【月間総括】SIEの強固な思い込みを打ち砕き,旧型を上回った新型PS5

 今月はソニーグループの決算について述べたい。

 ソニーグループのゲーム事業の第2四半期決算は,増収増益であった。
 増収増益なので良かったと,一部のメディアでは指摘されているが,売り上げが前年同期と比べて2000億円増えているにもかかわらず,実態としての利益はわずか70億円弱しか増えていない。また,総額表示の影響もあるとはいえ,利益水準は低いと言わざるをえない。

 ゲームハードでは採算悪化が述べられており,2022年の半導体不足の際に高値で部品を調達した影響がでているとしていた。部材を高く調達する状況に陥ったのは,2022年の夏場に,品薄に対する非常に多くの強い批判にソニーグループやSIEは晒されていたからだろう。

 PS5は発売から2年以上も店頭にほぼないという状況が続き,生産台数もPS4を大きく下回っており,半導体不足に適切に対応できていなかった。初期に大量供給していれば,PS5はPS4未満の需要しかないことが分かり,こんな無理をしないで済んだと言えるだろう。

 SIEが批判に対応した結果だったのでやむをえない面はあるが,大本はPS5をローンチした最初の四半期を450万台で足りると判断したジム・ライアン氏のミスではないかと考えている。筆者としては,ジム・ライアン氏の説明は疑問符が残ることが多かったので,経営指標の悪化を指摘する記事がでるのも仕方ないだろう。

 話を戻して,PS5の第2四半期の販売台数は490万台と東洋証券の想定を上回り,計画通りだったとしている。ただ欧米では値下げを2度実施したにもかかわらず,当初の計画通りということである。第1四半期は想定に届いていないので上期は計画未達だったことになる。相当無理をした感は否めない(説明会で「台数と利益どちらが優先か?」という質問が出たのも頷ける)また,ソニーグループの決算説明会で下のようなグラフが掲出された。

決算説明会で掲示されたゲーム機販売の進捗率について

 2017年度は東洋証券で追加したものだが,ソニーグループの説明では「2022年度よりも進捗率は高く,PS4のピークに対しても少ししか遅れていないため,計画達成は可能である」ということらしい。

 だが筆者は,このグラフはいささかミスリードだと思う。
 2017年度は進捗率が39%となっていて,今よりももっと高い年があるのがその理由だが,次のグラフを見てもらったほうが分かりやすいだろう。

四半期ベースに改定した進捗率グラフ

 同じグラフを四半期で分けてみたが,昨年度30%(決算説明会で掲示されたゲーム機販売の進捗率について2022年度を参照)だった進捗率は第4四半期の比率が高く,異例なのである。グラフだと2年分しか掲出していないので,筆者もミスリードしていると言われるかもしれないため,PS4の実績を掲示しておく。

PS4の販売台数推移
PS4の四半期・上期の進捗率 SIEHPのビジネス経緯より東洋証券

 PS5の今年度の上期(4〜9月)進捗率33%は,PS4時代の上期進捗率の平均が43%であり,そして最低値が37%を下回ったことがないのでかなり低い。また,社長の十時氏はPS5の今年度販売計画2500万台達成のハードルは高いとコメントしたことを考えても,今回の説明会で提示された進捗率グラフはちょっと首を傾げてしまう内容である。

 もう少し掘り下げると,今上期の33%の進捗は去年より高いとは言っても,前第4四半期(1〜3月)は品薄からの解消期で630万台という異例の販売台数になった時期であり,上期の進捗率が30%で最終的に1910万となった前期は,かなり特殊な状況だと思う。この特殊な条件と同様に推移したと仮定したグラフ2023年度Aをご覧いただきたい。今第3四半期が855万台,第4四半期の販売台数は825万台が必要という試算になり,前年を両四半期とも大きく上回る必要がある。閑散期(1〜3月)に825万台もの台数を売ったゲーム機は過去にないことを考えると,この水準は無理があると言わざるをえない。となると今期は,2017年第4四半期におけるPS4の販売台数並みの推移を想定したほうが良さそうに思う。これで計算したのが2023年度Bのグラフで,第3四半期はSwitchのピークであった1157万台を大きく上回る1318万台,第4四半期も比較的高い水準なる363万台という試算結果になった。やはり,進捗率が33%だから2500万台は達成できるというソニーグループの主張は無理があるように思う。

 PS5の供給面には不安はない。前回も指摘した通り,在庫は相当積み上げられており,すでに同社の棚卸資産は9655億円に達しているためだ。もし,うまくいって第3四半期に1300万台を達成しても,第4四半期の360万台もかなりの高水準である。現時点では東洋証券予想の1900万台は悲観的過ぎるにしても,とても2500万台には届きそうにない。
 サードパーティに対して販売台数目標を維持する必要があるにしても,このグラフは疑問に見えてしまうところだ。

 今月はもう一つ,新型PS5の動向を解説したい。
 結論からお話しすると,SIEにとっては衝撃的な結果になったと言っていいだろう。
 批判されると悲しい気持ちになると上層部がインタビューで答えていたSIEにとっては,新型PS5は日本国内では発表されたときの反応は散々であった。縦置きスタントが別売りになり,本体を含め1万円近い値上げになったことで日本では買う人がいないとまで言われていた。そこで発売後2週分までの売上データをまとめてみたのが以下である。

出所:ファミ通調べ ※入稿後に第3週は5.9万台だったことが明らかになった

 このように新型PS5は,PS4とPS3の中間的な初週となり,2週目の減衰率も小さかった。ソニーグループとSIEは値下げ後に販売台数が増えたと度々言及していたので,値下げこそが販売を増やす方策だと強固に信じているはずである。彼らの成功体験の源泉は値下げによる販売増である。そして繰り返された値下げを見てきた一部のユーザーもそう強く信じる状況になっていたのだ。しかし,結果は旧型よりも新型PS5のほうが販売数を伸ばしたのである。

 今回のこのデータはSIEの強固な思い込みを叩き壊したと言っていいと思う。
 筆者は繰り返し,価格の影響は小さいとしてきした。それよりもサイズのほうが感応度は高く,PS5は大きすぎるとしていた。そして過去売れたのは値下げが要因ではなく,モデルチェンジによる効果だと指摘してきた。今回の新型PS5は小さくなり,ストレージが増えただけで,値上げである。

 新型を発表したたときに値上げしたことを叩かれたので慌ててシュリンクによるコスト削減ができないとか,インタビューで答えるのはまるで意味がなかったと思う。人間は合理的に動いていないのはもはや明白であり,頑なに価格にこだわるのはビジネスのリソース配分がおかしくなるだけである。SIEは真摯に反省すべきであろう。
 だがSIEの本社はアメリカにあるので,極東のいちアナリストの分析など気にもしてないはずだ。

 ただ,先ほども述べたように年間計画の達成はこれでも難しいだろう。PS5のデザインはゲーム機らしくないので,Switchほどの爆発力はないと考えているからだ。よって,先ほど述べたように年間2500万台のハードルは富士山のように高いと考えている。戦略ミスは戦術では挽回できないのである。

 最後に,SIEの判断を迷わせている三大迷信を列挙しておこう。

(1)ゲーム機販売の命運はAAAが握っている!
 FF16も,ホグワーツレガシーも日本のハードを牽引してくれなかった。そしてFF15,ドラクエ11,モンハンワールドもPS4は救えなかった。
 
(2)値下げこそがハードが普及するキーワードだ!
 ユーザーはハードの形の変化に敏感で,小型化すると売れたのである

(3)ユーザーに叩かれるのは悪いことで,販売に影響がある!
 ユーザーに高い高いと言われていたはずの新型PS5は売れた。ユーザーに叩かれることこそが認知が広まる鍵である。

 筆者もネットで批判されることは多いが,その分ゲーム業界では知名度が高いと認識している。したがって,SIEやソニーグループは大きく勘違いしていると思う。詳細は省くが「褒められることはビジネスにとって良いことではない」と筆者は考えている。逆に,批判されたほうがビジネスの成長につながると思うのだが,そんな風に考える経営者ほとんどいないだろう(批判が知名度を上げると言う概念自体かなり珍しいので無理からぬところではある)。もちろん,いわゆる炎上商法は論外だ。

 これまで筆者は数多くの経営者と対話してきたが,叩かれることが成功のジンクスと言っていたのは,私が記憶している限り,故・岩田氏をはじめとした任天堂の経営陣だけである。


 最後に,このグラフを見てもらいたい。


 PlayStationのアクティブユーザーは大きく変化しておらず,ソフト販売も減少からようやく横ばい圏になった印象である。PS5は新規顧客を大きくは呼び込めていないのだ。

 性能が高いハード,素晴らしいAAAを褒める優越感だけでは,市場の拡大はもはや覚束ない。SIEはこの現実を直視する必要がある。
 しかしSIEは,常勝不敗のアメリカに本社を作ってしまった。アメリカでは,「叩かれることがビジネスにつながることに気がつくチャンス」であるという極東にいる筆者の指摘は伝わらないだろう。このことに気づけなったことは,ソニーグループを悩ませ続けるはずである。

  ソニーグループのKPIはグラフで見ても分かるように停滞を余儀なくされている。ジム・ラインアン氏の経営戦略では成長ができなかったことは明らかだ。筆者は,この背景にはアメリカに本社機能があることで,デザインやサイズに無頓着になっていたことが影響していたと考えている。
 だからこそ,十時氏が自ら暫定CEOに就任する予定で,会長就任以降にさまざまな施策を始めたと見ている。プレスリリースにあった「プレイステーションビジネスの方向性を見直します」は,時間がかかるものになりそうだ。

 来月は任天堂の決算について述べたいと思う。