【月間総括】わずかな変化がユーザーの嫌悪につながってしまったキーカード。少しの変化も嫌うユーザー心理を解説する
まずは,前回の補足を最初にしておきたい。
前回の記述は筆者の見解であり,古川氏の発言は「一部の見解に同意した」という事実のみだ。筆者の見解の根拠は以下の3点
(1)任天堂よりも早くSwitch2が過去最高になる予測ができたこと
(2)ソフトがハードを牽引する力が弱いとなぜ考えたか
(3)Switch2が3DSのように失速する可能性について
特に,ソフトの牽引力と3DSが海外では初めから売れてない,という筆者の説明に「私もそう思う」と古川氏が答えたのである。
また以前,筆者は説明会の質疑で岩田氏に「ゲームソフトこそハードが売れる理由だと考えているか」と質問したことがある。その時は明確に「山内(任天堂元社長・相談役)が言った通りだ」と岩田氏は答えていた。従って,当時の考えは誤りだったのではないかと改めて指摘したのである。
岩田氏は非常に明確な論理を話す方だったので,筆者のハード主体論をどう思うか聞きたかったと今でも考えている。柔軟な考えをお持ちだったのでその通りと言われたかもしれないし,ソフト開発者として考えを通したかもしれない。
亡くなる直前まで任天堂のことを心配して病室で活動されていたと聞いているので,痛いほど無念さが分かる。岩田氏に筆者は遠く及ばないが,長く業界を見てきた研鑽と知見があると思っているので書いたのである。
それにしても岩田氏のことを書くと,物腰の柔らかい受け答えや葬儀まで思い出し,感傷的になってしまっていけない。
筆者でそうなるということは,任天堂社内ではまだまだ身近な出来事に思うのは当然だろう。
となると「ソフトがハードを牽引する」と頑なに考えている人が社内に存在しているのではないか,と筆者は受け止めたのだ。
では本題に入ろう。
今月は任天堂の決算である。任天堂の決算は大幅増収だったが,営業利益は小幅な増加にとどまった。
いくつか要因があるので列挙すると,
(1)ゲームハードの利益率が低いこと(東洋証券では日本は逆ザヤ,米国は第1四半期で若干の黒字,欧州は一定の利益と推測)
(2)広告宣伝費の大幅な増加
がある。広告宣伝費はSwitch2の立ち上げに伴って,大きく増加している。
さらにSwitch2ハードの販売では,トランプ大統領が実施している米国向け輸出の強力な関税政策の影響がある。
この関税に対する現状の対策は,3つの選択肢として
(1)価格を引き上げる
(2)関税の低い国に生産を移す
(3)耐える
がある。現状(3)を選択する企業が多い印象で,任天堂もSwitch2の本体価格は(3),Switchは(1)を選択している。任天堂は第1四半期の時点では価格転嫁せずに耐える,という選択をしたので利益が低下したのだ。
Switch2ハードの販売台数は絶好調であった。
筆者は600万台を予測していたが,実績は582万台だ。一般的にハード販売の収益認識は着荷(小売店の倉庫に到着した時点)で行うため,到着タイミングで多少ずれるのはやむを得ないが,ほぼ筆者の想定通りになっている。
地域別では日本のSwitch2の販売台数は127万台だった。ファミ通の推計販売台数数字よりも少なかったので,おそらくマイニンテンドーストア販売分の推計が難しかったのではないかと見ている(その後8月7日累計推計台数が下方修正された)。
各週の台数がどうなったかは分からないが,月間の修正分はすでに分かっているので,筆者が6,7月分を一定の比率で押し下げる形で補正し,グラフにしている。
それでも累計は発表されているので,11週目時点は以下のグラフ通りである。この数字でも前回の見立てと特に変化はない。200万台到達は9月以降になりそうだが,ハイペースであることに変わりはない。
Switch2は立ち上げに成功したので,どれくらいのペースでハードを供給できるかが今後のポイントになろう。
任天堂の説明では自社の製品在庫は4250億円を超える高水準で,輸送中のものが多いとしているので,年末には大量に供給できると筆者は期待している。
たびたび指摘(下図)しているが,ゲームビジネスは最初に立ち上げるとそのまま3年程度は成長が続くので,今世代は極めて順調に推移するだろう。
このグラフを見ると分かるが,任天堂,ソニーとも関係が無くハードの販売推移は綺麗な山型になっている。ソフトが成否に影響を与えているなら,もっと多様なグラフになるはずである。先月記載した通り,製品には固有の減衰率があるので,角度に違いがあっても山形であることは明白だろう。
ただそうなると,かなり前に話した通りゲームボーイの挙動がおかしいとのご指摘が出るはずだ。
これをグラフにするとよくわかるのだが,ゲームボーイカラーがどうやらユーザー側には次世代機と認識されていたようなのである。そうでないと初代ゲームボーイのピークをカラーが易々と超えられたことの説明が付かない。しかもポケモンが発売された後も継続して販売が伸びているのである。
これらのデータを見ても,Switch2は戦略的には大成功になることが示唆されているだろう。
なお,Switch2の販売は日本127万台,米国208万台,欧州134万台と過去のデータと比較しても日本だけが売れているという印象はない。古川社長も,欧米で需要が弱いというSNS投稿や報道は違うと話していたので,データ的にも裏付けられたと思っている。
ソフトについては,「マリオカート ワールド」が同梱版も含めて867万本,同梱版を除いたサードパーティタイトルの販売本数比率は60%とSwitchよりも上がってきているという。岩田氏時代以来の悲願だった,サードパーティの販売比率向上は達成されつつある。
それだけにキーカードについては残念だ。キーカードは初回にダウンロードが必要な以外,確かに見かけは変わらないので,売上に影響はないと思われるかもしれない。
だがキーカードのパッケージ表面には説明文が書かれており,今までと仕組みが違うことが明記されている。なので,一般人からすると今までと違うという人間の性質に反する状況を生み出してしまっているわけだ。
筆者がユーザーにキーカードについてヒアリングし,意見を集約すると
(1)ゲームに詳しいユーザーはダウンロードが必要になるため,少ないSwitch2のストレージの空き容量が減って損をしたと感じている
(2)ライトユーザーは,パッケージに大きくキーカードの注釈が書かれており,ネット接続が必要などよく分からない文言のため,購買に踏み切れない
と感じているようだ。これは行動経済学や心理学で出てくる現状維持バイアスと,損に敏感である話と一致する。つまりゲームに詳しい人は大事なストレージを失っているように感じ,一般ユーザーはわずかな変化を嫌っていると考えている。
実際,8月半ばにはSwitch2専用のキーカードソフトはファミ通調べのパッケージランキング(上位30社)から消えてしまっている。
この事実をどう判断するかは任天堂にお任せするが,筆者は戦術ミスではないかと考える。
おそらく開発した人は,「素晴らしいものができた」と確信したはずだ。しかし,この目線はユーザーがどう考えるという視点が欠けていたかもしれない。今までと同じことができる(リターン)は喜びが小さい。ユーザーは損を気にしているのだ。売る前に「ユーザーが損を感じていないか?」を考えるプロセスを確立してもらいたいものだ。
絶好調のときほど,ほころびが潜んでいるものである。かつてソニーグループに任天堂がスマートフォンに敗れたと思って警戒を怠ると足元をすくわれると警告したことがある。
その結果は,利益は出ているがPS5の販売数量はPS4以下という現実だ。
ビジネスは,どんな項目でもいいからひとつでも勝っていればよいと思っているかもしれない。しかし,売り上げと利益でライバルに勝つのは結果であって目的ではない。
それからすると,SIEのこれまでの目標設定は,利益に直結するものがKPIになっていたと考えられて,ユーザー目線が欠けているように見えるのは良くなかったと思う。
西野CEO体制になってからは,表面的にはともかく,SIEは方向転換を進めているようだ。
PS6では,小型軽量化そして中性能を志向してくる可能性が高いとみている。筆者としては,ゲーム機らしくなったPS6とSwitch2でゲーム業界は大いに盛り上がると予測するが,任天堂は十分に警戒する必要があるだろう。ささいなミスが大敗を引き起こした事例が世界にはある。筆者自身も常に気を引き締めているが,好事魔多しである。
任天堂には,ゲーム開発をしたことがない筆者の傲慢な意見だと思われてしまうかもしれないが,上記の話は杞憂で済めば問題ない。懸念が現実化しないことを切に願うばかりだ。
前回の記述は筆者の見解であり,古川氏の発言は「一部の見解に同意した」という事実のみだ。筆者の見解の根拠は以下の3点
(1)任天堂よりも早くSwitch2が過去最高になる予測ができたこと
(2)ソフトがハードを牽引する力が弱いとなぜ考えたか
(3)Switch2が3DSのように失速する可能性について
特に,ソフトの牽引力と3DSが海外では初めから売れてない,という筆者の説明に「私もそう思う」と古川氏が答えたのである。
また以前,筆者は説明会の質疑で岩田氏に「ゲームソフトこそハードが売れる理由だと考えているか」と質問したことがある。その時は明確に「山内(任天堂元社長・相談役)が言った通りだ」と岩田氏は答えていた。従って,当時の考えは誤りだったのではないかと改めて指摘したのである。
岩田氏は非常に明確な論理を話す方だったので,筆者のハード主体論をどう思うか聞きたかったと今でも考えている。柔軟な考えをお持ちだったのでその通りと言われたかもしれないし,ソフト開発者として考えを通したかもしれない。
亡くなる直前まで任天堂のことを心配して病室で活動されていたと聞いているので,痛いほど無念さが分かる。岩田氏に筆者は遠く及ばないが,長く業界を見てきた研鑽と知見があると思っているので書いたのである。
それにしても岩田氏のことを書くと,物腰の柔らかい受け答えや葬儀まで思い出し,感傷的になってしまっていけない。
筆者でそうなるということは,任天堂社内ではまだまだ身近な出来事に思うのは当然だろう。
となると「ソフトがハードを牽引する」と頑なに考えている人が社内に存在しているのではないか,と筆者は受け止めたのだ。
では本題に入ろう。
今月は任天堂の決算である。任天堂の決算は大幅増収だったが,営業利益は小幅な増加にとどまった。
いくつか要因があるので列挙すると,
(1)ゲームハードの利益率が低いこと(東洋証券では日本は逆ザヤ,米国は第1四半期で若干の黒字,欧州は一定の利益と推測)
(2)広告宣伝費の大幅な増加
がある。広告宣伝費はSwitch2の立ち上げに伴って,大きく増加している。
さらにSwitch2ハードの販売では,トランプ大統領が実施している米国向け輸出の強力な関税政策の影響がある。
この関税に対する現状の対策は,3つの選択肢として
(1)価格を引き上げる
(2)関税の低い国に生産を移す
(3)耐える
がある。現状(3)を選択する企業が多い印象で,任天堂もSwitch2の本体価格は(3),Switchは(1)を選択している。任天堂は第1四半期の時点では価格転嫁せずに耐える,という選択をしたので利益が低下したのだ。
Switch2ハードの販売台数は絶好調であった。
筆者は600万台を予測していたが,実績は582万台だ。一般的にハード販売の収益認識は着荷(小売店の倉庫に到着した時点)で行うため,到着タイミングで多少ずれるのはやむを得ないが,ほぼ筆者の想定通りになっている。
地域別では日本のSwitch2の販売台数は127万台だった。ファミ通の推計販売台数数字よりも少なかったので,おそらくマイニンテンドーストア販売分の推計が難しかったのではないかと見ている(その後8月7日累計推計台数が下方修正された)。
各週の台数がどうなったかは分からないが,月間の修正分はすでに分かっているので,筆者が6,7月分を一定の比率で押し下げる形で補正し,グラフにしている。
それでも累計は発表されているので,11週目時点は以下のグラフ通りである。この数字でも前回の見立てと特に変化はない。200万台到達は9月以降になりそうだが,ハイペースであることに変わりはない。
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Switch2は立ち上げに成功したので,どれくらいのペースでハードを供給できるかが今後のポイントになろう。
任天堂の説明では自社の製品在庫は4250億円を超える高水準で,輸送中のものが多いとしているので,年末には大量に供給できると筆者は期待している。
たびたび指摘(下図)しているが,ゲームビジネスは最初に立ち上げるとそのまま3年程度は成長が続くので,今世代は極めて順調に推移するだろう。
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このグラフを見ると分かるが,任天堂,ソニーとも関係が無くハードの販売推移は綺麗な山型になっている。ソフトが成否に影響を与えているなら,もっと多様なグラフになるはずである。先月記載した通り,製品には固有の減衰率があるので,角度に違いがあっても山形であることは明白だろう。
ただそうなると,かなり前に話した通りゲームボーイの挙動がおかしいとのご指摘が出るはずだ。
これをグラフにするとよくわかるのだが,ゲームボーイカラーがどうやらユーザー側には次世代機と認識されていたようなのである。そうでないと初代ゲームボーイのピークをカラーが易々と超えられたことの説明が付かない。しかもポケモンが発売された後も継続して販売が伸びているのである。
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これらのデータを見ても,Switch2は戦略的には大成功になることが示唆されているだろう。
なお,Switch2の販売は日本127万台,米国208万台,欧州134万台と過去のデータと比較しても日本だけが売れているという印象はない。古川社長も,欧米で需要が弱いというSNS投稿や報道は違うと話していたので,データ的にも裏付けられたと思っている。
ソフトについては,「マリオカート ワールド」が同梱版も含めて867万本,同梱版を除いたサードパーティタイトルの販売本数比率は60%とSwitchよりも上がってきているという。岩田氏時代以来の悲願だった,サードパーティの販売比率向上は達成されつつある。
それだけにキーカードについては残念だ。キーカードは初回にダウンロードが必要な以外,確かに見かけは変わらないので,売上に影響はないと思われるかもしれない。
だがキーカードのパッケージ表面には説明文が書かれており,今までと仕組みが違うことが明記されている。なので,一般人からすると今までと違うという人間の性質に反する状況を生み出してしまっているわけだ。
筆者がユーザーにキーカードについてヒアリングし,意見を集約すると
(1)ゲームに詳しいユーザーはダウンロードが必要になるため,少ないSwitch2のストレージの空き容量が減って損をしたと感じている
(2)ライトユーザーは,パッケージに大きくキーカードの注釈が書かれており,ネット接続が必要などよく分からない文言のため,購買に踏み切れない
と感じているようだ。これは行動経済学や心理学で出てくる現状維持バイアスと,損に敏感である話と一致する。つまりゲームに詳しい人は大事なストレージを失っているように感じ,一般ユーザーはわずかな変化を嫌っていると考えている。
実際,8月半ばにはSwitch2専用のキーカードソフトはファミ通調べのパッケージランキング(上位30社)から消えてしまっている。
この事実をどう判断するかは任天堂にお任せするが,筆者は戦術ミスではないかと考える。
おそらく開発した人は,「素晴らしいものができた」と確信したはずだ。しかし,この目線はユーザーがどう考えるという視点が欠けていたかもしれない。今までと同じことができる(リターン)は喜びが小さい。ユーザーは損を気にしているのだ。売る前に「ユーザーが損を感じていないか?」を考えるプロセスを確立してもらいたいものだ。
絶好調のときほど,ほころびが潜んでいるものである。かつてソニーグループに任天堂がスマートフォンに敗れたと思って警戒を怠ると足元をすくわれると警告したことがある。
その結果は,利益は出ているがPS5の販売数量はPS4以下という現実だ。
ビジネスは,どんな項目でもいいからひとつでも勝っていればよいと思っているかもしれない。しかし,売り上げと利益でライバルに勝つのは結果であって目的ではない。
それからすると,SIEのこれまでの目標設定は,利益に直結するものがKPIになっていたと考えられて,ユーザー目線が欠けているように見えるのは良くなかったと思う。
西野CEO体制になってからは,表面的にはともかく,SIEは方向転換を進めているようだ。
PS6では,小型軽量化そして中性能を志向してくる可能性が高いとみている。筆者としては,ゲーム機らしくなったPS6とSwitch2でゲーム業界は大いに盛り上がると予測するが,任天堂は十分に警戒する必要があるだろう。ささいなミスが大敗を引き起こした事例が世界にはある。筆者自身も常に気を引き締めているが,好事魔多しである。
任天堂には,ゲーム開発をしたことがない筆者の傲慢な意見だと思われてしまうかもしれないが,上記の話は杞憂で済めば問題ない。懸念が現実化しないことを切に願うばかりだ。