[GDC Summer]プレイヤーのモチベーションはどのように計測し,予測できるのか
現在はModel AIで働きつつデンマークの芸術大学で助教授も務めるというAlessandro Canossa氏は,かつてUbisoftで顧客のユーザー体験に関するデータリサーチに携わっていたという。
氏は最初にモチベーションとは何かを定義した。それは基本的な心理的欲求であり,自己決定理論(SDT)に基づくものだった。SDTは3つの柱,すなわち自律性(Autonomy),能力(Competency),関係性(Relatedness)を持っており,自律性は意欲に関わるもので適切な判断につながる。プレイヤーにとっては自分がアクションをコントロールしているように感じられるという。能力は,成長中は自己効力感(ちゃんとやれるという認識)に通ずるものであり,達成時の報酬と全体の見通しが必要となる。関係性はゲーム内の他人に認められることであり,NPCやほかのプレイヤーとの交流や支援,対立によって育まれ,ゲーム世界への帰属感につながってくる。
UbisoftはUPEQという認知体験質問票を開発したという。これはSDT理論に基づくもので,基本的な心理欲求やプレイヤーのモチベーションを評価するものだ。
モチベーションの3つの柱に基づき,Ubisoftは,自律性に関してはプレイスタイルと主体性という2つの構造を作り上げている。プレイスタイルとは,主体性が選択に影響する場合の自由度を与えることだそうだ。能力は,成長や進化複雑性の増加,業績とフィードバックの観点から見た習熟度である。関係性は親密さであり,他人と一緒にいることや相互依存性となる。
UPAQは外発的動機と内発的動機の違いといったSDT理論に基づくものだ。
ゲームには明示的なプレッシャーや報酬を与えるといった外発的動機を誘発する要素があり,それらは内発的動機をサポートしている。
さらに氏はSTDの3つの柱に加えてプレゼンスを加えていた。これは能力と自律性を調停するものだという。
UPEQは21項目の質問からスコアを算出する。自律性に関しては6項目で,「どう遊ぶのかを自由に決められた」「プレイ中に重要な決定をした」といったものから,「自分の行動がゲームに影響を与えた」といったものまで取り揃えられている。能力に関する6項目では「時間が経つにつれてプレイがうまくなった」(※スライドで示されているのは「With time,」だが,口頭では「Within time,」つまり時間内でうまくなったとされていた),「うまくプレイできて自分が有能であると感じられた」「練習でゲームが熟練していった」などがある。関係性の項目は最も多く「一緒にプレイした人たちが好きだ」「ほかのプレイヤーが私に親切にしてくれた」といったものから「キャラクターがどうなるのか気になった」といったものまである。
第4の構成要素であるプレゼンスは,3つの事実で展開されている。まず,感情的プレゼンスはキャラクターやゲーム内のイベントをリアルに感じさせてくれる。ナラティブプレゼンスは,ファンタジー世界に一貫性を与えてくれる。物理的プレゼンスは,ゲーム中に別の場所に行ったかのような感覚を与えてくれる。
UPAQはプレイヤーのモチベーションを測るためのものだが,ほかのゲームとの比較でも利用できるという。提示された図は人気ゲームの評価を示したものだが,プレイスタイルつまり選択肢の自由度では明らかにAssassin's CreedやRed Dead Redenptionが上位にあり,習熟度では,God of WarやAssassin's Creedが上位だ。プレイスタイルの下位にはDestiny 2やGod of War,習熟度の下位にはCrew 2やFortniteが並ぶ。God Of War は自律性の下位にあるが,選択肢の少なさなどによるものである。しかしフィードバックや業績などの習熟度ではトップクラスにある。本来の使い方ではないが,UPAQでユーザーの主観統計を取ることは,このような方向でも利用可能だと氏は語っていた。
このような前置きをして,氏は今回ここにきたのはTom Crancy's: Divisionでの話をするためだと語った。Divisionでは2種類の調査を行ったという。片方は443人のプレイヤーにUPAQのデータを取ったうえでゲーム内での行動を調べている。もう片方は単にゲーム内の行動のみを取ったものだが,対象は6万人と膨大だ。プレイ時間や達成の状況,死亡回数などの30項目をもとにして,プレイスタイルを4種類に分類している。
すなわち,ストーリーを楽しむAdventurer,最高の成績を残したElite,PvE All Roundersは物事を楽しむことに興味のある層で,PvP Dark Zoneは対人戦に興味のある層だ。
で,なにをしたいのかというと,ゲーム内の行動から,UPAQで示されるユーザー調査の結果を予測しようというのだ。ゲーム要素などでの行動データをPyPLTというツールボックスに入れ,線形補間とRBF(放射基底関数)補間の両方で予測したグラフ,そしてUPAQの実際のデータを比較している。
最初に出てきた予測は,データとしてプレイスタイルだけを入力したもので,どちらの補間を使っても柱となる3要素+プレゼンスの精度は50%をわずかに超えるくらいという,あてにならないものだった。代わりにゲームプレイ要素として先述の30種のゲーム内要素を使った場合,精度は有意に上がり,RBF補間では80%近いものとなっていた。さらにゲームプレイ要素とプレイスタイルを組み合わせると,精度は80%になったという。グラフでは示されていないのだが,最終的に,能力で89〜94%,自律性で84〜94%,関連性で83〜92%,プレゼンスで84〜93%の精度に達したという。
最後にこれら4つの軸のモチベーションがゲームプレイとどのような相関を見せるかがまとめられていた。能力の点でモチベーションが高い人はプレイ時間が長く,着実な成長を見せる半面,初期コンテンツの消費速度が速い。自律性にモチベーションを抱く人は達成率や成長率が高く,初期のPvPでも優位になる。またDLCのプレイ率も高い。関連性にモチベーションを持つ人は,ソーシャルな活動が活発になる。プレゼンスに関しては,まだゲームプレイとの相関性は見つかっていないとのことだ。
このように,ゲーム内の行動を計測することでプレイヤーのモチベーションは予測可能である。Divisionのプレイヤー数は2000万人に達しており,全員にアンケート調査をすることは不可能といえる。しかし,現在では平均94%の精度でモチベーションを予測可能になったという。そしてこの手法は,ゲーム内の他の要素に対しても適用可能なものであり,Canossa氏は現在,中毒性や消費行動,メンターシップやリーダーシップに関する研究を行っているという。
講演タイトルからして,どうすればモチベーションを構築できるのかという内容かと思っていたのだが,モチベーションを測定,そして推定する手法の解説だった。実態のつかみにくいモチベーションというものをSDT理論で要素化して,ユーザーの満足度から数値化,さらにゲーム内の行動からその数値の予測という新しい手法を見せてくれた。非常に興味深い研究といえるだろう。