[SIGGRAPH]ソニー,360度表示可能な円筒形透明ホログラムディスプレイを発表
毎年SIGGRAPHの展示では,実用化前の先端技術を体験形式でお披露目できるEmerging Technologiesのコーナーが設置されている。ここは日本の大学や企業,そのほかの研究機関が数多く発表を行っている展示コーナーであり,「SIGGRAPH広し」といえども,日本の存在感が最も感じられる場所でもある。
今年のEmerging Technologiesで最も注目を集めたのは,ソニーが開発した円筒形透明ホログラムディスプレイだろうか。開発を担当したのはソニーの基礎技術研究所に相当する「R&Dセンター」だ。運よく,ブースで筆頭研究者の統合技術開発第1部門インタフェースデバイス開発部,開発1課のディスプレイデバイスエンジニアの中村知晴氏に話を聞くことができたので,その取材内容も交えて,この技術の紹介を行うことにしたい。
まず最初に,今回発表された円筒形透明ホログラムディスプレイは「ホログラム」なのか,という点について語っておこう。というのも,「ホログラム」と書くと「いや,それはホログラフィだ」「いや,ホログラフィックスだ」という用語警察の面々からツッコミが寄せられるからだ。実際,現地のブース担当者もそうした方達に言いがかり(?)を付けられたそうである。結論から言うと,今回発表された円筒形透明ホログラムディスプレイは,実際に「ホログラム」技術を応用したものだ。
実は,今回の円筒形透明ホログラムディスプレイは,特定の光の波長のみに対して光を半球状に散乱させる機能を持った干渉縞を焼き付けたホログラムフィルムが根幹デバイスとなっている。「だったら用語警察が多い日も安心ね」というわけなのである。
さて,この円筒形透明ホログラムディスプレイは大きさ的には茶筒よりも大きく,ジュースミキサーよりは小さいくらいのサイズ感で,映像が透明な円筒形内部の壁面に360度の全方位に表示される。なので,映像は円筒内の中空に結像するものではなく,円筒内の透明なアクリル壁面に結像することになる。つまり,表示映像自体は3Dではなく2Dということである。
ブースでのデモは,被験者がヘッドフォンを被り,この円筒形透明ホログラムディスプレイの周りを歩くと,システムがその位置を検知し,その視点位置から見るべき3Dオブジェクトの2D映像を表示する仕組みとなっている。つまり,表示される映像は2Dだが,視覚される運動視差によって3D映像体験を知覚させるわけだ。例えば,CGキャラクターの正面と相対していた被験者が,その側面に向かって歩きながら表示像を見ていくと,だんだんとそのCGキャラクターの側面が見えてくるというイメージだ。
この被験者の位置検出は,本体底面付近の外周72度ごとに組み付けられた,画角約87度の1000fps撮影が可能な高速カメラから行う。実は被験者が被せられるヘッドフォンには赤外光発信器が組み付けられており,これを高速カメラで捉えて被験者の位置を算出し,そこに向けた2D映像をレンダリングして出力するという流れとなっている。高速カメラは既存品だが,ソニーのイメージセンサー「IMX382」を採用しており,赤外光透過フィルタを組み付けて,赤外光センシングに特化した仕様にしているという。
ここからは,円筒形透明ホログラムディスプレイの構造やその注目すべき技術について細かく見ていこう。
まず,円筒壁面に表示される映像コンテンツはPC側で生成されており,これにはゲームエンジン「Unity」が利用されている。前出の被験者の位置把握用の5台の高速カメラもこのPCとUSB接続されている。
PC×Unityでレンダリングされた映像は,本体中央下部に設置されたレーザープロジェクタから天井方向に向けて投射される。
このレーザープロジェクタは既製品で,輝度自体は100ルーメンもないものだとのこと。映像解像度としては720p相当だとのことである。
プロジェクタの光源自体はレーザー光,それも3原色のRGB(赤緑青)の純色レーザー光を用いて作り出された映像フレームを投射する。プロジェクタの仕様については非公開だそうだが,毎秒約1000コマで撮影できるスーパースローカメラで本体を撮影してみたところ,映像が面照射ではなく,上から下に向かってスキャン表示されている様子が確認できたので,おそらく,RGBレーザースキャン型のプロジェクタではないかと思われる。
「100ルーメン以下」「720p解像度」「RGBレーザースキャン」というキーワードで筆者が真っ先に思い浮かべたのは,ソニーセミコンダクタソリューションズがMEMS技術ベースで製造していた超小型RGBレーザープロジェクタモジュール「LEZAB」だ。おそらく,これか,これに準じたものを使っていると見られる。
LEZABは30ルーメンちょっとと輝度は高くないが(直接投射型のレーザーモジュールは直視すると危険なので出力を上げられない),密閉して拡散フィルムへの投射を前提としていれば出力を上げることは可能だろう。
プロジェクタからの投射映像は円筒内の上側,天井部に照射されることになる。この天井面には非球面形状の反射ミラーが仕込まれており,投射映像が円筒内壁に広がるような光路をもたらす。
なお,前出の反射ミラーとプロジェクタの投射レンズの光学設計により,投射された映像は円筒内壁に焦点が合うようになっているという。
円筒内壁には,冒頭で述べたホログラムフィルムが貼られている。フィルム自体は円筒内壁を覆うような長方形形状なので,ぐるっと貼ったとしても継ぎ目が発生することになる。実際にその継ぎ目は本体を観察すると分かる。
このホログラムフィルムは,前述したように拡散板の機能を待たせた干渉縞を記録したホログラムであり,回折格子的な役割を果たす。しかも,天井面のミラーから斜め下方向に打ち下ろすような方向でレーザー光が照射されるわけだが,この入射角で,なおかつRGB(赤緑青)の純色波長(だいたい,赤が650nm,緑が530nm,青が450nmあたり)の光だけを選択式に散乱させるのだ。
この特性により,散乱条件外の光はほとんどが透過してしまう。本機の背後からの光はもちろん,天井照明や窓からの外光も同様だ。この特性により,今回の円筒形透明ホログラムディスプレイは,透明度を表す透過率がなんと80%以上だというから驚きだ。
プロジェクタの映像そのものがそれほど高輝度でないにもかかわらず,表示映像がかなりハイコントラストに見えるのは,このホログラムフィルムの回折効率が非常に大きいからである。中村氏によれば,一般的な透明型スクリーンとしてリリースされているものと比べて数十倍も明るいそうだ。
中村氏によると,開発期間は約3年で,プロジェクトとしては「デスクトップサイズの空中結像ディスプレイの開発」を目標としてスタートしている。なにか目標アプリケーションを想定したほうが開発しやすいということで,中村氏としては,最近流行中のスマートスピーカー(AIスピーカー)的な機能を果たしつつも,実体としてのAIエージェントを表示できる装置をイメージして開発を進めたそうだ。
確かに,今回の試作機はスマートスピーカーのサイズ感そのものという感じである。
しかし,今のところ根幹部材が量産品ではないため,コスト的に民生向け製品価格帯で販売できる商品としての開発は難しいと考えているようだ。
例えば,本体上面内側の天井ミラーは金型があるわけではなく,光学メーカーに磨いて製造してもらっているそうで,しかも,アクリル製の円筒内にホログラムフィルムを貼り付ける工程は治具を使ってクリーンルーム内で手作業で貼り合わせているそうである。これでは確かに1万円前後で鎬を削るスマートスピーカー市場で戦うのは厳しいだろう。
とはいえ,これまでにないコンセプトがSIGGRAPH来場者には受けており,ブースでは中村氏をはじめとしたスタッフが質問攻めに遭っている光景を見るに,BtoB案件の引き合いは強そうに思える。
ブースでは,ゲームというほどではないものの,ゲームに近いインタラクティブ性を取り入れたソニー・インタラクティブエンタテインメントの開発によるアプリケーションも展示されており,エンターテインメント向きの用途も期待できそうだと感じた。
思い返せば,ソニーが円筒形ディスプレイを使ったゲーム的な提案デモを披露したのは今回が初めてではない。実は9年前のSIGGRAPH 2010でも,今回の円筒形透明ホログラムディスプレイによく似たコンセプトの試作機が展示されたことがあるのだ。
スマートスピーカーやAIエージェントへの活用も面白そうだが,そうした実用的な応用方向だけでなく,触れた人が笑顔になる「コンピュータエンタテインメント」的な応用にも期待したいところである。
今年のEmerging Technologiesで最も注目を集めたのは,ソニーが開発した円筒形透明ホログラムディスプレイだろうか。開発を担当したのはソニーの基礎技術研究所に相当する「R&Dセンター」だ。運よく,ブースで筆頭研究者の統合技術開発第1部門インタフェースデバイス開発部,開発1課のディスプレイデバイスエンジニアの中村知晴氏に話を聞くことができたので,その取材内容も交えて,この技術の紹介を行うことにしたい。
運動視差で立体像を表現する円筒形透明ホログラムディスプレイ
まず最初に,今回発表された円筒形透明ホログラムディスプレイは「ホログラム」なのか,という点について語っておこう。というのも,「ホログラム」と書くと「いや,それはホログラフィだ」「いや,ホログラフィックスだ」という用語警察の面々からツッコミが寄せられるからだ。実際,現地のブース担当者もそうした方達に言いがかり(?)を付けられたそうである。結論から言うと,今回発表された円筒形透明ホログラムディスプレイは,実際に「ホログラム」技術を応用したものだ。
実は,今回の円筒形透明ホログラムディスプレイは,特定の光の波長のみに対して光を半球状に散乱させる機能を持った干渉縞を焼き付けたホログラムフィルムが根幹デバイスとなっている。「だったら用語警察が多い日も安心ね」というわけなのである。
さて,この円筒形透明ホログラムディスプレイは大きさ的には茶筒よりも大きく,ジュースミキサーよりは小さいくらいのサイズ感で,映像が透明な円筒形内部の壁面に360度の全方位に表示される。なので,映像は円筒内の中空に結像するものではなく,円筒内の透明なアクリル壁面に結像することになる。つまり,表示映像自体は3Dではなく2Dということである。
ブースでのデモは,被験者がヘッドフォンを被り,この円筒形透明ホログラムディスプレイの周りを歩くと,システムがその位置を検知し,その視点位置から見るべき3Dオブジェクトの2D映像を表示する仕組みとなっている。つまり,表示される映像は2Dだが,視覚される運動視差によって3D映像体験を知覚させるわけだ。例えば,CGキャラクターの正面と相対していた被験者が,その側面に向かって歩きながら表示像を見ていくと,だんだんとそのCGキャラクターの側面が見えてくるというイメージだ。
この被験者の位置検出は,本体底面付近の外周72度ごとに組み付けられた,画角約87度の1000fps撮影が可能な高速カメラから行う。実は被験者が被せられるヘッドフォンには赤外光発信器が組み付けられており,これを高速カメラで捉えて被験者の位置を算出し,そこに向けた2D映像をレンダリングして出力するという流れとなっている。高速カメラは既存品だが,ソニーのイメージセンサー「IMX382」を採用しており,赤外光透過フィルタを組み付けて,赤外光センシングに特化した仕様にしているという。
円筒形透明ホログラムディスプレイの構造と仕組み
ここからは,円筒形透明ホログラムディスプレイの構造やその注目すべき技術について細かく見ていこう。
まず,円筒壁面に表示される映像コンテンツはPC側で生成されており,これにはゲームエンジン「Unity」が利用されている。前出の被験者の位置把握用の5台の高速カメラもこのPCとUSB接続されている。
PC×Unityでレンダリングされた映像は,本体中央下部に設置されたレーザープロジェクタから天井方向に向けて投射される。
このレーザープロジェクタは既製品で,輝度自体は100ルーメンもないものだとのこと。映像解像度としては720p相当だとのことである。
プロジェクタの光源自体はレーザー光,それも3原色のRGB(赤緑青)の純色レーザー光を用いて作り出された映像フレームを投射する。プロジェクタの仕様については非公開だそうだが,毎秒約1000コマで撮影できるスーパースローカメラで本体を撮影してみたところ,映像が面照射ではなく,上から下に向かってスキャン表示されている様子が確認できたので,おそらく,RGBレーザースキャン型のプロジェクタではないかと思われる。
LEZABは30ルーメンちょっとと輝度は高くないが(直接投射型のレーザーモジュールは直視すると危険なので出力を上げられない),密閉して拡散フィルムへの投射を前提としていれば出力を上げることは可能だろう。
プロジェクタからの投射映像は円筒内の上側,天井部に照射されることになる。この天井面には非球面形状の反射ミラーが仕込まれており,投射映像が円筒内壁に広がるような光路をもたらす。
なお,前出の反射ミラーとプロジェクタの投射レンズの光学設計により,投射された映像は円筒内壁に焦点が合うようになっているという。
円筒内壁には,冒頭で述べたホログラムフィルムが貼られている。フィルム自体は円筒内壁を覆うような長方形形状なので,ぐるっと貼ったとしても継ぎ目が発生することになる。実際にその継ぎ目は本体を観察すると分かる。
下に見えるのがプロジェクタ開口部。投射レンズも見える。その背後にホログラムフィルムの貼り合わせの継ぎ目が見える |
天井部に中央がやや尖ったような非球面ミラーが装着されている |
このホログラムフィルムは,前述したように拡散板の機能を待たせた干渉縞を記録したホログラムであり,回折格子的な役割を果たす。しかも,天井面のミラーから斜め下方向に打ち下ろすような方向でレーザー光が照射されるわけだが,この入射角で,なおかつRGB(赤緑青)の純色波長(だいたい,赤が650nm,緑が530nm,青が450nmあたり)の光だけを選択式に散乱させるのだ。
この特性により,散乱条件外の光はほとんどが透過してしまう。本機の背後からの光はもちろん,天井照明や窓からの外光も同様だ。この特性により,今回の円筒形透明ホログラムディスプレイは,透明度を表す透過率がなんと80%以上だというから驚きだ。
プロジェクタの映像そのものがそれほど高輝度でないにもかかわらず,表示映像がかなりハイコントラストに見えるのは,このホログラムフィルムの回折効率が非常に大きいからである。中村氏によれば,一般的な透明型スクリーンとしてリリースされているものと比べて数十倍も明るいそうだ。
具体的な製品化案はいまのところなし〜開発はスマートスピーカやAIエージェントでの応用活用を想定してスタート
中村氏によると,開発期間は約3年で,プロジェクトとしては「デスクトップサイズの空中結像ディスプレイの開発」を目標としてスタートしている。なにか目標アプリケーションを想定したほうが開発しやすいということで,中村氏としては,最近流行中のスマートスピーカー(AIスピーカー)的な機能を果たしつつも,実体としてのAIエージェントを表示できる装置をイメージして開発を進めたそうだ。
確かに,今回の試作機はスマートスピーカーのサイズ感そのものという感じである。
しかし,今のところ根幹部材が量産品ではないため,コスト的に民生向け製品価格帯で販売できる商品としての開発は難しいと考えているようだ。
例えば,本体上面内側の天井ミラーは金型があるわけではなく,光学メーカーに磨いて製造してもらっているそうで,しかも,アクリル製の円筒内にホログラムフィルムを貼り付ける工程は治具を使ってクリーンルーム内で手作業で貼り合わせているそうである。これでは確かに1万円前後で鎬を削るスマートスピーカー市場で戦うのは厳しいだろう。
とはいえ,これまでにないコンセプトがSIGGRAPH来場者には受けており,ブースでは中村氏をはじめとしたスタッフが質問攻めに遭っている光景を見るに,BtoB案件の引き合いは強そうに思える。
ブースでは,ゲームというほどではないものの,ゲームに近いインタラクティブ性を取り入れたソニー・インタラクティブエンタテインメントの開発によるアプリケーションも展示されており,エンターテインメント向きの用途も期待できそうだと感じた。
思い返せば,ソニーが円筒形ディスプレイを使ったゲーム的な提案デモを披露したのは今回が初めてではない。実は9年前のSIGGRAPH 2010でも,今回の円筒形透明ホログラムディスプレイによく似たコンセプトの試作機が展示されたことがあるのだ。
SIGGRAPH 2010「RayModeler」紹介記事
SIGGRAPH 2010以前の参考出品での記事。ムービー付き
スマートスピーカーやAIエージェントへの活用も面白そうだが,そうした実用的な応用方向だけでなく,触れた人が笑顔になる「コンピュータエンタテインメント」的な応用にも期待したいところである。