【月間総括】誤った常識「高性能,独占,安価が素晴らしい」に陥り,抜け出せなくなったPS5とSIE

 今月はコンシューマゲーム市場について述べたい。コンシューマゲーム業界の状況が悪化しているのは,Sony Interactive Entertainment(以下,SIE)とMicrosoftがゲームビジネスの本質を理解してないからだと筆者は考えている。
 その根拠は,ゲーム機が売れる要因について因果性を考慮せずに,思い込み(バイアス)だけで経営しているように見えるためである。
 今回もゲーム業界に蔓延している思い込みについて話したい。

 その思い込みとは以下の3点である。

(1)ゲーム機は性能が高ければ売れる
(2)ゲーム機は独占ソフトがあれば売れる
(3)ゲーム機は安ければ売れる


 これらは当たり前に,ゲーム業界の常識として語られてきたが,(1)と(2)については,多くの人が懐疑的になっている。そのことも含めて話していこう。

 まず,「性能が高ければ売れる」について,Switchが世界を席巻している現実を見ている人は,理解してくれるだろう。かつて1億台以上を販売したニンテンドーDSやWiiの成功はギミックのおかげといった見下した論調がメディアやSNSには多かった。だが,Switchは正統派のハイブリッドゲーム機であり,WiiやDSのような変化球での成功ではない。こうなると性能と販売に因果性はおろか,相関性もないのは明らかだ。未だに性能と販売を結びつける人がいるのは驚きである。

 過去,何度か指摘したように,現代のゲーム開発は演算性能が高いほど優秀とみなし,それに合わせて開発者の給与が高くなる体系になっている。これではユーザーが望むものを作ろうとするインセンティブが働かず,高性能機で作りたいものを作るになっているのも当然だろう。

 SIEやMicrosoftは,ユーザーが望むゲームを作るために高性能にしていたはずなのに,演算能力を挙げることが目的になってしまっているように見える。

 十時社長兼SIE暫定CEOは改革を進めているが,SIEやMicrosoftがこの迷信から逃れることは難しく,ひたすら無意味な性能向上を続けている。だが現実には,性能が高くて喜ぶのは,優越感を味わいたい極一部のユーザーに過ぎないのである。ましてや,そんな極一部のユーザーの自慢のために性能を上げるのは資本の無駄遣いだと筆者は思う。

 しかし,ゲーム機開発者の給料体系が性能とリンクしている限り,ユーザーが欲しがるものを作るとはならないので,ハイエンドゲーム機のソフトはますます売れなくなるのではないだろうか。そしてハード販売と性能も比例していないのである。

 次に,「独占ソフトがあれば売れる」である。この思い込みは,長らくゲーム業界の常識だったが,2024年の春現在,激しく揺れている。理由は単純明快で,2023年から2024年春にかけてPS5独占で発売された複数タイトルの販が想定から大幅に下回る事態になり,ハードの売上台数をまったく牽引しなかったからだ。

 10年以上も前になるが,筆者は任天堂の説明会で故岩田氏にゲーム機が売れる要因を質問したことがある。岩田氏の回答は,「山内が言っていた通り,独占ソフトのために嫌々ハード機をお客様は買っているのである」だった。任天堂はいつも豊富な独占タイトルを出しているのにハード毎での成否の差が大きい,にもかかわらず,岩田氏は「独占タイトルでゲーム機は嫌々買っている」と誤った回答をしていたのである。

 データを詳細に分析する岩田氏らしからぬところだったと思うのだが,これは山内氏があまりにもカリスマだったためだろう。そして,岩田氏でもそう思わせるほどゲームソフトと言うのは面白くて魅力があるということでもあるのだろう。

最近でも,この独占タイトルがハード販売に影響を与えていない事例があるので紹介しよう。
Switchはすでに8年目に入っているが,日本の週販はまるでかつてのプレイステーションのように安定している。この状況を予想,説明できるのは,おそらく筆者の形仮説だけだと思う。ソフトによってハード販売が決まっているなら,大型ソフトもない8年目のSwitchは急激に落ち込んでいるはずだ。しかし,優れたデザイン性と小さいSwitchはいまだに売れているのである
しかも現実は,独占大型タイトルが発売されたPS5のほうが落ち込んでいるのである(下図参照)。


 ソフトでハードの販売数が決まっているなら,この販売推移は極めて不可解である。Wii Uも,PS5も独占タイトルでは挽回できなかった。
 筆者はかつてロイターにコメントを求められた際,(独占)ソフトでは状況をひっくり返せないとコメントしたことがある。こちらのほうがどう見ても適切な見解だと思うのだが,ネットでの反応は芳しくなかった。任天堂が独占ソフトで失敗した場合,出すのが遅かったとか,少なかったからと言われるのはおかしいと考えていた,それは当然のこと見られていた。

 ところが,PS5で独占タイトルが失敗すると「マルチにしなかったから」という理由になることが多い。これでは素晴らしい性能を喧伝したPS5の面目は丸潰れではないだろうか? 素晴らしい性能で,素晴らしい独占ソフトがあるPS5はこれまでの常識では売れないとおかしい。しかし,過去も今も変わらず,独占ソフトでハードの販売台数は決まっていないというデータしかないのである。

 もう一つ,「8番出口」や「バニーガーデン」がSwitchで大ヒットしている。この2タイトルは,PCとのマルチであるが,SwitchでもPCでも好評だ。インディーと呼ばれる分野だけあって,ゲーム産業が巨大になったゆえに,利権ビジネスが闊歩する市場になっているアメリカのようにならず,ヒットしているのは興味深い。
 しかも,独占タイトルではない。年初のパルワールド,グランブルーファンタジー,ペルソナ3のヒットも考えると,独占タイトルがあればゲーム機が売れるという常識が崩壊しつつあることを物語っているのである。私の話が正しかったことが証明されたと思うが、多くの人は目の前で起こらないと分かってくれないことがよく表れた事例だと思う。

筆者の懸念が的中したPS5の販売(着荷)台数推移

 最後に「安ければ売れる」である。十時社長兼SIE暫定CEOは,2月の業績説明会の質疑応答でPS5は値下げできないとの回答を繰り返していた。これは質問者も値下げで販売対応する可能性を聞いたと思われるのだが,両者に共通しているのは価格を少し下げれば大きく販売が向上すると思われている点である。しかし,岩田氏は小刻みの値下げに意味がないと言っていたのだが,忘れられたようである。

 筆者は本連載で繰り返し,ゲーム機は価格弾力性の小さいアイテムだと言っている。だが世間の常識は,ゲーム機は牛丼やラーメンのように価格がわずかに上昇しただけで需要量が激減する(あるいは逆),価格弾力性が大きいアイテムと思われているようなのだ。
先日のログミーの特別講演でも触れたが,筆者はゲーム機の牛丼命題と呼んでいる。筆者は牛丼命題ほど思い込みの産物はないと思う。

 もう少し視覚化して説明したい。経済学のグラフの作り方に沿っているので分かりにくいかもしれないが,価格弾力性を現したのが下のグラフである。



 縦軸が価格,横軸が需要量の変化を示していて,左側は小さい,右側が大きいとなる。

 オレンジの線は価格弾力性が大きいケースで,価格がわずかに上昇しただけで需要が激減している。牛丼やラーメンがこれに当たるとされていて,ゲーム機も牛丼やラーメンのような価格弾力性だと思われているのである。

 日経ヴェリタスがアナリストに聞いたポイントでも,売れるかどうかの条件に多くのアナリストが価格であると指摘していた。読者の多くも安いほうが良いと言うのは,実際当然の意見であろう。ところが現実の観測結果はむしろ逆で,高いほうが売れているのである。

 何を馬鹿なことをと思うかもしれないが,ワンダースワンや,Switch Liteは安くても成功出来なかった。また,高いから液晶モデルが売れると言われたSwitch OLEDは,今やメインストリームである。PS5も価格改定されただけでは売り上げは減少しなかった。減少したのは先ほども書いたように,発売から半年も経ってからなのである。
 このことを考えるとゲーム機は安易に値下げしても,ほとんど意味がないことになる。ゲーム機は価格の影響が小さいビジネスなのだ。

 またPS5はリストラの報道で,ビジネスが低調であるとの認識が着実に広まっている。これはPS5を買う理由をさらに喪失させるだろう。
 かなり極端な見方かもしれないが,ユーザーは買ってから理由を後付けしていると筆者は捉えているので,リストラが発表された結果,PS5は不調で買う必要がないアイテムだと認識する人が多いのではないだろうか。今後,世界におけるPS5の販売はSIEやソニー本社が考えるよりもずっと速いペースで落ち込むと予想している。


 そして,おそらくソニーグループは,落ち込んだときに値下げ施策がとれなかったからだと説明するだろう。つまり「高かったから売れなかった」である。この迷信は,まだ厳然と使われていているし,多くのユーザーも高い高いと良く話題にしている。

 しかし,かつて岩田氏は「ほぼ日刊イトイ新聞」の記事の例え話で,じつは「多い」ことが問題じゃなくて,「まずい」ことが問題だったりするんです。と話していた。

 私は,これを非言語化問題と捉えている。多くの人が言葉にできない不満,あるは社会正義の観点から言いにくいことが,「高い,高い」に変換されていると見ている。

 今回は常識を疑うべきだと言う話をしてきたが,独占ソフトが売れないという事実は昔からあったのに,なかなか疑問視されなかったのを見ると常識ほど怖いものはないと最近思うのである。

 来月は,決算動向にについて話したい。