【月間総括】低採算のビジネスモデルからの脱却が試されるSwitchの有機ELモデル

 7月一番のトピックは,なんといってもNintendo Switchの有機ELモデルの発表だろう。
 7月7日の夜に突然発表された新モデルは,事前の報道では性能の向上があるとのことであった。ところがいざ発表されてみると,

(1)ディスプレイの変更
(2)内蔵ストレージの容量アップ(32GB→64GB)
(3)ドックに有線LANポートが追加

など,小規模な仕様変更にとどまっていた。ネットでの感想は賛否両論といったところだが,ゲーム愛好家には性能向上がなかったことを残念に思う向きが多かったようである。

 エース経済研究所は以前から“形仮説”を提唱しており,コンシューマビジネスにおいてユーザーは,ハードの形やプレイしている姿をイメージして購買の判断をしていると推測している。その点から考えると,今回の新型Switchは非常に興味深い事例と言って良いだろう。

 その理由は後述するとして,任天堂が大胆だと思ったのは,新型Switchの価格を3万7980円と,現行製品よりも15%以上も高く設定したことだ。一般的なマーケティングでは,値上げは新型などのモデルチェンジ時に実施するのが良いとされるので,これ自体は不思議ではない。しかし,ソニーグループのプレイステーションは,モデルチェンジ時に値下げするのが多く,性能が向上したPS4 PROも価格が据え置きだったことを考えると,新型Switchの価格設定はかなり異例かもしれない。

 しかも,有機ELはすでにコモディティ化が進んでいること,内蔵ストレージに使われるフラッシュメモリも,32GBは主流ではなくなっている感じなので,材料費は現行のSwitchから大きく上昇していないと想定している。

 誤解している人も多いようなのでもう少し言及するが,ゲーム機の原価は材料費だけでは決まらない。初期は金型などの償却費負担も重くなるので,利益率は現行品より当然低くなる。ただ,長期的には量産効果で利益率は向上してくるという話だ。実際に任天堂も,大きく利益率が向上していないと,一部の報道を否定している。


 ところで,このタイミングで性能面(演算能力やメモリ容量のこと)が変わらないモデルを値上げするのは,非常に興味深い。任天堂との対話から推測するに,今後ユーザーの購買は,有機ELモデルに急速に移行すると予測しているのは,少数派のようである。15%以上の値上げ,性能のアップグレードなしでは,現行品が売れると予想しているようだ。たしかに合理的な予想ではあるが,エース経済研究所では,人々の多くは合理的には行動していないと考えている。

 特に,有機ELモデルは狭額縁である。シャープのAQUOSを見ても現行品は狭額縁しかない。これは人間がディスプレイを見るときに,額縁に違和感を受けることもあり,どんどん額縁が狭くなっていった結果である。新型SwitchもアモルファスTFT液晶から狭額縁OLEDになったことで,ユーザーが実物を見たときの印象は良いものになるだろう。

 これはデータ面からも明らかだと考えている。下図は何度も取り上げているが,発売から250週までのゲーム機の販売数推移をプロットしたものだ。
 明確にトレンドが変わったケースは3回しかない。そしてPSP-2000以外は性能が向上していない。PSP-2000にしても当時のSCE(現SIE)の広報は,販売が良くなった理由を薄型改良化したことと語っていたので,視覚情報によるものと見みなしていたようである。

発売から250週のゲーム機の実売推移
出典:ファミ通

 そのうえで新型Switchは,価格を15%以上引き上げた形になっているので,成功すれば,任天堂に利点が3つがある。

(1)グローバルで見たときのインフレへの対応
(2)世界的な半導体不足に見られるような部品調達の競争力強化
(3)ハードが低採算というゲーム機ビジネスモデルからの脱却


 とくに喫緊の課題は,インフレだろう。日本にいると物価は横ばいもしくは下落なのでなかなか実感できないが,米国の消費者物価指数の推移を見ると,5月が前年比+5%,6月が+5.4%となるなどインフレ傾向にある。前年がロックダウンの影響で,物価が落ち着いていたこと,物流の問題で中古車価格が上がっているなどが一時的な要因とされているため,高い水準が維持されるとは見られていない。だが,それでもここ20年ほど米国のインフレ率は2%弱といったところなので,長期的に販売価格は上がっていくだろう。
 そのことを考えると,いつまでもゲーム機の価格を日本のデフレ価格にしておくわけにはいかないのである。

米国の消費者物価指数の推移
 出典:米労働省労働統計局

 次に,今年に入ってメディアでは半導体の不足が叫ばれている。Switchは年間3000万台近い販売台数になっているので増産しようとしても,スマートフォンメーカーなどが,高い値段を提示して生産枠を取る可能性がある。買い負けと呼ばれる現象を回避するためにも,仕入れ価格の余地を作るために高い販売価格が必要だろう。任天堂もユーザーが手に入らない状況は良くないとコメントしているので,量産性を維持するためにも,重要であると考えている。

 そしてゲーム機は低採算というビジネスモデルからの脱却である。ゲーム機ビジネスは,ハードウェアは赤字,ソフトウェア販売で利益を出すというのが半ば常識であった。
 しかし,販売データを見ると,ゲーム機販売は性能やゲームソフトの影響を受けていないのである。むしろハードウェアの見栄えや,遊び方による影響のほうが大きいようである。ゲーム機がソフトのために買われていないのであれば,ハードウェアで十分な収益を得られるはずである。

 実際,Appleや白物家電メーカーはハードウェアの販売で,利益を得ている。そして,あらゆる機器がデジタル対応された結果,ゲーム機はいろいろな製品と半導体・電子部品で競合するようになっており,ハードは低採算というモデルはもはや維持できないであろう。そういうことも考えると,ぜひ低採算から脱却してほしいとエース経済研究所では考えている。

 しかし,Switchの有機ELモデルに対反響の大きさを見るに,一般層を含めて,任天堂の行動に多くの人々の関心が集まっている。これだけ関心が高いということは,任天堂にはゲーム機の新しいビジネスモデルを生み出してほしいものであり,変革ができると考えている。