【ACADEMY】すべての人をプレイ可能に:ゲームにおける真のアクセシビリティへの道

Natalie Burns氏とAméliane Chiasson氏が,アクセシビリティに関してゲーム業界が直面している課題へと取り組む方法について知見を共有する

【ACADEMY】すべての人をプレイ可能に:ゲームにおける真のアクセシビリティへの道

 ゲーム業界という巨大組織は,プレイヤーに対して重大な責任を負っており,それは日進月歩である。残念ながら現在のアクセシビリティへの取り組み,つまり障害を持ったオーディエンスにゲームを適合させることは,本来あるべき姿にはほど遠い。しかし,ありがたいことにアクセシビリティは業界全体で注目され,勢いを増している。

 大ヒット作の続編である「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」を手掛けたSIEサンタモニカスタジオのように,スタジオはナビゲーションアシストから字幕・オーディオキュー(合図の音声)に至るまで,アクセシビリティ機能を前作から大幅に改善している。昨年の「Forza Motorsport」ではブラインドドライビングアシストが導入され,盲目や弱視のプレイヤーがゲームを大いに楽しめるようになった。

 問題なのは,それが求められているほど,迅速かつ広範に普及していないことである。


すべての人に勝利を


 能力の有無にかかわらず,誰もがゲームの楽しさを体験できるようにすることは急務だ。確かに,そこに道徳的な要請があることは明らかだが,障害を持ったプレイヤーもあらゆるゲームの顧客の一部なので,彼らを取り込むことを希望しないわけがない。

アクセシビリティは単なる道徳的義務ではなく,財政的に健全な決定なのだ

 しかし,そこにはビジネス的な側面もある。業界アナリストであるNewzooの調査によると,障害者プレイヤーは米国でゲーマーの31%,英国では20%を占めており,これは十分なサービスを受けていない広大な顧客層を表している。ゲーム業界はほかのビジネスと同様に利潤で成り立っており,アクセシビリティは単なる道徳的義務ではなく,財政的に健全な決定なのだ。

 その商業的要請は多面的だ。多様性と包括性の重要さは,特に若い世代を中心に社会全体で広く受け入れられ,争われるようになりつつある。

 このような広範な文化の転換は,どのような企業もDEI(多様性・公平性・包括性)に対する姿勢で判断され,もし欠けていると判断されれば,その報いを受けることを意味する。今日ではますます多くの企業が,採用ページにおける形だけの象徴やスローガンにとどまらず,自社のブランドアイデンティティに含まれた包括的な価値観をどのように実現できるのかを理解しようとしている。特に,採用競争の激化に直面している業界にとって,評判は非常に重要だ。


問題に正面から取り組む


 2023年になっても,極端にテキストが小さかったり,コントラストが低かったり,色に重要な情報が依存していたりする多くのゲームが発売されており,操作方法の完全なリマップすら搭載していないものも多い。これらのオプションを備えることは,開発者が取れる最初の行動であり,最大の効果をもたらすものだ。

 問題は,ゲームにおけるアクセシビリティの問題は真新しいものではないにもかかわらず,技術の進歩が新たな課題を追加したり,生み出したりしていることだ。例えば,文字サイズの問題が挙げられる。画面解像度が上がり,DPIが高くなったことで,開発者は微細なテキストを作成できるようになった。これは素晴らしい技術革新のように思えるかもしれないが,視覚障害を持つプレイヤーを疎外する可能性がある。

アクセシビリティは足かせではなく,革新のチャンスなのだ

 単純に,プレイヤーが文字サイズを調整できるようにすることで,美観や没入感を損なうことなく,ゲームをよりアクセスしやすくできる。また,小さなスクリーンから離れて座っている場合や大きなスクリーンの近くに座っている場合など,すべてのプレイヤーがゲームの状況に合わせて体験を調整できるようになるため,これは視覚障害者への対応にとどまらず,より広い範囲に影響を与える。

 アクセシビリティは足かせではなく,革新のチャンスなのだ。アクセシビリティを念頭に置いてゲームを作れば,コアとなるオーディエンス以外にも新たな機会が開かれる可能性がある。

Natalie Burns氏(写真左)とAméliane Chiasson氏(写真右)
【ACADEMY】すべての人をプレイ可能に:ゲームにおける真のアクセシビリティへの道

 ゲーム内のリマップ機能は,アクセシビリティ機能の中でも特に要望の多いものであり,それは当然のことだ。ボタンの同時押しや繰り返し押し,正確なタイミング,強制的なモーションコントロール,複雑なジェスチャー,長時間のボタンホールドといった動作は,特定のプレイヤーを排除するかもしれない。一方,ボタン要件を簡略化する機能は有用で,人気がある。「アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝」のシングルスティック操作オプションは,プレイヤーの3分の1に採用された。開発者は自問すべきだ。こうした複雑な操作方法は必須なのか,あるいは,より包括的な体験のためオプションの1つにできるのか。

アクセシビリティを正しく理解することは厳密な科学ではないが,障害を持ったプレイヤーは彼ら自身の生活体験の専門家であり,彼らの声を聞く必要がある

 多くの人にとって,ゲームにおける色の使い方は問題を引き起こす可能性がある。例えば,色だけで情報を伝えたり説明したりすると,色覚異常の人がゲームを適切にプレイできなくなる。しかし,情報を伝えるための形やアイコンを追加することで,これに対処できる。

 同時に,テキストの色と背景のコントラストが適切かどうかをチェックするという単純なことも,開発者にとって重要な作業だ。そのほかに考慮すべきことは,柔軟な字幕の表示と,聴覚に問題のある人に向けて,重要な音声や音楽的な合図をキャプションする仕組みである。

 認知的負荷は,ゲーム開発者が考慮すべきもう1つのポイントだ。対処すべき重要事項は,同時に提示される情報量,システム(インベントリ,経済,進行など)を提示・伝達するための方法,および利用できる多様な学習経路である。これは,障害を持つ一部のプレイヤーの認知的負担を軽減できる。

 同様に,感覚的な負荷の扱い方は人それぞれであり,派手すぎる映像,音量調節のない同時多発的なノイズ,制御不可能なカメラの動きなどが,人に与える影響の違いを考慮することが大切だ。


何から始めるべきか?


 アクセシビリティを正しく理解することは厳密な科学ではないが,障害を持ったプレイヤーは彼ら自身の生活体験の専門家であり,プロセス全体を通して彼らの声を聞く必要がある。これは,プレイテスト,ユーザー調査,ベータアンケート,ワークショップ,フォーカスグループ,あるいはソーシャルメディアでの呼びかけなどを通じて実行できる。開発者はいかなるグループのニーズも推測すべきではなく,特にニーズや障壁の範囲が広大な場合はなおさらだ。

 重大な問題の1つに,アクセシビリティへの配慮がしばしば制作の後期になることが挙げられる。後付けで問題を修正することは,最初からアクセスしやすい製品をデザインするよりもはるかに難しく,コストもかかる。これは,限られた予算で制作している小規模なスタジオにとって特に重要となる。つまり,早い段階でアクセシビリティの専門家と協力することが必要不可欠なのだ。

 このため,教育機関がこの分野にポジティブな影響を与えるチャンスは大きい。学校が明日のゲーム開発労働力を育てるために優秀な人材をより多く集めたいのであれば,授業がアクセスしやすいことを保証するだけでなく,ゲームにおけるアクセシビリティを教えることは非常に革新的だろう。また,現在この種の取り組みに投資している金融機関や政府機関(カナダのEnabling Accessibility Fundなど)にとっても魅力的な取り組みとなり得る。


本物のブランドを構築する


 真の違いを生み出すには,アクセシビリティを企業文化の一部にしなければならない。ゲームをアクセスしやすくするだけでなく,包括的な職場を作ることも重要だ。従業員候補の旅はスタジオのWebサイトから始まることが多いが,その多くは自動再生ビデオ,カルーセル,アクセスしにくい文字デザインに依存し続けており,包括的な採用活動の直接的な障壁となっている。スタジオは,アクセシビリティの原則を自社の行動全体に適用しないことにより,多様な才能を持った人材の宝庫を見逃している。

従業員候補の旅はスタジオのWebサイトから始まることが多いが,その多くは自動再生ビデオ,カルーセル,アクセスしにくい文字デザインに依存し続けている

 そのため既存のWebサイトを監査し,それらが現代のWebアクセシビリティ基準に適合しているかどうかを理解することは,多くの人がやっていないので,絶好のスタート地点となる。さらに重要なのは,多様性・公平性・包括性の原則をブランドと文化に組み込むことに,スタジオは時間をかけなければならないということだ。

 優れたブランドの構築は,アイデンティティを作り,それを適用し,うまくいくことを願うことよりも,それを実践する人々を巻き込むことが求められる。同様にアクセシビリティも,リアルな洞察を得て,本物の支持者を作るためには,障害者コミュニティの人々を巻き込む必要がある。

 真の変革のためには,アクセシビリティをチェックボックスのエクササイズにしてはならない。心配なのは多くの人々が「アクセシビリティ」を,10年前の「企業の社会的責任」と同じように美徳を示すものとして使っていることだ。マイノリティのコミュニティを,ゲーム業界のプレイヤーや参加者として扱わず,ターゲットとなる顧客グループとしか考えていない間は,この断絶は常に存在する。

 その代わり,多様性と包括性の原則を,組織,雇用者ブランド,デザイン,コミュニケーションの全体に浸透させよう。このとき,外部機関の関与が大いに役立つだろう。


文化の転換


 100%のアクセスが可能なゲームなどありえないと認識することは重要だが,進歩は完璧の追求よりも価値がある。ゲームの未来は包括的であり,ゲームスタジオはアクセシビリティをデザイン哲学の柱とし,それを達成する手段としてコラボレーションを受け入れるべきだ。そうすることで,道徳的責任を果たせるだけでなく,将来の成長と繁栄も保証される。


Natalie Burns氏はUnitedUsの戦略パートナーであり,Améliane Chiasson氏はPlayer Researchのアクセシビリティリードだ。

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