【月間総括】任天堂のガチャ戦略は成功したのか?

 2017年2月2日,任天堂は新しいスマートフォンゲームアプリ「ファイアーエムブレムヒーローズ」(以下FEH)をリリースした。コンシューマ版の「ファイアーエムブレム」をシンプルなSRRGにしたものであるが,任天堂としては初めて「ランダム型アイテム提供方式」(いわゆるガチャ)を実装したゲームとなっている点が注目されていた。

 現在,スマートフォン用ゲームアプリではガチャが主流であるが,システム的にはプレイヤーに大きな錯覚を与えかねないことが問題視されていた。
 それは総体数が決まっていないために,「何度引いても確率が一定である」という点である。店頭に設置されている一般的なカプセルガチャは容器に入っている総数が決まっており,試行回数の増加に伴って目的物が得られる確率が上昇する。しかし,デジタルガチャの場合,総体数が決まっていないため,仮に1%の確率で得られるアイテムに対して100回試行しても引ける可能性は約63%に留まるのである。これは,人間の常識と乖離している。
 任天堂自身,こういったことをこれまで問題視していたことはよく知られている。
 「構造的に射幸心を煽り、高額課金を誘発するガチャ課金型のビジネスは、仮に一時的に高い収益性が得られたとしても、お客様との関係が長続きするとは考えていないので、今後とも行うつもりはまったくない」(任天堂2012年度決算説明会より)
 あえてガチャを導入したFEHでは,レア度の高いアイテムが出ない場合には確率を上昇させるようにしているほか,連続して引けるのは5回までに制限し,しかも,引くたびにタップが必要で,射幸心を煽りすぎないようにするなどの,一定の配慮はうかがえる。エース経済研究所では,順当な対応であると考えている。

 ここで,誤解がないように一つ触れておきたい。任天堂の戦略目標は「ゲーム人口」の拡大であり,あらゆるゲームプレイヤーを自社顧客とするということである。スマートフォン展開に乗り出すにあたっては「ガチャ」で遊んでいるプレイヤーも当然ターゲットとなる。「Super Mario Run」では一部フリープレイ可能なプレミアムモデルが提案され,一定の成果を収めたものの,「基本プレイ無料」に慣れた人からは批判も多く聞かれた。FEHでは「ガチャ」以外の遊びに嫌悪感を持つプレイヤーに対する導線構築も想定されているわけだ。
 一般には相関性がないと思われている任天堂のスマートデバイス用ゲームアプリとコンシューマゲームは,後述するように新しいビジネスモデル上,相互に関係しているということである。
 つまり,任天堂は,ガチャに慣れているプレイヤーを,まったく違うビジネスモデルのコンシューマゲームビジネスに誘導しようしているのである。この層はSuper Mario Runの評価が低かったことでも分かるように,「基本無料」でないと敬遠してしまう人たちだ。
 スマートフォンアプリでの基本無料を選択したときに取りうるビジネスモデルには,広告とゲーム内課金がある。ガチャはゲーム内課金の最も一般的な手法だ。この点からも任天堂はできるだけ射幸心を煽らない形での「ガチャ」導入が必要と考えたようだ。
 しかし,「FEH」はアップストアセールスランキングでも一時,2位まで上昇するなど,会社側にヒアリングした感触から見て,想定以上の課金動向となっており,収益としては素晴らしいものの,目的の一つであったであろう「煽りすぎない」という部分では失敗しており,手放しでは喜べない状況になってしまっている。
 また,この収益性と送客の問題は,任天堂とそのパートナーであるDeNAの戦略目標が異なっているため,潜在的なジレンマになっていると,エース経済研究所では考えている。現時点におけて,任天堂は前述の通り,IPに対する接触人口の最大化や,ゲーム機への送客を,DeNA側は任天堂スマートデバイスタイトルの収益を最大化することを戦略目標としていると推測されるためだ。
 つまり,DeNAから見た場合,他社のような積極的なガチャ誘因策で,FEHの収益規模を最大化したいわけであるが,任天堂としては,収益の最大化よりも送客やプレイヤー認知のほうが,より優先順位が高いということである。今後,スマートデバイスタイトルが大きくヒットした場合,ジレンマが表面化する可能性もあろう。

 なお,任天堂は,今後も年2-3タイトルをスマートデバイスに投入する予定であるが,バンダイナムコHDやスクウェア・エニックスHDが年20タイトルを投入する方針であることと比べてもかなり少ない。このため,同社のスマートデバイス事業規模も,資本市場が期待している水準よりも小さくなると見ている。
 しかし,任天堂としては,最大の目標はIPへの接触人口の拡大とスイッチへの送客であるため,エース経済研究所としては,問題は小さいと考えている。

 ここで,任天堂が進めている新しいビジネスモデルを含む,経営戦略について触れておこう。日本では,義務教育期間はもちろん,大学などの高等教育機関においても,戦略を教えることが少ない。このため,一般に経営戦略とされているもののほとんどが戦術レベルであることが多い。
 本来,戦略とは課題を解決するための,目標設定であり,経営資源(ヒト・モノ・カネ)をどう最適化して投入するかを方向付けるものである。任天堂の全社目標は,ゲーム人口の拡大である。余談だが,君島社長は,任天堂IPの接触人口拡大も戦略目標として設定した。しかし,対外的にはあまり表に出てくることは無い。以前,経営方針説明会でも指摘したが,この戦略目標は任天堂だけのものと誤解されてしまう可能性があり,対外的に掲げないほうがよい。
 現在は,全社目標である「ゲーム人口の拡大」に向けて,新しいビジネスサイクルの立ち上げを行っている。

 図示すると,以下のようになる。


 特徴的なのは,集客の手段がテレビCMではなく,スマートデバイスゲームアプリだということである。スマートデバイスゲームアプリは一般的に,課金に上限が存在しないため,収益を最大限追及する市場だと,ほとんどの参入事業者は考えている。しかし,任天堂は集客するマーケティング対象だと位置付けたということである。
 コンシューマゲームとスマートデバイスゲーム市場は共存が可能であり,同社にとって強みが発揮できるのはコンシューマゲームプラットフォームだと考えているのであろう。確かに,3DS,Wii Uを失敗したことで,同社の業績は悪化し,ゲームハード事業を止めるべきとの声も,マスコミ,資本市場から聞こえるようになった。しかし,同社の強みはコンシューマプラットフォームで最大化されるといえるだろう。
 Nintendo Switchは,このビジネスサイクル確立の鍵である。その成否は戦略目標である「ゲーム人口の拡大」が実現できるかどうかを左右する。間もなく結果が判明するだろう。