【月間総括】転売は品薄の原因?Switch後継機は供給が追いつくか

 今月は,任天堂の株主総会の質疑応答について述べたい。SNSを見ていると決算説明会と株主総会は混同している人が多いが,この2つはまったく違うものだ。

 決算説明会は,機関投資家(バイサイド)と証券会社系のアナリスト(セルサイド)が参加するもので,投資の専門家向けの説明会だ。なお,アナリストは担当している企業の株の売買は禁止されている(例外はある)。新聞などのメディアも同様で,株の保有そのものが記者は禁止されていることが多い。

 よって決算説明会は直接株を売買する機関投資家だけでなく,株を持てないアナリストや記者/メディア向けに決算の説明を行うことが主な目的だ。

 一方,株主総会は会社法に規定されていて,取締役や定款の変更などの重要事項を決議する場だが,総会には参加せずに決議のみに参加する人も多い。会場に来るのは熱心な個人投資家が中心なので,ユーザー/ファンとして株を購入している人も多く,ユーザー目線での質問が行われることになる。
 したがって,アナリストができない,あるいはしないような質問も多く興味深い。筆者も当然のことながら任天堂の株主総会には参加できないので,毎年掲載される質疑応答を興味深く読ませていただいている。

 そして今年の株主総会での質疑応答(PDFファイル)もSNS上で話題になった。と言っても内容は多岐にわたるので,本稿ではSwitchの後継機に絞って進めたいと思う。

 まずQ2についてだ。2023年も出たのだが,「転売対策をして欲しい」との質問である。筆者も24年3期の決算説明会の質疑応答で確認した点だ。筆者は以前からゲーム機は初動がすべてであり,最初にたくさん作れない失敗してしまうと指摘している。

 それもあって,古川社長も,転売対策には供給量を増やすしかないと考えているようだ。決算説明会と同じ内容の回答だったと理解している。そのうえで法的に許される限りの対策を行うとしていた。この回答で,「供給はSwitchを大きく上回る水準になる」ことが分かるだろう。

 そもそもこの質問の前提として「Switchの後継機は,足りなくなるに決まっているのだから転売対策をしてほしい」という思いがある。つまり,「品薄になるのは間違いない」と多くの人は考えているわけだ。

 この背景には,転売が品薄の原因だと多くの人が思っているということがある。フリマアプリや買取ショップに大量にあるゲーム機を見ると,転売による品薄が原因と思っても不思議はない。だが,転売が本当に品薄の原因だろうか?

 筆者は供給量が足りなかったから品薄になったと考えている。そこでグラフを用意した。


 これを見ると一目瞭然なのだが,PS2,Wii,Switchの勝ち組ハードと,「品薄でPS4並みに売れて良かった」と十時氏が指摘するPS5では,販売数量にものすごく大きな差がある。

 これはおかしくないだろうか。SIEも多くのメディアも,転売されて大人気だったといっていたのに,実際にはそれほど売れていないのである。筆者はおかしいと何度も指摘していたが,優越感を味わいたいユーザーのために,メディアやSIEは真実から目を背けたのではないだろうか。

 PS3もそうだったが,作れないことや運べないことも品薄の要因となる。PS5の供給量はそもそも,少ない需要に対してさらに少なすぎたのだ。しかも中国への転売も発生した。中国政府の規制でPS5のグローバル版をほしがる人もいる。そのような需要がPS5を売れていると錯覚させていたのである。

 どうも人間というものは,店頭に在庫があるかどうかだけで売れているいないを判断するらしく,Switchに比べて供給量が圧倒的に少なかったPS5も店頭にないという事実だけでSwitchと同じぐらい売れていると思ってしまった人が多そうだ。

 しかし現実は違う。PS5は初週が10万台を少し超える供給しかなかった。当時SIEからは,販売国数を増やしたが供給量がPS4と変わらなかったので,日本に対する割り当てが減るのは仕方がない,というありがたいコメントをいただいた。

 クリスマス商戦期に発売しないといけないという思い込みが悲劇を生んでしまったと考えているが,このような他責思考は将来問題を引き起こすとたびたび筆者は指摘した。現実はこの予想通りだったのではないだろうか。


 しかしSIEは,「筆者はSIEを褒めず一方的な批判しかしない」と考えているようだ。筆者の批判はアメリカのSIE広報には相当耳に痛い話らしく,いろいろな話を聞いている。

 筆者としては,いちアナリストの意見がゲーム業界を変えるほどの力があったという高い評価を,西野秀明氏,ハーマン・ハルスト氏などSIEの方々からいただいたと感じているので,感謝している。また,筆者のことをメディアにいろいろと言ってもらっているようで,大変楽しませてもらっている。
 極東のいちアナリストが,4兆円以上ある会社にここまで評価してもらえる日が来るとは感慨深い。

 だが,ソニーグループとSIEが筆者を高く評価しているのであれば,恥ずかしがらずに堂々と伝えてもらえればと思う。「ソニーグループとSIEはアナリストに直接言えない」控えめな会社と受け止めておけばいいのだろうか。

 話を肝心の転売対策に戻そう。筆者は,任天堂がゲーム機の価格を決められると思っている人が多いと感じている。実際のところ,任天堂に価格の決定権はない。

 価格として任天堂が発表しているのは,あくまでも希望小売価格だ。公正取引委員会のサイトにも記載されているが,小売店の販売価格を拘束してはいけないのである。つまり,転売ヤーは法的には特に問題がない行為をしているわけだ。

 多くの人々は,任天堂が希望小売価格を出しているからその価格で販売しないといけないと思っているのだろうが,経済学的な観点からは,高い値段をつけて,ほしい人から順に売っていくという売り方でもまったく問題ない。いくらで売るかは売り手(小売店や転売者)が決めていいのだ。

 となると,任天堂が打てる手は少ない。マイナンバーカードを用いた対策が政府からは提案されているが,そもそも1人につき1台のみの販売というのもおかしな話だと筆者は思う。結局のところ,希望小売価格に需給が均衡するよう,任天堂自身が努力するしかないだろう。

 ところで需要に関してはまだ分からない。
 過去,任天堂は,WiiとDSは大成功となったあと,3DS,Wii Uは成功が期待されていたが失敗に終った事例がある。Switchは成功を収めたが,だからといってQ2にあるような転売対策が必要なほどSwitch後継機が売れるという保証にはならないのである。

 最後に株主総会のQ16に触れておきたい。
 為替が円安になっているのでどうするかという主旨なのだが,以前,本連載で今後も日本政府が政策を失敗し続け,もっと円安になる可能性がある点は指摘していた。
 結局円安は一段と進んで1ドル160円台(校正の段階で一時151円台まで急騰した)となった。各所で取材しているとインバウンド需要(訪日観光客による購買)でSwitchが売れているとの指摘が出ている。

 要は日本の物価が他国に比べて安すぎるのである。1990年ごろに世界一の物価と言われたのを聞いた筆者からすると隔世の感があるが現実である。これは円安だけで起こっていることではなく,アメリカやヨーロッパに対して,日本で物価の上昇率が低すぎるために起こっている。

参考程度に紹介するが,マクドナルドのビッグマックは,5.69ドル,1ドル160円で計算すると910円で,120円でも682円だ。実際に販売されている480円と比較すると,160円で1.89倍,120円でも1.42倍となっている。1ドルが160円の水準だとドル価格の半分ぐらいに感じていてもおかしくないのである。仮に120円だったとしても,30%ぐらい安く感じるのではないだろうか。

 つまり,欧米の人達にとってSwitchの2万9980円(税別)は,物すごく安いのである。そしてPS5の6万6980円という価格は相当頑張っている。しかし,任天堂が頑張ってSwitch後継機を安くするとインバウンド需要が増えてしまう。

 筆者としては,思い切って8万円程度の高い希望小売価格の設定を提案したい。製造コストの30%程度の利益率(小売りと任天堂で15%:10%と想定)でハードを販売するのである。

 こうすれば,需要が下がって来たときに小売りの裁量で値下げできるし,転売も防げる。希望小売価格が,転売やインバウンド需要を生んでいるのであれば小売店に調整してもらえばいいのである。SIEには,常識的な会社なのでハードの希望価格を上げて小売店の価格を調整するような施策は打てないはずだ。

 需要が強いなら高く,転売されない状況なら小売店が値下げできる商品への進化を提案したい。批判は避けられないだろうが,批判されればSwitch後継機に対する注目はより高まるだろう。古川氏はSwitch後継機に自信があるから発売すると発表したのだろう。そんなに魅力的な商品なら価格は高くて当たり前なのである。

 以上のことを考えると「Switchの後継機は,Switch以上を狙う」と古川氏は公言したほうがいいと筆者は思う。宣言して成功すれば古川氏のカリスマ性が増す。失敗すれば優越感を満たされたい人々に叩かれることになるだろうが,次につながれば良いのである。

 勝者が背水の陣を敷くのはおかしいと思うかもしれないが,歴史に事例がある(韓信による背水の陣)。Switch並みの販売だから何とかなっているような言い訳は避けてもらいたい(古川社長は,他責は今後やらないと筆者に明言していた)。
 厳しい批判に晒されるのは嫌だというSIE広報と違い,任天堂ならば堂々とできるはずである。それで批判されればSwitch後継機に対する注目は非常に高いものになるだろう。