【月間総括】驚くほど世間の関心を集める任天堂,故・岩田氏の慧眼を偲ぶ

 今月は任天堂について述べたい。

 だがその前に,前回の記事を執筆したあとに発表されたSony Interactive Entertainmentの構造改革に触れておく。すでにBungieのレイオフが実施済みだったので,さらに人員削減が行われたことに驚いた人も多いだろう。2024年に入ってAAAやライブサービスに積極的に資本を投下していた米系メーカーがレイオフを積極化している。膨れ上がった開発費を回収することが,PS5の予想外の不振で難しくなっているからだ。

 東洋証券では,Z世代が購買力を持つ結果,嗜好が変わり(行動変容),ゲーム販売がアニメ指向になるので,意味のない規制はやめ,ハードもゲーム機らしくしアニメの本場ともいえる日本市場の本格対応を進めるべきだと提案をしてきた。しかしSIEからは悲しい気持ちにしかならないから批判をしないでほしいという意見表明を返されてしまった。その結果が,8%,900名ものレイオフになったかと思うと,大変失望している。

 ジム・ライアン氏の体制では,因果関係の乏しいものに資本投下が無駄に続けられていた。ユーザーが装着を嫌悪しているPS VRが売れたことにして大失敗したPS VR2,MMORPGの衰退の歴史を知っていれば長期ヒットしないことが分かるライブサービス,さらに高性能かつ高コストのPS5を出した(PS3に続いて2度目である)。これらを改める必要があるにもかかわらず,PS4を成功としたり、失敗をなかったことにしたりして資本の無駄遣いと言うべき状況になっていた。

 筆者は,SIEは失敗を認めることから始めるべきであると指摘してきた。十時氏は筆者の指摘通り,反省から始めている。反省しないと改革はできないからだ。これからSIEが真摯に動けるかがビジネスを決めるだろう。

 では本題に入ろう。まず結論から述べると「任天堂に対する関心が驚くほど高まっている」ということである。2月の連載でも触れたが,「Palworld / パルワールド」がヒットした際,多くの人達の関心は,「任天堂が訴訟を起こすのではないか」ということであった。実際には任天堂はポケモンの権利を持っていないので,最初に動くとすれば株式会社ポケモンになるのだが,そういう風に捉えられるのである。

 また2月中旬から2月下旬にかけて,Switchの次世代機の発売時期が2024年の年末商戦期から2025年3月頃に延期になった,という報道が欧州を発端に米系,日系メディアと相次いだ。

 特に日本経済新聞(以下,日経新聞)が次世代機を2025年3月にも発売へと報じると,X(旧Twitter)では閲覧数も1000万を超えるほど(日経関西Xでは130万超え)話題となった。しかも,このXにはコミュニティノートもつき,非常に関心が高いことがうかがえる。
 任天堂の公式情報以外信じないようにと一部のファンが言っていることもあって,議論が沸騰したことも大きい。

 そして2月と3月に日本マクドナルドのハッピーセットのおまけとしてカービィのグッズが用意されたが,早朝から行列ができた挙句,当日の午前中で配布が終了する事態になった。

 今,起こっていることは,任天堂の一挙手一投足に一般人から投資家,メディアまで世界中が関心を寄せるようになっているということだ。これらの事象が示しているのは,任天堂への無関心から多くの人が脱却しているということだろう。つまり,アメリカのApple社のように任天堂は世界中の人に関心を持たれる会社になりつつあるのである。AppleのiPhoneは毎年発表される前に,デザインも性能も知れわたっていることがもはや日常になっている。そしてその都度メディアも「新味がない,失望した」と書くのだが,それでも売れている。こうなっているのは,世界中の多くの人がiPhoneやAppleに関心があり,どんなものが出るのだろうかと関心を持つようになっているからだ。その状況であれば,発表前に仕様が知れわたっていようが,メディアが酷評しようが,販売は落ち込まない。

 任天堂も同じようにユーザーの関心がとても高まった状態になっているのだ。次世代機が適切なものであれば,大いに盛り上がるだろう。

 故・岩田氏が,DeNAとの提携会見の際に新しいゲーム専用機NX(Switch)を発表したときの一般メディアの関心は,任天堂のスマートフォンゲームの展開だったし,その前年の2014年に新しい戦略を発表したときも多くの一般メディアは,ゲーム機はおろか任天堂にも興味を持っていなかった。コンシューマゲームはスマートフォンゲームに敗れ,もはや用を成さないと投資家にもメディアにも一般層にも思われていたのだ。

2014年1月の経営方針説明会より

 筆者は決算説明会や経営方針説明会で最前列にいることが多かったので,岩田氏を間近で見ることが多々あった。岩田氏はMacを好んで使っており,iPadの感想を聞かれて楽しそうに「でっかいiPod Touchだった」と答えてくれたことなどを思い出す。Appleに関心があるからこそ聞かれた話だったと思うが,任天堂もAppleのように多くの人が関心を持つ状況になったと言っていいだろう。岩田氏はIPの露出を増やすことで,「ビデオゲームの無関心」をなくす,という大きな課題を解決したいとしていた。

 2月にも書いたが,IPの露出を増やすことで一般層を含めた多くの人に関心を持ってもらうという岩田氏が描いた戦略は,まさに今花開いたと言えるだろう。10年前には絵空事だと思われた事象が実現しつつある。今はもう多くの人が任天堂に驚くほどの関心を持っており,任天堂が行う次の一手に興味津々になっている。ユーザーは任天堂の報道が出るたびにSNSで任天堂の名前を出して語るし,YouTubeでも動画になる。

 そんな状況ではあるが,久しぶりに任天堂の広報に対して苦言を呈する。
 今の任天堂が行っている広報戦略は,無関心な人が多い前提で面白みに欠けるように思える。知らない人が多いので,怪しげな情報に踊らされるなという論法に見えるのだ。

 しかし,ここまで任天堂に関心が高まっていることを考えると,メディアが取材しないわけにはいかない状況にある。これは岩田氏が言っていた「無関心をなくす」そのものだ。NX(Switch)は,ユーザーも一般メディアも関心が高くなかった。報道が少なかったのは当然である。しかし,岩田氏の10年かけた戦略の成功で状況は変わった。任天堂の行動に興味が集まっているのだから,広報は多くの人が関心を持っていることを前提にしたメディア戦略を考えるときに来ているように思う。新しい広報戦略が採られることに期待したい。

 次は次世代機の話だ。
 日経新聞が次世代機について報じたが,この真偽は筆者には分からない。
 ただ,ゲーム機の成否と因果関係がありそうなのはデザインとスタイル,そして供給量だという考えは変わっていない。日経新聞が報じた通り初回在庫量の積み増しが要因として,2025年3月に発売するというとならば,良いことではないだろうか。
 この連載ではPS5に対する批判として,因果関係が証明されていないものへ経営資源を投下するのは,おかしいのではないかと,何度も指摘してきた。

 間違った思い込みとしては,

(1)なんとしても年末商戦期に出さないといけない
(2)サードのAAAこそがゲーム機販売の成否を決めているので,できうる限りAAAを集める,もしくは他ハードに出させないようにする
(3)ゲーム機は高性能なものが好まれるので,性能を高くする必要がある

 などが挙げられる。

 これらに経営資源を投下したのにPS5はPS4を上回ることはできていないし,ほぼ絶えず価格施策を実施しないと販売数を伸ばせない(逆ザヤ)状況に陥っている。

 筆者は当連載でも,最初に数を出せば次世代機が売れるかどうか早期に分かるので対応しやすいと書いていたし,繁忙期に出すと需要が高まるので実質的な需要が見えにくいとも指摘していた。

 過去を見るとPS2とSwitch,ゲームボーイアドバンスは3月に発売して成功を収めている。その時期に大量に供給して販売を伸ばせるということは,人気であることの証明だ。

 Switchの次世代機もこの時期に出して2週間で40〜50万程度の実売台数を出せれば,ゲーム機としは及第点,PS2の63万台を上回るようなら歴史的快挙になるだろう。
 年末商戦に出すことに拘る必要があるように見えないのである。


 この次世代機の記事が出る少しに前に,日経新聞のインタビューに対して筆者はDLSS(AIを利用したフレームレートを高める技術)が搭載されるかどうかがポイントと述べた。SwitchにはNVIDIAのカスタマイズされたTegra SoCが搭載されている。
 筆者は次世代機の仕様を知る立場にないが,現時点で任天堂とNVIDIAとの協業が変更になったという報道もないので,次世代機はNVIDIAのAPUを使う可能性は高いと考えている。

 NVIDIAのチップは消費電力が大きくて使いにくいというのが筆者の10年ぐらい前の印象だったが,以前任天堂のフェローを務めていた竹田氏にNVIDIAに対する質問をした際,消費電力と性能のバランスがとれるように調整できるようになったので採用したという回答を得た。

 次世代機もアーキテクチャ的なコンセプトが同じなら,DLSSが搭載されると予想している。
 AIのテクノロジは一般的には人間の代替という使い方から来る失業問題として語られることが多いが,ゲームであれば解像度の拡大やフレームの補完に使える。当連載でも何度か触れたように,DLSSを使えば性能という概念がこれまでとは変わることになるだろう。より少ないワットパワーで大きな成果が実現できるアーキテクチャで,演算能力一辺倒だったここ10年ぐらいの評価軸を変えるものだと東洋証券では考えている。

 もっとも筆者はテクノロジ・価格・後方互換性よりも,本体のデザインや厚みのほうが顧客の購買に対する感応度は大きいと考えているので,AAAタイトルが発表されただけでは次世代機は売れないだろう。AAAで売れるのならXbox Series Xは「Starfield」で年末商戦は活況だったはずだし,過去のゲーム機においても途中で大きく変動することが起きていたはずである。

 しかしデータでは本体のマイナーチェンジ時にしか変動は起こっていない。
 多くの人が思っているほど人間は中身について考えていないのだろう。それこそ,Switchが7年目に入り,多くの人から文句を受けながらも買われている理由だと分析する。

 そう考えるとDLSS自体は次世代機の成否に直接的には影響しないかもしれない。ではなぜ採用するのか? となるとゲーム人口の拡大には寄与するからである。携帯機と据置機には厳然とした性能差は存在しており,コンテンツ差を通じてユーザーに優越感を与える働きをしてきた。

 多くの人にはSwitchとPS4と言う,一見すると棲み分けが望ましいものに見えているかもしれないが,それが今世代も続くと,同じことを繰り返すだけで意味がない。そこに違いがなければ,Switchの次世代機を出す意味すらもないのである。

 東洋証券では,ハイエンドゲームの一般化が任天堂の狙いとみている。ハイエンドゲームが一般化すればゲーム人口が広がり,開発費の高騰も解決できるし,市場の広がりを捉えられるのである。

 あくまでも予想であるとお断りしておくが,Switchの次世代機は,PS5の1/5程度の演算性能ながらDLSSでPS5に近い画質が実現できると考えている。Switchとの違いという点では,PS5に近い画質を出せるようになるということはとても重要だろう。また,東洋証券ではSwitchの次世代機は多くの人が考えるようなSwitch 2ではないとみている。一目で違いが分かるが平凡なゲーム機,そんな印象ではないかと予想しているが,何にせよ発表が楽しみだ。