【ACADEMY】創発的なゲームプレイの5つの柱

TinyBuildのCEOであるAlex Nichiporchik氏が,100時間の大作を作ることなく,プレイヤーをゲームに没頭させる方法についてアドバイスする

【ACADEMY】創発的なゲームプレイの5つの柱

 プレイヤーは,かつてないほどゲームに多くを期待している。過去20年間で,ゲームの領域,予算,観客の期待は膨れ上がり,小規模なスタジオは,ますます野心的な作品のリターンが減少するサイクルに陥っているように見える。

 ツールは劇的に改善され,小規模なチームでもこれまで以上に複雑なグラフィックスやメカニクスを駆使したゲームを制作できるようになったとはいえ,AAAメガスタジオと同等の体験を生み出すには法外なコストがかかる。投資に対して,より即効性のあるリターンを求める賢明なスタジオは,ゲームデザインに対してほかの,より費用対効果の高いアプローチを求めるかもしれない。

 10時間のソロキャンペーンはスリリングだが,直線的なコンテンツは制作費がかかる。測定ツールやアチーブメントによれば,多くのプレイヤーはエンディングの前,あるいは中盤にさしかかるずっと前にプレイをやめてしまう。長い開発時間の見返りは,どんどん減っているのだ。コアユーザーは最後までプレイし,DLCや続編などを欲しがるだろうが,同じような体験を毎年求めてプレイし続ける保証はない。新規ユーザー獲得のために,こうした独自の体験を売り込むには,さらに時間と人手がかかる。

プレイヤーの時間を独占する最善の方法のひとつは,創造性を発揮できるエコシステムを構築することだ

 その解決策のひとつが,創発的なデザインだ。ほとんどのプレイヤーが1度しか見ないような単発的なセットやシネマティックに時間や予算,才能を割くのではなく,プレイヤーに焦点を移し,彼らが世界とインタラクトするための豊かな選択肢を用意することで,ゲームにおける最も魅力的な体験のいくつかは,比較的少ない予算で生み出せる。

 「Minecraft」「Subnautica」「ARK: Survival Evolved」のようなサバイバル系サンドボックスから,「Escape from Tarkov」のような脱出系シューティング,「Space Engineers」のような建設系サンドボックスまで,これらのゲームは比較的自由なゴールのある遊び場をプレイヤーに提供し,問題に対して自分なりの楽しみや解決策を見つけるための,行動やゲームメカニクスを提供する。

 それは,スタンダードなAAAデザインとは異なるデザイン哲学であり,別の才能を引き出している。MODをプレイして育ち,このような社会的環境の中で創造し,実験し,革新してきた人たちが主導権を握っている。今日の大ヒット作の多くは,MODシーンから生まれたものだ。「Counter-Strike」はもともと「Half-Life」のMODだった。私たちが知るバトルロイヤルのジャンルは,軍事シム「Arma 2」のMODから始まり,現在では独自の新しいMODツール群を展開する「Fortnite」に至り,世界を征服できるほどの力へと進化した。Epicや,ほかの経験豊富なスタジオは,重要な真実を理解している。プレイヤーの時間を奪い合っている私たちが,その時間を独占する最善の方法のひとつは,創造性を発揮できるエコシステムを構築することだ。

 最も古く,最も経験豊富なAAAスタジオでさえ,システマチックで創発的なデザインに軸足を移し,それをマーケティングに活かしている。任天堂が「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」で最初に大規模なゲームプレイ動画を公開したとき,カットシーンやアクション,新しい敵など,高価で派手なアセットを見せることはなかった。代わりに集中したのは,物理演算を駆使したサンドボックスのいくつかの新要素だ。自由形式の建築,ギアをくっつけてカスタム武器を作ること,地形を横断する新しい方法など,すべてがゲーム全体に掛け算的な価値を加えている。2017年に「ブレス オブ ザ ワイルド」をリリースして以来,グラフィックスはほとんど向上していないにもかかわらず,プレイヤーたちは興奮でざわめいた。

 私たちのスタジオも,このスタイルのゲームデザインに取り組んでいる。とくに,「Secret Neighbor」のデベロッパであるHologryphは現在,6月のPC Gaming Showで発表した「Sand」を開発中だ。これは,エクストラクションにインスパイアされたオープンワールド・マルチプレイヤー・サンドボックスであり,拠点構築,自由形式の探索,PvPを備えており,創発的なデザインの要素が豊富なショーケースとなっている。

 ここでは,「Sand」やそのほかのシステム主導型プロジェクトに携わることで学んだヒントを,いくつか紹介しよう。


目次




コンテンツではなく,システムをデザインせよ


 1度だけ消費されることを前提に,コンテンツをデザインするという罠には陥りやすい。カットシーンやスクリプト化されたイベントは,シズルリール(短いプロモーションムービー)やトレイラーのコンテンツとしては最適だが,プレイヤーが関与するための追加システムについて考えたほうがいい場合が多々ある。もしプレイヤーが10種類のアイテムを使えるとしたら,それぞれのアビリティがどのように相互作用するのか,あるいは,それらを組み合わせて新しい何を生み出せるのかを考えるのだ。

 すでに,エンゲージメントは指数関数的に増加している。アイテムが1つ増えるだけで,プレイ可能なコンテンツが10%増えるだけでなく,まったく新しい面白いシナジーが生まれるかもしれない。基本的な構成要素がじっくりいじれるほど面白いものであれば,構築されたシステムの限界に挑戦して,何十時間も楽しむプレイヤーが出てくるだろう。

 先見の明を持ち,プレイヤーがどのようなインタラクション行動を使えるのかを注意深く検討すれば,開発後期であっても,新しいコンテンツをフレームワークへと容易に組み込める。


PvPを恐れるな


マルチプレイヤー対戦は,表現力豊かなサンドボックスゲームを,エキサイティングなものに変えられる

 怖気づく人もいるかもしれないが,私たちはプレイヤー対プレイヤーのゲームプレイは受け入れるべきものだと信じている。「DayZ」のような初期のマルチプレイヤー・サンドボックスゲームや,似たようなスタイルのゲームを振り返ると,マルチプレイヤー対戦によってもたらされる緊張感と予測不可能性は,すでに表現力豊かなサンドボックスゲームを,プレイするたびにエキサイティングで新鮮なものに変える秘伝のソースなのだ。エクストラクションと呼ばれるゲームジャンルは,システム主導のデザインとマルチプレイの予測不可能性が完璧に交差したものだ。

 表向きはPvEのミッションにプレイヤーを解き放ち,いつほかのプレイヤーが割り込んでくるか分からないという状況は,スリリングな体験をもたらす。また,「勝利」の定義も変わる。ほかのプレイヤーがいれば,ミッションの達成は二の次になり,ライバルプレイヤーから生き延びたり,回避したり,略奪したりすることになるかもしれない。

 PvEサンドボックスのシステムが,PvPと無制限に相互作用できるようにすることで(ほとんどのエクストラクションゲームでは,プレイヤー同士が略奪し合ったり,NPCが予測不可能な形でPvPに割り込んだりする),創発的なストーリーテリングの機会が生まれ,プレイヤーが友人と共有したいと切望するようなドラマチックな物語が生まれる。


プレイヤーのスキルこそが進歩である


 「Fortnite」のような高予算のマルチプレイヤー・サンドボックスの台頭に触発されたのか,多くの若いゲーマーが,ゲームに良し悪しを指示されることを好まないことが分かってきた。その代わり,スキルの上限が高いゲームでは,プレイヤーは自分自身を表現し,仲間に対して自分の能力をアピールできる。複雑なレベリングシステムをゲームに組み込むのは直感的なことのように思えるが,プレイヤーのパワーすべてが苦労して獲得したギアによって決まることは,プレイヤーのスキルがひと目で分かるということであり,どんなステータスシートよりもはるかに重要だ。

 最高の装備に身を包んだキャラクターを,ゲームシステムを熟知したプレイヤーが適切に操作することで,(とくに,ほかのプレイヤーとの戦いで危機に瀕したときは)すぐに魅力的な体験ができ,プレイヤーは自分が体現するキャラクターをより身近に感じられる。ゲーマーは,スキルや狡猾さ,低レベルの装備を駆使して,不可能に思えるような状況を打破し,勝利する感覚も大好きだ。

プレイヤーは,ビルトインのレベリングシステムよりも,スキルの向上が上達の証となるゲームを好むようになっている
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「勝ち」の意味を定義するな


 ゲームの初期段階で勝利の定義が柔軟であれば,あなたはすでに創発的なものをデザインする道半ばにいる。サンドボックスゲームではとくに顕著だが,これはほかのジャンルにも応用できる。プレイヤーに「勝った」とは決して言わないこと。その代わりに,プレイヤー自身が勝利条件を定義することを奨励する。ただし,そのようなゴールを「公式」なものに見せるシステムを提供することは,このコンセプトをサポートするのに大いに役立つ。

プレイヤーに自らの勝利を定義させることが,創発的なゲームデザインの核心である

 とくに印象的なプレイヤーの偉業には,希少な戦利品やトロフィー,栄誉を与え,彼らはそれを,ほかのプレイヤーに見せびらかしたり,自分で作った建物に飾ったりすることで,即座に感情移入できる。武器を壁に飾るオプションのような単純なものは,比較的ささいな追加機能のように思えるかもしれないが,ゲームのほかの領域をマスターして成功を収めたプレイヤーにとっては,まったく新しい満足のレイヤーとなる。

 ドラマチックなボス戦や最後のカットシーンには,それなりのインパクトがあるが,プレイヤーに自らの勝利を定義させ,自分たちの言葉で共有し,祝福させるシステムは,システム主導の創発的なゲームデザインの核心である。


プロシージャル生成は控えめに


 システム主導型ゲームにおいて,最大のコスト削減につながる設計事項の1つは,プロシージャル生成されたコンテンツだ。ランダムに配置されるモンスター湧きのような小さなものから,「Minecraft」のような複雑なマルチ・バイオーム・ワールドの生成まで,アルゴリズムによるプロシージャル生成は,プレイヤーが戻ってくるたびに新鮮な体験を提供できる。しかし,使いすぎはゲームの方向性を見失わせる。ほとんどがランダムに生成される環境であっても,いくつかの手作業で作られたコンテンツ(個性的で記憶に残る環境,パズルのあるダンジョンなど)が,プレイヤーに長い道のりを歩ませる。

 今回の「Sand」で,Hologryphは砂海の「オーバーワールド」にはプロシージャルなマップ生成しか使わないことにした。しかし,プレイヤーが集まって戦利品を奪い合うことになる町では,それぞれの環境を手作業で作ることにした。

 対戦環境では,マップ内でほかのプレイヤーが,ダイナミックで予測不可能な要素になる。学習できる静的な環境があれば,経験豊富なプレイヤーは何度もセッションを重ねるうちに,スキルや知識を向上させられる。

「Shadows of Doubt」では,プロシージャル生成によって,より小さく,より深い世界と,毎回異なるマーダーミステリーを作り出している
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最後に


 制作の初期段階から,独自のデザインスキルセットと多くの先見性を必要とするが,創発的なゲームデザインは,非常に費用対効果の高い開発アプローチであり,「自分で楽しみを作る」ことを望む,ますます幅広い層のプレイヤーにとって,非常に満足度の高いものとなりうる。

 制作の初期段階で先見の明を持ち,潜在的な拡張性を考慮してゲームを構成することで,発売後も新しいシステム,コンテンツ,環境を簡単に追加でき,既存のプレイヤーにとっては価値が増し,新しい顧客にとっては魅力的なゲームとなる。

ゲームの世界のルールは定義するが,その中でどんなゲームをプレイするのかは,プレイヤーに決めさせよう

 創発的なゲームデザインには,独自の課題があり,すでに制作が深く進んでいるゲームから簡単に移行することはできない。最初のデザイン会議から,創発的なゲームデザインがプレイヤーにどのような体験を提供するのか,そしてプレイヤーの願望的な目標は何なのかについて,明確なビジョンを確立する必要がある。「面白さを見つける」ことは,ゲームデザインの核となる信条だ。5分間の楽しいゲームプレイループを目指すことは絶対に重要だが,システム主導型のゲームに長期的に取り組むには,長期的なフックを定義し,慎重な計画を立てる必要がある。

 最初の1時間で,プレイヤーに目標を与える。最初の10時間,50時間もだ。そして,100時間,200時間プレイしたときに目指すべきゴールも用意し,それを達成するためのツールや手段を与える。頂点に立つプレイヤーは,あなたのゲームの真の可能性を示すことになり,より多くのプレイヤーを仲間に引き入れることになる。

 ゲームの世界のルールは定義するが,その中でどんなゲームをプレイするのかは,プレイヤーに決めさせよう。

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