[CEDEC 2017]ヘキサドライブが新人教育のために導入した「若手小規模プロジェクト」とは何か
寺井 瑞希氏 |
奥田 仁一郎氏 |
ヘキサドライブは2017年8月31日,同社が行った育成プロジェクトを振り返る講演「『若手小規模プロジェクト』のススメ 〜昨今の業界における若手育成の問題点とその解決方法の提案〜」を行った。
今年で設立10周年を迎えるヘキサドライブは,大阪に本社を置き東京にもスタジオを持つ,主にコンシューマ機向けのゲーム開発を行うメーカーだ。コアゲーマーからは「HD移植の鬼」として言われており,その名前を聞いた読者も多いだろう。
プログラマー中心のエンジニア集団と思われていたが,現在はデザイナーも増えて,プロダクトを受けられる会社になってきたという。
同社では,以前から新人教育に非常に力を入れており,具体的には「合同新人研修」という名前で他社と合同の新人研修を1か月ほど実施しているそうだ。そこでは社会人の心得やビジネスマナーなどが専門の講師によって教えられ,職種ごとの基礎を学んでいく。
また,メンター制度も導入しており,若手・新入社員にメンターをつけて教育・成長を狙っているとのこと。こうした取り組みは昔からやってきたが,さらに踏み込んだ「育ってもらう環境」として用意されたのが「若手小規模プロジェクト」だ。
新入研修として小さなゲームを開発させる手法は現在,あまり珍しくないかもしれないが,同社は完成したゲームをApp Store/Google Playでリリースし,さらに東京ゲームショウに出展するところまで実施した。
前置きが長くなったが,講演は,若手育成プロジェクトを「受けた側」である入社4年めのプランナー寺井瑞希氏と,育成プロジェクトを推進した「偉い人側」である奥田仁一郎氏が担当した。
最近の業界における若手育成の問題点
まずは奥田氏から,「最近の業界における若手育成の問題点」についての説明が行われた。まず挙げられたのは,プロジェクトの長期化によって若手が経験を得られるチャンスが少なくなっているという点だ。
最近のコンシューマ向けタイトルはゲームの規模が大きくなり,また,スマートフォン向けでは運営型のソーシャルゲームが中心になる。そのため,ゲーム開発の一部しか触れられない,あるいは入社後は運営しかやっていないという人が増え,1つのタイトルを初めから終わりまで経験するといったことなくキャリアを重ねてしまう。
また,プロジェクトの大規模化によってチーム内の責任の所在が希薄になり,チームメンバーが「作業員」と化してしまう現象もあるという。クリエイティブな力を発揮できる機会が減ることで,言われた仕事だけをやっていればいいというマインドになってしまうのだ。
ゲーム開発の業務の細分化が進み,プロジェクト全体を把握する機会が減少する一方,各工程における難度が高くなり,育成にも時間がかかる。昔に比べて,一人前であるために持つべきスキルが非常に多くなってきたのだ。
こうした背景により,単にOJTや現場で覚えていくという昔ながらのスタイルでは若手社員の成長を図ることが難しくなっている。こうした問題の解決を目指すために生まれたのが,「若手小規模プロジェクト」というわけだ。
若手小規模プロジェクトで目指すこと,目指さないこと
「若手小規模プロジェクト」は,若手社員だけでゲームの企画を立ち上げ,リリースするまでを任せるというものだ。「ヘキサドライブとして恥ずかしくないクオリティに仕上げる」とされており,しかも開発期間は3か月と,短めに設定されている。
先輩社員が相談を受けたり,手助けしたりすることもあるが,基本的に若手社員のチームだけでやりきることが原則で,それに見合ったボリュームのゲームが求められた。
さらに課題を上乗せして,「東京ゲームショウへの出展」という目標も与えられた。これによって締切が明確化され,自分達の都合では動かせない締切ができたことにより,緊張感をもって取り組むようになったという。
新人育成とはいえ,社内で発表するだけではなく,東京ゲームショウというオフィシャルな場で会社の看板を背負って出展するのは,若手にとってやりがいがあると同時に,かなりのプレシャーだったはずだ。
東京ゲームショウでは,ブースの設営や来場者のアテンドなども若手チームに任せることで,プレイヤーの反応を直接を得られる機会を作った。
やらされる側にとってはかなり厳しそうなプロジェクトだが,ゲーム内容に制限をかけないということも決められている。HDタイトルで有名な同社だが,プロとしてのクオリティは要求するものの,内容までヘキサドライブらしい必要はないとされた。「エロは止めてくれ」というお願いはあったものの,それ以外ならどんなジャンルでも許可されたという。
もう1つ,「売り上げ」を目指すことも必要ないとされた。ダウンロード数などの具体的な目標は設定しておらず,あくまで「1つのゲームの開発を完成まですべて体験させる」ことが目標になっている。若手社員に求められたのは,自分達で考えて行動し,問題に直面したときにはそれを乗り超えることだったという。
また,プロとしてゲームを企画してリリースするまでを,自分達だけでやりとげたという達成感を知ってもらいたいという考えもあった。長期化,分業化したゲーム開発現場で,若手社員により多くの経験をしてもらうには,もはや,こうした場を設けるほかはないと奥田氏は述べた。
プロジェクトの成果「アイテム代は経費で落ちない」
プロジェクトで作られたのが「アイテム代は経費で落ちない」というゲームだ。
ゲームエンジンに「Unity」が使われた,基本プレイ料金無料のスマホ向けタイトルだ。非運営型で,動画広告による収益モデルが採用されている。
開発チームの陣容は,ディレクター兼プランナーが1人,プログラマーが1人,デザイナーが2人で,一時的にヘルプのプランナーが1人増え,最大時には5人になったという。
プロジェクト外の社員が関わったのは,デザインやエフェクトの一部で,サウンド以外のすべてをチームで開発したのだ(なお,サウンドについては担当がいなかったため外注し,経費管理ややり取りなどは会社が行ったそうだ)。
実際にやってみて分かった問題点
以上は,やらせた側の奥井氏が述べたが,ここでやらされた側の寺井氏にスピーカーがバトンタッチした。寺井氏は「アイテム代は経費で落ちない」でディレクターを担当していたとのこと。
ある意味当然だが,プロジェクトはさまざまな困難に直面したという。
例えばプランナーが資料を作る時間が長すぎてチームの作業が止まったり,チーム内で意見の対立したり,予定したマネタイズの仕組みが法的にNGだったりといった問題があった。しかし先輩の意見を聞きながら,個別に対処していった。
責任者と最終判断の人物を統一
きわめて基本的な「ゲームが面白くならない」ことについては,先輩のアドバイスをもらいながら,コンセプトに立ち返り,何がこのゲームの軸なのかという点を見つめ直すことで軌道修正を重ねた。これは,問題が発覚したときにどうすればいいか,体験として理解する良い機会になったと寺井氏は述べた。
問題に対処する方法を覚えることが,このプロジェクトのポイントだが,若手だけでは難しいこともある。あまりにも多くの問題が出てくれば,プロジェクトは頓挫してしまだろう。
プロジェクト中断の危機を回避するには
プロジェクト挫折の危機は何度もあったという。寺井氏はまず,このプロジェクトを始めた会社側,すなわち若手チーム以外の社員が気をつけたほうがいい点について話した。
まずは「監督ができる人物が必要」であり,新人・若手はなぜか自信満々か,あるいはまったく自信がないかの両極端という場合が多く,暴走や迷走しがちになる。それを正しい道に戻してくれる人,あるいは誤った判断に待ったがかけられる人物が必要なのだ。
困ったとき,「とりあえず相談に行くのはこの人だ」というヘルプ役が明確になっている必要があるとのこと。
次は「周囲の理解と助けが必要」という点だ。若手は分からないことが多く,先輩の助言なしに進むのは難しい。ときには周囲に頼って,知恵を借りられる形が理想だという。
つまり,若手社員のチームが,気軽に先輩に頼れる社内の雰囲気作りが大切だということになる。まわりの人達に,チームがやっていることの意味や,「教育を行っている」ということを周知し,助言しやすい雰囲気作りを意識してもらうことで,プロジェクトの挫折を避けられるのだ。
一方,チーム側にとって重要なこととして,しっかりと「若手だけのチームにしなければならない」ことが挙げられた。例えばチームの中に1人だけ職歴が長い人がいたりすると,その人にみんなが付いていってしまう。そのため,できるだけ経験量が近いメンバーでチームを組むのが理想となる。
また,周囲の助言をもらいすぎると,それに振り回されてチームが疲弊するという問題点もある。先輩には,指示ではなくアドバイス程度に留めてもらうことを依頼したそうだ。
チームの経験値は揃える |
サポートはほどほどに |
こうして,自分達が作ったものが一般の目に触れ,どのような反応を受けるのか,というのを間近に見たことは刺激になったと寺井氏は述べた。
また,東京ゲームショウという明確な期日が設定されたことにより,仕様を削ったり工数を抑える工夫をするといった判断ができ,ありがちな仕様を盛りまくって挫折するという状況を避けることができたそうだ。
これはタスク管理能力も上がるのでいいこと尽くしのようだが,それなりの覚悟が必要になる。いずれにしろ,完成したものをどこかで披露する機会は欠かせない。
さらに,このような若手育成プロジェクトに参加させたメンバーにはほかの業務を差し込まず,プロジェクトに集中させること,難しい局面になったときは人員増やすことの必要性についても語られた。
若手プロジェクト経験者から「偉い人」に求めること
次に寺井氏は,同じプロジェクトをさせようといしている「会社の偉い人」に注意してもらいたい点を挙げた。
まずは,責任の所在が不明確な状況を避けること。ゲームタイトルを作るにあたって,どこまでが偉い人の担当で,どこまでが若手で決めてしまっていいものなのか,そして誰が決定権を持っているのか,などを初めから決めておくべきだという。
実際,チームだけで最終的な仕様を決めてもよかったのに,「偉い人の承認が必要だ」と思い込んで,決定を待ってしまったこともあったという。例えば,マネタイズに関する仕様は,どこまで承認が必要で,どこまでチームで作っていいのか,利用規約の確認は誰が最終責任者なのか,といったことをはっきりさせておく必要がある。
そうでないと,スケジュールの致命的な遅れにつながりかねないという。
寺井氏はまた,「会社の偉い人」が若手チームに向かって発言したことは,「アドバイス」なのか,それとも「オーダー」なのかを明確にしてほしい,とも話す。偉い人は何気なく言ったつもりでも,若手社員に大きな影響力を与え,「オーダーだ」と思い込んでしまうことがあるのだ。
そして,若手チームも偉い人の発言を必ず実行するという姿勢である必要はなく,魔法の言葉,「善処します」で対応してもよいと付け加えた。
若手社員が気を付けるべきこと
寺井氏は続けて,プロジェクトを実行する若手自身が気を付けるべきことについて話した。
「プロジェクトの頓挫」を回避するためには,まずは「プロジェクトの意味を把握する」必要がある。若手自身が,これは何のためにやっているプロジェクトなのか,ということを明確に把握していなくてはならず,自分達がメインのプロジェクトなのだという意識を持ち,それぞれが「自分達でゲームを良くしていくんだ」と思うことが,チームの成長のカギだ。
同時に,自分の能力でできないことについて必要以上にめげないことも大事だ。失敗してへこんでいるヒマがあるなら,できる範囲での対応を考え,少しずつこれから勉強すればいいのであり,「なんでもかんでもやろうとしない」という意識を持つべきだという。
やる気や情熱だけで乗り切ろうとすると,そのプロジェクトだけで燃え尽きてしまう。できる範囲で良いものをつくっていこうという意識が大切だという。
最後に,プロジェクト期間中のチームの雰囲気についても述べられた。理想は,気兼ねなく意見が言え,役割と関係なく積極的に発言できる環境であり,それを整えていくことが重要だ。
実際,企画会議にはチーム全員が参加し,プログラマーがデザイナーにデザインの違和感を伝えるということも普通にあった。ただし,若手同士ではケンカに発展してしまう可能性もあるので,意見の述べ方には気を付けるべきだそうだ。
取り組みの結果として得られたもの
同社はこうしたプロジェクトによって,若手の成長はもちろん,付帯的なさまざまな成果が得られた。
まず,新作が1つできたことが挙げられる。また,ヘキサドライブでこれまでやっていなかったモバイルタイトルのパブリッシングを行うため,他社とのつながりができたということも利点だった。
さらに,若手の育成に大きく力を入れているという同社の姿勢をアピールできたため,新卒の応募も増えた。
最終的には,一連の若手社員教育プロジェクトを「Ficustone Project」という名前でブランド化することで,「ヘキサドライブ」を知らなかったユーザー層に会社を認知してもらえ,知名度の上昇に貢献したという。
デベロッパのヘキサドライブがパブリッシングを行ったことで,パブリッシャとしての経験が積めた。これもプロジェクトのもたらした収穫になったそうだ。
先日,プロジェクトの第2弾タイトル「魔法パスワード1111」がリリースされ,現在は第3弾に向けて新人を中心に取り組みを進めているという。
これから同じようなプロジェクトに取り組もうとする人へ
本講演のまとめとして挙げられたのは「ミッションの明確化」だった。繰り返しになるが,目標を曖昧にしているとプロジェクトも曖昧になり,挫折の原因になる。
次に大切なのは,短期間であること。プロジェクトの規模が大きくなり過ぎると意味がないので,とにかく短期間に集中させることが肝心だ。
講演終了後の質疑応答では,非常に活発な意見が飛び交った。
とくに「若手育成の手法として小さなゲームを開発させるという手法をとってみたいが,役員の許可が得られない」という意見が多く出たのが筆者には印象的だった。
ヘキサドライブは前述のように,このプロジェクトから2作品をリリースし,現在は3作目を作っている。育成にかけたコストがすべて回収できるわけではないが,動画広告による収入,設定資料集やLINEスタンプなどの販売などにもチャレンジしているところだ。
会社のイメージアップ,さらには人事的な利点など,それ以外にも,得られるものは非常に多かった。
最近,受託開発会社としてゲームを作りながら,自社IPの小規模作品をリリースする企業が増えている。その流れを教育に活かし,「若手に小さなプロジェクトを任せ,リリースさせる」という手法は,ヘキサドライブ以外にも波及してほしいと筆者は思う。
このプロジェクトを導入したくても,社内の同意を得られず悩んでいる人事担当者や育成担当者は,ぜひ,この講演の内容を以て上司を説得してもらい,来年から導入してほしい。