【月間総括】Microsoftとの妥協に追い込まれたライアンCEOと,リスタート発言に反省の色を見せる古川社長

 今月は最初に,MicrosoftのActivision Blizzard買収に関わるFTCの件について述べたい。日本時間で7月12日にFTC(Federal Trade Commission)の仮処分申請は却下され,その後FTCは控訴したものの,すべて棄却された。この結果,イギリスのCMA(Competition & Markets Authority)を除き,買収の障害はなくなった。

 アメリカで最大のタイトルと言えるCall of Duty(以下,CoD)を買収されると,ソニーグループが不利になるという見方が資本市場では優勢のようである。
 だが,東洋証券ではそのようには見ていない。ゲーム業界はすでに非常に大きな産業になっており,そもそもCoD1本で左右されるような環境ではなくなっているからである。実際,任天堂のSwitchプラットフォームについては,PlayStationやXboxで発売されるAAAタイトルがなくてもビジネスを行っている。

 今回の裁判でソニーグループがAAAを含め,タイトルの独占にいかに腐心しているかが明るみになったと思うが,東洋証券からすると資本の無駄遣いであると言わざるをえない。

 以前,SCE時代に「モンスターハンター4」が3DSで発売されることになった際,SCEが大変立腹している姿を見たことがある。また,SCEがゲームビジネスを確立した初代PlayStationは,FF7が勝負を決定付けたという都市伝説がある。

 この二つの出来事は今のSIEにとって伝説的な確定事項だ。そして,それはAAAさえ確保していれば圧倒的なシェアは揺るがない。ビジネスは永久に安泰であるという考えを生み出してしまっているのだろう。

 しかし当連載では様々なデータをもとに,ゲーム機の勝敗はゲームソフトでは決まっていないと何度も説明してきた。ハードで決まっているとなると,AAAに無駄なお金が大量に使われているのは問題だと思うのだが,これに異を唱えることはソニーグループ社内ではほぼ不可能であろう。外部でも筆者ぐらいしか言っていないわけだし,故山内氏のハードウェアはソフトのために嫌々買われているというのはまさに常識なので,異説を信じろということに無理があろう。しかしそれでも,AAAの確保に多額の資本を投じることは無駄遣いであると,はっきりと述べておきたい。

 ゲームハードはゲームハードそのものの魅力だけで買われていて,ソフトの効果は非常に限定的でしかない。これはSIE・ソニーグループ,ゲームソフト会社の経営者には受け入れがたい異説であろうが,厳然たる事実である。
 ソフトのラインナップだけで決まるなら,Switchはまったく売れなかっただろうし,それこそすべてのゲームがPlayStationプラットフォームに集まっていただろう。FF7,MH4,そしてポケモンがハードの勝利を決定付けたというのは,どうしても都市伝説の類に見えてしまうのである。
 今回の裁判の結果は資本市場で心配されているような影響はないだろう。結局はハードの魅力で決まっているのである。

発売から150週のゲーム機週間販売推移

 これは6月22日に発売されたFF16が,日本のハード販売にさざ波のような影響しか与えていないことでも分かろう。この件に関しでは後ほど詳しく述べたい。

 この原稿を書き進めている最中に,フィル・スペンサー氏がSIEとCoDについて拘束力のある契約を結んだと発表した。
 報道では,任天堂プラットフォームはActivision Blizzardのタイトルが10年間出るのに対して,SIEはCoDのみとなっているようである。SIEのCEOジム・ライアン氏としては,就任以来最大の失敗になったと言っていいと思う。当初,Microsoftからはもっと好条件が提示されていたわけで,条件闘争に失敗した感は否めないのである。

 特にCoDがそれほど重要なコンテンツなのであるならば,FTCやCMAという外部機関が裁判で負ける前提で動くべきであって,勝訴することを前提にした活動としたのは,あまりにも楽観的だったと思う。

 このあたりは,昨年以来筆者は,SIEは批判されると悲しくなる組織であることは問題であるとたびたび指摘し,危惧していた問題点が露呈したと考えている。

 筆者は任天堂が安易にリスタートを販売不振の要因にしたことに強く異を唱えた。そして外部要因にする組織は危険だから任天堂は戒めるべきと,任天堂に直言もしたわけである。そして,古川社長からは反省の言葉をいただいた(詳細は後述)が,ジム・ライアン氏からは,日本を軽視していないというお決まりの言葉しか返ってきていない。このままでは同じことを繰り返してしまうだろう。

 再度,ソニーグループには苦言を呈しておく。

(1)多様性を尊重すると言っているのにアニメ文化に否定的な点は問題
(2)創業の地である日本を軽んじすぎている
(3)現状の強さが無敵だと思っているために,他社に足下を掬われている

 筆者の意見は少数派どころか筆者ぐらいしか言っていないことが多いので,採用されるとはまったく思っていない。しかし,任天堂からは反省の弁があったことも,理解しておいてもらいたいものだ。

 次に先程少し述べたFF16の話をしたいと思う。執筆時点までに分かっていることは,

(1)発売から1週間でパッケージの出荷とダウンロード販売(セルスルー)の世界累計の合計が300万本に上った
(2)日本における2週目のパッケージ販売が前週比88.8%減となった
(3)そしてこの減少率は直近のFF15,FF7Rの減少率と大差ない

※校正の段階で実績ではAAAとは言い難い,ピクミン4の日本における発売3日間の実売本数が40万1853本(ファミ通調べ)となり,FF16の国内での累計を上回ったことが明らかになった

 300万本という数字は,PS5の普及台数やPCやXbox 版がないから健闘した,という声も耳にする。しかし支援しているSIEとしては期待していたのは,PS5の勝利を決定的にすることだと思う。その目的が達成できていないことを考えると,東洋証券としては失敗と考えている。


【月間総括】Microsoftとの妥協に追い込まれたライアンCEOと,リスタート発言に反省の色を見せる古川社長

 そしてこの前提条件があるから仕方がないというのは,PS5の初回出荷が少なく日本市場を軽視しているのではないか,との指摘の際にSIEからいただいた説明と同じ理屈だ。SIEは,PS4と違いPS5は日本を同発にしたから数量が少ないのは仕方ないというのである。しかし日本のユーザーから見れば,それは軽視されたということでしかない。
 数が足りないなら最初から生産量を増やせばよかっただけである。できないなら発売を延期してでも数をそろえるべきであった。Xboxに先を越されたら負けるというのはバイアスにすぎないのである。

 話を戻そう,ビジネスの評価というは残念ながらシビアなものである。スクウェア・エニックスからは,FF16は開発費などの経費が巨額で,第1四半期のHDゲームの損益は相当厳しい,また,回収は今年度いっぱい程度としている,と説明を受けていた。
 開発費は増えているのに販売本数が減っているようにみえ,それではとても成功とは言えないだろう。

 東洋証券としては,FF16の問題点として,

(1)遊ばないと分からないHDRに最適化した
(2)幅広く遊んでもらいたいのにCERO Dレーティングになっている
(3)リスクを回避するつもりが逆にリスクテイクになったこと,
 を挙げたいと思う。

 補足すると(1)については,HDRの美麗なグラフィックスを伝える手段が少ないのである。筆者も実際に遊んでみて思ったことであり,また配信のテストもしたのだが,SDRになってしまうようで,暗いという意見が多かった。Twitterなどに掲載されているスクリーンショットもSDRのものが大半で,暗くなっているように筆者には見える。
 これではせっかくのグラフィックスの良さを伝えられない。HDRに最適化したことで,多くのユーザーにその良さが伝わらなくなってしまったのではないだろうか。

 (2)については,幅広い年齢にと吉田プロデューサーは言っているが,筆者がプレイした感じでは,リビングで堂々とプレイするには日本では難しいシーンがいくつかあった。これでは学校で話すこともできないだろうし,筆者が楽しんだ子供時代のFFではないように見えてしまうのである。結果,楽しめる層が限定されてしまっているように感じる。
 そもそもCERO Dで小中学生及び高校生の一部が非対象というのは,矛盾していると思う。

 (3)についてはアナリスト的視点となり,ソニーからの援助を受けることでリスクを回避しているのだが,その結果PSハードの普及に販売が左右されてしまい,別のリスクを負ってしまっているのである。これでは本末転倒だろう。

 少し難しい話になるが,金利が上昇し,資本コストが上昇している局面で回収期間が長くなるという説明は厳しいと思う。インフレでお金の価値が目減りしていることを考えるとあまり良くないと考える。
 しかし,批判してほしくないという姿勢をスクウェア・エニックスからは感じる。批判されるときに人気がでるとは任天堂代表取締役である宮本 茂の言葉だが,どうも捉え方に問題があるように思う。

 桐生新社長は,説明会でリスクを限定することを盛んに話していたが,経営にリスクはつきものである。リスクを回避して別のリスクが増えることも考慮してもらえるとありがたい。だが,批判されるのを好まない現状の体制では,筆者の苦言も届くことはないだろう。

 最後に任天堂である。
 少し前に古川社長に話を聞く機会があった。このことは7月7日に開催した東洋証券のセミナーでも触れたが,第3四半期決算時にSwitchの販売が落ち込んだ理由をリスタートの影響と触れた点について,当連載で苦言を呈したことを読者も覚えていると思う。

 古川氏は社内向けに外部要因と説明することはないが,ソニーがやっていたリスタートの説明が投資家に納得されていることが多いので使った,別の言葉があったのではないかと話していた。
 任天堂側からこのような言葉をもらえるとは筆者はまったく思っていなかったし,今後説明会で故岩田氏の言葉通り,外部要因のせいにしなければいいと考えていた。古川社長の真摯な対応には感銘を受ける一方,SIEが悲しい気持ちになるから批判しないでほしいというスタンスを取っている点について,改めて考えさせられたのである。

 この他,開発費の増大にかなり危機感を持っている様子であった。
 6月にいろいろな会社の方々と話し合ったが,ハイエンドゲームが売れなくなっているのである。これは2022年度のPlayStationプラットフォームでのフルゲームの販売が前年から4000万本減の2.6億本になったことからも明らかである。

 ソニーグループはその原因をリスタートとしているのだが,多くのサードパーティはクオリティが低いからだと考えているようだ。
 だが問題はクオリティというあいまいな言葉である。これはバグが少ないことなのか,主観的な面白さなのか,メタスコアが90点というかなり高難度の点数を指すことなのかがよく分からない。いずれにしろクオリティの向上は,開発費のさらなる増大を生む。

 PlayStation 6がより高性能に走るのは確実なので,ソニーグループはさらに美麗なグラフィックスとボリューム拡大を目指すことになるだろう。この点を古川氏とも話し合ったが,任天堂はROMカードという容量を制約するものがあるのに対して,PlayStationやXbox,PCはストレージの制約が緩く,開発者がゲームサイズを気にしていない。このままでは開発費が500億円,ゲームのサイズが500GBといった規模になってしまうのでないか,という東洋証券の懸念にも同意をいただいた。

 またCoDについても,MicrosoftのActivision Blizzard買収が決まれば,任天堂プラットフォームで発売されるだろうと言うことも話していたが,その一方で巨大なゲームサイズがネックであることも示唆していた。これは,現状32GBのサイズは当然として,将来の拡大を考えても,すべてをROMカードに収納するのは難しいことなのであろう。

 また足下のSwitchの販売が好調の件についても,映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」と「Nintendo Switch(有機ELモデル) ゼルダの伝説 ティアキンモデル」の効果を挙げていた。ただ6月に入っても販売がさらに伸びた点については,インバウンド需要を考慮しても分からないとした。先月,私も分からないとしたのだが同じ意見であった。
 そして面白いと思ったのが,古川社長もティアキンのソフト自体よりもティアキンモデルが,Switch本体の販売に影響したと言及したことだ。ということは、Switch本体の売上にデザインが影響していることを感じているようにうかがえたのである。



 次世代機については,筆者自身はあまり性能に興味がないと話すと驚かれたが,現在,AAAタイトルはゲーム機ビジネス的にみると,個々の販売本数は多いがその分インストールできる本数が減ってしまうので,問題が多いと筆者は見なしている。先日もPS Plusのフリープレイで「コール オブ デューティ ブラックオプス コールドウォー」が配信されたが,必要容量が告知ベースで250GBとされていた。PS5のワークエリアは663GBなので,このクラスのゲームは2タイトル程度しかインストールできないのだ。毎年出るAAAがこのサイズなのは驚きでしかない。クオリティよりPS5の仕様改善に対する要望を出すほうがよほど建設的だろう。

 筆者は以前,ストレージコストはPlayStationのビジネスモデルを揺るがす問題になりえると指摘した。その問題がいよいよ現実化してきたわけだが,危機感を持っているのがライバルの任天堂というのはどうしたものかと,古川氏と話して感じたのである。SIEには反省をお願いしたいところだが,悲しくしかならないのであろう。残念なことである。