[SIGGRAPH ASIA 2018]E-TECHレポート:一切動かずに「歩いた感覚」が得られる驚異のVR歩行技術「Leg-Jack」を体験してきた

[SIGGRAPH ASIA 2018]E-TECHレポート:一切動かずに「歩いた感覚」が得られる驚異のVR歩行技術「Leg-Jack」を体験してきた
 2018年12月4日から7日まで,東京国際フォーラムでコンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術の学会である「SIGGRAPH ASIA 2018」が開催された。北米大陸で開催される本家のSIGGRAPHと同様に,SIGGRAPH ASIAでも,実用化前の最先端技術のデモや展示を行う「Emerging Technologies」,通称E-TECHプログラムが設定されている。

 本家SIGGRAPHでもE-TECH展示セクションには日本の大学の展示が多いのだが,今回のSIGGRAPH ASIAは東京での開催ということもあってか,いっそう日本の大学の発表が目立っていた。
 そんなE-TECHの展示から興味深かったものを紹介していくことにしたい。


ルームランナー系が多かったVRにおける歩行再現技術


 VR関連技術でホットな研究テーマの一つに「リアルな歩行(移動)体験の再現」というものがある。
 全方向ルームランナーに近いアプローチでこれを再現したものにはVirtuixの「Omni」やCyberithの「Virtualizer」,少し古くにはVirtusphereの「Virtusphere」というものもあった。

足を滑らせるタイプの歩行デバイスOmni(左)とVirtualizer(右)
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左は本当に歩けるVirtusphere,右は床が歩く方向に移動する筑波大学のトレッドミル
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ローラー付きのスリッパで座ったまま移動できるCybershoes
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 こうしたタイプのものは,物理的な設置スペースを広く占有してしまい,身体を上下左右に動かすことになるため運動量が多く汗をかきやすいしで,VRHMDをかぶりながら体験するVRコンテンツとの相性はあまりよいとは言えない。VRHMDをしっかりと固定して,運動量が多いことと汗をかくことをポジティブに捉え「これはエクササイズ系VRです」として訴求している事例もなくはないが,「もっとカジュアルな歩行体験をVRで再現する」アプローチがあってもいいはずだ。
 ではカジュアルな歩行を実現するアプローチはないのかというと,もちろんある。今年の東京ゲームショウで出展されていたスリッパ状の「Cybershoes」をはじめ,椅子に座ったままで歩行を表現できる手軽なデバイスはいくつかある。しかし,座ったままだと足の動きは限定的であり,歩きの体感は損なわれてしまう。
 今回レポートする「Leg-Jack」は,それらとは少し異なり,自分では動かないのに「歩く体感」を生み出す技術となる。


Leg-Jackは座ったままで歩いている感覚を得られる


 Leg-Jackは,まるで「ドラえもん」ののび太がドラえもんに要求する無理難題のような「座ったままで歩く体験を再現する」ことを可能にするシステムになる。
 開発したのは首都大学東京とNTTコミュニケーション科学基礎研究所の研究グループだ。
 Leg-Jackはアプローチとしては人間の体内の感覚器に電気刺激を与えるタイプの機器になる。直観的に「電気刺激で筋肉を動かすEMS(Electrical Muscle Stimulation:電気筋肉刺激)タイプのもの?」と思われそうだが,少し違う。

 人間は運動に伴って筋肉を動かした際に,筋肉の先にある腱にかかる張力を感知し,関節への過剰な負荷を無意識に抑制できる保安メカニズムを有している。この保安メカニズムの中核センサーを務めているのが筋肉と腱の間に位置するゴルジ腱器官(腱紡錘)と呼ばれる感覚器官になる。
 面白いのは,このゴルジ腱器官に特定の電気刺激を与えると,対応する筋肉を使って運動したという感覚を人間の脳は感じてしまうのだ。
 いわばLeg-Jackは,ゴルジ腱器官に直接フォースフィードバックを仕掛けるようなシステムということになる。
 Leg-Jackでは,足の臑(すね)の前後,細かくいうと前脛骨筋腱とアキレス腱(踵骨腱)ののあたりにあるゴルジ腱器官に電気刺激を与えている。なお,出力する電気信号自体はパルス波なのだが,どういった波形にするかは低周波電気マッサージ器具などを参考にして独自の波形出力を考案したとのこと。
 歩行運動のフォースフィードバックを再現するにあたり,左右の臑の前後,総計4箇所に対してどういった強度の電気刺激をどんなタイミングで与えるかについては,下のLeg-Jackの公式動画の2:38あたりからを見ると分かりやすいだろう。



増強される「足を動かしている感」と「着地感」


 実際に筆者もLeg-Jackを体験してみた。
 まず,被験者が行うのは電気刺激を付与する電極の装着とそのキャリブレーションだ。
 電気刺激を付与するための電極は,前述したように左右の臑の前後に装着することになるのだが,そこからの電気刺激があまりにも強すぎると痛いという痛覚のほうが強くなってしまう。逆に弱すぎては十分なフォースフィードバックが得られない。そこで被験者ごとに「痛くないギリギリのあたり」の電気刺激を探るフェーズが最初にあるのだ。
 これは4つ装着する電気刺激の取付位置の間違いチェックの意味合いもある。実際,筆者の場合は右臑後ろの電気刺激が最強設定にしても感じられず,気付けば右臑前が強烈に痛くなっていることに気が付き,装着位置が前後逆であることに気がついた次第だ。

電極を左右で総計4箇所貼り付けた状態の筆者の臑周り
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タブレットのスライダーを利用して自分に適した電気刺激強度を設定しているところ
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 キャリブレーションが終了すると,本番デモ体験用の椅子へ座り直し,足を下肢駆動装置へと置き,VR-HMD(HTC VIVE)を装着することになる

 プレイするVRゲームは,研究チームが制作したオリジナルのお化け屋敷系ホラーコンテンツで,呪われた屋敷の中を歩き回って,女性の幽霊に追い回されるという,意外と本格的な内容になっていた。

 被験者は右手にViveコントローラを持たされるのだが,これがVRゲーム中には懐中電灯として機能し,おどろおどろしい物音がする先を照らしながら進むことになる。方向移動操作のない,いわゆるライド系の体験なのだが,呪われた屋敷をすり足で移動したり,方向転換をしたり,あるいは階段を上ったりと,積極的に「足を使って動き回る」内容となっていた。


 被験者の臑はLeg-Jackのメインテーマである電気刺激によって,歩行しているときの運動感覚を強制再現させられることになるのだが,これに加えて,モーター制御で足自体が前後上下に移動する下肢駆動装置によって軽く動かされることになる。この下肢駆動装置によって膝の関節が動き,なおかつ足首の関節も摂動するので,電気刺激によるフォースフィードバック効果が増強される仕組みとなっている。

[SIGGRAPH ASIA 2018]E-TECHレポート:一切動かずに「歩いた感覚」が得られる驚異のVR歩行技術「Leg-Jack」を体験してきた
本番デモ用の椅子に座り,下肢駆動装置に足を載せた筆者
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下肢駆動装置のアップ。モーター装置が見て取れる。ここに載せた足は,コンテンツ側でのキャラクターの移動量に連動し,足全体が前後に,加えてつま先と踵が交互に上下移動する
電気刺激を出力するサブユニット。手前に見える10個のスロットのようなものが電気刺激出力ユニット。現状のデモでは4箇所に対しての電気刺激出力を行っているため4チャンネル分しか利用していないが,最大10チャンネル分の電気刺激の出力が可能となっている。これは今後行われる別の研究テーマでも利用するために拡張性を持たせるための仕様だ
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 体験中の感覚はとても不思議なもので,椅子に座っている自覚はあるのに,足は運動しているという別な感覚も同時に得られるのだ。とくに面白かったのが,歩行時の足の着地の際に起きる下足全体の衝撃吸収の感覚(サスペンション効果)をリアルに感じられたところだ。これは階段のシーンでとくに際立って感じられた。
 もしかするとLeg-Jack単体では歩行体験の再現には至っていないのかもしれないが,映像やサウンド,そして下肢駆動装置の総合効果によりクロスモーダル的な体験が被験者に起きているのかもしれない。想像以上に「歩いている感」が得られたのが感動的であった。
 それと,老化や障害等で足が不自由となった人達が再び歩行感覚をVR体験として楽しむ目的にも使えるかもしれないとも感じた。
 電極の装着とキャリブレーションフェーズに手間と時間が掛かるという課題はあるが,「足へのフォースフィードバック」という技術テーマは非常にユニークで可能性を感じる。
 手に振動を与えるだけの現行のゲームコントローラのフォースフィードバック機能であれだけの臨場感が得られるのだから,これに足へのフォースフィードバックが加わればゲーム体験はさらにリッチなものになると思う。