連載「五十嵐孝司の思考」第3回:リーダーが意識すべきこと


 「Bloodstained」シリーズや「悪魔城ドラキュラ」シリーズなどを代表作とする,ゲームクリエイターの五十嵐孝司氏。五十嵐氏は1990年に社会に出て以来,長らくゲーム開発に携わっており,ゲームファンの間では広く名を知られている。今からゲームクリエイターを目指す人,すでにゲーム業界に入っていて試行錯誤を繰り返している人の中には,五十嵐氏のような存在になることを目標としている人も多いことだろう。

 そんな五十嵐氏が今までに何をやってきたか,そして今は何をやっているのかを深掘りすることで,ゲーム業界を目指す人や現役開発者の今後に役立つヒントを見出せるのではないか,というのが本連載の趣旨である。第3回となる今回は,五十嵐氏に「組織のリーダーを務めるにあたり,意識すべきこと」というテーマで話を聞いた。

トラブルに対応するため,リーダーは暇でなければいけない


GamesIndustry.biz:
 本日はよろしくお願いします。今回は「組織のリーダーを務めるにあたり意識すべきこと」というテーマで,チームのリーダーを目指している人や,実際にリーダーになったけれどもまだ経験が少ないのでほかの事例を知りたいという人に向けたお話をお聞かせ願えればと思います。

五十嵐孝司氏(以下,五十嵐氏):
 分かりました。僕があまり得意ではない分野ですけれども(笑)。

GamesIndustry.biz:
 五十嵐さんが初めてリーダーになったとき,そのチームの規模はどのくらいだったのでしょうか。

五十嵐氏:
 僕はもともとプログラマーで,配属されたチームには当初プログラマーが2人いました。1人はプレイヤー側のシステムのプログラム担当兼ディレクターで,僕は敵のシステムなど残りのプログラムを担当していたんです。その体制で1タイトル作ったんですが,2タイトルめを作るときに敵やステージを作るプログラマーが足りないということで,僕の下に新たに1人付くことになりました。それが入社2〜3年めのことです。一緒にプログラミングしていたので,部下とまではいかないですけれども。

GamesIndustry.biz:
 先輩後輩という関係が近いですかね。

五十嵐氏:
 そんな感じです。4つめのプロジェクトでは,やはり僕は敵のプログラムを担当したんですが,部下が優秀だったので僕はシナリオなど別の作業に取り組んでいることが多かったですね。いちおう僕がディレクターだったんですが,エキスパートがそろっているので皆同列なんです。そんな感じで,当時はリーダーや部下についてわりとフワッとした意識でいました。

GamesIndustry.biz:
 自分がリーダーであることを意識したのは,いつ頃でしょう。

リーダーがもっとも能力を問われるのは,トラブルを解決するときです

五十嵐氏:
 僕にとっては黒歴史になるプロジェクトなんですが,そこでディレクターのようなリーダーがやってはいけないことを学びました。当時は,それまでの自負から「自分がある程度頑張れば,プロジェクトはどうにかなる」と思っていたんです。それでディレクションもメインプログラムも自分でやることにしたんですよ。

 しかしリーダーがもっとも能力を問われるのは,トラブルを解決するときです。どんな仕事でもトラブルは付きものでしょうが,とくにゲーム開発では完成形を目指す過程で必ず「あっ! こんな落とし穴が!」というような思ってもいない事態が発生するんです。

 僕はリーダーとしてそのトラブルを解決しなければならないんですが,メインプログラムを担当しているので手を止めるわけにはいかない。そうすると,ほかの作業もすべて止まってしまいますから。そうなるとトラブルを解決できないから,その部分の作業がとまるという,すごく大変な状況に陥りました。

GamesIndustry.biz:
 恐ろしい話ですね。 

五十嵐氏:
 最近,講演で良く言うのですが,「リーダーは暇でなければいけない」んです。チームの規模感によりますが,リーダーがやって良いのは「誰でもできること」です。例えば末端のスタッフがやるようなデータ入力なら,何かあったときにすぐほかの人に振れますよね。僕のようにシステムにガッツリ取り組んでしまうと,トラブルが発生したときに動けなくてにっちもさっちもいかなくなる。そのときに,すごくいろいろ学びました。


「意味のある反対意見」を示す人材をそばに置く


GamesIndustry.biz:
 前職では,チームはどういう形式で編成していたのですか。リーダーが選出できたのでしょうか。

五十嵐氏:
 最初の頃は「この時期に,こういう人材がほしい」という人員計画表を会社に提出していました。具体的に「この人がいい」という話を直属の上司にするケースもありましたが,基本的にはその上の部長クラスの上司が編成を決めていましたね。僕はわがままなので,いろいろ口を挟みましたけれど(笑)。そののち,より専門的に人材を管理するマネージャーシステムができました。

GamesIndustry.biz:
 ある程度以上の規模の会社になると,現場が人事に関わるのは難しくなりますよね。

五十嵐氏:
 とくに僕は現場寄りだったこともあって,プロデューサーを務めたプロジェクトでもあまり人事権はありませんでしたね。ディレクターを決めたり,メインアーティストなど外部の人材を選出したりすることは良くやっていましたけれど。

GamesIndustry.biz:
 開発者としての能力とは別に,「こういう性格の人がほしい」という希望はあるのでしょうか。

「意味のある反対意見」を示してくれる人が近くにいたほうが良いと思っているんです

五十嵐氏:
 僕の近くに置く人材は,なるべくイエスマンじゃない人を選んでいました。メディアに露出する機会が多いせいか,僕を自信家だと思っている人もいるかもしれませんが,意外と自信がないんです。それで,否定するだけではなく「意味のある反対意見」を示してくれる人が近くにいたほうが良いと思っているんですね。その人達と議論を交わしたうえで出てくるものが,最終アウトプットになるべきかなと考えています。
 「こういうことをやりたい,表現したい」という,僕自身のある程度のエゴは必要だと思うんですよ。でも意見が集まらない環境は,怖くて仕方がない。僕が言ったことがそのまま通ったとして,出来上がったものが世間からそっぽを向かれたらすごく悲しくなります。それを避けるために,できるだけ意見がほしい。そこで主張が激しい人を選んでいました。

GamesIndustry.biz:
 ただ,議論の場でリーダーが発言すると,それで決定みたいな雰囲気になることもありますよね。

五十嵐氏:
 それはそれで構わないと思います。ただリーダーである僕の発言に対して,「その考え方は違うと思う」と1回異を唱える人がほしいんですよ。そこで僕が「こう思うから,こうしたい」と改めて見解を示して議論したうえで,僕の意見が採用されるほうが良いかなと考えています。

GamesIndustry.biz:
 そうやって異を唱えてくれる人は,どうやって見つけ出すのでしょうか。

五十嵐氏:
 やっぱり一緒に仕事をしてみないと分からないですよね。「こいつはきちんと意見を言うから,また次も一緒にやりたい」という感じですね。そういった過程を経て,ディレクターは誰が良いか問われたら,「絶対この人」みたいな指名をしていました。仮にその人がマネジメントを苦手としていたら,別にマネジメントができる人をトップにおいて,その人を下に付けるといったような組織作りも考えていましたね。ともあれ,僕自身は自己主張の強い人材を選んでいました。

GamesIndustry.biz:
 イエスマンを置きたくなることはまったくないのですか。

不安なときに,いつも反対している人が同意してくれたら心強くなるんです

五十嵐氏:
 僕の言うことすべてに「ハイ」と言われると,全部僕の責任になってしまいます。反対意見がほしいというのは,前回話した自責と他責の話とは別に,心情的な部分で僕が全責任を負いたくないという話なんですよ(笑)。自信がないので,自分のやっていることが正しいかどうか不安になるんですよね。その不安なときに,いつも反対している人が同意してくれたら心強くなるんですよ。
 また意味のある反対意見を提示する人には必ず理由と代案がありますから,「確かにそのほうが良い」と僕が納得すればそれはそれで良いですし。
 結局,最終的に全責任を負うのは自分なので,いろいろなチョイスの中から納得した結論を出したいですよね。

GamesIndustry.biz:
 五十嵐さんが直接仕事を見ることができる人員は何人くらいですか。

五十嵐氏:
 4〜5人くらいでしょうね。

GamesIndustry.biz:
 そうなると,やはり4〜5人のチームをいくつか作って,それぞれにリーダーを置いて,そのリーダーの仕事を見るリーダーがいて……というレイヤーを作って,最終的に五十嵐さんが見るという形になりますよね。

五十嵐氏:
 そうですね。チームの規模にもよりますが末端のチームは,例えば自動車を生産するときに,下請けでネジを作っている会社があって,その責任者がネジを納品するようなイメージですね。そうやって小さなチームをたくさん作らないと,大きな組織は回しにくいだろうと捉えています。

GamesIndustry.biz:
 自分の直下ではない,言わば孫にあたる人に直接何かを言ってしまうと,間にいるリーダーの立場がなくなってしまいますよね。そこはグッと我慢しているのでしょうか。

五十嵐氏:
 我慢はしません。本人と,そのリーダーと一緒に3人で話をします。ただ,そういった飛ばしについては気を遣っていましたね。現場を歩き回っているときに気になることがあると,その作業をしている人につい話しかけてしまうんですよ。そのときに「リーダーの方針です」という返事があったら,「じゃあ,ちょっとリーダーを交えて話をしましょう」ということは多少ありました。

GamesIndustry.biz:
 大きな組織だと,リーダーによって話が違うこともあります。

五十嵐氏:
 ありますね。それは情報共有の問題で,永遠の課題です。常々指摘されることですし,そのためのツールもたくさんありますが,なかなか解決できません。

GamesIndustry.biz:
 20年前に比べたら,昨今はかなり情報共有がやりやすくなった感もありますが。

五十嵐氏:
 やりやすくなった一方で,実は規約が増えているんでよ。昔は社内の規約と言えば「これに触ったら絶対ダメ」というエリアがあった程度でしたが,例えばプログラムが高度化してくると,「この関数はこう使わないと処理が遅くなるから……」みたいに規約が多くなるんですよ。それを全部把握するのも大変ですよね。ある意味,昔のほうが情報共有が楽だったという側面もあります。そう考えると情報共有はやはり難しいですね。



人脈と運がなければ今のArtPlayはなかった


GamesIndustry.biz:
 会社員だったときと,会社のリーダーを務めている今とで,考え方が変わったところはありますか。

五十嵐氏:
 以前在籍していたのは大手の会社だったので,予算は当然決まっていますが,そんなにシビアな話ではなかったんです。ところがArtPlayは小さな会社なので,元手がないんですよ。その少ない元手の中でどうするかというのが,とてもシビアですね。その意味では考え方が大きく変ったと捉えています。
 その一方で,僕はArtPlayの代表取締役ですけれども,社長ではないんです。会社の経営は社長に任せて僕自身はゲームを作ることに専念しているので,クリエイターとしての考え方はあまり変わっていないとも言えます。そこが独立して会社を立ち上げたほかの人達と違う点かも知れませんね。

GamesIndustry.biz:
 そもそもArtPlayの初期メンバーはどうやって集めたのでしょうか。

五十嵐氏:
 過去に一緒に仕事をしたことがあって,僕がまた一緒にやりたいと思った人に声をかけました。あとは人伝てが多いですね。例えばコミュニケーションマネージャーは,僕の部下だった女性から紹介されたんです。最初は絵の仕事で紹介されたんですが,そのときは間に合っていたので,彼女に「今はバイリンガルスタッフを探している」とメールで返答したんですよ。普通ならそこで終わりですが,なんとその紹介された人はニュージャージー在住のイラストレーターで,通訳もやっている日本人だという返事が来たんです。前回も運の話をしましたが,ArtPlayには意外とそんな感じで人が集まっているんですよ。

GamesIndustry.biz:
 五十嵐さんの知人や,知人の知人が多いわけですね。

五十嵐氏:
 そうですね。もともと僕は前職を辞めたときに自分で会社を設立するつもりだったんですが,会社の名前でちょっとありまして。僕にはエージェントがいるんですけれども,彼らから五十嵐の「嵐」を取って社名に「ストーム」と入れると格好いいと提案されたんですよ。それで「BitStorm」はどうかと言ったら,「ドイツにあるからダメ」と。
 そんなやり取りをするうちに会社を作るのが面倒になっていったんですけれど,そのときに前職で一緒に仕事をした外部の人から「独立して会社を作るんで一緒にやりませんか」というオファーが来たんです。それで「コンシューマゲームを作って良いならやる」と,その話に乗っかったわけです。

GamesIndustry.biz:
 会社の設立からして,知人頼みだったと。もし社名が通っていたら,その後の人生が変わったかもしれませんね。

五十嵐氏:
 僕自身の会社があったかもしれません。でも正直,なくて良かったと思います。そんな波瀾万丈な経緯でArtPlayを設立しましたが,そもそも僕自身が意外といいかげんにやっていても人生どうにかなってきた人間ですから。

GamesIndustry.biz:
 なかなか後進へのアドバイスにするには難しい話ですよね。「何とかなるよ」ではちょっと(笑)。

五十嵐氏:
 そうなんですよ(笑)。でもその意味では,“人”なんだろうなとは思います。人脈が大事なんだろうと。

GamesIndustry.biz:
 例え五十嵐さんが声をかけたとしても,相手が五十嵐さんのことを良く思っていなくて断る可能性もありますからね。

五十嵐氏:
 人脈も大事だし,繰り返しですが運も良いんだと思いますね。

GamesIndustry.biz:
 ArtPlayを設立するにあたって,不安などはありましたか。

五十嵐氏:
 前職を辞めたときに,会社を作るかどうかはともかくとして,うまくプロジェクトを進めることができるだろうとは考えていました。

GamesIndustry.biz:
 それは前職での経験からでしょうか。

五十嵐氏:
 むしろクラウドファンディングの存在が大きかったですね。当時のアメリカではゲームがすごく安かったんです。新作でも,かなり値段が安くないと小売店に置いてもらえない。
 一方コアなファンは,大げさに言うと自分が好きなものにはいくらでもお金を出します。僕の作るゲームはマスに向けたものと言うより,わりとピンポイントでコアなファンを狙ったものなので,ある程度なら値段が高めになっても大丈夫だろうと考えていました。

GamesIndustry.biz:
 仮にクラウドファンディングがなかったとしたら,独立したでしょうか。

五十嵐氏:
 してないでしょうね。道がないですから,辞める理由がないんです。ほかの会社から声がかかっていたら……という可能性もありましたが,残念ながら僕にはなかなか声がかからない。一度,「何でだろう?」と知人に聞いたことがあるんですけれども,「移籍しないでしょ」という返事があって。そんなこと言ったことないのに(笑)。
 もっとも,僕の人脈が広がったのは前の会社を辞めたあとなんですよ。以前は友達を作るのが苦手だったし,パーティーに招待されても端っこで飲んでるタイプなんで。

GamesIndustry.biz:
 それでも,ArtPlayの初期スタッフは五十嵐さんの知人が多いわけですよね。

五十嵐氏:
 来てくれた人達は,チャレンジャーですよね。よく来てくれたな,ありがたいなと思います。

GamesIndustry.biz:
 声をかけた基準のようなものはあったのでしょうか。

五十嵐氏:
 「この人がいれば,まず大丈夫」という人には,最初に声をかけました。あとは一緒に働いた中で記憶に残っている人,「あの人,すごかったな」という人ですね。その中でも,基本的には僕が前にいた会社を辞めている人に声をかけていました。


アウトプットの質と量で部下を評価する


GamesIndustry.biz:
 リーダーは部下を評価しますよね。前職では,どんな基準で評価していたのでしょうか。

アウトプットの質と物量は確実に見ます

五十嵐氏:
 そのときの局面で変わってくるとは思いますけれども,アウトプットの質と物量は確実に見ます。まず制作面での質と物量,そこに勤怠などの人事面を加えて評価するイメージです。

GamesIndustry.biz:
 その評価基準は,ArtPlayでも同じでしょうか。

五十嵐氏:
 小さな会社ですから,評価=報酬だと思うんですよ。相手が希望する報酬が能力に対してどうなんだという話があり,またArtPlayに来てもらうために相手の希望する報酬を払えるかという側面もあります。それらを踏まえたうえで,アウトプットを見て評価するというイメージです。
 まだ新卒を採用して社内で育てていくという体制が取れないので,今はそこまで評価について細かく考えていないですね。「このくらい給料をあげれば良いかな」みたいな感じで(笑)。

GamesIndustry.biz:
 最終的には,経営を担当する社長が報酬額を決めると。

五十嵐氏:
 そうです。いちおう僕が代表なので確認はしますが,「いいんじゃないですか」と。

GamesIndustry.biz:
 今後,会社を大きくするのであれば,しっかり評価基準を定めていくわけですよね。

五十嵐氏:
 会社が大きくなったら,給与の原資に対してどう評価していくかという話になっていきます。その評価基準は,専門の担当者を立てて作ることになるでしょう。

GamesIndustry.biz:
 五十嵐さんは,「自分はこういう評価をする」と社内に公表しているのでしょうか。

五十嵐氏:
 面談などで聞かれたときには,「アウトプットを見る」と話しています。とにかく質と量だと。

GamesIndustry.biz:
 外部からベテランを招聘して,リーダーに据えることもありますよね。その場合の評価はどうしているのでしょう。

五十嵐氏:
 報酬面では,まず相手がどのくらいほしいのか,それはArtPlayが納得できる額なのかという話にしかならないですね。そこから社内の同じクラスの人達に合わせていくイメージです。
 必要な人材はお金を出してもほしいですから,相手の希望する金額を我々が払えるかどうか。ただ,「これだけ出すんだから,ここまでやってほしい」という気持ちはあります。

GamesIndustry.biz:
 そうなると,「あとから入ってきたのに,あいつのほうが給料が良い」みたいな話も出てくるかと思うのですが。

五十嵐氏:
 もちろん,あります。その場合は「これだけ出すのは,こういうことができるから」という説明をします。
 ともあれ,大手と比較してしまうと額面ではArtPlayは敵わないかもしれませんが,相手が思うような仕事ができるかというところと,僕らが支払える対価の折り合いがうまく付けば良いかなという感じにはなっています。


チームマネジメントに欠かせないのは「進捗報告」「反対意見」「権限と責任」


GamesIndustry.biz:
 初めてディレクターを務めるという人に,チームマネジメントのアドバイスをするとしたらどんなことを言いますか。

五十嵐氏:
 まずクリエイティブとマネジメントのせめぎ合いが出て来ますから,その2つのバランスを取ることが重要です。クリエイティブだけの人はあまり考えないんですが,「このクリエイティブを実現するために,これだけの人員(=お金)がいる」となったときにクリエイティブとマネジメントそれぞれの面で取捨選択が絶対必要になります。
 次に進捗報告ですね。チームマネジメントに関しては,進捗報告がすべてと言っていいです。進捗報告は,上司に責任をなすりつけるためのものなんです。

GamesIndustry.biz:
 ぜひ詳しく教えてください。

五十嵐氏:
 プロジェクトの末端で作業しているデザイナーやプログラマーは,自分の作るものに自信を持っています。つまりプライドが高いので,自分から「できない」「作業が遅れている」とは報告したくないんですよ。
 でもプロジェクトが遅れたり失敗したりした責任は,自分ができないことを報告しなかった人にあります。これは,前回話した権限以前の問題です。

GamesIndustry.biz:
 権限と責任の話以前に,報告義務があると。

「何とかしろよ」とだけ言うのは,上司の責任を果たしていません

五十嵐氏:
 作業が遅れているのは,質か量のどちらかに問題があるからです。そうなると,評価が下がります。
 そうやって評価が下がること自体は,今でもあとでも同じです。しかし最後にまとめて作業が遅れていることが判明したケースと,こまめに遅れていることを報告していたケースでは,前者の方が大きく評価が下がります。
 また進捗報告は,ただ自分の作業の進捗を報告するものだけではないんですよ。遅れていることをアピールしたのに,上司が何もしてくれなかったとしたら,その上司の責任になるんです。遅れていることに対して,人員を増やすなど手段を講じるのが上司の仕事ですからね。「何とかしろよ」とだけ言うのは,上司の責任を果たしていませんからね。

GamesIndustry.biz:
 確かにそうですね。

五十嵐氏:
 これがどんどん上のレイヤーに行くので,最終的にはディレクターの責任になります。そもそもディレクターはゲームのクオリティに責任を持つ立場ですから,それで上等じゃないですか。
 僕としては,ぜひディレクターに「報告義務を果たすことによって,責任を自分になすりつけてほしい」とチームに宣言してほしいんです。もっとも,言ったからといって進捗報告が即座に滞りなく行われるかというと難しいんですが,考え方をシフトしてほしいんですよね。ディレクターがそう考えることにより,チーム全体も変わってくると思います。

GamesIndustry.biz:
 なるほど。

まっすぐ進んでいるつもりでも,実は曲がっていることが往々にしてある

五十嵐氏:
 加えて,反対意見も重要です。リーダーとは旗を振ってチームを先導する役割を指しますが,反対意見が出ないと間違った方向に進んでしまう恐れがあります。気づいたときには,最初に考えていたものと違うものができてしまうこともあります。
 リーダーが正しい方向に進んでいるかどうかは,客観的にしか判断できません。リーダーの主観では分からないんですね。まっすぐ進んでいるつもりでも,実は曲がっていることが往々にしてある。それに対して,周囲の人達が「リーダー,曲がってるから」と指摘することにより正しい方向に修正される,あるいは曲がっていることを理解したうえで「こっちのほうが良いから目標を変えよう」と認識を変えられるわけです。

 したがって,最初のほうで話したように皆が意見をきちんと主張できる土台を作ることが重要です。かつて僕自身は,ミーティングで「こういう風にするべきだと思うんだけど,最初と言ってることが変わってないか?」と何度も聞くようにしていました。それで「変わっている」と返ってきたら,どこが変わっているのか議論で洗い出していました。
 あとは前回話した権限と責任ですね。リーダーとチームの関係性にとって極めて重要になるので,初めてディレクターになる人は覚悟したほうが良いです。

GamesIndustry.biz:
 ぜひ前回の記事も読んでほしいところです。

ディレクターは早く帰るくらいでちょうど良い

五十嵐氏:
 もう1つ僕が良く講演で話すのは,「ディレクターは早く帰るくらいでちょうど良い」です。遅くまで残るのであれば,誰にでもできる仕事をしたほうがいい。ディレクションとトラブル回避/解決は,ディレクターにしかできないですから。事前にトラブル対策をし,それでも何か起きたときに適切な対応を取らなければなりません。そのために常に余力を残しておくことも,ディレクターには必要です。

GamesIndustry.biz:
 ただ,日本人の意識としては難しいかも知れません。

五十嵐氏:
 そうですね。「本当はここで終わりだけど,もっと良くしたい」と考える人もいるかと思います。もちろんそういった情熱も大切ですが,どんな職場でもリーダーに仕事が集中しがちです。僕自身,完全にできているとは言えませんが,余力を残すという考え方は重要だと思います。

GamesIndustry.biz:
 現場から上がってきたリーダーだと,どうしても「自分がやったほうが速く,上手にできる」と考えがちですよね。

五十嵐氏:
 結局のところ,実力があるからリーダーに選ばれるんですよね。でも頭の片隅ででも余力を残すことを考えていないと,プロジェクトが炎上したときに本当に何もできないですから。ぜひディレクターになる人には覚えておいてほしいです。

GamesIndustry.biz:
 多くの人にとって,非常にためになる話だったと思います。本日は長い時間ありがとうございました。

株式会社ArtPlay公式サイト


※次回の掲載は2021年6月3日頃を予定しています