【月間総括】遺訓を打破した任天堂と,常勝不敗に囚われるソニーグループ

 今月は予告していた任天堂の決算について触れていきたい。

 任天堂の第1四半期は,過去最高の決算となった。「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」の販売(着荷)本数が1851万本と大ヒットしたことと,映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の興行収入が13億4900万ドル(7月26日時点)の大ヒットとなり,同社の収益に寄与した(額は非開示)。
 最高益更新を予想はしていたが,それをはるかに上回る水準だった。

 メカニズムは分からないが,この映画がゲームソフトやハード販売を広範囲に持ち上げる効果を産み出したことは,特筆すべきことだろう。
 任天堂は,「Nintendo Switch(有機ELモデル) ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダムエディションの販売は良かった」としているので,新モデルの投入も寄与したと言えるだろう。

 Switchは累計販売(着荷)台数が1.3億台近くになり,PS2のそれを超える可能性が非常に高くなった。筆者は初動が良かったことが確認されたのちの2017年12月に,Switchは最終的に大ヒットするとコメントしていたが,この予測は現実化したと見なして良いのではないだろうか。

 今期の会社計画は1500万台だが,東洋証券では販売(着荷)台数予想を1350万台から1600万台に上方修正した。第1四半期が391万台と前年から増えたこと(次図参照)で大幅に減るとの見方が適切でなくなったためだ。昨年,筆者はブルームバーグに2023年のSwitchの販売台数はオリジナルデザインのSwitchの動向次第とコメントしたのだが,昨年のスプラトゥーン3エディション,5月のゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダムエディションと続いてヒットした。

 しかも価格を通常版よりも引き上げたのに,ソフトは同梱されていないのである。


 従来のソフト主導型の考えでは,ソフトのセットモデルでないと売れないはずにも関わらず,ソフトが同梱されていないことについてユーザー間で話題にもなっていない。故山内氏の「ユーザーはソフトのために嫌々ハードを買っている」を真とするならば,ソフトが同梱されていないモデルはお得ではないので売れるはずがない。この結果を見ると,Microsoftやソニーが行っているソフト同梱ハードはいかにも古臭く見えてしまう

 ソニーも,Microsoftも常識に捕らわれていて,疑いもしていないようにみえる。しかし,任天堂はよく山内氏の考えから脱却できたものだと感心してしまう。任天堂は山内氏の遺訓をひっくり返したのである。

 形仮説を提唱してから観測されている現象は,ユーザーは主に視覚情報で購買を決めており,ハードがソフトの販売動向を決定しているという仮説と矛盾していない。そして10月に「Nintendo Switch(有機ELモデル) マリオレッド」が発売されるが,形仮説通りならSwitchの販売(着荷)台数は,前期を上回ることが可能かもしれない。ハードの販売数がライフサイクル中に増えたことは3DSで一回あっただけなので,もし大幅な前年比増が実現すれば快挙といえそうだ。

 Switchの足下の販売は反転しており,前期の第3四半期決算時に筆者が警告したときと比べると,次世代機までの落ち込みは小さくなると思う。ただ,これだけの好決算を第1四半期に出すと次世代機までの落ち込みが心配されるのも無理はない。

 話を戻すとSwitchの今後を予測することは難しいが,マリオレッドモデルのSwitchがあることを考えると,このまま落ち込まずに次世代機を迎えられるのではないだろうか。

【月間総括】遺訓を打破した任天堂と,常勝不敗に囚われるソニーグループ

 そしてSwitchの次世代機といえば,8月に製品に対する報道が海外で相次いだ。

 真偽は良く分からないが,次世代機はSwitchの上位モデルに搭載されると噂されたDLSSをサポートするようである。DLSS(ディープラーニングスーパーサンプリング)は,低解像化で失われたデータをAIによる推論で,高解像度にアップスケールする技術だ。理論上は元の絵よりも綺麗に見える(主観なので判断が難しいところだが)可能性もある。

 東洋証券では,CPUはモバイルでも高性能なものがあるので,Switchの次世代機はPS5と同等程度まではできると考えており,DRAMもほぼ同じ容量が搭載可能なはずである。

 GPUの演算能力はPS5に対して1/4〜1/5となろうが,DLSSで十分埋められるはずだ。PS4とSwitchの差は大きいとされていたが,PS3と3DSよりは随分小さくなっていたし,次世代機ではこの差はさらに縮まるだろう。少なくとも,AAAを出すのは技術的な問題は小さくなる。疑似4Kと揶揄されることになろうが,大部分のユーザーには関係ないことだ。

 そうなると困るのはSIEである。FTCの裁判でも語られたブロック権を維持するために動かなければならない。おそらくSIEは,Switchの日本での成功は中小サードパーティの成功によるものとしているのではないだろうか。であれば,中小サードパーティにまたしても資本の無駄遣いをすることになりそうである。

 しかし,AAAタイトルや中小サードのゲームがハードの勝敗を決めているというのはおかしい。
 「マリオカート8 デラックス」の販売(着荷)本数は5500万本に達している。これはWii U版の7倍近い数字である。ソフトで決まるのであれば,「マリオカート8」が出たWii Uは大成功していなければおかしい。また,スクウェア・エニックスはハードの普及が遅れていることが,FF16の販売伸び率が低い要因だとしている。このように現実は,常識と真逆の動きをしているのに,SIEは故山内氏の考えに固執しているのではないだろうか。

 やはりFF7とAAAによるPlayStaionと,PS4の日本以外での成功,そして,MH4が3DS専売になった結果として起こったPS Vita販売数の非開示が絶対的なものなのであろう。人間にとって,成功や失敗の体験は強烈だ。

 またゲーム開発者も,この現実を見ていない人が多いように思う。自分が作り上げたゲームソフトがハードの勝敗に直接関係がない。この衝撃的な事実はサードパーティの経営者,開発者には受け入れがたいものであろう。よって筆者の言論は,一部の理解者を除いていつまで経っても異説のままなのである。


 話を戻そう。任天堂の次世代機のグラフィックス性能はDLSSの寄与があっても,おそらくPS5よりも劣っているだろう。だがサードパーティのAAAは本体の販売と相関性がない以上,注力する意味はなく,またストレージを多く消費するAAAは,PSとXboX専用とすればいいのである。

 AAAと後方互換性は,ゲームビジネスにとって百害あって一利無しというのが,筆者の意見だ。ユーザーの優越感のために,因果性の乏しい部分に多額の費用掛ける意味があると思えない。
 任天堂の次世代機は,より少ないリソースで手軽にゲームを楽しめる方向を目指すべきである。ニッチではなく,多くの人に行き届くハードを目指すべきであろう。


 最後に先月の補足をしておきたい。


 このグラフは,先月のグラフを修正したものである。あまり知られていなかったようなのであるが,PS5の販売(着荷)台数はPS4を下回っている。アメリカと日本の実売台数はPS4を上回っているようなので,欧州とその他地域が下回っているのだろう。

 ピークでは560万台あった差は,第1四半期は180万台まで縮まった。先月も触れたように,SIEはあわよくばここで追いつく想定だったはずである。しかし,現実はそうならなかった。

 第2四半期で追いつくためには570万台の販売台数が必要で,ここで追いつけないと第3四半期は1000万台以上が必要になる。PS4の販売台数のピークは970万台であった。年間2500万台の販売計画なので,第3四半期は1500万台を売る予定のはずである(第1四半期の棚卸資産が急増していることからも,年末商戦に備えていることが分かる)。

 これだけ売れればPS4を大きく上回る台数となるが,ハードルは非常に高くなっている。おそらく部品の手当ては行った後だと思うので,販売台数が計画を下回ると,年明け以降に在庫で苦労しそうだ。第3四半期1500万台となると,日本では200万台ぐらいの販売が必要だろう。だが,日本は力が入らないままである。その最大の要因については誰も触れないので,個人的には不思議で仕方ない部分だ。

 その要因というのは,PS4には,モンスターハンター,ドラゴンクエスト,ファイナルファンタジーが発売されたにも関わらず,国内ではPS3以下の実売に留まったという不都合な事実があるからだ。
 PS4は1億1000万台以上販売した大ヒットセラーだが,日本の台数は1000万台にも満たない。このトラウマが今も響いている。

 十時社長はPS5の販売について日本が強いと言及しているのだが,成功体験に埋没しているSIEにおいても,PS4が大失敗事案でなかったことにしているのである。

 結果,日本市場でのゲームハードはSwitchが2500万台を上回っているのに,1000万台売れたら良い,或いは国内市場などどうでもいい,挙句に買わないユーザーが悪いと言うように考えているように見えている。

 しかし,足下のPS5は日本で売れないと相当厳しい状況になりそうな雰囲気がある。年末商戦の動向を見守りたいと思う。なお来月は,TGSについて言及する予定だ。