【月間総括】2億台を目指すNintendo Switch 〜3年目に伸びた理由を考察する〜

 今月は,まずStadiaの話をしたい。

 2019年3月にGoogleが同サービスを発表した際には,非常に多くのメディアからコメントを求められた。
 そのときの質問を要約すると「ITの巨人がこんなサービスを始めたら,ソニーも任天堂も大きく苦戦するのではないでしょうか?」という内容であった。それに対して筆者は,以前の連載でも述べたように,遅延,ハードウェアレスなど大きな問題があると回答したが,記者達の反応は筆者の回答に懐疑的であった。

 特に当時メディア側から「5G携帯電話網整備で遅延が極めて小さくなるので普及するのではないか」と多数の指摘があったが,現行,日本で通信事業者が行っている5Gサービスは,基地局と端末だけが5G化されており,大部分の基地局は低遅延,他接続を実現するスタンドアローンモードに対応していない。つまり,サービス開始から3年たっても,メディアが前提としているような低遅延の環境に遠く及ばないのである。

 それはともかく,Stadiaは2023年1月にサービス終了することになった。もう読者ならお分かりだと思うのだが,最新のテクノロジーが世界を一夜で変えるようなことは起こらないし,起こり得ないのである。クラウドゲームも,VRも,PS5も,Xbox Seriesも残念ながらテクノロジーでは世界を変えられなかった。2000年代半ば頃に,ユビキタスという言葉が流行ったことがある。いつでもどこでも情報を引き出せることを指しており,スマートフォンの出現でユビキタスは実現したが,今はだれもユビキタスという言葉は使っていない。

 バズワードでは世界を変えるのは難しいと東洋証券では考えている。
 VRもクラウドゲームも,PS5の値上げのときもそうなのだが,どうも筆者の予測は早すぎて実際に認知されたときには,そういう予測をしていたのが忘れられてしまうようである。PS5の値上げは幸いメディアからの取材があったため再度話す機会があったものの,このStadiaの件は,誰が早期に予測していたかは気にもされないのである。もはや誰の目にも失敗なのは明らかだったからである。

 Stadiaの終了で総括しておきたいのは,投資家も経営者も,そしてメディアもテクノロジーに重きを置きすぎであるということだ。

 新しいテクノロジーであれば喜んで投資するベンチャーファンドがいるわけだが,実際のところテクノロジーを理解しているか,怪しいことが多いように思う。
 実際に普及し売れるものは,量産性が良好で,枯れた技術を使ったものしかないように思う。PS4はその最たるもので,PS4の性能はTFLOPSではPS3と差がないと発表されていた。デザインも小型で量産性に優れていたわけで,ヒットしたのも頷ける。結局は,量産性の低い最新のテクノロジーでは解決できないのである。

 次に,コンシューマゲーム業界は,縮小しているのかについて改めて話したい。今第1四半期の決算後に各社と議論していて,PS5でゲームソフトが売れていないことから顧客がPCを買うようになったのではないか,といった話を聞くことが何度かあった(メディアからも取材を受けた)。結論からいうと,日本に限らず,国外でもPSフォーマットのゲームが売れなくなっているのは,事実である。

 ソニーグループが開示を開始した2019年4〜6月からの推移をもう一度見てもらいたい。この4〜6月のフルゲームの販売本数は,コロナ禍前の水準を下回っているのである。これを見ても,PSプラットフォームの状況は芳しくないことが分かるだろう。

 前回書いたソフト販売本数が半減しているは,あくまでも十時CFOの発言の背景を解説したものだったが,より長期データで見ても緩やかにKPIは悪化しつつあり,販売本数は先行して下がっているように見える。



 形仮説とストレージコスト問題は,今年のPSゲームソフト販売本数が相当厳しくなるであろうことを示唆しているように思う。PS5にある挽回の最大のチャンスは,マイナーチェンジであるが,形仮説とストレージコスト問題を考えると,思い切った変更が必要だろう。まだデザイン変更は可能なはずであるから,よりゲーム機らしいデザインに変更できれば,挽回できると見ている。因果関係の乏しいものに投資を続けているゲーム統括のSIEに対して非常識な方向に変更するという大胆な提案である。この勇気ある決断ができればMicrosoftばかりを見るベンチマーク経営から脱却できるだろう。

 最後に,少し長い目でゲームハードの推移について述べておきたい。
ゲーム機は,発売されてから3年目に大きく伸びてその後,収穫期に入るという考えがある,これは,筆者が言い出したことではなく,故・岩田氏の発言である。
より具体的には,

(1)2012年1月の決算説明会の質疑応答と(2)2012年4月の決算説明会である。

(2)を引用させていただくと,「ニンテンドーDSのときとニンテンドー3DSのときのソフト出荷本数が各年度にどう変化していったのかというグラフなのですが,3年目というのは大きく伸びなければいけない時期で,3年目,4年目に大きく花開いて収穫期に入るというのが,ゲームのプラットフォームビジネス(以下略)」とある。
 東洋証券では,ソフトが伸びるには,当然ハードが普及している必要があると考えている(ハードが主,ソフトが従)。


 もちろんこれは,成功したハードの話である。では現世代だとSwitchはどうだろうか。上に示した青いグラフは,決算年度ベースでの推移である。

 これでみると,1年目が極端に少ない。これはSwitchが3月発売だったからで,四半期決算が行われている現状では,あまり適切と言えないだろう。
 赤は四半期で疑似的に12か月ベースにしたものである。四半期では最初が3月発売なので1年目は10か月になってしまうが,実態には相当近いであろう。
 こちらでは,3年目に大きく伸びているのが分かる。ゲーム機が成功する際に3年目に伸びるというは間違っていないように見える。
ただ,Switchの場合は4年目にさらに伸びているように見える。

 そして下のグラフである。


 発売から10四半期目に大きく伸長しているのが,よく分かるだろう。
確かに,3年目全体だと大きく伸びているようには見えないかもしれないが,3年目には大きく伸び始めているのである。

 この理由は,マイナーチェンジにあると考えている。
 480万台の水準になったのは,Switch Liteが投入されたタイミングだ。Switch Lite自体は大ヒットにはならなかったが,Switchを伸ばすことには貢献しているのである。Switchは,すでに1億台を大きく超える台数を達成した。おそらく最終的な着地は生産さえできていれば2億台近くになるはずである。この水準はDSを超えることになるだろう。

 先月も触れたが,コンシューマゲームはニッチからメジャーなものに変わってきているように見える。Switchの登場とコロナ禍で,ゲームはとても身近なものになってきているのである。一般化したということは,今後のゲームで優先することは,量産性であろう。
 特に,中国からの個人輸入がさらに増える可能性があることを考えると,今後のターゲットは日本でのライフサイクル全体で5000万台前後になるのではないだろうか?

 かつて久夛良木氏は,PSPの月間生産台数300万台を目指すとした際,月産300万台を「クレイジーな台数」と表現していた。

 しかし,Switchの次世代機はデザインやコンセプトが優れていると,これを大きく上回る台数が必要になるだろう。そして,筆者が言うと皮肉に聞こえるかもしれないが,「PS6もコンセプトとデザイン次第では,この数字を目指せる」と考えている。 

 この感覚は,米国では理解しにくいと思うので筆者的にはSIEの米国本社移転は大失敗だったのではないかと考えている。この意見が,誇大かどうかはいずれ時間が結果を教えてくれるだろう。

 また最後に,ソニーグループにとっても,任天堂にとっても有意義だと思うことで記しておきたいことがある。東洋証券は過去のデータからゲーム機の成否については,以下の知見を得ている。

(1)ゲームタイトル,特にAAAでは日本国内でのハードの成否に影響はない
 Switchの成功で決定的になったと思っているが,AAAがハードの成否にはほとんど影響がないということである。ソニーグループではActivision BlizzardのCoDがPlayStationプラットフォームで発売されなくなることを心配しているように,AAAがハード販売に大きな影響があるとされている。だが,モンハン,ドラクエ,FFが揃ったPS4は成功しなかったほか,これらサードパーティのタイトルが必ずしも出そろったとは言えない段階のSwitchは大変勢いがある販売であった。もうサードパーティのAAAは,国内でのハードの成否に影響はないと見なしてよさそうである。
 
(2)デザインやスタイルが購買決定に影響している
 Switch OLEDに関しては狭額縁化で筆者は,液晶モデルから移行するだろうと予測した。ところが,OLEDモデルは狭額縁化以外の違いがなかったために,任天堂社内でも,売れるとは思われていなかったようである。しかし,発売1年が経過した今,OLEDモデルは,液晶モデルの2〜3倍は売れている。しかも店頭では品切れである。