入国できるかどうか自体が不明だが)。
触感自体は,そういったもの以外にも広く使えるものなので,おそらく次世代機のゲームではいろいろと活用例を見ることができるのだろう。
次世代のVRデバイスなどでも期待は高まる。
VRではハンドコントローラの登場により,VR空間内で手を使った自然な動作ができるようになったのだが,いかんせん,触感はない。5本指の先にこういった振動子を取り付けて,指の動きに対して反応するようにすれば触れたものの感触を得ることができるようになるだろう。もの凄く硬いものの触感は無理かもしれないが,柔らかいものであればその弾力を再現できるはずだ。もしくは,VRで重さも何もない剣を振り回すのは空しい感じがしたことはないだろうか? (3軸にすれば)そういったものも改善される可能性があるかもしれない。
次世代ゲーム機で採用されると見られる広周波帯振動子の活用ノウハウはまだまだ確立されていないという。3DHapticsは間違いなく,その最先端をいくものである。
今回,予想もしなかった次元での活用ができるものだと分かり,今後の展開に期待が高まる。それを使ったソフトにも注目したいところだ。とにかく,こういった体感は文章で説明できるものではないのだ,この冬発売される次世代ゲーム機で(おそらくなんらかのデモはあるだろう),触感を超えた体感をぜひ体験してみてほしい。