ゲーム業界から離れたいですか?

ゲーム業界から離れたいですか?
EA DICEやRovioで活躍したPatrick Liu氏はもはやゲーム業界にいない。キャリア・チェンジを考えている読者諸氏に,Liu氏からのアドバイスをお贈りする。

 読者の皆さんが職場で退職を発表したとき,何人かの同僚が近づいてきてその理由を尋ね,そして,実は自分も同じようなことを考えていると告白されたことはないだろうか。同じことを想像してみよう。しかし,単なる転職ではなく業界自体を変えるというシャープな転換となると,この業界の人々はそれを公にしない。私がSpotifyに移ったときは,ゲーム関連でなくなったというだけで,大枠では技術・コンシューマ系サービス業界内での動きだったので,それほど大掛かりな転職ではなかったかもしれない。例えばもし私がパン屋を始めたのだったら,もっと多くの人たちを驚かせられただろう。

 この転身を図って以来,多くの人と話したが,それは明らかにタブーなことだった。もっともなことだ。誰も,ほかの会社への転職を考えたことは同僚に知られたくはない。勤めている会社に対してだけでなく,業界全体に対して面倒を起こすおそれがある。それは変化に伴うあたりまえのこと,つまり何かを失うというおそれだ。

 そうは言うものの,同じ種類のキャリアを積んだ後に何か違うものを手に入れようとする衝動が生まれるのは,まったく自然なことだと思う。これは,多くが独学で,しかもティーンエイジャーの頃からやってきている今日のゲーム業界のベテランの人たちにはとくに当てはまるはずだ。つまるところそれは,今いるところを離れたいということではなく,むしろ,外の世界に何があるのか見てみたい,ということにほかならない。


なぜこの業界を離れようと?


 その場を離れたいという場合,理由はたくさんあるものだ。超過労働や燃え尽き症候群などの話はずいぶん聞いた。ほとんどは事実だが,業界全体としては成熟し,長年にわたって改善してきていると感じる。あらゆる世代の開発者が成長し,家族を築き,ほかの関心事を見つけると,より健康的なワークライフバランスに向かうのは自然な流れだ。人生は長く,まだまだ続くのだからそのように考えるのは当然のことと言える。

 読者の皆さんは,もしかすると,壮大なアイデアを持つ自称ゲームクリエイターとしてややロマンチックな思いを抱いてこの業界に入ってきたかもしれない。だが,ふたを開けてみれば,あなたが業界最高の一人でない限り,誰かのアイデアを実現するために働くことになるだろう。そして,とくにやりたいと希望をしているわけでもないニッチな特定分野に押し込められ,永遠にそこにいられる程度には良い仕事をしてしまうという可能性も極めて高い。

「この業界の動きはまだまだ極めて速く,多くの個人の成長速度を上回る。読者の皆さんは,周りは高速列車に乗っているのに,自分だけ自転車に乗っているような感覚を覚えたことはないだろうか」

 ここ数年で,ほかの人のために働いたり,ほかの人のためにお金を稼いだりするのに疲れ果て,自分が思うことを始めるために業界を離れていった友人を何人も知っている。とくにVRの登場で,ゲーム業界のベテランの間では,もう何年も見たことがなかったクリエイティブなエネルギーが湧き上がってきている。個人であれ会社であれ,成長するほどリスク回避的になる。創造力が停滞すれば,老兵去るのみ,なのだ。はたして,どのくらいのリスクがよいバランスなのかについては多くの議論が交わされているが,それはあるべき姿だ。つまり利害関係が増すほど,現職者はイノベイティブなスタートアップに道を塞がれ,いずれ譲ることになる。


列車は駅を出発した


 だが業界を離れるときに最も多く議論される「理由」は,私が見てきた中では,ゲーム・ビジネス全体の発展に関するものだ。この業界の動きはまだまだ極めて速く,多くの個人の成長速度を上回る。読者の皆さんは,周りは高速列車に乗っているのに,自分だけ自転車に乗っているような感覚を覚えたことはないだろうか。15〜20年前にピークを迎えた人材が,現在までにわたって最先端を行くことは非常にまれなのだ。シンプルな例を挙げよう。解像度が低く,3Dグラフィックスが低ポリゴンだった当時,素晴らしい活躍をしたゲームアーティストは,業界がより高い忠実性とリアリズムに移行するにつれて,追いつけなくなってくる。それが核心だ。すると普通は,社内での役割を変更する(マネージャになるなど),職業を変える(業界を離れる),現在の仕事の新しい秩序や慣例に順応する(その時々のベストな物事に追いつく)といったオプションを選ぶことになる。

 現在は「ビジネス主導が過ぎる」というのが一般的に聞こえてくる批判だ。だがそれは具体的に何を意味しているのだろう。お金がすべてということだろうか? だが,もし事業経営をしたことがあれば,分かるだろう。それがビジネスというものだ。スタートアップをやっている私の友人たちは,資金調達に多くの時間を費やしている。理想的なケースにおいては,経済的安定性はイノベーションと創造性の実現を可能にする。お金を得る重要性に同意したとしても,「どう儲けるか」,言い換えれば,ビジネスモデルについては賛成できないかもしれない。だが,ビジネスモデルは常にコア製品に大きな影響を与える。

 アーケードゲームをやっていた時代を振り返ってみると,コインアップモデルはゲームの性質に大きな影響を与えた。だからゲームというものは,ハイスコアを獲得するスタイルを維持し,ストーリー主導ではなく(本当にそうだ),常にアクションゲームであり,とても難しいのだ(プレイヤーを振り回しすぎたり,もうこれ以上コインを入れないと思わせたりしない程度の難しさだが)。

 しかし,高価なボックス型の製品がゲームの形態を新しい方向に動かした。潮目の変化に伴い,ディスク内のコンテンツの価格帯を正当化すべく,内容の幅が拡大した。海賊版や中古版セカンドセールが,くだらないオンライン・マルチプレイヤーを含むように後押しした。生産コストの増加は,ROI(投資収益率)などを維持するために有料DLCコンテンツの開発を強制することになった。

 もちろん,フリーミアム・ビジネス(基本的なサービスはすべて無料で提供し,一部の機能を有料で提供するというビジネスモデル)の登場がコインを入れて遊ぶゲーム機の時代に押し戻した。ゲーム制作における民主化もまた市場を完全に変え,デジタル・ディストリビューションと合体することで,イノベーションと消費者の選択の両面ではるかに多様な市場が生まれた。その結果,モバイルのアプリストアで見られるように,また,Steamで明らかに増えているように,ゲームの見つけやすさに大きな問題が生じ,ゲームそのものを新しい方向に推し進めている。この流れには,読者の皆さんが同意できないところがたくさんあるのではないだろうか。もし強くそう思うのであれば,もっと快適にいられる環境を探すときがきたのかもしれない。そして,まさにこれが先ほど述べた,個人のペースをビジネスが上回ってしまうケースと言えるだろう。

「ビジネスに特化するという考え方がゲーム業界を(プレイヤーと業界で働く一部の人々を追い払うのに十分な程度に)悪化させたと言う見方は,事実とは言えない」

 もう一つのよく見られる見解は,昨今,市場調査がゲーム制作の方向性を左右するとの認識と共に,ゲーム開発が(※KPIなどの)データに振り回されすぎるというものだ。一部の企業はそれでうまくいくかもしれないが,長期的には大きな成功になるとは思わない。データとうまくつきあう方法は,本当に高度なレベルでデータを共有して(データ・インフォームドで)開発することだ。それはデザイナーやプロダクトオーナーが自由に使える新たなツールとなる。読者の皆さんが,自分自身のためだけではなく,何十万人,何百万人もののためにゲームを作っているということを自覚していると仮定したうえで,それはあなたの素質を実証する一つの方法だ。具体的な例を挙げるとすれば,理性的なデザイナーはプレイヤーがパズルやゲームの難度を検証するためにどのように行動するかという観点でデータを見ることができ,それに応じてデザインを微調整することができる。データ・インフォームドでどうやるかを学ばない限り,学んでいる人にはすぐに負けることになる。


では,なぜもっと前に業界を出ていかなかったのか?


 ビジネスに特化するという考え方がゲーム業界を(プレイヤーと業界で働く一部の人々を追い払うのに十分な程度に)悪化させたと言う見方は,事実とは言えない。業界全体は90年代から大きく成長したが,全業界で見れば,既存の割合と大きく変わったわけではない。実際,もしそれが一部のデベロッパを成長させるほど大きなサイズだとしても,やはりまだ今もシェアとしてはニッチだ。そして,私は開発従事者とプレイヤーの両方が,その事実と折り合いをつけ始めていると思う。ビジネス優先で作られたゲームが私たちを取り込んだように,私たちも新しいゲーマーたちに対して排他的にならずに受け入れるべきだろう。アーケードゲームはアーケードゲームのままであり,旧式のRPGは旧式のRPGのままであり,新しいゲームは業界全体を成長させるだろう。心配は無用だ。

 変化というのは厳しいものだ。多くの人にとって,職業はアイデンティティの大きな部分を占める。弱いと見なされる,失敗するおそれがあると思う人もいるだろう。新しいことを学び,もう一度キャリアをスタートさせるのは確かに難しいことだが,大方の場合,それは良いことであり,全体感で言えばクオリティ・オブ・ライフを向上させるはずだ。私の友人の多くは大きな変化を経験していない。これは飛び越えるのが大変なハードルだ。ゲーム業界を完全に去ることがどれほど難しいかは,今持っているスキル,次に何をしたいのかによって決まる。私自身のケースでは,業界はまったく異なるが,実はコア部分では極めて類似したことをやっている。つまり,私は新しいコンテクストで,元々持っているスキルを活用し,また,そうしながらさらに新しいことを学んでいるともいえる。変化のときにうまく行く秘訣はつまり,一歩ずつ進めということだ。

 最終的には,変化する人と同じ数だけ,理由もあるだろう。ゲーム業界から離れて第二の人生を送っているかつての同僚の1人が,ゲーム業界の従業員たる者を絶妙に形容してみせた。

 「不安定極まりなく,ストレスもハンパない環境で鍛え上げられ,問題解決できる超すごいヤツら」

 ゲーム業界の外で自分を売り込むときにはこれを伝えるといい。そして新しく始めることがうまくいかなければ,いつでも戻ってくればいいのだ。

Patrick Liu氏はゲーム業界での10年以上のキャリアを経て,音楽サービスのSpotifyに参画した。直近ではスウェーデンに拠点を置くRovioのクリエイティブ・ディレクターおよびスタジオヘッドとして活躍,その前はゲームパブリッシャのStarbreezeとEA DICEのプロデューサーであり,「バトルフィールド」「メダル・オブ・オナー」「アングリーバード」を手掛けた。

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら