【月間総括】ソニーのEpic Gamesへの出資はPS5の高速SSDを開花させるのか

 今月も,PS5の話を進めたい。
 ソニーは,2020年7月10日,米Epic Gamesに2.5億ドル(約270億円)を出資する方針を発表した。出資比率は1.4%としている。
 プレスリリースでは,吉田CEOが(おそらく)フォートナイトに言及しているように思われた。しかし、エース経済研究所で独自にソニーにヒアリングしたところ,「来年後半にリリース予定のUnreal Engine 5のデモがPS5で行われたように,将来を見据えたものであり,自社でもPS4・PSVR用タイトルの開発にUnreal Engine 4を利用していることなどから出資を決めた」としている。

 つまり,本命は,前回指摘した「汎用エンジン対応による高速SSDへの最適化」であろう。実際,このヒアリングでも,ソニーに対するヒアリングでも,出資を通じて,Epic Gamesは次世代のゲームエンジンUnreal Engine 5で高速SSDへの最適化を行うとの感触を得た。

 これは,Wii UとXbox Oneの教訓を生かしたものだと考えている。両機には,メインチップに組み込みメモリが搭載されていたが,ゲームエンジンが対応しなかったため,ほとんど活かされることはなかった。任天堂と,Microsoftの誤算は,開発費の高騰で,自社エンジンから汎用エンジンへの移行が想定以上に早く進んでしまったこともあるだろう。エンジン対応がなくても高速SSDは通常のロード/セーブで十分な速度を出すのは間違いない。しかしエンジンの対応があれば,せっかくの高速SSDをさらに生かすことができるということだ。
 その轍を避けるべく,SIEは,Epic Gamesに出資することでPS5の高速SSD対応を行ってもらおうと考えたということである。
 どちらにせよ,SIEが実効性能を認め,高速SSDの実効化に積極的に動いていることは大変良いことではないだろうか。個人的には,Cerny氏が方針を変えたことで,このように実効性能を認めていただけるのは大変嬉しいことである。

 ただ,ソニーは戦略的出資としているが,その言葉とは裏腹に,戦略的には特段の意味はなさそうで,主にマーケティング的な意味合いが強いものだろう。
 そう考える理由は,主に2つだ。1つめは,Unreal Engine 5の投入が来年以降で(プレビュー版が2021年初頭,正式版が2021年末),それを使ったゲームが出る頃には,すでにPS5の趨勢は決着がついていると見ていることである。
 2つめは,ロード速度とゲーム機の成否に相関性が見られないことである。ロード時間が短いとは言い難いPS1,PS2も商業的には大成功であった。一方,任天堂では,ロード時間の短さが売りであったニンテンドー64,GCは失敗している一方で,ファミコン,ニンテンドーDS,Switchといった同様にロード時間が短いマシンでの成功事例もあって,ロード時間と売り上げの相関性は低いと言わざるを得ない。
 やはり,マーケティング的に,Unreal EngineはPS5に最適化されているという点を強調したいのだろう。

 ところで,もう1つ大きなニュースがあった。日経ブルームバーグが相次いで,PS5の増産報道を行ったことである(関連記事)。

 日経とブルームバーグで900万台か1000万台と台数には差異があるが,どちらも,年内の生産数を以前の目標よりも引き上げるということのようである。予約が始まっていない段階での増産決定は,奇異に映る方も多いかと思うが,これは前回も指摘した大きさとも関連があると見ている。
 まず,注意してほしいのは,年内の生産分がすべて年内に届くわけではない点である。実際に,年内に供給できる台数はこの数字よりもずいぶん少ないだろう。3月までならば,世界の多くの顧客に届くはずである。PS4が初年度750万台の売上台数だったことと考えると,これは十分な生産台数と言えるだろう。

 では,年内の生産分が何故,年内に届かないのか? それは,輸送にボトルネックが存在するからである。これまでSIEは,需要が高まるとゲーム機の空輸を行っていたと認識している。しかし,今回は2つの理由により空輸は困難であると見ている。空輸の場合,燃費に係わるので重量物に対する輸送料が高くなる傾向がある。PS3の初期モデル以上の重量だと推測されるPS5はコストがかかりすぎて現実的ではないのである。
 もう1つは,新型コロナウイルスの影響も見逃せない。現在,各国ともに入国制限を実施している関係で世界的な旅客機の移動が難しくなっている。このために,旅客機と同時に貨物を乗せることが難しくなっているのである。データが日本しかないのが残念であるが,日本の航空輸入の実績は,5月が前年同月比−23%と大きく落ち込んだ(参考URL)。

 そして,空輸というと前回指摘したように初期型PS3が使ったようなチャーター機を使う手段を思い浮かべるかもしれないが,初期型PS3以上のサイズとなるPS5では片道分で済む旅客機混載の貨物と違い,往復の輸送料がかかるチャーター機はとても現実的な輸送手段として使えないと考えている。

 飛行機が使えないということは,PS5が需要の変動に機動的に対応することができないということを意味している。Switchの品薄の時にも述べたが,中国や日本から米国,欧州に船便で輸送すると優に1カ月はかかってしまう(下図参照)。
 今回の増産が事実だとすると,SIEが売れると確信したからではなく,輸送上の制約による機会ロスが起こるのを恐れ,予約も始まっていない段階で増産するしかないということなのだ。

(出所)ヒアリングやエース経済研究所の推計より作成

 PS5は,その巨大なサイズが大きな影響を与えているように見える。過去の例を見ても,大きいサイズのゲーム機が成功した事例は見られないのである。にも拘わらず,輸送コストの上昇,機動的な生産調整ができないというデメリットを覚悟のうえで,このサイズを選んだのは,その高性能が影響している。

 おそらく,このようなロジックに基づく結果だと思われる。
 「ゲームソフトこそが販売の決定的要因である。とくに,サードパーティのフォトリアルAAAタイトルが雌雄を決する。であるならば,性能を一定水準にしないと,ゲームソフトが供給されず,プラットフォームビジネスが維持できない」

 これが大前提だと考えるとPS5とXbox series Xが高性能で巨大なゲーム機なのも説明が付く。問題は「これが事実なのか?」である。

 エース経済研究所では,ユーザーは,高性能なゲーム機を求めている訳ではないと考えている。こう言うと驚く方が多いと思うが,データ的にも明らかである。
 性能が低いとされるWii,Switchは,高性能とされるPS4の四半期の販売(着荷)データを比較しても遜色がなく,性能が低くても高くても販売に相関性があるように感じられない。とくにPS4は性能的に同一なのに,日本と海外で勢いに顕著な差が出た。ユーザーが一律に性能を求めているなら,このような差は起こらないはずである。

●販売(着荷)台数推移
(出所)決算資料より,エース経済研究所
【月間総括】ソニーのEpic Gamesへの出資はPS5の高速SSDを開花させるのか

 結局のところ,PS5のこのサイズは,サードパーティの要望を聞いた結果だということなのであろう。そして,SIEとMicrosoftにとって,意見を求めるべきはユーザーではないと考えている風に見える。

 ユーザーは果たして大きなゲーム機を望んでいるのだろうか? エース経済研究所では,疑問に思えるが,杞憂と思う方も多いかもしれない。これが杞憂かどうかは,来年には明らかになっているだろう。