【月間総括】迷信が阻害するゲーム市場の発展

 今月は,コンシューマゲーム業界の現状について解説したい。
 先月の連載は大変な反響があり,驚いている。ただ,ビジネスモデルの危機については,もう少し深く掘り下げる必要があると感じたのでまずその話から進めたい。

 まずは,8月下旬に発表されたPS5の値上げについてふれよう。ソニーグループは,アメリカ以外の多くの地域で,PS5の値上げを発表した。これは,為替や材料費の高騰によるものだと思う。
筆者はここでだけでなく,ブルームバーグJCAST産経新聞に,コンシューマゲーム機ビジネスモデルが立ちいかなくなってきているので,ゲーム機の価格が上昇する可能性があるとコメントしていた。さらにTBSからもこの件で取材を受けた。

 メディアはどうしてもPVを稼ぎたいため,タイトルをやや過激にする傾向があるが,筆者としては,ゲーム機のボムコスト(材料費)付近に設定された安い価格でハードを販売し,ゲームソフトで回収するというビジネスモデルが,外部要因で維持できなくなっているということを言いたかったのである。

 そして,今回のPS5の値上げで懸念は現実のものになったと言えるだろう。以前,筆者は巨大なゲーム機であるPS5は販売に問題がでるとコメントしていた。
 この表現には,生産性に難がある可能性があるという意味合いもあったが,PS5は巨大な冷却機構を備えており,大量の金属を使う。素材価格は市況に左右されるので,インフレ下ではコストを直撃した可能性が高い。

 PS5が巨大なのは,高性能でなければならないというバイアスが原因と考えている。どうもゲーム業界は迷信が多すぎるように思う。昨年,早稲田大学の先生方に学ぶ機会があったが,相関係数より因果関係を追求する必要があると教えられた。
 ありがちな話なのだが,組織は因果関係を見ずに,相関性を理由にしてしまうことがあるという。

 一番分かりやすい実例は,PS3,DSまでの互換性であろう。

 PS⇒PS2
 GB⇒GBA⇒ニンテンドーDS


 ここまでで成功したハードの共通している項目で誰が見ても明らかであったのは互換性であった。そのため,互換性こそが成功ハードの相関性が高い項目に見えてしまったのである。しかし,PS4,Switchは互換性がなくても成功したし,PS3,Wii Uは互換性があっても成功しなかった。実は因果関係はなかったのである。

 また,単体で見てもこういう相関性は成立する。

(1)PS4は1億台売れた成功ハードである。
(2)PS4は高性能で,Xbox ONEやWii Uはカタログスペックで劣る


 よって,PS4が売れたのは高性能だからである。
これは,かつてよく語られた仮説だが,これはPS4でしか成立せず,SwitchとPS5では成立していない。相関性があるように見えるだけである。また,

(1)Wii Uはローンチのソフトが貧弱だった
(2)半年後もソフトは多くなかった


 よってWii Uは売れなかった

 これもよく指摘された話だが,Switchの発表時に

(1)Switchはローンチのソフトが貧弱
(2)年内のタイトルも強力なものはない


 よってSwitchはWiiUの二の舞になるだろう。

 このような論説が多かったと記憶している。しかし,現実にはSwitchはPS4を超えそうな状況である。

 こう考えるとゲーム業界は迷信だらけである。多くの人は相関性がありそうなその時だけ成立した事象を因果関係だといっているように見える。

 しかし,互換性のように相関性がすでにないことが確定している機能に経営資源を使うのは資本の無駄遣いであろう。任天堂の古川社長以下経営陣には,相関性と因果関係を考慮してもらいたいのである。なぜなら次に次世代機がでてくるのは発売時期を考えてもSwitchの後継機だろうからである。そして、繰り返すが,互換性の搭載は有限のストレージを圧迫し,互換性チェックに任天堂及びサードパーティに多大な労力を要求する仕様である。それでいてゲーム機が売れるかどうかに関係がない。これは無駄な努力と言わざるを得ない。
もし,互換性をどうしてもつけたいというのであれば,Switch互換は,マイクロSDカード専用とし内臓ストレージを一切使わせないようにするしかないだろう。

 経営とは,「ヒトモノカネをどう配分するか?」である。であるならば因果関係がある部分に集中すべきだと東洋証券では考えている。

 話を戻そう。多くの人にはゲーム機のビジネスモデルは誕生から40年以上,同一モデルの値上げは行われていないというバイアスがあったはずである。しかし,これは実は,ここ30年ほどたまたま続いていた物価の安定よって形成されたのに過ぎないと考える。
だとすると,物価上昇率の変動が大きくなっている(下図参照)現在,たちまち成り立たなくなってしまう脆弱なビジネスモデルということになる。

 しかし,ソニーグループも,任天堂も,そしておそらくMicrosoftも強固で盤石なものと思っているようだ。このまま円安とインフレーションが進行するとゲーム機の値段は日本では10万円になってしまいかねない。ありえないと思われるかもしれないが,1980年代前半の対ドルレートは240円前後だったのである。若い世代の人には分からないことだろうが,日本政府がマクロ経済政策を誤り続けると決してないとは言い切れない。現に,PS5も値上げされたのである。

 今後は,インフレにも,デフレにも対応できるようにする必要があるだろう。よって,ビジネスモデル瓦解の危機なのである。

米国消費者物価指数の推移
出典:米国労働省統計局

 次に日本市場についてである。「ソニーグループは日本市場を軽視しているのではないか?」と筆者が指摘したことが引き金になったと思っているのだが,これが転じて,2022年現在,日本市場は小さな市場なのでソニーグループが見捨てても当然であるとの論評が目立つようになってきた。

 これについて見解を述べたい。まず,日本のコンシューマゲーム機市場は,スマートフォンゲームによりなくなると2015年ごろには盛んに言われていたが,この論調は,メディアからはすでに霧散しており,それどころかSwitchは,日本で過去最大の販売台数になるであろうという段階にある。

 PS4が売れなかったことだけを取り上げて,日本が狭隘な市場と言うのは極めておかしいと言わざるを得ない。それで,供給を絞っているのはソニーグループが日本市場の潜在力を引き出せなかっただけである。

 しかし,今回のコンシューマゲーム縮小論でも分かるように,ソニーグループは基本的に変動を外部要因にしがちである。これは,PlayStationがアメリカではずっと成功している(おそらくPS3もアメリカで健闘したことになっているはずである)と受け止めているためだと推測している。となると日本で売れないのは,適切な施策を打っているのに買わない顧客が要因であると捉えても無理はない。
 
 そのうえで,日本におけるSwitchの成功の背景には,(1)ゲーム市場の一般化と(2)中国市場の拡大がある。前者についてはどうぶつの森の際に触れたので,今回は中国市場について述べる。

 中国ではPCゲームが人気との話であるが,コンシューマゲーム機もニーズは相当あると思われる。ただ,人民政府のゲームに対する規制は厳しいと報道されている。この結果,自由度の高いグローバル版のゲーム機(PS5,Switch共に)に強いニーズがある。事実,日経新聞が報道したように,大量に買取が行われている。

 この結果,日本で販売されるゲーム機が海外に流出してしまっている。そして,中国は2000年以降高い経済成長を達成した結果,所得水準が上昇し,日本での販売価格より高くてもゲーム機を手に入れたいという需要を産み出している。

 となると,過去の実績や市場サイズでゲーム機の供給量を決めるのはあまり適切ではないということである。中国で発売されているゲーム機が魅力的でない以上,どうしても日本で発売されるゲーム機が欲しいという需要を考慮しなければならなくなっている。

 にもかかわらず,PS5の供給をPS4並みにしたのでは,海外流出分が考慮されていないので極端な品薄になるのは当然である。しかも,コロナ禍でコンシューマゲーム機市場はニッチでマニア向けの市場ではなく,一般人に広く受け入れられえた娯楽に変容したのである。

 繰り返す,コンシューマゲーム機の一般化,そして中国市場の成長である。この二つの要因で日本市場はゲーム機の需要は増加している。この認識がソニーグループにも,メディアにも決定的に欠けていると、筆者は思う。

 整理しよう。この二つ理由から,転売は規制してもあまり意味がない。これほど巨大なニーズが隣国に存在し,ビジネスチャンスがあるとなると,抜け道を使ってでもやろうとするし,一般化して日用品により近くなったゲーム機を,国内ユーザーも欲しがるのは当然だからだ。

 この視点の欠落によるPS5の失敗は任天堂にとっても反面教師になるだろう。話は逸れるが筆者は,発売から2週間で45万台程度の販売実績を達成できないハードが過去成功した例はないと以前から強く主張してきた。PS5は初動がワンダースワンを下回ったことで,それは決定的だったのである。3年も見ないと分からないことはないのである。

 話を戻そう,任天堂にはこれを教訓としてほしいと考えている。任天堂の次世代機は大きく成長した日本や世界市場に対応する必要がある。ゲーム機の生産規模は2000年代後半と現状は大きく変わらない。市場拡大に対応できているように見えない。

 ゲーム市場はニッチではなく,一般化したと再定義が必要だと東洋証券では考える。そして,2025年ごろと想定している任天堂の次世代機の立ち上げは,仮に年末商戦期とした場合,ジム・ライアン氏が誇ったPS4並みの450万台程度ではすでにとても足りないのである。「たくさん製造できない機器は普及しない」と筆者は考える。任天堂は,次世代機ではヒト・モノ・カネの部分で大きな試練に立ち向かうことになるのではないだろうか。