【月間総括】批判は悪か?スクウェア・エニックスHDの決算で見えたユーザー認知の問題

 今月は,スクウェア・エニックスホールディングス(スクエニHD)と,任天堂決算の話を進めていきたい。結論から先に言うと,「スクエニHDは批判を悪としているようなので,改善に時間がかかると見ている」だ。この詳細は,ブルームバーグの望月記者がXにポストしている(東洋証券のレポートはブルームバーグの端末で配信している)ので,読んだ人も多いだろう。

 まずは,このレポートを解説する。「FINAL FANTASY XVI」が出たすぐあとに,筆者はレポートでFFシリーズはナンバリングごとにゲームシステムが違いすぎるのは問題だと指摘していた。

 最近でも
(1)2023年末に行ったVTuber日向猫めんまさんとのセミナー
(2)2月の連載でもゲームシステムとキャラクターの問題を取り上げた
(3)ログミーファイナンスで行った特別講演

講演で指摘した新規IP問題

 といったように,表に出ているだけでも同様の指摘を3回行っている。

 ゲームシステムの分かりやすさは,いわゆる配信映えと言われるものに含まれていると考えており,「ゲームの内容がすぐ楽しめる,分る」は,今後ますます重要になってくるだろう。複雑で難解なものは好まれにくくなっているのだ。

 次に批判されることは悪いことなのかである。
 スクエニHDは決算で388億円のコンテンツ評価・廃棄損が出たことを発表した。
 この損失は巨額だったこともあり,ニュース媒体とSNSで大きな話題になった。また,YouTubeのゲームニュース系投稿者は,スクエニHDの決算を批判している人が多いように見受けられた。

 これらの反応を見ていて思うのは,スクエニHDという企業は大変な人気企業であるということだ。批判されているのだから何をおかしなことを,と思うかもしれないが,YouTuberは視聴回数が多くなる動画の作成を行っているわけで,スクエニHDに人気があり,深い関心を持たれていると思うからこそ,悪い話題を動画にするわけである。

 こういった悪い話が広まることはブランドイメージが傷つき,ゲームソフトの販売が減ると言う人もいるだろうが,人員削減のような,自らに起こると不幸だと思うような事象でない限り,大半の批判は知名度の向上につながっていると筆者は考えている。

 具体的に話したほうがいいだろう。実例として「ドラゴンズドグマ 2」は発売直後に仕様が批判されたが、250万本以上の販売本数を記録した。また、武器の性能で批判が多い「スプラトゥーン」が売れなくなったというデータもないのである。

 こういう話を出すと,「インフィニティ ストラッシュ ドラゴンクエスト ダイの大冒険」は売れなかったと指摘する人もいるだろうが,同作は発売前からチープさが危ぶまれ,警戒されていたと反論しておきたい。あくまでも批判が売れる量に影響を及ぼしたという観点で考えれば,ないと考えるのが妥当だろう


 また関連して,「Nintendo Labo」が失敗したあとに任天堂の役員(当時)に話をうかがったところ,この件について興味深い意見をいただいたことも紹介したい。

 要約すると,故岩田社長は「褒められたものは売れない,批判されたものは売れる。一番良いのは賛否両論である」と語っていたというのである。
 任天堂のタイトルに批判も評価も多いのは,こういった考え方に源泉があるのではないだろうか。

 ネットでは任天堂もよく批判されており,Wii Uや3DSは良くなかったので,Switchも売れるはずがないと言われていた。だが,Switchは大成功を収めた。
 批判が販売に影響を与えているというデータ自体が見られないのである。

 続いて,「改善に時間がかかる」について説明したい。
 決算資料にはコンテンツ関連の損失の要因は,2027年3月期(2026年4月〜2027年3月期)以降に発売予定だったタイトルとしているのみである。そもそもコンテンツ制作勘定と言うのは,将来発売される際に大きな売上高を生み出す源泉として資産に計上されているものだ。

 巨額の損失で,再来年以降に発売されるタイトルのかなりの部分が破棄されたことになるので,中期的な業績展望に確信が持てなくなってしまったのである。
 これから開発しても2年で結果を出すことは難しいし,2025年発売のタイトルは前体制下での開発タイトルなので,成功できるかどうか予測は困難だ。したがって,時間が掛かるだろうと書いたのである。

 桐生社長のやっていることは適切だと思うが,どうしても時間がかかる。資本市場は短期的な成果を求める傾向があるので,この辺りはやむを得ないと思う。であるならば,ぜひファイナルファンタジーのゲームシステム固定化にチャンレンジしてほしい。長期的に世界中のユーザーにFFというゲームはこのような共通項があると認知されれば,会社のベクトルも揃えやすくなるし,ユーザーは安心してゲームを買えるからだ。やる価値があると考えている。3年後には筆者の批判を跳ね返す,大きな成果をあげてほしい。


 次は,任天堂の決算である。任天堂の決算は,増収増益の着地となった。
 期初(2023年5月)段階では大幅減収減益の計画だったので,良く盛り返したというのが正直な感想だ。下にあるグラフは以前も示したものだが,Switchは8年目としては驚異的な販売台数が予想されている。

 PS4は半導体不足の影響もあって9年目は100万台の販売だったが、それを考慮してもSwitchはこれを大きく上回る1350万台という計画を任天堂は立てている。もっとも,この数字は現状の日本やアメリカの実売動向を見るとやや高い目標で,東洋証券は1250万台と予想している。ソフトも大型タイトルは現時点では発表がない(6月のNintendo Directで今年後半のタイトルを発表する予定)ので,販売本数も大幅に減ると見るのはやむを得ないところであろう。


 しかし皆さんの関心は,5月7日にX(旧Twitter)で存在が正式に認められた「Switch後継機」にあるだろう。当日夜のNHKニュースにまで取り上げられたので,国民全体の関心が非情に高いことがうかがえる。

 これだけ注目されていればユーザーに見られるのは分かっているので,メディアの報道が過熱するのは無理もない。覚えている読者も多いだろうが,筆者は以前,任天堂の一挙手一投足に関心が集まっていると書いた。

 ここまで関心が高まると,もはや憶測も含めた報道を防ぐのは難しいと思うので,報道されることで知名度が上がる話題になる点に主眼を置いたマーケティングを東洋証券としては提案したい。

 そして,決算説明会での質疑応答に触れておく。
 資料記載のQ5は筆者が古川社長に行ったものだ。以前の株主総会で転売対策についての質問で,大量に作るのが対策であると回答していたことを念頭に,想定している台数を作ることは可能かということを質問した。

 これに対する回答は,台数はともかく大量に作る方向で動いていることを示唆する内容であった。
 たくさん作って売ることは肝要である。品薄商法と言われるのは人気が出たゲーム機は品切れになることが多いためであるが,機会ロスが発生しているのはデメリットでしかない。

 ぜひSwitch後継機は,大量に供給してもらいたいものだ。ビジネスは成長を常に模索していくものだ。ソニーグループのPS5はサードパーティや投資家の期待を裏切る形になってしまい,膨れ上がった開発費を回収できなくなってしまっている。
 この問題に対処するためにも,Switch後継機はSwitchの様に成功してほしいと,サードパーティやユーザーは考えるようになっている。

 先日もソニーグループにヒアリングした際,PS5の今期販売計画が大幅に落ち込むのは値下げできないからだと説明を受けた。ということはPS5に魅力が無いと言っていることになるが,ゲーム事業は黒字なのでPS4以下でも問題ないとの見解であった。筆者としては驚きの回答だった。

 また経営方針説明会でも十時社長は,PS5の販売推移はPS4並みで競合よりシェアが高いから問題ないと回答していた。しかし,今後ますますPS4との差が広がる計画なので,PS5が前途多難であること暗に言っているのと変わらない。この点については,来月詳細に解説したいと思う。

 最後に,任天堂のSwitch後継機の性能に触れよう。演算性能は低いながらもPS5に近い絵が出るような仕様,と東洋証券では予想している。逆に言えば,演算能力などでは他機種に劣る部分があると見ているわけだ。

 この辺りの解決策をどうするのかと思っていたが,5月21日に任天堂はShiver Entertainmentを買収すると発表した。Shiver Entertainmentは「ホグワーツ・レガシー」の移植を担当していて,これはコアゲーマーの間で「無茶移植」と言われるレベルのものだ。

 アメリカは開発の懐が深く,移植専門の受託開発会社が存在する。「無茶移植」と言う言葉は,性能差が大きいゲーム機間での移植を指すが,相対的に演算性能が低いゲーム機であるSwitchの後継機に対しては,相性の良い会社であろう。
 DLSSというテクノロジーとShiver Entertainmentの移植ノウハウを組み合わせ,ソフトタイトルの供給増を目指すと東洋証券では予測している。

 前述のスクエニHDの中期経営方針でもフルマルチプラットフォームが掲げられており,Switch後継機は最初から相当数のゲームソフトが供給されることになろう。東洋証券では,ソフトがハードの成否に与える影響はほとんどないことを過去のデータから明らかにしたと思うが,投資家目線で考えると,成功したハードにソフトが大量供給されるかどうかが重要である。

 最後にSwitch後継機が成功するかどうかだが,形仮説ではその外観が発表されてからでないと判断できない。もちろん,発表されればデザインやスタイルで分かるはずだ。

 デザインの判断などは主観的となり間違える可能性もある。客観的に予測する方法としてはSNSでの反応があると考えている。だが,発売前に「Switch後継機は素晴らしい,マストバイである」というような主張が多数派を占めたときは,要注意だろう。

 形仮説に基づいた予測はゲーム業界の常識との乖離が大きい。ソニーグループに対して行った大きくて丸いものは売れないと言う予測は当時多くの人に批判された。今もPS4並みに売れているのだから良いと言っている状況だ。

 スクエニHDも素晴らしいコンテンツを送り出す会社なので批判されることが人気の源泉という考えは,突拍子もないものとして決して快くは思わないだろう。よって,今回の言説も皆さんに広く批判していただきたいと思う。

 次回は,ソニーグループの決算と事業説明会について述べたい。