並行世界のアメリカをもう一度強い国に

「Homefront: The Revolution」が米国大統領選に後押しされる構図を,Deep SilverのWill Powers氏が説明する。

 ドナルド・トランプ氏が共和党の大統領選推定指名候補となり,「Homefront: The Revolution」は来週発売される。この二つの互いに関係のない事実にはある共通点がある。5年前,初代「Homefront」での,北朝鮮がアメリカ本土を侵略するというシナリオと,トランプ氏が指名候補となることは,どちらも同じぐらいありえないことのように思われたという点である。

 2011年半ば,ドナルド・トランプ氏はバラク・オバマ大統領に米国市民権を証明する出生証明書を見せろと迫り,ケーブルニュースの話題となった。一方,「Homefront」を開発したKaos Studiosは,1作めのローンチからほどなくしてTHQにより閉鎖された。トランプ氏が大統領選に出馬するまでの道筋については克明な記録が残されているが,「Homefront」がたどった道も波瀾万丈だった。Kaosの閉鎖後,追い詰められたTHQは,とりあえずこのゲームをシリーズ化することを計画し,Crytekと提携して,ノッティンガムにあるスタジオで開発を進めることにした。その後THQは破産し,IPを引き継いだCrytekは,Deep Silverとパートナーシップを結んでゲームを共同発売すると発表した。やがてCrytekも財政危機に陥り,IPと開発チーム(Dambustersと名称を変更)をDeep Silverに売却している。


「キャッチコピーの一つ『America's on its knees(邦訳:アメリカ陥落)』は,『Make America Great Again(アメリカを再び強い国に)』という現在の地政学的な機運と絶妙にマッチしています」

 このような紆余曲折を経て,ついに5月19日に発売されるのが「Homefront: The Revolution」である。5年という開発期間の長さは決して望まれたものではなかっただろうが,Deep Silverのマーケティング&コミュニケーション部門のシニアマネージャを務めるWill Powers氏は,GamesIndustry.bizに対して,トランプ氏の選挙運動とローンチのタイミングが重なったのは思わぬ幸運だったと認めた。

 「キャッチコピーの一つ『America's on its knees(邦訳:アメリカ陥落)』は,『Make America Great Again(アメリカを再び強い国に)』という現在の地政学的な機運と絶妙にマッチしています」とPowers氏は言う。「政治家は否定しようとすらしていません。もはや誰も『アメリカは世界一偉大な国だ』と口にしないのです。それが私の目に映る今回の大統領選の最大の特徴です。過去の選挙戦では,誰もが『アメリカは最も偉大な国だ』と喧伝していたものですが,今回は『もう一度立て直して,自分たちを再定義する必要がある』と言っています。つまり,私たちのメッセージと実にいい具合に噛み合わさっているのです」

 例として,Powers氏はDeep SilverのストリートチームがPAX Eastなどのゲームイベントで配布しているパロディパンフレットを挙げた。プロパガンダ形式のチラシには,「アメリカよ目を覚ませ」や「括目せよ」といったコピーが並んでいる。


「もちろん,メッセージはより時勢にマッチするように手を加えましたが,初めから私たちのメッセージと根っこの部分で共鳴させることがこのフォーマットの肝です」とPowers氏は言う。「なぜなら,結局のところ,私たちはマルチプレイヤーモードの構成を互いに競い合う形ではなく協力する形にするなど,メッセージからゲームプレイに至るまでのあらゆる見地から『力を合わせる』ということをテーマに据えているからです。それもまた,メッセージと共鳴するはずです」

 Deep Silverが現在の選挙戦から追い風を受けて喜んでいることは間違いないが,Powers氏によれば,同社はあまりそれに頼らないようにしているという。

 「私たちは,映画『ザ・インタビュー』の轍を踏まないように,細心の注意を払ってきました」とPowers氏は言う。「そうなれば,IPが安っぽくなってしまうと感じているからです。その道をたどるのは非常に楽ですが,私たちはこのシリーズが独特な存在になることを願っていました。ですから,物語を紡ぎ,新たな世界を構築する際には「Watch Dogs」のようなアプローチをとりました。起こらなかった過去を作り上げることにより,並行未来を作り出したのです(中略)私たちは『ドナルド・トランプが選挙に勝ったということは,これが私たちの進む未来だ』というような,政治色の濃い要素対要素の比較は行っていません。きっとウケるとは思いますし,そんなものはダメだ,と否定するつもりもありません。そのアプローチにも確実にメリットがあると思います。けれども,私たちの作品はもう少しシリアスなものであり,現在の政治情勢に左右されるものではありません」

「ですから,『Homefront: The Revolution』を制作するにあたって,唯一残すことにした初代『Homefront』の要素は,占領下にあるアメリカでした。文字どおり,その1点のみがこの作品を『Homefront』シリーズたらしめているのです」

 実際,Powers氏が言及した「起こらなかった過去」は,現実に起こらなかったというだけではなく,初代「Homefront」でも起こらなかった過去であった。初代では北朝鮮政府が世界征服に乗り出していたが,「The Revolution」の北朝鮮は,歴史におけるいくつかの重要な変化(例えば「The Revolution」の歴史にスティーブ・ジョブズは登場せず,代わりに北朝鮮に現れた天才が消費者向け技術立国を先導し,その後軍事産業の利権へと舵を切る)に乗じて,世界の覇権に向かう異なる道筋をたどる。

 「私たちは『Homefront』の反省として,コンセプトは素晴らしかったのに,実現の段階で力不足だったと感じていました」とPower氏は明かした。「実際に制作されたゲームではなくIPそのもの,つまり,設定や伝承,支配されたアメリカという舞台……そこに私たちは強く共感しました。プレイヤーの記憶に残るのは,3〜4時間におよぶ直線的な回廊での撃ち合いではありません。「彼らは,いい感じの設定だったから,このゲームについてもっと深く知りたかった」と思っているのです。「ですから,『Homefront: The Revolution』を制作するにあたって,唯一残すことにした初代『Homefront』の要素は,占領下にあるアメリカでした。文字どおり,その1点のみがこの作品を『Homefront』シリーズたらしめる,前作との共通項なのです」

 Powers氏が示唆するとおりなら「Homefront」とはプレイ感もかなり異なるだろう。同氏は,Dambustersの同作へのアプローチを,シングルプレイヤーモードで約30時間のオープンワールドFPSで,物語のトーンは「ハーフライフ2」に近く,よくあるミリタリー系シューティングゲームの移動して撃ち合うアクションではなく,ゲリラ戦術に主眼を置いた作品であると形容した。
 それだけの変更を加えてなお,「Homefront」の名にこだわったの理由は何だろうか。

 「このIPの可能性を信じているのは,アメリカ合衆国のような非常に強力な勢力を逆の立場に置き,並行近未来における支配された国や地域を作り出すというアイデアには非常に特別なものがあるからです」とPowersは言う。「2011年以降,THQも共感していましたし,私たちも今日にいたるまで共感していますが,それはほかにこんなことをする人たちがいないからです。理由は分かりません。映画やテレビなどのほかのメディアでは,『Hightower』や『Watchmen』,並行未来や並行世界について取り上げた『バタフライ・エフェクト』も制作されました。このような物語はオーディエンスを揺さぶります。私たちは,企業としてそれがゲーム業界で確立されたポジションを獲得すると気づき,利用するチャンスを得たのだ,と私は考えています」

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら