【月間総括】任天堂社内でも残る頑強な迷信(バイアス)「ゲーム機はソフトで売れてほしい」を考える

 今月もまずは任天堂について話を進めよう。今回はやや難しい話があることを先にお断りしておく。7月の初めに任天堂の古川社長と面談する機会があった。古川社長は大した話はできないと謙遜していたが,筆者的には有意義な場になったと思っている。

 今回の面談では古川社長から結構な量の質問をいただいた。すべてを記載できないため,要点を3つに絞ろう。

(1)任天堂よりも早くSwitch2が過去最高になる予測できた理由
(2)ソフトがハードを牽引する力が弱いとなぜ考えたか
(3)Switch2が3DSのように失速する可能性について

 上記3点の古川社長の疑問に対し,筆者の考えを説明できたため,今回の面談を筆者は評価している。
 
 (1)について,古川社長は売れると認識したのは抽選実施後だったそうだ。
 筆者は2025年1月の終わりには,Switch2は供給が需要に追い付かなるだろうと予測していた。これは筆者の妄想でもなんでもなく,今年2月に開催された決算説明会質疑のQ6でも「Nintendo Switchでは,発売直後大幅に伸びた需要に対して,生産数を増やすことに苦労されていたが,Nintendo Switch 2では,そのような懸念は持たなくてよいか」とはっきり聞いている。

 今日の状態を任天堂よりも筆者のほうが先に,かつ正確に予測したのは明白と言えるだろう。

 ここでハードの売上グラフを用意したので見てほしい。


 筆者が執筆している7月下旬段階でSwitch2はすでに175万台以上も販売されており,まさにロケットスタートになっている。Switch2はPS2を40万台以上も上回る水準で出荷されているが,依然として品薄だ。

 グラフでも分かると思うが,PS2のころは日本先行でゲーム機を販売していたので,生産のすべてを日本に向けていた。しかし,Switch2はそれ以上の台数を用意したのに,まったく足りていない。Switch2はSwitchの3倍も用意したのに足りないとは,普通は考えないだろう。

 しかし筆者は,足りなくなると事前に予測できた。この理由は,形仮説と行動経済学にある。

 今回の面談で最初にSwitch2が売れた理由を任天堂側に聞いた際にも,古川氏は筆者の形仮説が理由ではないかと言っていたので,任天堂の経営陣ではこの仮説は理解されているようである。

 また,行動経済学は全員ではなく,多数派がどうかということを研究する学問なので,ゲーム機やスマートフォンのように一般人が多数購入する製品の予想に用いやすい。

 行動経済学の実験結果は多様にあるが,今回の予想に関する部分では,筆者は人間が損失に敏感であるという2つの特性が背景にある。

 1つ目は「変化を嫌う」という現状維持バイアスである。
 Switch2は売れたことでSwitchと変わらないことが売れた要因と認識されるようになったが,筆者は最初から人間は変化を嫌っており,Switch2はSwitchと変わらないために共通認識を持ちやすく,現状維持バイアスによりSwitch2は大いに売れると予測した。

 2つ目は「売れているものが欲しくなる」と解説される,いわゆるバンドワゴン効果である。
 行動経済学では利益がでるよりも,損失がなくなることに対して,人間は喜びを大きく感じることが判明している。Switch2を持っていない状況が損失かつ悲しみであり,それが満たされるだけで,人間は無常の喜びを得るというわけだ。

 そして決定的だったのはSwitchとSwitch2が同じ厚みだったことだと見ている。
 Switch2はSwitchよりも大きくなっているため,同じ厚みでも相対的に“薄く見える”。視覚的に良さが直感される設計が,変化を嫌う心理と「損したくない」感情を刺激し,爆発的なヒットにつながったのだろう。

 (2)のソフトがハードを牽引する力が弱い理由は,ソフトの多くはフルプライスで売れる期間が短く,販売量の大部分を初月などの短期間で売ってしまうためだ。

 マリオカートは例外として,任天堂ですら大半のゲームは3か月も大量販売を維持をできないし,サードパーティソフトはさらに急速に減速してしまう。
 商品/製品の価値は時間経過と共に急激に減ってしまうと筆者は考えているし,おそらく多くの読者もこのことに異論は感じないはずだ。

 この減衰率は
(1)ハードよりソフトのほうが高い
(2)ハードとソフト,それぞれ固有の数字

 となっているのではないかと考えている。特にソフトは減衰率が非常に高い。

 任天堂のタイトルは少しだけ長いことがあるが,サードパーティのタイトルはフルプライスで大きく売れるのは最初の週だけのことが多い。これだけ価値の減衰が激しいものがハードを長期間牽引できるとは考えにくい。

 ソフトの価値が減衰しやすいからこそ,どんどん新作が売れる業界構造になっており,スマートフォンゲームにとって変わられる,という予想が外れたのである。

 さらにAAAと呼ばれる超大作は,開発コストが200億円以上という金額かつ,5年程度も開発時間が掛かる状況になっておりタイトル数は減っている。

 ソフトがハードを牽引しているならば,この状況の悪化でハードは売れなくなっていないとおかしいはずだし,ソフトが充実しているPS5はもっと売れていないとおかしい(SIEはソフトがそろったPS5を買いましょうとCMしているが,ハードが先ならあまり効果はないだろう)。

 Switchは安くてタイトルが多かったから売れた,と今では言われているが,2017年3月の発売前はソフトも任天堂のタイトルが多く,サードパーティのAAAがない,そして2万9980円は高いと言われていた。そしてこの指摘が確かなら,今日現在Switchは1.5億台も売れなかったはずだ

 2021年3月期にコロナ禍で任天堂は大型タイトルを用意できなくなり,5月の決算でハードもソフトも販売本数が減る計画でスタートしたが,実際にはSwitchは極端な品不足が続き,2880万台以上の出荷になる一方,ソフト販売も大きく伸びた。どうぶつの森がその象徴的出来事だったと思うが,実はアソビ大全など古いタイトルが伸びていたことも注目すべき点だ。

 これらの事象は「ハードを手に入れたからソフトを買っている」ようにしか見えない。コロナ禍では余暇時間が増えた人が遊ぶという行為に興味を持ち,Switchというハードを買ったからソフトを選ぶ,という流れが自然である。

 Switch2の現況は切れ目なくソフトが出ているように見え,それによって本体が売れているようだ。
 しかし実態として,まずユーザーはSwitch2の確保に奔走しており,ソフトはそっちのけであるように見える。このことに心当たりや経験がある読者も多いのではないだろうか。

 先月も指摘したが,VTuberのさくらみこさんがSwitch2を入手したことだけの配信を行い,なおかつ15万人もの人が生配信を見ていた。

 そしてそのあとマリオカートやひみつ展,シャインポストを配信していたのであるが,これら一連の行動はSwitch2を買うことが先決で,そのあとでゲーム配信を考えているように見えるのだ。とてもソフトのためにSwitch2を買ったとは見えない。

 もう少し先を考えると,Switch2の次の目玉ソフトは「Pokemon LEGENDS Z-A」になるが,これはSwitchとのマルチである。任天堂のSwitch2専用ソフトとなると,カービィのエアライダー程度しか見当たらない。ソフトの将来性はっきりせず,極めて不透明な状況だ。

 それでもSwitch2は飛ぶように売れている。客がソフトのためにハードを買っていないことを説明でき,予測可能なのは現時点では筆者の理論しかないと思っている。

 そして3番目の質問は少し驚いたのだが,3DSが失速したことをどう考えるかであった。
 ここで先ほどのグラフを再掲する。



 確かに3DSの販売台数は東日本大震災のあとで伸び悩んでいたことが分かるが,それでも週に3万台前後は売れていた。
 Wii Uは1万台を切っていたことを考えると,それより極端に悪かったわけではない。

 この失速発言も故岩田氏が言っていたものので,その後「値下げで勢いを取り戻した」と発言している。
 しかし上記のグラフを見ていると値下げの効果は大きかったように見えず,35週目がちょうど年末商戦の入り口に合致しているのが分かる。
 つまり年末商戦に入り,地震から日本経済が少しずつ立ち直り始めたことに引っ張られる形で3DSも回復しただけである。

 ここで,もう一つグラフをご覧いただきたい。


 そもそも3DSは海外で売れていないのである。
 発売翌年度以降は,販売台数は日本が多い。米国のほうが市場規模は大きいことを考えると,海外では最初から失敗していたと考えるほうが自然だ。

 以上のことを考えると,3DSは日本の比率が通常20〜25%の市場で,地震の影響により一時的に販売が伸び悩んだだけということである。Wii Uほどではないにしても失敗したハードだったといえそうだ。

 古川社長も「3DSが海外で売れていないのはそう思う」と言っていたので,分かっていて聞いたのだと思うが,ちょっとこの質問の意図は謎である。

 最後にSwitch2について,Switchよりも高いし,需要も初期から強いので長期的にはどこかで失速する可能性があると言っていた。一見するともっともな内容に聞こえるし,メディアや投資家も多種多様な失速のパターンを気にするといった奇妙なことが起こっているので,気にするのも無理もない話であろう。だが,「どのような状況になると失速すると思うのか?」と聞いたところ,思い当たらないという回答だった。

 その後の会話も踏まえて考えると,任天堂は筆者の指摘通りゲーム機は最初に売れると発売後3年間は販売が伸び続けるため,それにどうキャッチアップするかに関心がありそうなのだ。
 失速より,どちらかというと任天堂は販売をどう維持するかに集中していると考えている。

 最後にまとめとするが,今回の面談で筆者は,古川社長は任天堂社内で「ソフトがハードを牽引していてほしい」という誤った迷信(バイアス)が残っていると考えているように感じた

 「ソフトのためにハードは嫌々買われている」という,故山内氏や故岩田氏の発言は誤りである可能性が非常に高い,とここで改めて強く言っておきたい。
 お二人でも間違えることがあったと筆者は思っている。この点を任天堂が周知し共有できれば,任天堂の業界での優位性は一層高まるだろう。