スマートデバイスへの移行は任天堂の日本でのビジネスで負担になるか

 君島氏は,彼の打ち出したNX戦略でスマートフォンを礼賛するが,それは日本の家庭という任天堂の最大のロイヤルカスタマーにアピールするには難しい一手かもしれない。

 任天堂の2015年度決算の発表(関連海外記事)に合わせて(リリース時期が)公表された次期リリース予定の新型コンソール機「NX」についてはまだほとんど分かっていないが,ヒントとして強調されていたものがある。過去何年にもわたってそっぽを向け続けていたスマートデバイス革命だが,いまや同社はすべての物事の中心にそのようなデバイスが位置するという突然のスタンスの変更を行っているということだ。
 昨年9月に新たなCEOに就任したばかりの君島達己氏は,過去に何人かのアナリストが近視眼的に求めてきたように,同社をスマートフォンのゲーム会社に変革しようとしているわけではないが,そうした声を完全に遮断してしまうつもりでもないようだ。同社の将来的展望は,モバイルゲームをビジネス戦略に添えるだけでなく,その周辺ビジネスに支えられると同時に,支えていくような同社の心柱に据えようとしている。

 実際に,どのような戦略であるかというのは,そのアナウンスメントの中にヒントがいくつか見え隠れしている。任天堂にとっての最初のモバイル市場への参入プロジェクトである「Miitomo」は,同社から今後リリースされていくであろうモバイルタイトルに接続するためのプラットフォームになるであろう「My Nintendo」だけでなく,「NX」など今後の家庭用コンソール機のビジネスも視野に入れた"トロイの木馬"的な存在であるように見える。
 「Miitomo」は,「My Nintendo」とのリンクだけでなく,"ホンモノのモバイルゲーム"である「どうぶつの森」や「ファイアーエムブレム」新作と今秋中までには足並みを揃えることになるが,この「どうぶつの森」はコンソール機版ともリンクされていくことを同社は公表している。
 それについて,任天堂は会見後のコメントでさらに一言付け加え,同社のモバイルゲーム戦略は,可能な限り求められている場所にコンソール機向けタイトルをリンクすることも含めるとしている。つまり,モバイルゲームがスタンドアローン製品になるだけでなく,コンソール機向けソフトウェアの延長線になり得ることも示唆しているわけだ。

「NXが2017年3月に正式ローンチを果たすまでには,任天堂はすでにモバイルとコンソールが共生していくことを可能にする材料を用意し終わっていることになる」

 要するに,NXが2017年3月に正式ローンチを果たすまでには,任天堂はすでにモバイルとコンソールが共生していくことを可能にする材料を用意し終わっていることになる。モバイルゲーム市場で新しい消費者層を捕えて,コンソール機のハードウェアとソフトウェアに誘うと同時に,コンソール機での従来のゲーマーたちを,そのソーシャル性や常時接続機能でゲーム体験を拡張するモバイルタイトルに触れさせるというのが同社のビジョンではないだろうか。
 NXについて,任天堂は"まったく新しいコンセプト"であるという主張を維持しつつ,発売延期となったWii U向けのゼルダ新作がプレイ可能になるかもしれないということは,旧来のコンセプトからそれほど飛躍してないのかもしれない。
 しかし,どのような形式になったとしても,すでにリビングルームに溢れ返っているスマートデバイスを無視するのではなく,それらと協同できるよう一からデザインされてきたはずだ。

 これは,スマートフォンに依存する市場の一角においては,非常にまっとうな戦略ではある。セカンドスクリーンというコンセプトは,WiiUの大きなセールスポイントであったのと同様に,その凋落の原因の1つでもあった。すでにいくつものスクリーンとしてスマートデバイスを所有している消費者にとって,それほど大きな興味を与えるようなものではなかったのは疑いないことだ。もちろん,セカンドスクリーンがWiiUの最大の失敗であったのではなく,当初のソフトウェアの少なさであったり,注目されることもなかったマーケティング戦略の失敗といった点が戦犯として挙げられるはずだ。しかし,セカンドスクリーンというコンセプトがほとんどWiiUの人気に貢献しなかったのも事実であり,消費者がすでに形成しているデバイスのエコシステムの中にNXを取り込んだほうがずっと理に適っている。そして,そうすることで任天堂の発明が人々の注目に値するものになるのであり,以前のように土台から作り上げるよりはずっと簡単だ。

 しかしながら,市場の別の一角においては,スマートフォンを中核にしたアプローチは大きなリスクにもなり得る。私の考えるところでは,業界関係者やコメンテーターたちが長らく過小評価してきたことだ。任天堂がこれまでスマートフォン分野への参入に及び腰だったのは,機械屋的な衝動がなかったとか,すべての発明を行えないなら興味がないという頑固さゆえではないだろう。
 任天堂はほとんどの批評家たちよりも自分の顧客についてよく理解していたはずで,スマートフォンをビジネスの中核にするという戦略が,すべてのファンに支持されたり評価されるものではないこと,そして長きにわたって確立させてきた自社のアイデンティティの重要な一部を諦めてしまいかねないことも知っているだろう。

「任天堂の最も熱狂的で忠誠心溢れるファンは,子供の頃のゲーム体験をノスタルジックに思い出したり,ある程度の購買力も持っている2~30代の欧米人ではなく,日本の子どもたちやその家族になっている世代であるのを忘れてはならない」

 よりハッキリといってしまうと,もしNXがスマートフォンを中核にした戦略の中でデザインされているのであれば,少なくとも日本における子供たちの市場で足場を築くのは困難なことになるのではないだろうか。任天堂についてオンラインで調べたり声を大にして話題にしているのは誰かと見ていると,任天堂の最も熱狂的で忠誠心溢れるファンは,子供の頃のゲーム体験をノスタルジックに思い出したり,ある程度の購買力も持っている20〜30代の欧米人ではなく,日本の子どもたちやその家族になっている世代であるのを忘れてはならない。
 この市場は,日本においては人口統計から見ても減少傾向にあるが,これまでずっと学校裏の大きな原っぱを我が物にしてきた「ポケモン」や,さらに最近では「妖怪ウォッチ」などを筆頭に,コンソール機やハンドヘルドゲーム市場ににおいても何世代にもわたって任天堂の知的財産に愛情を投げかけ続けているのは,日本の低年齢層であるのは間違いない。ゲーム市場での任天堂の価値は子供たちからの愛情だけでなく,その親世代からの信用の上に成り立っており,同社のWiiUと3DSにおけるマーケティング戦略も,この双方の世代向けに同時にアピールできる製品を生み出してきた,微妙なバランスの良さによるところが大きい。

 つまり,近年に任天堂に良い影響を与えていた社会的要因が1つあるとすれば,それはスマートフォンを子供たちに与えることを嫌がっていた両親であったのではないだろうか。ほかの多くの地域では,年少の子どもたちにスマートデバイスを与えることは非常に一般化しているが,日本では持ち込みを禁止する学校も多く,所有している子供を見つけるのは難しい。子供専用の特殊な携帯電話の市場は大きく,親がトラッキングできるGPSデバイスなども,アプリがインストールできないなど機能面が限られたものになっている。
 ティーンエイジャーにはスマートフォンもあるが,義務教育下の学生たちは,決してスマートとは言えない,ティーンエイジャー用の携帯電話を使用していることも多く,中にはゲームで遊べないようなものもあるために,任天堂の携帯ゲームを所有することになるわけだ。
 ポケモンや妖怪ウォッチなどのゲームの品質から一歩引いたところから見るまでもなく,この子供の養育に対する社会的な感覚が,スマートフォン向けのゲームに子供たちが熱中している他のゲーム市場と異なり,こうした人気フランチャイズが活気を保ち続ける要因になっているのである。

「君島氏の経歴のほとんどが日本ではなく,アメリカで築き上げられたというのは特筆しておくべきであろう。任天堂は,その過去においては多くの収益がアメリカから来ていたにも関わらず,ビジネスの決定はほとんどが日本市場をベースに行われていた」

 独立した1本の支柱となるだけでなく,NXやそのソフトウェア向け戦略にしっかりと組み込まれることになる任天堂のスマートフォンへの移行は,その背景を見るとさらにドラマチックだ。ある意味,任天堂はすでに「Miitomo」において,かわいらしい見た目と裏腹に,通常なら企業の秘密事項として隠されるような,プレイヤーのゲーム体験に関する細かなデータの所有権を放棄してしまってまで,ソーシャルプラットフォームになるという明白な意図を示している。長い間,任天堂はゲームやサービスのオンライン機能については厳しい統制をかけ,子供たちがオンライン上でつき当たりかねない不適切な情報への接触を限りなく減らすことで,親や家族へのブランドイメージを壊さないよう努力してきた。「Miitomo」では,そのことについて釈明することなどもなく,よりオープンであり,言い方を変えれば子供向けではないといえるポリシーを打ち出してきたのだ。

 すでに,スマートデバイスが子供たちの間でも人生の一部となっているアメリカやヨーロッパにおいては,このポリシーの変更について眉毛を吊り上げるような人はいないであろう。しかし,日本やほかの地域においては,規制されていないiOSやAndroidを子供たちに触れさせないための代替案として,任天堂のゲーム機が位置付けられてきたこともあったはずで,これは同社が顧客から称賛されてきたこととは大きく異なるステップになる。
 君島氏の経歴のほとんどが日本ではなく,アメリカで築き上げられたというのは特筆しておくべきであろう。任天堂は,その過去においては多くの収益がアメリカから来ていたにも関わらず,ビジネスの決定はほとんどが日本市場をベースに行われていた。任天堂が(アメリカという)巨大市場で成功していくためには,スマートデバイスへの移行は不可欠であるはずだ。しかし,この変更は同社の本拠地において潜在的な問題点として,君島氏が取るリスクとなるかもしれない。

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら