ゲームからヘイトを取り除くために

ADLのDaniel Kelley氏は,業界はより多くのプレイヤーを歓迎するコミュニティを作るために,ソーシャルメディアから学ぶことができると述べている。

Daniel Kelley氏
ゲームからヘイトを取り除くために
 ヘイトやハラスメントとの戦いにおいて,ゲーム業界はユニークな課題に直面している。

 Anti-Defamation League(中傷防止連盟)の技術&社会センターのアシスタントディレクターであるDaniel Kelley氏が指摘するように,ゲームは他の企業とは違って「2つの世界にまたがって」いるのだ。

 「一方では,ゲームはメディアです」と氏は語る。「憎しみやハラスメントについては,映画やテレビでと同じ用語で語ることができます。誰の物語が語られているのか? 誰が含まれていて,誰が排除されているのか?」

 「同時に,オンラインゲームはソーシャルプラットフォームです。漫画はソーシャルプラットフォームではありません。周辺に存在するファンダムは,必ずしも漫画業界が運営しているわけではないプラットフォーム上に存在します。ゲーム業界はソーシャルな空間を作っています。オンラインゲームはソーシャルスペースなので,その中でヘイトやハラスメントがどのような形で発生するかは,そのゲームを作っている企業の責任になります」

 つまり,ゲーム会社は2つの異なる前線でヘイトと戦わなければならず,一方の前線での成功が他方の前線での成功を意味するとは限らないということだ。Kelley氏は,いくつかの失敗はあったものの,BlizzardはOverwatchでプレイアブルなヒーローの包括的な名簿を作成するために労力をかけたと指摘している。そのため,Games-as-Mediaの観点から見ると,業界の進歩としては賞賛に値する例だと思えるかもしれない。しかし,昨年のADLの調査によると(参考URL),ソーシャルプラットフォームの観点から見たヘイトとの戦いにおいて,このゲームはまだ長い道のりを残している。

 「我々の調査では,Overwatchをプレイした人の75%がハラスメントを経験しています」とKelley氏は語る。「つまり,メディアが社会的な空間としてのゲームと相互作用する中で,ゲームをより包括的なものにしようとする努力と,その空間で見られるハラスメントがどのように関係しているのかは,今のところ私にははっきり分からないのです」

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ゲームからヘイトを取り除くために

 ソーシャルプラットフォームがどのようにヘイトと戦うかという問題では,業界の多くが2006年頃のFacebookやTwitterの戦術を採用している。主要なゲームの利用規約やユーザーの行動ポリシーは,多かれ少なかれそれらのプラットフォームが使用していたのと同じ用語を使用しているとKelley氏は見ている。これらのプラットフォームがどのようにして我々の住む世界を形成していったのかを考えると,これは気になる部分だ。

「企業がこの領域で公に声を上げ,プラットフォーム上で『我々はヘイトスピーチを許しません,そして我々がヘイトスピーチと見なすのはこのようなものです』と示すのは重要ないことです」

 「TwitterとFacebookが2016年の選挙の目玉になったり,2017年になってこれらのプラットフォームのいずれかがミャンマーでのジェノサイドに関与することになるとは,その時点では予測できなかったと思います」とKelley氏は,ミャンマー軍が同国のイスラム教徒ロヒンギャの少数民族の民族浄化を促進するためにプラットフォームを使用したことを参照しつつ語った(参考URL)。「ゲーム業界は過去10年の間にヘイト,ハラスメント,過激主義について,ソーシャルメディアで学んだことがたくさんあります。ゲーム空間はよりソーシャルになってきているので,それはゲーム空間にも適用できるかもしれません」

 TwitterやFacebookのモデレーションのやり方やプラットフォームの利用方法にはまだ批判があるが,Kelley氏は進歩はしていると述べていた。氏が歓迎した具体的な変化の1つは,業界が使用していた曖昧な利用規約のようなものから,異なるコンテンツの範囲で何が許容され,何が許容されないかがより詳細な内訳に切り替えたことだ。

 「私は,企業がこの分野で公に声を上げ,プラットフォーム上で『私たちはヘイトスピーチを許しません。我々がヘイトスピーチと見なすのはこのようなものです』と示すことが重要だと思います」

 氏は,それらのプラットフォームの規模で一貫してガイドラインを実施するのはまだかなりの難問であることを認めているが,Kelley氏は,ゲーム業界はまだそのような措置を先例として見ておくべきであると述べている。

 「彼らができることはもっとたくさんありますが,もし彼らが今でも10年前のままだったら,我々の状態もずいぶん違っていただろうと思います」

 ゲーム業界ができる他の対策としては,透明性の確保が挙げられる。

 「もしゲーム業界が一丸となって,集団的に,あるいは厳選された個々の企業と一緒に,この問題についてのデータを一般の人々や社会と共有できれば,それは大きな一歩になると思います」とKelley氏は語る。「しかし,もちろんそのためには,現在よりもはるかに強固な方法で,プラットフォーム上のポリシーと執行に関するルールセットを作成する必要があります」

 ヘイトやハラスメントの問題に対処する必要を業界がどの程度受け入れていると感じていかという質問に対して,Kelley氏は,この問題に取り組んでいる人たちは間違いなく存在すると述べ,例としてFair Play AllianceやRobloxを挙げていた。

「最悪中の最悪のものを追い出す以外にどうすればいいのでしょうか?そして過激化への道筋,もしくは,このスペースにいる人々を改革する道筋とは何なのでしょうか?」

 Roblox(関連英文記事)やRiot Games(関連英文記事)のようなFair Play Allianceのメンバーは,不適切なプレイヤーの行動を禁止するのではなく,ゲームデザインを通じた社会的な行動を奨励することで改革を試みるべきだという考えを受け入れている。

 「これは,ゲーム業界がソーシャルメディアよりも多くのことを考えてきたと感じる分野です」とKelley氏は語る。「ソーシャルメディアの世界では,どうやって(悪質な行為者を)改革するかという議論はありません。これは,文化としてのゲームと,プラットフォームとしてのソーシャルメディアの違いを物語っていると思います」

 Kelley氏によると,ソーシャルメディアのプラットフォームは一般的にヘイトやハラスメントに関しては,停止や禁止に焦点を当てているが,改革するアプローチの可能性を考えるのは興味深いことだという。

例は,ADLの2019年レポート「Free-to-Play」から引用
ゲームからヘイトを取り除くために

 「もし我々がこのインタラクティブな空間を構築するのであれば,最悪中の最悪のものを単に追い出す以外にどうすればいいのでしょうか? そして過激化への道筋,もしくは,このスペースにいる人々を改革する道筋とは何なのでしょうか? これは非常に興味深い問題です」とKelleyは語る。「ゲーム業界で『Xを試してみたがうまくいかなかった』とか『うまくいったので,あなたのゲームでもやってみてください』と言うためにはにはもっと調査と透明性が必要です」

 残念ながら,業界最大手のプレイヤーが誠意を持って努力し,ヘイトやハラスメントが成長の妨げになることを理解しているかというと,誰もがそれを理解しているわけではないと氏は語る。

「Valve は,この種の作業に積極的に反対してきました」

 これらの大企業の中で,特筆すべき過失があった企業があるかと尋ねると,Kelley 氏は躊躇せずにこう答える。

 「私は Valve だと言いたいですね。Valveはこの種の作品に積極的に反対してきました。Discord と Twitch がヘイト,ハラスメント,過激主義に関するポリシーを拡大していたのと同じ時期に,Valve は『荒らしと違法コンテンツ以外は何でも許可します』といった方針を打ち出していたのです」

 Valveは2018年半ばにSteamでそのポリシーを採用した(関連英文記事)。翌年,あるデベロッパが「ゾンビアポカリプスでレイプや殺人ができるゲーム」と謳ったRape DayのSteamストアページを公開した際には,許可はしないものの基準を拡大した。反発を受けてValveはそのストアページをSteamから削除し,「Rape Dayは未知のコストとリスクを伴うと思われるため,Steamには掲載しない」と発表した(関連英文記事)。

 「多くの企業で多くの努力が行われていますが,私の考えでは,(Valveは)最も遅れていると思います」とKelley氏は述べている。

 Valve に関するコメントはさておき,Kelley 氏は,ゲーム業界と協力して解決策を見つけることに焦点を当てていることを明確にしている。氏は前述のADLの調査を再び持ち出した。それは,人々がゲームの中で経験したポジティブな社会的経験について尋ねていることに注目したものである。

 「ゲーム空間における実際の問題を認識するためには,ゲーム空間が多くの人々にとってポジティブでパワフルなコミュニティ空間であるという事実にも目を向け,測定し,説明しなければなりません」と氏は語る。「この調査の興味深い結果の1つは,回答者の13%がオンラインゲームスペースでパートナーを見つけたということです。51%が友人を作り,20%が自分自身について学びました。これらは人々が得る,取るに足らない経験ではありません。これらのスペースでヘイトやハラスメントに取り組むことが重要な理由は,人々がこれらのスペースで経験できる有意義な経験にあります。さらにこれらのスペースがすべての人にとって利用可能で安全で包括的なものであることを保証し,民主化する必要があるからです」

 「定性調査でよく出てくる状況は,女性や有色人種の人たちがゲームスペースに入ったときにマイクを切って喋らないというものです。発言すれば,特定され,標的にされ,嫌がらせを受けることを知っているからです。それが彼らのプレイ方法の現実です。しかし,それでも彼らがプレイを続けているというのは,ゲームの力を物語っていると思います。我々がここで取り組んでいるのは,誰もが同じように 深くて社会的で遊び心のある 豊かな体験をする機会を持てるように,そういった状況を変えるためなのです」

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら