日本のVRはどうなるのか? デル主導の「VR研究会」レポート

 2018年7月24日,都内でデルやNVIDIAなどの団体による「第1回VR研究会」が開催された。
 これは主に産業系VR/ARが中心とした集まりとなるのでエンタテイメント系やゲームは少し畑違いなのだが,国内VR業界の最近の動向ということでお伝えしてみたい。

 今回は第1回ということで,研究会の概要と会員の紹介などが中心となったが,会場には30社を超える国内企業が集まっていた。デルとしてももう少し小規模に始める予定だったらしいのだが,関連業者に声をかけるうちに口コミで広まって40社近い規模になったのだそうだ。

 VR研究会は,基本的に産業界と学問の世界を対象にしたものだ。奈良先端科学技術大学院大学の清川 清氏による講演では,VR自体とVR学会の歴史的な展開など,国内でのアカデミックなVRへの取り組みが語られていた。
 VR元年の年に20周年を迎えていたというバーチャルリアリティ学会の活動としては,年次大会のほか,VR用教科書「バーチャルリアリティ学」をまとめる傍ら,VR技術者認定試験を開催し,学生向けのVRコンテストを主催するなどの活動を行っているという。

 もうひとつVR学会がまとめているのが「夢ロードマップ」だ。VRが社会にどのように貢献できるのかについて,2040年までの予測と「夢」がまとめられている。テーマは「VRが拓く生きがいのある社会」だ。VRにはさまざまな活用法があると思うのだが,そこでは主にコミュニケーションの方向での未来が描かれている。VRによって人々の生活がどのように変わるのか? VRの可能性を身近なところから示したものだともいえるだろう。
 それを示す図自体は要素が絡み合っていてちょっと分かりにくいのだが,以下のようなものとなる。

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 2020年の東京オリンピックで流れが少し変わるようだが,表示関連の具体的な項目はほぼなく,感覚の再現やバーチャル世界と実世界のボーダーをなくす方向での研究に期待が集まっていることが分かる。2020年以降は,超感覚技術や超認識技術といった予想もしにくい単語が並んでいる。

 そのほか,気になるデータを拾ってみよう。
 VR学会は20年以上にわたって国内で活動をしているわけだが,昨今の世界的なVRの普及期がやってきたにも関わらず,日本のVRの立ち上がりが他国と比較して鈍いことが懸念として挙げられていたのだ(参考URL)。

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 上のグラフは,実線が世界市場の台数(目盛り軸は左),破線が日本市場(目盛り軸は右)となる。IDC Japanのデータだが,どうやったらこんな分かりにくいグラフを作れるのか神経を疑いたくなるのは置いておいて,2017年から2021年でのVRヘッドセット売り上げの台数ベースの日本のシェアは,3.1%から2.5%に下落しているという。ARでは4.2%から0.4%へと大幅な落ち込みだ。
 VRヘッドセットは,グラフに付随する説明を読む限り,日本以外ではスマートフォンへのVRヘッドセットバンドルが取りやめとなって伸びが停滞したという2017年をベースに伸び率が出されているので,まあ伸び率としては低めになっているのは理解できる。Vive,Rift,PSVRが発売されてVR元年といわれた2016年を基準とした場合は1%ちょっとから2.5%へのシェア拡大となるのだが,IDC Japanではなぜか翌年の数字を基準にしている。
 一方で「ARヘッドセット」というのはGoogle GlassやHololensを示していると思われるのだが,Magic Leap Oneなどは日本では流行らないということだろうか。
 同様に市場の成長率についても日本の伸びが低いことも示されていた。

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 数字はともかく,現実問題としてVRが国内で普及しているかというとまだまだという状況であり,アカデミックな立場としてもVR研究会に期待するところは大きいようだ。

 さて,参加各社の自己紹介のあと,数社による講演が行われたのだが,おそらく会場で最も注目を集めたのは山口土木の松尾泰晴氏だろう。この日,会場に集まっていた人たちは,ハード/ソフトの提供側がほとんどであるのに対し,松尾氏はVRを活用している側として事例を挙げていたからだ。
 i-Constructionという言葉がある。これは国土交通省による,ICTの全面的な活用などを建設現場に導入することで建設生産システム全体の生産性向上を図り,魅力ある建設現場を目指す取り組みだ。
国交相でのデモの様子
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 山口土木は愛知県岡崎市の小さな土木工事会社で,国土交通省の仕事などは受注してないそうなのだが,このi-Constructionに近い取り組みを着々と進めている会社なのだ。
 山口土木では,工事前の地形をドローンで空撮,レーザースキャンし,CADソフトで工事の図面を3D化し,VRで仮想的に工事現場を事前体験するといったことがすでに行われているという。
 これは2年半前に松尾氏がイベントでDverseのSymmetryのデモを見て「これならずっとやりたかったことができる」と喜び勇んでDverseに連絡したことから始まるという。SymmetryではCADデータをVR化し,建築物の中に入ってVR体験などができる。現在Symmetry AlphaはSteamで無料公開されているので興味のある人はダウンロードしてみるのもいいだろう。

松尾氏がSymmetryに出会ったのが2015年12月15日,翌年1月にはここまでできていたという
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 松尾氏はVRを導入することのメリットについて,イメージの共有が図れること,図面の不整合が見つけやすいこと,ネットワーク環境で時短が図れることなどを挙げていた。図面だけではイメージがつかみにくく,「分かりました」といわれても実際には分かっていなかったといった事故が事前に防げるようになったという。また図面にはたいていミスがあるそうで,これも事前に発見できれば作業効率は上がるだろう。ネットワークの利用についてはこれからという側面もあるようだが,打ち合わせのために往復で半日かけるようなことが,VRを使えば解決できるかもしれないと松尾氏は期待を示していた。

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ドローンでレーザースキャンした地形をCADデータに入れて事前にVRで確認し,竣工後の検査もVRで下見をすることができる。県の検査のデモでは,本来2人だけのはずだったのだが,関連部署の関心が高くて大賑わいになったとのこと
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 日本の土木工事現場がすべてこのようなICT化されれば,効率も上がり土木工事業のイメージアップにもつながるだろう。自称「地方の零細土木屋」ながらi-Constructionを先取りする山口土木には会場内からも大きな拍手が送られていた。

Vive Focus。日本で発売されるのは白いモデル
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 そのほか,エンタテイメント業界にも関連しそうな情報をいくつか拾ってお伝えしておこう。
 先ほど日本のVRの立ち上がりが鈍いという話があったのだが,HTC NIPPONの西川美優氏によると,日本ではこの春からVive ProやVR Trackerは在庫切れの状況が続いているのだという。そういえば私もVive Proを購入できていない(アップグレードキットなら販売されているのだが……)。
 なぜかというと,バーチャルYouTuberの流行が原因だとのこと。しかし,バーチャルYouTuberだと中の人以外VRヘッドセット(VRというかモーショントラック用の機材として)は使わないだろうと思うのだが,そこまで流行しているのだろうか。
 さらに今年中に日本で発売されるというHTCのスタンドアロンVRヘッドセット「Vive Focus」は,国内では白色モデルのみが販売される予定だ(青と白の2色展開が行われている)。Vive FocusはOculus GoやMirage SoloのようなAndroidベースの製品だが,Vive Proと同じ解像度の画面を備えていることがウリであるという。価格や発売時期は未発表だ。

 NVIDIAからはHolodeckの最新情報が紹介された。新しいバージョンとなるクリエイターズエディションが作られており,これまでのように真ん中にオブジェクトを呼び出してみんなで操作する……といった形式だけでなく,オブジェクトの内部に入って操作ができるようになっている。早い話が,建築系にも対応できるようになったのだ。そのほか,ミニチュアのオブジェクトを呼び出して操作の設定ができる機能や,指定した場所に移動する機能,説明をするときに使うレーザーポインタのような機能も追加されている。いまだ正式版ではないが,着実に進化を続けているようだ。

クリエイターズエディションの機能。直線での断面は日本からの要望とのこと。そのほか,アバターに脚がついてパーフェクトアバターになったようだ
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 また,モバイルワークステーション用のGPUであるQuadro Mobileも取り上げられた。薄型のノートPCでもVRに対応できるP3200がとくにピックアップされており,DELL製のPrecision 7530との組み合わせが「VR Ready」を取得していることなどが紹介されていた。

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 デルは,VRを今後の重要技術として位置づけており,VRに対応したワークステーションやPC,Windows MRヘッドセットを発売するなどのほか,公式サイト内では製品を3Dモデリングで提示するなどの「VR一歩手前」といった感じの商品紹介を取り入れている。
 デルではこうした研究会を開くことで国内企業間で情報共有を図るとともに,VRへのニーズとシーズをマッチングさせる場としても機能させていくという。
 次回のVR研究会は来年1月が予定されている。基本的に産業系の産学団体が対象なのでエンタテインメント系は対象外ではあるが,研究会へ参加してみたいという企業はデルに連絡してみよう。

(参考)「デル、VR研究会の発足を発表」