[CEDEC 2020]楽曲の品質を落とさずにコストを下げる。ノイジークロークが語るノウハウとは

 「CEDEC 2020」の2日目となった2020年9月3日に,ノイジークロークの作曲家兼代表取締役CEOの坂本英城氏と,同社のレコーディング・ミキシングエンジニアの込山拓哉氏による講演「限られた予算で最大の成果を出す!オーケストラレコーディングの手法」が行われた。これは,オーケストラレコーディングの予算管理を含めたマネージメントに関わる内容だ。最近はゲームタイトルでも生演奏を録音する機会が増えており,まさに「旬」のトピックといえるだろう。

ノイジークローク 作曲家兼代表取締役CEO 坂本英城氏
 坂本氏は,作曲家として活動していくなかでレコーディング案件が比較的多く,これまで1000曲以上に関わってきたという。同時に会社経営を行っており,経理なども担当し,制作と予算管理という二足のわらじでもう二十年以上やってきている。良い音楽を作るのはもちろん大切なのだが,仕事として音楽を作る以上,予算管理も同じくらい大切だと考えているそうだ。

 坂本氏は,どのように予算を管理するかが,よい音楽になるかどうかに直結すると肌で感じており,そこまで考えて音楽を作ることがこれからの音楽家にも求められていくだろうと述べていた。

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 今回のセッションの目的は「楽曲の品質を落とさずオーケストラ収録にかかるコストを下げる」だが,坂本氏が言う「コスト」とは,「収録時間」だと定義した。「時間を効率的に使ってより質の高いオーケストラの収録を実現する」というところに主眼に置きたいそうだ。

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 続いて,オーケストラのレコーディング方法について説明が行われた。収録方法はいくつかあるが,坂本氏は「ホールで収録する」「大規模スタジオで収録する」「中小規模スタジオで収録する」「演奏家の自宅で収録してもらう」という4つの手法があると考えている。

まずはホール収録
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ホールを上から見た図で,楽器や楽器セクション毎のマイクの配置などが記されている
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楽器名をつけて同じ図を表示したところ
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 「青色のマイクはオフマイクで,遠くから響きを録る目的で使用される。赤色はオンマイクで,楽器から近いところにあるので,その楽器の直接音が録れる」(込山氏)。左に書いてある「弦10型」というのは第一バイオリンが10人で第二バイオリン,ビオラ,チェロ,コントラバスとだんだん人数が少なくなっていく。2管編成とは管楽器がそれぞれ2名ずつという意味だ。

 楽器の配置は一般的なホールで収録する際の配置に準じていて,客席で一番よく響くようになっている。弦楽器の人数が多いのは単体の弦楽器の音が小さいからで,他の楽器と同じ音量を得るためにセクションごとの人数が多くなっている。そして音の小さい楽器ほど客席(スライドより下)に近いところに配置されている。大きな音の出る金管楽器や打楽器は後ろだ。

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 この方法を用いて「せーの」で一発録りすると,オンマイクに他の楽器の音も入る(Bleed。こぼれ音ともいう)ので,オフマイクで響きを収録したものをメインで使うことになる。また,こぼれ音のせいで3小節目だけ録り直すなども難しいので,パンチイン(楽曲中特定の箇所だけ録音し直す)することも現実的ではない。そのため,Aパート,Bパートのように大きな塊で録り直すそうだ。この方法にはいい点もたくさんあるが,誰かが間違えたりすると全員でやり直ししなければいけないなど,大きな問題もある録音手法だ。

 とはいえ,指揮者がいて一発録りするというのは,本来のオーケストラの演奏形態であり,テンポの伸び縮みやホールの響きも含めて非常に音楽的な録音結果が得られる。一方で,本セッションの主題である「予算管理」の点で見ると,スライドにあるようなデメリットもある。坂本氏は,ホール収録は一発録りのために時間を短縮して録れるのだが,ホール費用や収録後の編集がし辛いなど不便な点も多いと結論づけている。


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 続いて大規模スタジオを使った収録方法について説明が行われた。写真では一般には馴染みのない壁が立っているが,これは楽器セクションごとのパーティションで,他の楽器から(ある程度)音を分離させるために使用される。

ホールのときと同様,スタジオを上から見た図。楽器の編成はホールの時と同じだ
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 楽器の配置はホールでの収録とそれほど変わらないが,赤い線がパーティションで,これを配置することでできるだけこぼれ音が入りこまないようにしているという。それでも音はこぼれるのだが,「ないよりはマシ」(込山氏)だそうだ。ホールでパーティションを立てないのは,客席のほうに響かなくなり,メインで使用するオフマイクにホールのよい響きが届かないからだ。

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 大規模スタジオでの収録のメリットとデメリットはスライドの通りで,特に70〜80人の演奏家が音を奏でているなかで正しく演奏されているかどうかを確認すると,ディレクターが疲弊してしまい,問題だと坂本氏は指摘する。

 一曲ならいいが,一日中やっているとこの人数分の音を聴き続けるのは脳への負荷が非常に高い。また,この手法も一発録りであり,誰かが間違えるとやり直しになるので,現場がぴりぴりしがちになることにも触れていた。収録後の編集はホールのときよりはマシだが,やはり制限はあるとのことだ。

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続いて説明されたのは,中小規模スタジオでの収録について。写真は弦楽器セクションの収録模様だ。坂本氏が好む方法は,小さめのブースで弦楽器,木管楽器,金管楽器,打楽器,ピアノ,ハープ,合唱など楽器のセクションごとに時間をずらして収録する方法だ。録音後,別々に収録された各楽器セクションをProToolsでミックスして仕上げる。

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 これまでと違って4型となっており編成が少ないが,坂本氏はこの編成で録ることが多いそうだ。収録にあたっては工夫がされており,演奏家はまず青色の場所に座って演奏する。

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 録り終えたら演奏者はオレンジ色の席に移動して2テイク目を録音する。わざわざ演奏者の配置をずらす理由は,オフマイクの距離感を出すためだ。

 4-3-2-2-1の弦楽器セクションをこのように収録することで,2つのテイクをProTools上で合成すると,あたかも8-6-4-4-2で弾いているような音響効果が得られるという。ここで実際に合成した楽曲が披露されたが,確かに音の厚みが増していた。

 この方式のいいところはいくつもあって,3テイク目を録って12-9-6-6-3にすることもできるし,4-3-2-2-1に戻すこともできる。また,テイクごとに音量や音質を調整できる。大編成だと技量の足りない人が参加する可能性も高くなるが,この小編成だと精鋭の演奏者だけを選べるうえ,一度演奏した曲を同じ演奏者がもう一度演奏するので,精度が高くなる。ダビング(座る位置を変えた2回目の演奏)でミスが出ることはほとんどないので,仕上がるのも早いそうだ。

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 セクションごとの収録なので,ディレクターが集中できるのも大きいメリットといえる。収録時間が長くなる(パートごと収録するので一発録り×セクション分の録音が必要)のはデメリットだが,「演奏者の費用は一度に集めてもセクションごとに集めても変わらず,スタジオの費用も抑えられるので,かなりお勧め」(坂本氏)だそうだ。

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 次に宅録(自宅録音)の手法が紹介された。この方法は現在坂本氏が会社で研究していて,「日本屈指の演奏家の皆さんに自宅で録音していただいている」(坂本氏)そうだ。音質を揃えるために機材を会社から貸し出して,込山氏がマイクの立て方や部屋の吸音や防音の調整など収録環境を整えたうえで録音を行っているそうだ。「これが意外といい」そうで,実際にこの方法で録音されたラベルのボレロが披露された。宅録クオリティとは思えない品質だ。

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 宅録のメリットはスライドの通り。スタジオ代がかからないのはもちろん大きい。また,同じ日,同じ時間に集まってとなると予定が合わず優秀な演奏者ばかりを選ぶことはできないことも多いが,この方法だと演奏者の都合のいい時間に録音してもらえる。また,海外の演奏者に依頼することもできるし,海外からのオファーも受けられる。「挙げられている課題を克服していくことで,スタジオ録音と遜色ない録音手法になっていくのではないか」(坂本氏)とのことだ。

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 「宅録には未来があるが,ここまでやってきて,ゲームの音楽制作には現在のところ中小規模スタジオの収録が一番よい」と坂本氏は思うそうだ。


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 次に編曲について説明された。作曲者と編曲者とディレクターは同一人物であるのが理想だそうで,これが別だとパートごとに確認が入ったりして,そこで時間がかかってしまう。したがって,坂本氏はずっとこのやり方を続けている。

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 上の譜面は一見簡単そうに見えるが,演奏者からすると実はこの階段状の演奏は大変な部類に入るという。意図があるのであればもちろんこのままで構わないのだが,これが背後でうっすらコード感を演出するために使われている程度であれば,敢えて演奏が大変なインにする必要はない。代わりに,演奏者が常日頃行っていて慣れ親しんでいる上行下行スケールに変更することで,演奏者は演奏がしやすくなり,このパートはすぐ収録が完了する。つまり本セッションの主題である「時短」につながるわけだ。

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 次の譜面ではrit.(リタルダンド)の例が示された。これは「徐々に遅く」という奏法指示(アーティキュレーション)だ。木管楽器が一斉に同じメロディを最初の小節で徐々に遅くしていく,という指示で,演奏者は当日だんだん遅くなるクリックを聴きながら演奏するのだが,「まあ揃わない」(坂本氏)。一発で揃うことはまずなく,何回かやり直してようやくOKになることが多い。

 編曲者が考えなければいけないのは,「ここに本当にリタルダンドは必要なのか?」ということだ。また,「リタルダンドするにしてもこんなに人数がいるのか?」という点も考えるべきだと坂本氏は述べた。
 音楽的な意図があるなら別だが,特にこだわる箇所でもないのであれば,こういうところを本当に必要か不要か少し考えるだけで録音の時間に余裕ができ,他のことに時間を割けるようになる。

楽器の音域についても言及された
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 坂本氏の楽曲の譜面も提示された。かなり複雑かつ超高域まで駆け上がる譜面だ。こちらは先程までの話と異なり,氏が「どうしてもこう演奏して欲しい」ということでこの譜面になったのだが,「そういう意図がない限りはやめた方がいい」とのこと。楽器の演奏における難しい三要素は「音が高い,強い,速い」で,これが揃うと演奏者の負担が増す。

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 「音が低い」も同様で,トロンボーンであまり低い音程を演奏しようとすると,管が外れてしまうビデオが披露された。このような音域の演奏ばかりだと収録が一向に進まないので,その楽器のベストの音域を把握していくということが必要だそうだ。


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 さらに楽譜の制作についても言及があった。これはいわゆる「演奏家に渡す譜面」のことだ。意外に思うかも知れないが,おおよそのレイアウトまでは作曲者「以外」(浄書家)が行うのがよいという。

 作曲家は音楽的,文学的なことを考えるのに時間と神経を使うべきとの考えから,氏はずっと最初のラフに楽譜を作る作業を浄書家に依頼しているそうだ。

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 具体例として,DAW「Cubase」のトラック画面が示された。右側に弦楽器セクションが拡大表示されているが,普通のサスティーン,スタッカート,トレモロ,ピッチカート奏法と奏法指示(アーティキュレーション)ごとにトラックが分かれている。キースイッチで奏法の切り替えできる音源もあるが,その方法だと浄書家が受け取ったときにどういう奏法だかすぐ分からない。さらに,キースイッチの音符自体が浄書家の環境でノイズになってしまい,最悪それも音符として譜面に乗ってしまうこともあるので,作曲家の意図を伝えるため,トラックを分けているそうだ。「大事なのはクオンタイズ(音のタイミングを揃える)されていることと音の長さが正確であること」(坂本氏)で,そこができていれば浄書家が楽譜を完成させられ,その間に別の曲を制作する,ということもできる。


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 浄書家から譜面が上がってきたあと,作曲家が演奏家に意図を最速で伝える方法も述べられた。時短を考慮すると,収録の当日になるべく演奏家とのやりとりを減らさなければならないので,譜面に必要な情報を書き込む作業が求められる。

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 例えばうえの譜面だと音の長さ,アクセントの有無など演奏者から質問攻めにあうので,楽譜を渡しただけで作曲者の意図をできる限り速く伝えることを意識する必要があるそうだ。

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 次の譜面例では,クレッシェンド(だんだん大きく演奏する)やデクレッシェンド(だんだん小さく演奏する)の行き先(どのくらいまで大きく/小さく演奏するのか)がない。中段の譜面のようにこれを指示しておかないと,質問がきたり,思っていた感じの演奏ではなくなってしまったりといったことが起こる。「なのでここの書き込みには作曲家が時間を割く必要がある」(坂本氏)。これによりスタジオでのやりとりが減らせるわけだ。奏法指示だけではなく,文章の指示も有効ではないかと氏は言う。ちなみに下段の文章指示はジョークを交えた例えだ。

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 さらに録音についても解説された。まずは演奏家の技量について。坂本氏はスライドの2項目が非常に重要だと考えており,「初見でざっと演奏,2回目でOK,こういうスピード感で録っていけるくらいの能力の演奏家で固めるのが非常に大切」(坂本氏)。


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 次にアシスタントエンジニアについて説明された。坂本氏は「必ずアシスタントエンジニアは指名した方がいい」と語る。実際氏のアシスタントエンジニアとしていつも指名されていた込山氏は,楽譜から演奏の難度を把握し,この楽曲はすぐ収録が終わりそうか,時間がかかりそうかなどを見極め,時間がかかりそうなら事前に録音前の仕込みを終えておいたり,すぐ録音できるよう待機したりして,演奏家や作曲家を待たせないようにするのが大事だと述べた。

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 トピックは「生演奏と打ち込み」に移る。今回のセッションは「いかに限られた予算で録音を行うか」がテーマなので,この話題も取り上げるそうだ。すべて生演奏で録音したほうがいいのだが,予算の都合上,どの楽器の録音を諦めて打ち込みにするかという判断をしなければならないことがあるので,そういうときのための話だという。


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 あくまで私見と前置きしたうえで,坂本氏はどの楽器の生演奏録音を重視しているかという,演奏家にはあまり見せたくない情報を提示してくれた。弦楽器のプライオリティが一番高い理由として,「だいぶ精度はあがったが,まだまだ生演奏には勝てない」からだそうだ。4つ星の楽器はリードをとることが多いので,この優先順位で,とくにゲームにおいてはリード(メロディ)をとることが多い楽器は優先的に生演奏にしていくと総合的なクオリティが上がっていく。
 合唱の場合,歌詞があったら録音するしかない。優先順位の低い楽器はゲームでは目立たないことが多かったり,打ち込みでも精度が高かったりするので,予算が限られている場合,氏はこのような優先度にしているとのことだ。

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 続いて「演奏家も「人」」というトピックが紹介された。モチベーションコントロールとは,「演奏家が楽しく,作曲家と一緒になっていい音楽を作ろうという空気感を作ることが重要で,それがひいてはいい演奏を短時間で完成させていくということにつながる」そうで,氏が考える「これはやってはいけない」ことも披露された。

 あまりに細かく演奏指定するよりは,どうしてもこだわりたいパート以外はお任せしたほうがいい結果を生むことが多い。それから絶対に終わらない物量の楽曲を用意されると,終わりが見えないため演奏家の気持ちが上がらない。難しいソロをそれ以外の楽器と同時に収録してソリストが失敗するとバックの楽器演奏者達は延々と同じことをやる羽目になり,空気が悪くなるので,ソロは後で別に録音するなどの配慮も必要だという。

 続いて「楽譜に音楽があるか」。「こうしたいんだ」という気持ちが作曲家たちにどれくらいあるか,ということで,これがあればあるほど演奏家は応えようとしてくれる。譜面通り引いてくれればいいよ,という態度だと演奏家も気持ちが乗らない。

 「ありがとう」という感謝の気持ちも大事だと坂本氏は述べる。もちろんいい演奏をしてくれたときだが,たまに「今の演奏で大丈夫です」という作曲家がいるが,120点を目指して演奏している演奏家にとっては100点ですらないけどいいのかな,と思われてしまう。思っていたよりいい演奏をしてくれた場合には感謝の気持ちを述べるべきだ。一方で違うと思ったらそれはそれできちんと伝えなければいけない。そこのメリハリは重要だと氏は述べる。

 演奏家の名前も載ったうえで音楽も世の中に広まっていくので,演奏家の提案もできるだけ尊重するべきだ。作曲家と演奏家双方にとっての作品,という意識が重要だと氏は述べる。

 こういうことを続けていると「音楽性をお互いに理解しあうようになってくる」。そういう関係を築けるようになると,収録も早くなり,今回のテーマである「コスト」が効率的になっていく。

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 トピックはポストプロダクションに移る。ここで大切なのは「スタジオ以外でもできることは後でやろう」ということで,「スタジオで演奏家に直してもらう必要のあるものと,あとからデジタルで直せるものがある」ので,ディレクターはこれを的確に判断していく必要がある,と坂本氏は述べた。

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 例えば同じフレーズの繰り返しのどこか一箇所が間違えていたとしても,それは後で正しい箇所からコピペすればいいので,後で修正する前提でその場で録り直しはせず先に進める。パートも同様で,どこに同じパートがあるかあらかじめ把握しておけば,それはうまく収録できたパートから持ってこれる。

 収録時に迷ったテイクの確認については込山氏から,「ソロ楽器を録音したとき,すごくよいテイクが2つとか3つとかある場合ははその場で判断せず,後でじっくり検討したほうがいいテイクが選べる」とのコメントがあった。ピッチの修正についても込山氏は「セクション内でピッチがずれることはまずないが,他の楽器セクションと少しずれることがあるし,録音時には分からなかったずれが生じていることもあるが,そういうときのピッチの修正は録音の後に行う」とのことだ。


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 「おまけ」と題されたトピック。レコーディングの模様を撮影して取材に使ってもらったり,もしくはレコーディングそのものを放送してもらったり,レコーディングをするということは譜面があるので,おいおい演奏会を開くことも可能だ。レコーディングを行うことで,やろうと思っていたプロモーションを兼ねることができる。なのでレコーディングは意外と費用対効果は高い,というのが坂本氏の見解だ。

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 最後に「まとめ」が提示された。中でも坂本氏が強調していたのは4番目の「優秀な演奏者で固める」だ。これができていないとそれ以外の話がすべて無意味なものになってしまう。氏はまとめにあることを実践すれば,大幅な時短が見込めるとしている。込山氏はこの中でも楽譜の精度が重要だと述べた。以上で講義が終了し,質疑応答が行われた。

 ゲームをプレイする側からはなかなか見えにくい生演奏を使った楽曲制作の一面が垣間見られたと思う。もちろん収録場所の違いなども大変意義深いのだが,筆者が本セッションから感じたのは,今も昔も生演奏収録は「コミュニケーションありき」だということだ。作曲家が浄書家や演奏家,エンジニアとコミュニケーションを取りながら,自分の目指す音楽を演奏してもらって形にする,これの積み重ねによってより少ない予算でもより短い時間でよりよい音楽が制作できることが分かった。オーケストラ曲をゲームで聴く機会があれば,こういう努力の元で楽曲が作られているのだな,と想像してみるのもいいだろう。