【月間総括】任天堂はサードパーティの信頼を得られるか〜Switchの次に向けて〜

 今回は,最後に取りあげる部分をぜひ読んでいただきたいのだが,最初にPSVR2について話していきたい。本連載は2016年に始まったが,PSVRについてはその年の10月に取りあげた。
 その際に「『PlayStation VR』にも触れておきたい。9月15日から開催された東京ゲームショウのPSVRブースは大盛況で,今年はヴァーチャルリアリティ(VR)元年といった声も聞かれる。しかし,エース経済研究所ではVRの普及は大変な困難を伴うと考えている。」と書いた。

 そして昨年,2022年もVR元年だったそうだ。つまり,毎年VR元年と騒がれながらも,普及していないのが現状である。当時よく質問を受けたのは,PSVRのTGSブースは大盛況だったのに,肝心の PSVRのセールスはうまくいかなかった点である。VRは形仮説的にデザインとスタイル双方で大きな問題があるように思う。

 任天堂の岩田氏も,「任天堂はウェアラブルではなくノンウェアラブルだ」と話していたが,ウェアラブルは遊んでいる姿が分かりにくく,ゲームによっては挙動不審に見えてしまう。そもそも身につけるデバイスを人は嫌がる。

 多くの人は,一度体験するだけでもう十分満足,あるいは買ってまでやりたいとは思えない商品だとVRを捉えているようである。実際,2016年に発売されたPSVRは出荷量が少なく,初動はわずかに5万台程度であった。
 東洋証券ではゲーム機の初動ラインを2週目累計の45万台前後としているので、とても足りなかったのである。本来なら後継機は難しいと思うが,前述のようにVR元年が続く状況なのでPSVR2はいよいよ登場する。しかし、PSVR2はブルームバーグの報道では発売から3月末までの出荷が200万台しかないそうなので、とてもこのラインを超えられないだろう。

ファミ通が発表したデータを元に東洋証券が作成

 PSVR2もたくさん生産できないと「メーカーはやる気がない」とユーザーに受け止められてしまうのではないだろうか。東洋証券では,投資額に閾値が存在すると考えていて,一定額以下の投資では成功がままならないように見える。PSVR2を成功させたいと考えるなら,大量生産が必須である。このままではPSVR2の成功は覚束ないと予想している。SIEが東洋証券の予想を覆してくれることを期待したいが,おそらく「VR機器としては頑張った」で終わってしまうだろう。

 また,「PSVR2のローンチソフトは販売台数に影響しないのか」と思う読者もいるだろう。過去のデータの観測結果から,ローンチソフトというかソフト自体の影響はなさそうである。上記のグラフを見てもローンチタイトルで大作が投入されたのは,基本縦マルチ(SwitchのゼルダやPS5のCoDなどが代表例)である。独占ソフトも影響しているように見えない。

 ソニーグループはAAAに大変執着しているようだが,ハード販売の成否には関係なさそうである。Microsoftのゲーム機がアメリカ以外で売れないのも,ソフトでゲーム機が売れるなら奇妙な話である。ところが,多くの人は常識として「ゲーム機はソフトがなければただの箱」と思い込んでいるため,この事実を受け入れられないのではないだろうか。常識は大切だが,因果関係が成立しているか見極める必要があると東洋証券では考えている。
 PSVR2がもし売れるとするならば,因果関係があるハードの魅力と大量生産の成果であろう。

 次に日本でのPS5である。先月も触れたが年初からようやく供給が増えたこともあり,販売が伸びている。(CESに絡んだ講演で,ジム・ライアン氏は世界で3000万台のセルスルーを誇ったようだが,PS4の同時期を下回っていると思う)。そしてようやく転売問題も沈静化して来ているようだ。メディアやネットでは転売対策がよく問われるが,筆者がメディアに語ってきたように,特別な転売対策を施すよりも供給量を増やしたほうが,効果があることはもはや明白であろう。

 問題は1月25日現在,PS5は日本でのセルスルーがようやく250万台を超えた水準ということである。この数字は,114週目で246万台だったPS Vitaと大差ない水準である。SIE はPS Vitaの台数を非開示としており,つまり開示できないほど売れなかったと言っているようなものである。ということは,PS5の現状の台数は,極めて低水準と言っていいかもしれない。なお,Switchは40週で250万台に到達している。

 筆者には理解しがたいのだが,SIEは現状のこの台数でもコロナ禍のサプライチェーン制約の中で相当頑張ったと考えているようだ。Switchは同じ時期に大量供給され,800万台も売れたことを考えると,ユーザーの実感と一致していないのではないだろうか。

 PS4もPS Vitaも実は販売台数があまり変わっておらず,日本では失敗したハードなのでPS5がこれら並みというのは本来おかしい。日本には失敗したことを水に流すという便利な概念があるので,日本のPS4の失敗はなかったことになっているのかもしれない。

 いつの間にかPS3以下で大失敗だったPS4の販売数が成功ラインとなり,任天堂からは目を背けているのであろう。しかし,現在のPS5の売れ行きを認めてしまうと,日本での普及曲線はPS4並みが正しく,PSPやPS2は売れすぎのイレギュラーとなってしまう(下図参照)。


 筆者は,過去25年のゲーム機販売データから見てもPS5の推移は日本を軽視していると受け止められても仕方ない供給量だと思うが,非難されるとSIEは「悲しい気持ちになってしまう」そうである。筆者もよく非難されるが,それを受け止めて改善に努めている。しかし,ソニーグループはどうも違うようである

 それはさておき,非難されると悲しい気持ちになるとしか言っていないので,PS3以降の悲惨な推移を見ていると日本ではPS6になっても,もう供給増は望めないと言われたように感じてしまう人もいるかもしれない。SIEの悲観的なお気持ちを表明するという行為をぜひ改めてもらいたい。こんな消極的な言動を続けていると,ユーザーをもっと悲観的にさせてしまうだろう。

 そのうえで,もう少し話を進めたい。
 「自分たちは頑張っている」という心理と,ユーザーとの心理と一致しない結果になっているのかよく分からないが,この心理の背景は,

(1)Microsoftのゲーム機事業はもっと不振であること
(2)フォトリアルなゲームが売れず,カスタム対応が必要な日本市場に魅力を感じていない(世界で同じゲームが売れるほうが効率的)
(3)市場が拡大していることを認知していない

 などが考えられる。

 もし,(3)が事実なら大きな問題ではないだろうか。
 ファミ通のデータにはダウンロード販売が含まれていないため,あまり認知されていないが,日本のゲーム市場は,ここ数年かなり大きくなっている。その場合,SIEが失った利益は相当なものだったと推察できるだろう。コンシューマゲーム市場は2020年以降,顕著に拡大している,という認識が必要なのではないだろうか。コロナ禍の反動でSIEは苦戦しているそうだが,実際の市場はそこまで落ち込んでいない。吉田CEOのインタビューを読むと,コアゲーマーと呼ばれる 人たちの数は常に一定で増えないと考えているようである。

 そうだとすると中国で経済発展でゲーマが増える一方,ゲーム機を規制することで自国の需要を抑制している影響を,ソニーグループは考慮していないことになる。
 ジム・ライアン氏がプレイステーション内でのシェアが拡大したと堂々と公表するということは、日本やアジア市場が成長している実態を考慮したPS5の出荷になっていないと言え、日本市場に関心があるように思えないのである。これでは、日本を軽視していると指摘されても仕方ないのではないだろうか。
 しかし,こう言うとSIEは,「悲しい気持ちになる」そうなので,非常に困惑してしまう。

 ゲーム機に必要な需要台数の見積もりが間違っていると考えるべきなのに,素直に認めると何か問題があるからとしか思えない。PS5の次のマイナーチェンジは,複数の課題を一気に解決できるチャンスでもある。ぜひうまく対応してもらいたいものだ。

 最後に,任天堂の次世代機について話そう。SIEのように頑張ったのに批判されて悲しいとの気持ちを表明するようなことにはなってほしくはないと思う。任天堂は批判されてきた歴史がある。東洋証券では,これはゲーム事業の趣味化がその理由にあったと考えている。

 四半世紀以上前に,故山内氏は「任天堂は市場を作るものだ」と話していたことがある。ビジネスが成功すると,売れるものではなく趣味的なものを提案してしまう傾向があるようだ。任天堂のビジネスに信頼がないのは「事業の趣味化」にあるのではないだろうか。ちなみに日経新聞は,任天堂は浮沈が激しいと指摘して次世代機に懸念を示す記事を載せている

 浮沈が激しいというのは,成功時に事業の趣味化が顕現化しやすいためではないかと思う。
 したがって,任天堂にはSIEのような失敗を繰り返さないためにも,

(1)一目で分かる一般化した無難なデザイン
(2)AAAを狙わない適度な性能による良好な生産性
(3)後方互換性を付けない

 で次世代機はいってもらいたい。おそらく大いに批判されるだろうが,批判されることで知名度は上がり,人気につながるのである。褒められ,称えられるゲーム機は成功しにくいと思う

 そして,もはやAAAタイトルはストレージを占有し,ビジネスの総量を押し下げる要因になっている。特別なお客様に特別なゲームを楽しんでもらう時代はもう終わっているのだ。任天堂はSIEほどサードパーティの信頼を得ていないという印象がある。信頼を得られる次世代機をぜひ目指してもらいたい。