[GTMF2016]PSVRによるVR開発の魅力を吉田修平氏が自ら解説。GTMF大阪レポート

 2016年7月5日,グランフロント大阪にてゲーム開発向けツール・ミドルウェアのカンファレンス「Game Tools Middleware Forum 2016」が開催された。大阪会場での出展企業のブースや会場全体の様子は「こちら」のレポートを参照いただくとして,今回はソニー・インタラクティブエンタテインメントのセッション「『PlayStation VR』の最新状況について」のレポートをお届けする。


プレジデント吉田修平氏がPSVRの魅力を解説


 本セッションのプレゼンターを務めるのは,SIEワールドワイド・スタジオのプレジデントの吉田修平氏だ。
 吉田氏はワールドワイド・スタジオにおけるSIEのファーストパーティータイトル開発の責任者として,PSVRにはハードウェア設計の段階から深く関わっているそうだ。また,吉田氏はインディーズゲーム分野にも詳しく,国内のVRクリエイターとのリレーションも積極的に行っている(Twitterでは @yosp の名前で親しまれている)。

 先日のE3では,PSVRの発売日が10月13日だと発表された。壮絶な予約合戦に参加した読者も多いことだろう。吉田氏は会場に向かって「PSVRを予約しようとした方はいますか」「予約できた方はいますか」という挙手のアンケートを取っていた。著者の概算ではざっと会場内には100名以上が詰めかけていたが,半数が予約にトライして,実際予約できたのは20数名ほどという印象だった。余談だが,海外ではGameStopなどで予約受付が再開されており,日本でも7月23日に予約が再開されるとのことだ(関連URL)。

 初めに吉田氏は,「PSVR」製品のセット内容について紹介した。スライドの画像にある黒い小さなボックスは「プロセッサーユニット」と呼ばれ,中にプロセッサが入っている。これはPS4とヘッドセットとの間に挟まるもので,HDMIの出力が2系統ついている。1本をVRヘッドセット,もう1本をディスプレイに接続する形だ。このユニットを通して,2種類の違う映像を同時に出力できるシステムになっている。

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 なお,PSVRを使わない場面では,ヘッドセット側の電源を切れば,そのままPS4のゲームの映像を出すこともできる。また,ローンチ時のセットにはSIEジャパンスタジオ謹製のタイトル「THE PLAYROOM VR」が同梱されている。PSVRのシステムの特徴の一つである「ディスプレイとVRヘッドセットで別々の映像を出しながら,複数で一緒に遊べる」コンセプトのゲームが5つ含まれているそうだ。

 VRヘッドセットのディスプレイには非常に高品質のものが使用されている。スペック上の解像度は1920×1080だが,“1920×RGB×1080”という紹介の仕方をしていた。これは,1080pのピクセル一つ一つに,RGBのサブピクセルを搭載した有機ELパネルを開発・採用していることのアピールなのだそうだ。RGBがそれぞれにピクセルに揃っているので,色がにじんだりすることがなく,高精細な映像が楽しむことができるという。
 レイテンシも最小限に抑え,実測値で18msなのだという。
 また,60Hzで動作しているゲームタイトルについては,PSVRのSDKでサポートしている「リプロジェクション」という技術を用いて補間させることができる。ヘッドトラッキングの情報は120Hzで取っており,それをもとに60Hzでレンダリングしたゲームの映像を擬似的に120Hzの映像に上げることができるのだそうだ。

 吉田氏は,VR技術者で使われている用語として「Sense of Presence」を紹介した。これは,これまで使われていた「没入感」の更に先を示す言葉で,VRヘッドセットを被った人が,あたかも別の場所にいると信じ込んでしまうような感覚を説明するための言葉だ。頭でVR映像だと理解していても,体がVR空間を現実だと思ってしまうような状況は「Sense of Presenceを強く感じている状態」なのだという。この状態を保つのは非常に困難で,何か一つでも違和感があると,すぐに現実に引き戻されてしまう壊れやすいものだ。

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 プレゼンスを得るための構成要素のうち,図の中で「COMFORT」とあるのはヘッドセットのつけ心地に関することだ。

 PSVRは家庭用ゲーム機と同じく,技術に詳しくない一般のゲームプレイヤーでも買ってきてすぐに体験できる,「プラグアンドプレイ」を非常に重視している。
すでに発売されているOculus RiftやHTC Viveは一般市販品とはいえ,プレイの前にはセンサーの設置やキャリブレーションなど,いくつかの専門的な手順がどうしても必要になる。

 また,ヘッドセットそのものも「メガネユーザー」に優しい設計になっているのも嬉しいところだ。おでこから頭にかけて重さを支える設計になっているだめ,顔に押し付けるということがなく,ヘッドバンドを固定した状態でディスプレイ部分を前後に動かすことができる。内部のクリアランスも比較的広い。

 そしてヘッドトラッキングだが,これは従来技術であるPlayStation CameraによるLEDのトラッキングで実現している。ヘッドセット,ワイヤレスコントローラ,PlayStationRMove モーションコントローラの3種類を同時に検出できる。
 通常のコントローラの位置が正確にトラッキングできることも重要なポイントで,VR映像空間の中にコントローラを表示させれば,手元を見たときにコントローラがそこにあって,迷うことがない。もしくは,世界観に合わせたガジェットに置き換えてしまうことも可能だ。

 また,ヘッドセットには「マイクが内蔵されている」ということも隠された利点だ。マルチプレイのコミュニケーションや,デジタルキャラクターとのボイスコミュニケーションにそのまま使用できる。そして,ヘッドセット内部に装着状態かどうかを検出するセンサーも搭載されているため,外したときにゲームをポーズさせる,ということも可能だ。

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マイクを内蔵している
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装着しているかどうかのセンサー

 こうして見ると,PSVRシステムがソフトウェア,ハードウェア双方から,あらゆる面で快適性への工夫が施されていることが分かる。


PSVRの大きな特徴といえる「ソーシャルスクリーン機能」


 前述のプロセッサーユニットは,主にVRヘッドセットとモニター双方に映像を送ることが仕事だ。これは「ソーシャルスクリーン機能」と呼ばれており,2種類のモードが存在する。

 一つはVRヘッドセット内部の映像を,ディスプレイ用に逆補正して表示する「ミラーモード」だ。ディスプレイ向けの映像はプロセッサーユニット内部で処理されるため,PS4側はVRヘッドセット内の描画に全力でリソースを割くことができる。

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 もう一つは「セパレートモード」と呼ばれ,VRヘッドセットを被ったプレイヤーとディスプレイ側で,まったく違う映像を同時にレンダリングして出力するモードである。VR側は1080pの90Hz,ディスプレイ側は720pの30Hzで表示といった,異なる解像度・リフレッシュレートでの出力が可能になっている。
 セットに同梱されるTHE PLAYROOM VRでは,VRヘッドセットを被ったプレイヤーが「モンスター」となり,その他のプレイヤーがモニターの中に現れた「モンスター」を倒す……という仕掛けのゲームを体験することができる。個人的に,この「セパレートモード」からはまったく新しいゲーム体験が誕生する可能性を感じた。

 ちなみに質問タイムで,各種ゲームエンジンのセパレートモードへの対応状況について聞いたところ,現在ではUnityがすでに対応済みで,Unreal Engine 4は対応機能の開発がスタートしている段階なのだという。セパレートモードにおいては異なる解像度・リフレッシュレートの映像を同時出力し,かつ片方はVRモード,という状況で描画するため,おそらくはエンジン側も別のモードに切り替えるなどの設定が必要になるかと予想される。

 また,このソーシャルスクリーン機能は,VRに対する「孤独,暗い」というイメージをなんとかしたい,という同社の思いにも結びついているのだそうだ。

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 ソーシャルスクリーン機能とは別にヘッドセットのみのモードとして,PS4本来の機能によるゲーム映像をVR空間内で楽しむ「シネマティックモード」の紹介も行われた。擬似的な大画面の上で映画を見たり,通常のPS4タイトルを楽しんだりすることができる,いわゆるバーチャルスクリーンモードである。実際のディスプレイと比較して解像度は落ちるものの,VRヘッドセットをかぶれば真っ暗な中でスクリーンだけ,という状況になるので,通常のゲームであってもその世界にかなり集中できるのだそうだ。


開発者に対して多くの優位性を持つPSVR


 PSVRにおける開発は,とにかくハードウェア仕様の整合性と統一性が開発者にとって最も嬉しいポイントだ。また,Unity, Unreal Engine4, Cry Engineなど各種ハイエンドゲームエンジンもPSVR開発に対応しており,従来のプロジェクトを簡単に移行できる。ゲームエンジンのみならず,オーディオやグラフィックス,ビデオなどの多数のゲームミドルウェアがPSVRへの対応を表明しているところも強みだろう。

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 続くスライドでは,ゲーム以外の分野での発展についても触れた。SIEはVRをゲームマシンではなく新しいメディアとして考えており,ソーシャルVRやライブイベントのVRコンテンツ,建築や研究・教育分野などの展望について述べた。具体的な施策については明かされなかったものの,ゲーム以外の利用についても意識していることを示していた。

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 SIEの今後の課題としては,より品質の高いコンテンツ開発を促すことだと語った。そのため積極的にノウハウを共有するなど,デベロッパ同士の情報交換を促進する施策を考えているのだそうだ。

すでに開発・配信予定のPSVRタイトルの紹介も行われた
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PSVR開発への参入の道とは


 Q&Aセッションでは,PSVRの開発環境の入手とストアでの配信を,法人開発者のみならず個人の開発者でも参入できる道はないか,という声が上がった。

 吉田氏はこれに対して,過去に同社がチャレンジしていた個人開発者向けプラットフォーム「PlayStation Mobile」(2015年7月15日終了)の取り組みに触れつつ,残念ながら現在では個人開発者に向けての開放は検討していないと説明した。

 ただし同社は,斬新な発想のVRコンテンツはインディーズゲーム開発者からこそ多く生まれていることは認識しており,すでにPCなどでコンテンツを開発している開発者に対しては,コンシューマゲーム機へインディーズゲーム配信を担っている法人企業と組むなどの方法でPSVR展開の道筋を作りたいのだそうだ。

 実際にGTMF大阪の後に詳細が発表された「Made With Unity Contest with PlayStation VR」(参考URL)というコンテストでは,Unityを使ってVRコンテンツを開発している開発者を対象に,SIEが開発機材を貸し出し,パブリッシャ企業を紹介するなど,配信へのサポートを行うとしている。このコンテストには個人・企業問わず応募できる。

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 魅力的な機能,開発しやすいハードウェアと,様々な点で開発者にとって嬉しい状況が揃ったPSVRだが,唯一の壁はその参入障壁だ。これに対しては,PS4/PS Vitaへの同人ゲームリリースの道となった「Play,Dojin!」プロジェクトの前例のように,なんらかの道があとからできてくるものと予想している。10月13日のローンチ以降は,国内外のVRを取り巻く環境が一変するはずだ。PSVRを使った新たなゲームコンテンツにチャレンジしたい開発者は,いまのうちに前述のコンテストなどを通じて積極的にアピールすることをおすすめしたい。

GTMF 2016 Tokyo公式サイト