「My Child Lebensborn」の制作者が語る,大人の心に刺さるゲームの作り方

Sarepta StudioのCEO,Catharina Bohler氏
 「My Child Lebensborn」(以下MCL)で世界的な注目を集めたノルウェーのSarepta Studio。その制作上の課題と困難を,CEOのCatharina Bohler氏がdevcomで語った。また,同社が制作を開始した新作「Project Thalassa」についても,そのデザイン方針などが語られたのでレポートしたい。


「育成ゲーム」という構造を利用する


 講演の最初にBohler氏はまず「『My Child Lebensborn』をリリースしてからよく聞かれる質問は,『なぜこんなテーマをゲームにしたのか』という問いです」と語ると同時に,「そうと決めたら振り返らないタイプなので」と語って会場を沸かせた。

 だが,MCLの制作は決して平坦な道のりではなかった。レーベンスボルンというテーマは参照すべき史料がふんだんにあるという点で大きなメリットとなった半面,リリース数か月前に至ってもなお「このゲームはこれでよい」という確信が抱けなかったという。

※Lebensbornはナチスドイツがユダヤ人排除と並んで進めていたアーリア人の児童扶助を目的とした施設だが,ノルウェーではドイツ人よりも純粋なアーリア人とみなされたノルウェー女性とドイツ人男性の混血が奨励された。約8000人の混血児がが生まれたが,戦後には迫害の対象となっている。

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 なかでも「史料に触れる中で感じる,大人であっても思わず泣いてしまうような気持ちを,どうやってゲームにするのか?」という点は,大きな問題点となったという。

 さて,MCLは「ドキュメンタリーゲーム」であり,同じくレーベンスボルン問題を扱った映画を制作していたチームと共同で取材を進めていった。

 その中で最初の課題となったのは「これをどうやって若い人に伝えるのか」という点だ。その回答としてすぐに出てきたのは「モバイルゲームにするべきだ」という解決法だったが,これにはこれで少なからぬ問題があった――Sarepta StudioはPCゲームを得意とするスタジオであり,モバイルゲーム制作の経験がなかったのだ。

 そういった技術的問題以外にも,ゲームデザイン上の大きな問題もあった。プレイヤーが直接Lebensbornをプレイするというのが初期のアイデアだったが,これだとプレイヤーに与えるインパクトが大きすぎ,逆に伝わらない部分が出てしまうという課題だ。

 結果,これらの問題をまとめて解決する手段として「Lebensbornの里親となって,Lebensbornを育てるゲーム」が見いだされた。MCLを育成ゲームとして作る,という決断だ。

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 まず技術的な問題(つまりSarepta Studioがモバイルゲームを作ったことがないという問題)については,当時すでに「育成ゲーム」はモバイルにおいても大きなジャンルとなっており,大ヒットと呼んで差し支えない作品もあったということが,ひとつのポイントとなった。つまり既存の「モバイルの育成ゲーム」を手本とすることで,経験不足をカバーするという方針だ。

 具体的に参照されたのは「My Talking Angela」で,これは擬人化された猫を育成するゲームだ(シリーズの前作として「My Talking Tom」もある)。この作品が持つゲームとしてのフォーマットとして,育成される猫であるAngelaは3つのパラメータで管理されるが,これはそのインタフェースごとMCLで利用されている。またタッチスクリーンの利用法として「子供の頭を撫でられる」という要素も参照している。

 加えてもう一つ参照された作品は,「Papers, Please」だ。この作品では具体的に画面に家族が表示されることはなく,原則としてテキストを通じて家族を養っている感覚を得ることになる。これを指してBohler氏は「テキストベースでも家族を育てられる」と指摘した。

参考にされたゲームの数々。「This War of Mine」や「Little Inferno」といった作品も見える
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直接の参考となった「My Talking Angela」。画面下に並ぶインタフェースに,はっきりと影響が見て取れる
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 ゲームデザイン上の問題に対しても,「育成ゲーム」という文法はプラスになった。

 まず最初に問題になりえると考えられたのは,「プレイヤーがLebensbornを育成したがるだろうか?」という点だったという。「これは育てるに値する子供なのか?」という疑念を抱かれてしまったら,さまざまな意味で作品は成り立たない。

 だが実際にゲームを作ってみると,「これは育成ゲームである」という枠組みは思うより強力に機能し,「これは育成ゲームなのだから,Lebensbornを育てる里親となるのだ」という点はスムーズに受け入れられた。かくして「親となる」という部分はMCLの中核的なゲームデザインとなる。

子供の感情を表情で伝えるため,幅広い表現が可能なようにデータが作られている
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「行間を読み解かせる」デザイン


 「親になるゲーム」というゲームデザインは,MCLを決定的に特徴づけることになった。

 MCLにおいてプレイヤーが育成するLebensbornは差別と迫害の対象となり,学校ではひどい虐めにあうことになる。だが,実際に彼・彼女が酷い言葉で罵られ,虐められる場面は,ゲームの中では描かれない。

 というのも,MCLにおいてプレイヤーは「里親」だからだ。子供が学校に通っている昼間は,プレイヤーは街で仕事をしなくてはならない(子供にプレゼントを買ってあげるために,ときには残業するという選択もあり得る)。したがってプレイヤーに見えるのは「自分が仕事をしている」ことであって,その間に子供に対して何が起こっているかは,画面の中では描かれないのだ――ただ「いじめられて帰ってきた子供」だけが,画面に登場するのである。

 このように,いくつかのヒントから「何が起こったのか」を想像させるというのは,MCLにおける基本的な表現技法となった。MCLにおいては子供の様子や子供との対話,あるいは子供が描く絵といったものを通じ,「何が起こったのか」をプレイヤーは想像する。そしてこれは大変に効果的な表現技法となった。

「My Child Lebensborn」の制作者が語る,大人の心に刺さるゲームの作り方
対話や絵から「何が起こったのか」を想像する
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 もっとも,すべてをそのようにして描くことはできなかったという。たとえば,それこそ「プレイヤーがどんな経緯でLebensbornを引き取ることになったか」といった明確に親視点の設定や,各種歴史的背景ということになると,それを子供との交流のなかで表現するのは(不可能ではないだろうが)得策とは言えない。

 かくしてMCLでは「親であるプレイヤーが書く日記」という体裁で,そういった設定や情報を提供している。

(左部)22.081951:親愛なるカリン 今日、私はあなたの両親についてもっと調べようと誓いました。でも、私はあなたが望む答えを見つけることができるかどうか分かりません。だから私はこの日記を始めます。あなたが十分に理解できる年齢になったら、私はあなたにこれを託します。私があなたの両親のことを調べることができなくても、少なくとも私が探そうとしたことを伝えるでしょう、そしてあなたは戦争について、そしてその後何が起こったのかについて多くを知ることになるでしょう。
(右部)これは私が知っているすべてです。3年前、私は新聞の広告に「3歳の子供が養子縁組の準備をしている、参考:戦争が生んだ子供」と載っていました。私は心から子供がほしかったことをあなたに知ってほしいと思います。あなたの母親は私に、あなたの父親はドイツの兵士であり、1944年にあなたが生まれたときに16歳で未婚だったと言いました。彼女はそれ以上言うことを拒否しました。彼女はレジスタンスの弾性と結婚していたので、私はあなたを彼女の新しい人生から遠ざけることを約束しました。
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 だがそれでもなお,きわめて大きな課題が残った。児童虐待をどう描くのか,という問題である。これは非常に大きく,かつセンシティブな問題であり,筆者がかつてBohler氏にインタビューしたときは,「リリースが遅れた最大の理由」であると明かしてくれた。

 実際,児童虐待をストレートに描くことは,「あらゆる意味において不可能だった」(Bohler氏)。絵にして提供することは不可能,文書で提示することも正しいことかどうか断言できず,しかも児童虐待によって子供の心に何が生じるのかも制作チームは完全には理解できていなかったという。軽く扱うことはできないし,かといって「なかったこと」にもできない。

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 この問題に対しては,専門家に詳しい話を聞いたうえで,実際に児童虐待の被害者が書いた本などを参考にするという決断がなされている。さまざまな証言によると,児童虐待の被害者は「想像以上にごく普通の子供に見え,話していても普通の子供としか思えない」が,「虐待の記憶にまつわる場所に近づくと,体が動かなくなる」ケースがあるという。

 かくしてMCLにおいてはこの「体が動かなくなる」という現象を,「それまでゲーム内で選択可能だったアクションが選択できなくなる」という実装として取り入れた。たとえば,それまでは画面にタッチして頭を撫でれば喜んでくれた子供が,虐待にあってからは「触らないで」とプレイヤーを拒絶するようになる,というわけだ。

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 MCLは全世界的なヒット作となり,多くのフィードバックがSarepta Studioに寄せられたという。フィードバックのほとんどはポジティブなもので,むしろ制作チーム側が「MCLを遊んだプレイヤーがゲームから感じたことの多彩さに驚いた」という。


ホラーでもなければ超常現象も起きない「Project Thalassa」


 さて,MCLに続いてはSarepta Studioの新作となる「Project Thalassa」について,その概略が語られた。

 「Project Thalassa」は,MCLよりも「もう少し軽いトピック」を扱ったゲームで,「一人称視点で進行する人間の心理を描くストーリーテリングゲームとなる」という。

 ゲームとしては1900年代初頭のダイバーが,かつて自分が乗っていた船を海底で見つけ,そこで何が起こったのかの真実を探求していくという構造になる。リードアーティストの描いたコンセプトアートはその象徴で,「自分がかつて愛した人を海底で見つけたとき,人は何を思うだろうか?」という問いが絵になってる。

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 注力しているのは「海の美しさと怖さを両方表現すること」と,「素晴らしい体験であると同時に,致命的な事故と隣合わせになった,古い時代の海底探索」を表現すること,そして「人間のPTSDを描くこと」であるという。このため潜水夫やトラウマ・スペシャリストといった専門家たちと話し合うことで,様々な理解を深めているそうだ。

 ストーリーは全部で5時間分ほどで,MCLと同様にミニマルなインタフェースとゲームデザインをもとに,プレイヤーが想像したり自身の物語を思い描いたりする余地を十分に作ることが意識されている。

「My Child Lebensborn」の制作者が語る,大人の心に刺さるゲームの作り方
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「My Child Lebensborn」の制作者が語る,大人の心に刺さるゲームの作り方
 今のところ「Project Thalassa」に関する最も大きな誤解は,「Sarepta Studioがホラーゲームを作る」というものだという。「Project Thalassa」はホラーではなく,どちらかといえばメランコリーを伝えるゲームだとBohler氏は語る。というのも「恐ろしいという感情を抱くと,どうしてもそれだけで一杯一杯になってしまう」(Bohler氏)からだ。

 また,超自然的な現象も発生せず,どちらかと言えば心理的な働きを描く,「人間の物語」であるともBohler氏は強調する。

 加えて,なるべくセリフや文書に頼ることなく,また「主人公キャラクター」の設定に頼って物語を語るわけでもなく,プレイヤーに上記のような感情を抱かせたいと考えているそうだ。

「Project Thalassa」がリファレンスしている先行作品。「Stanley Parable」なども参考にしているという
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 講演の最後にBohler氏は改めて「専門家と相談しながらプロジェクトを進めること」と「プレイヤーに考えたり感じたりするスペースを与えることで,何かに触れたという感覚が得られるようにする」ことの重要性を訴えた。

 これらは決して新しい知見ではない。これまでもさまざまな場でさまざまな人々が繰り返し語ってきたことであるが,MCL制作における実際の事例も含めて,改めてその重要性が浮き彫りにされた講演だったと言える。

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