良いパズルのデザインは,優れたジョークと同じ構造? GIC2017で明かされたパズルデザインの秘訣
洋の東西を問わず,パズルゲームは大きな人気を誇るジャンルだ。しかもアピールする層としてはカジュアルからコアまで,幅広い。日本で言えば「パズル&ドラゴン」は,タイトルどおりにパズル要素を強く有しており,世界を席巻した「Portal」はゲーム全体が大きなパズルとなっていると言っていい。
なお,本講演にはどうしても既存作品のネタバレがつきまとう。なかでも「Limbo」「Braid」「Portal」については写真付きでネタバレを提示してしまうことになるので,これらについてほんの少しでもネタバレは勘弁という方は,本稿を回避されたい。
良いジョークとは驚きである
- 事物やメカニズムの「つながり」を理解するという体験
- 問題に対し非常に強い集中を示す,フロー体験
- ゲーム全体のペースを変えたり,多様化する体験
- 閃き感を与える体験
とはいえ,ではこれらの体験をうまく構築するためには,どのような工夫が必要なのだろう。
意外にもHedeholm氏は英語圏において「Standup Comedy」と呼ばれる,コメディアンが観客の前で直接小噺を披露するショーを見ているときに,「良いジョークの構造と,良いパズルの構造は同じだ」ということに気づいたという。
一見するとまるで関係なさそうなこの二つは,どのような類似点を持っているのだろうか? Hedeholm氏はまず,良いジョークの構造を分析することから解説し始めた。
Hedeholm氏は良いジョークの定義について,Melvin Helitzerの「Comedy Writing Secret」から引用する。それによると,
- 良いジョークとは「驚き」である
- 「驚き」は,ユーモアにおける最も普遍的に受け入れられる「定番」である
- ジョークとは物語であり,その結びには普通,驚きがある
というわけだ。
- コメディは観客それぞれに対し,心理的に「梯子を外す」ようなもの
- したがって,最初に「梯子に登らせる」必要がある
- もし最初から梯子を外そうとしているところを見られてしまったら,観客は梯子を登らない。なのでまず観客をうまく騙さねばならない
なるほど,なんとなく分かった気になる説明である。
だが,Hedeholm氏はここで,さらに踏み込んで考えていく。ではどうしたら観客を驚かすことができるのか? また,どうしたら個々の観客に対して「梯子を外す」ことができるようになるのだろうか?
P.E.T.モデルをパズルのデザインに利用する
PETモデルとは「Premise(前提)」「Expectation(期待)」「Twist(ひねり)」の三つのパートでジョークを構築するというものだ。
Hedeholm氏はここで実際に,アメリカの有名なコメディアンであるBrian Kiley氏の小噺を例に挙げて,これを前提・期待・ひねりに分割してみせた。Brian Kiley氏の小噺を実際に翻訳してしまうといろいろ問題がありそうなので詳細は省くが,確かに「比較的長い前提・それに続く期待・非常に短いひねり」で小噺が構成されているのが分かる。
そして興味深いことに,ジョーク(あるいはユーモア)とパズルの関係性は,すでに多くのパズル制作者やゲームデザイナーが指摘しているという。
例えば,数学者であるJohn Allen Paulos氏は,「パズルは知的な遊びの一種であり,その構造はユーモアと同じところに根ざしている。どちらの場合も『オチ』が楽しさの源泉となる。そしてオチが予見できなければできないほど,そのジョークは面白いものとなる。同様に答えが自明でなければないほど,パズルは面白くなる」と指摘している。
同様に,「Cosmic Top Secret」のディレクターとして知られるTrine Laier氏は,「効果的なジョークは,まず物語が進むであろう方向を予期させ,それからその期待の方向を捻じ曲げて,予期せぬ方向へと話を運んでいくことによって作られる。これはゲーム内部に存在する巧みにデザインされたパズルと似ている」と語っている。
さて,では実際にどのようにして良いジョークの構造――つまりPETモデルを,パズル制作に適用していくのだろうか?
Hedeholm氏は,「前提(Premise)」から順に,解説を続けた。
簡単なパズルで「前提」を作る
「前提」がなくてはジョークが機能しないというのは,直感的に理解できる。パズルにおいても「初期状態」なしにはパズルは始まらないのだから,これはまったく一緒だ。
むしろパズルにおける「前提」を作るにあたっての問題として,Hedeholm氏は二つの具体的なパターンを指摘する
- そもそもプレイヤーが「前提」を理解できていない場合にどうするのか
- プレイヤーはそのパズルについて正しい知識を持っていないことがある
これに対する解決策として,氏は「シンプルなパズルを事前に提供し,プレイヤーに前提を教えておく」ことを提示した。
「Limbo」では,主人公が「船を引っ張ってきて,ジャンプの足場とする」というシーンがある。だが少なからぬプレイヤーは,このままでは「船を引っ張ってくればいい」という発想にたどり着けない――「オブジェクトを押し引きする」という前提がないからだ。
加えて,この「前提を与えるための簡単なパズル」においては,まずオブジェクトを「押す」ことを試させるような構造になっていて,しかるにそこから「引っ張る」ことに気づかせるという構造が作られている。
結果,プレイヤーは「オブジェクトを押し引きして足場にする」という前提を獲得し,それに基づいたパズルを楽しむことができるというわけだ。
「Braid」においても,巧みな前提作りが行われている。
「Braid」の場合は,「鍵を取って扉を開けて,ピースを取りにいく」という一連のアクションの中で,プレイヤーが抱く疑問をいくつも自然に解決し,前提を作っていく。
- 鍵のついた扉はジャンプで越えられるのか?→やってみると越えられない
- 鍵を持ったままジャンプできるのか?→やってみるとジャンプできる
- 鍵を持ったまま梯子を登れるのか?→やってみると登れる
- 鍵を使うと鍵はどうなるのか?→やってみるとなくなる
このように,「Braid」ではパズルの前提を,実際の簡単なプレイの中でプレイヤーに自然に学ばせているのである。
ゲーム全体にも利用できる「期待」と「ひねり」
さて,前提の作り方が理解できたところで,Hedeholm氏は「期待」と「ひねり」の構造について,これまた実例で説明した。
Hedeholm氏が例としたのは「Braid」のとあるステージである。プレイヤーはここで「たどり着くべきゴール」と「それを阻止する障害」を「前提」として理解する。
たどり着くべきゴールはここで…… |
ゴールに至る障害はこれ |
そして画面上部にあるアイコンと指示を見て,「敵を6体倒せば障害はクリアされるのだろう」という「期待」を作り上げる。
しかるに「どうやって敵を倒すのか?」という疑問に対し,「踏みつければ倒せるのではないか?」という期待を抱かせ,そしてその期待通りにプレイヤーは敵を倒すことができる。
「Hunt」というからには倒せばいいのだろう |
敵を踏みつければ死ぬのは,ある意味でゲーマーにとってのお約束(期待) |
だが,この期待に従って順番に敵を倒していくと,プレイヤーはそのままでは飛び越えられない大きな裂け目があることに気づく。これがこのステージにおける「期待」を裏切る「ひねり」だ――プレイヤーは順番に敵を倒すのではなく,2番めに出会うことになる敵をわざと生かしておいて,「その敵を踏みつけることでジャンプの足場とする」という選択をしなくてはならないのである。
向こう側に渡れない! |
敵を残しておいて,踏みつけてジャンプすればOK! |
このような「前提」「期待」「ひねり」の構造は,ステージ単体に限らず,ゲーム全体のデザインにも利用できる。
この例として,Hedeholm氏は「Portal」を提示した。
「Portal」において,プレイヤーはまず「自分が被験者である」という前提を得る。それから「デッドリーな実験が待ち受ける実験室を次々とクリアし,そして最後にはケーキを報酬として得る」という期待を作り上げる。
だが,実際には「ケーキは嘘」であり,しかもそこから新たな冒険が始まって,今まで踏破してきた世界を逆側から見るかのような体験をしていくという「ひねり」が待っている,というわけだ。
同様にHedeholm氏は「The Witness」を例にあげ,「ミクロなパズルとマクロなパズルが連続した,大変に素晴らしい作品」と賞賛した。
クリーンな「実験室」で与えられる課題をクリアしていく,ように思える |
課題はどんどん難しくなっていく。今後も難度が上がっていくのだろう,と期待する |
「ケーキは嘘です」 |
同じ世界を,別の角度から探検するという新たなステップの開始 |
まとめとして
最後に,Hedeholm氏は本講演のまとめを提示した。以下,スライドを翻訳してお届けしよう。
- 良いジョークを作るためには,観客を驚かせねばならない
- これと同じ構造を利用して,我々はより良いパズルを構築できる
- パズルを使うことで,複数の異なる体験を作り出せる:理解・フロー・ペースの変化・気づきである
- PETモデルを利用することで,驚きを作ることができる
- PETモデルは前提・期待・ひねりによって構築される
- 前提がうまく機能しない場合,より簡単なパズルを解かせることでプレイヤーに前提を教えることができる
- PETモデルはパズル単体にも利用でき,ゲーム構造全体にも適用できる
●Game Industry Conferenceレポート