1人で10年作り続けたRPGが日本で突然ヒット!「Kenshi」クリエイターインタビュー
Kenshiは,Steamの早期アクセスで公開されているゲームで,オープンワールド形式のハードコアRPGで,非常に高い自由度と殺伐とした世界観を特徴とした作品である。そして,昨年末から日本でもじわじわとプレイヤー数を―伸ばしている。
2019年9月19日から22日まで開催された「東京ゲームショウ2018」のタイミングで,本作の開発チームが来日した。
筆者はインディゲームファンから,このゲームが日本での人気を急激に伸ばしているという話を聞いていたため,日本でのヒットの秘訣を聞こうとクリエイターにコンタクトを取り,開発者である Chris Hunt(クリス・ハント)氏へのインタビューに成功した。
広大なゲーム世界を作り上げたHunt氏からは,開発における苦労など思いがけないエピソードを聞くことができた。
自由を求めてゲーム会社から独立
GamesIndustry.biz:
本日はよろしくお願いいたします。まずは,ゲームの特徴についてお教えください。
Hunt氏:
「Kenshi」は広大なフィールドと自由さがテーマのRPGです。プレイヤーは荒廃した世界の流れ者となって,この世界で戦いに挑んだり,商売をしたり,盗賊をしたりと自由なロールプレイが可能です。特徴は広大な選択肢と「自由」です。ゲームを始めたときの大量のパラメータや選択肢に戸惑うかもしれませんが,私はその複雑性がゲームプレイに深みを生んでいると考えています。
GamesIndustry.biz:
開発チームの構成を教えてください。
Hunt氏:
現在は4人で開発しています。私は全体のデザインとプログラムを担当しています。
今回,もう一人ブースにいるのは,ビジネス面の調整やゲーム内ストーリーの背景や会話の担当を行っているナタリー(Natalie Hunt氏)です。彼女は実は私の妹でして,途中からこのプロジェクトに半ば強制的に連れてきました(笑)。こうした人員が専門でいてくれるのは,とても助かります。
GamesIndustry.biz:
どのくらいの期間,本作を開発していますか?
Hunt氏:
10年です。最初の6年間は,私が一人で作っていました。
GamesIndustry.biz:
10年! とても長い間開発を続けているのですね。現在では,どのくらいの人数が遊んでいますか?
Hunt氏:
現在では平均して1日に1000人のアクティブプレイヤーがいます。月額課金はなく,買い切り販売でこれまでやっています。
β版をリリースしたばかりの頃は公式サイト上での販売のみでしたが,2012年にSteam Greenlightが始まったのでSteamでの販売も始めました。実は,本作はGreenlightに最初に通過したタイトル群の一つでした。
(Steam Greenlightは2012年から5年ほど運営してきたシステムで,プレイヤーの投票により取り扱うタイトルが選択されるシステムであった。現在はSteam Directにより誰でも販売が可能になっている)。
急増した日本のプレイヤーの謎が判明
GamesIndustry.biz:
公開から5年経って,最近日本のプレイヤーが増えたとのことですが,それはなぜでしょうか?
Hunt氏:
ゲームを公開して以降,イギリスでは大きなヒットにはつながっていませんでした。しかしここにきて日本のプレイヤーが急増し,とにかく驚いていました。
日本のプレイヤーは半年ほど前から急増したのです。今回展示を行うまで原因は分からなかったのですが,日本のstreamerによる放送が起爆剤になっていたということが判明しました。
※ここで,同席していプレス担当者から「きりたんが荒野を征く」というシリーズについて教えてもらった。筆者が手元の端末で見せたところ,Hunt氏は大変驚いていた。
実はコミュニティによる日本語訳はその動画の前からあったのですが,時期を鑑みるに,プレイヤーの急増につながったのはこの動画がきっかけであったようです。
GamesIndustry.biz:
翻訳データはコミュニティベースのものなのでしょうか?
Hunt氏:
いえ,これは翻訳会社を別に雇っています。今年に入ってから,ゲームにオフィシャルな翻訳が入りました。ただ,まだ9割程度しか完了していません。ゲームのほかの部分が完成してから,残りの10パーセントを埋める予定です。
私は日本語版の翻訳クオリティがあまり把握できないので……日本のプレイヤーからは,ぜひ意見を聞かせてほしいと思っています。
GamesIndustry.biz:
私も少し遊ばせてもらったのですが,フォントが少し細い気がしました。Steam Workshopではフォントを太くするMODが配布されており,多くの人が利用している様子でした。
Hunt氏:
なるほど,フォントについてはBold(太くする)オプションなどを検討したいと思います。
GamesIndustry.biz:
こういった,日本のプレイヤーコミュニティとのやりとりはありましたか?
Hunt氏:
いえ,実は直接のやりとりはあまりありません。ただ,アニメーションMODを追加したいという要望はたしか日本発のものであったと思います。
GamesIndustry.biz:
日本のプレイヤー向けのフォーラムや,トピックを作られる計画はありますか?
Hunt氏:
日本のプレイヤーからの意見は非常に貴重なのですが,まだその体制がありません。言語の問題があり,日本のコミュニティと直接のコンタクトが取れていません。多少機械翻訳でもいいので,Lo-Fiゲームズのフォーラムに直接書いていただければと思います。
GamesIndustry.biz:
今回は日本での展示となりましたが,アジア市場についてはいかがでしょうか?
Hunt氏:
アジア市場には可能性を感じます。しかしながら,Kenshiはテキスト量が非常に多いため,どうしても翻訳のコストが大きいです。もし中国や韓国に展開する場合は,まずはファンベースの翻訳に期待できればと思っています。
夜勤の警備員をしながら開発を続ける
GamesIndustry.biz:
ゲーム開発専業でしょうか? それともほかの仕事はしていますか。
Hunt氏:
Steamでゲームをリリースする前は,パートで夜勤の警備員の仕事をしていました。現在は専業です。独立する前はゲーム開発会社に勤めていたのですが,ビジネスモデル優先の社風に嫌気がさし,退職して一人でゲームを作る決断をしました。
GamesIndustry.biz:
10年ものあいだ,一つの作品を作り続けるのはすごいことです。どのようにモチベーションを保ちましたか。
Hunt氏:
シンプルに「楽しむ」期間を作ることです。例えばゲームを公開する以前の開発期間であれば,1週間なにもしない期間を作ったりしていました。別のゲームで遊ぶなど,自由な時間を過ごしてリフレッシュを心がけていました。
ゲームを公開してからは,ずっと忙しいのですが……。開発期間が10年といいましたが,β版を公開したのは5年前です。これまで5年間が改修と拡張です。
GamesIndustry.biz:
モチベーションが下がったり,落ち込んだりすることはありましたか?
Hunt氏:
もちろんです。落ち込むこともよくありました。とにかくきついのは,バグが長大なリストになってしまって,修正がまったく追いつかなかったときですね。
GamesIndustry.biz:
やはりゲームへの意見は多いのでしょうか?
Hunt氏:
何千ものコメントが寄せられます! 意見,バグ報告,いろいろです。
GamesIndustry.biz:
日本では,フォーラムやストアのコメントが罵倒ばかりで気が滅入るという話をよく聞きます。本作ではいかがでしょうか。
Hunt氏:
Webサイトに専用のフォーラムがあります。こちらでプレイヤーからの意見などを書いてもらっています。Steamのフォーラムも目を通しているのですが……。同じSteamリリースを経験した開発者(筆者)さんなら分かると思うのですが,Steamのコメントを読むことはときとしては大変つらいものです。だいたい1割のコメントは,気が滅入るような内容ですからね。
「Kenshi」の場合はアーリーアクセスということもあり,ありがたいことにコミュニティからの意見は開発に役に立つレポートやゲームに反映できる適切なフィードバックです。
バグで怒ってしまったプレイヤーからは怒りのコメントがくることもありますが,怒っている内容をよく確かめると原因が分かります。すこし言い方がきつかったりしても,冷静になって読むとフィードバックとして役に立つものもあります。
GamesIndustry.biz:
コミュニティとの距離感の保ち方をどのように考えていますか? コミュニティマネージャーのような方はいらっしゃるのでしょうか。
Hunt氏:
チームの中にはコミュニティマネージャーはいません。その役割を「スーパーファン」にまかせています。というか,こちらからは何も依頼はしていないのですが,彼らが望んでそういう役割をやってくれています。コミュニティ側から「自分たちがやりたいから」という形でやってくれています。
広大なオープンワールドを極小人数で作り続ける体制
GamesIndustry.biz:
少し技術的な質問をします。この10年間で,技術バックボーンの大きな改修はありましたか?
Hunt氏:
すべてを入れかえるような大規模なものはありませんが,最適化は常に行っています。ご存じだとは思いますが,10年前は便利なゲームエンジンやフレームワークは多くありませんでしたから,このゲームはゼロからすべてを作り上げています。
GamesIndustry.biz:
ゲーム機展開などは考えられていますか?
Hunt氏:
いまのところ家庭用ゲーム機への展開は考えていません。先ほど申し上げたように,技術スタックが少し重たいので……。まずはPCでコンテンツを拡充させていきたいと思っています。
GamesIndustry.biz:
巨大なマップを含め,開発体制はどのように管理していますか?
Hunt氏:
マップについては大変ですが,すべて手作業で作り込んでいます。ゲームが平坦にならないように,ロケーションごとに違った風景,違った文化,異なる天候などの特色が出るように考えています。以前は一人でしたが,今はチームです。オリー( Oliver Hatton 氏)というスタッフが地形を作っていまして,そのうえで私が世界観を作っていく分業体制をとっています。
GamesIndustry.biz:
投資家などから資金提供を受けていますか?または,その計画はありますか。
Hunt氏:
ありません。そうした支援を受けてしまうと,ゲームの内容やクリエイティビティ,そしてなによりビジネスモデルにさまざまな要求がくることは容易に想像できるからです。
とくに販売形態ですね。私はマイクロペイメントではなく,買い切りのゲームにこだわっているので,そうした融資の話は入れないようにしています。
GamesIndustry.biz:
最後に,ほかのインディゲームクリエイターに向けてメッセージがあればお願いします。
Hunt氏:
私は自分のクリエイティビティを信じて独立し,夜勤のアルバイト等をしながら10年間ゲーム作りを続けてきました。同じクリエイターの皆様には,「何を作りたいのか」ということにこだわりつづけてほしいということです。
インディゲームなのですから,市場動向やはやりを考えずに,自分のクリエイティビティを信じてほしいと思っています。そうすれば,後からお金がついてくるはずです。
GamesIndustry.biz:
本作に関して,告知などはありますか?
Hunt氏:
まだ詳しくお話しすることはできませんが,「Kenshi」の世界観を使った新しい展開を考えています。
また,「Kenshi」は12月にアーリーアクセスを脱し,正式リリースとなる予定です。ハードなオープンワールドRPGを求めている人は,ぜひ「Kenshi」を触ってみてください。